藩政時代の面影をよく残す情緒ある飫肥城

江戸時代は伊東氏飫肥藩の藩庁として栄えた。
飫肥市街北部の丘陵に曲輪を幾つも並べた群郭式の平山城である。

飫肥城の大手門は、明治時代初めに取り壊されましたが、昭和53年(1978年)6月に樹齢100年の飫肥杉を使用し、復元されました。

大手門枡形 、ここからきれいな城壁が続きます。

城内より見た大手門。

大手門枡形 、正面奥に見えるのは本丸の石垣。

大手門前から本丸へ通じる階段、正面奥に見えるのは資料館。

歴史資料館、日本100名城スタンプはここにある。

松尾の丸への階段
松尾の丸は飫肥城復元事業により、昭和五十四年(一九七九)に、江戸時代初期の書院造りの御殿として、在来工法を使用して建設された。

建物は延床面積約八百平方メートルで、御座の間、御寝所、涼櫓、茶室など二十室以上の部屋がある。

涼櫓には、豊臣秀吉が京都の聚楽第で使用したと伝えられる湯殿と同じものを復元している。

川御座船(かわござぶね)舞鶴丸(藩主が使用した御座船の縮尺模型) 飫肥城は別名舞鶴城とも呼ばれています。

御寝所、12畳の広い部屋で、8畳の「二の間」、6畳の「三の間」と続き間が並び、合わせると26畳の間となるようです。

床の間を背にして見える庭の風景は、心和むものだったと思われます。

「御寝所」の奥にあった「殿様御厠」

女中溜

「湯殿(蒸風呂)」と案内された部屋。

台所、藩主の台所としては狭い、ちょっとした商家の台所の方がよほど大きい。

松尾之丸御殿背後の土塁、苔が非常に美しい。

土塁の上には大木が何本かある。

本丸に向かいます。

本丸北側の門、この先は石垣構造の坂虎口となっている。

グランドの脇から見た、本丸の北門。

くぐり戸から本丸跡を覗く。

本丸跡には有名な飫肥杉が茂っている。

帰途、バスの車窓から、右が高千穂、頂上に雪を頂いているのが韓国岳。

鹿児島空港で日の入りを迎えた、きれいな夕日を撮りたかったのだが丁度搭乗時間と重なってしまい残念。
こういったタイミングは今までに何度か経験しましたが非常に残念です。

搭乗までの時間に鹿児島ラーメンと鹿児島焼酎で軽く夕食。
これらは簡単にお取り寄せできる。

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飫肥城へのアクセス、行き方歩き方

住所:宮崎県日南市飫肥10-1-1
電話:0987-25-4580

JR日南線 飫肥駅 徒歩約15分

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