苔むす石垣に名城の面影を偲ぶ 高取城

高取城は別名、芙蓉城ともいわれ近世山城の典型としてよく知られ、巽高取雪かと見れば雪でござらぬ土佐の城とうたわれている。
司馬遼太郎が、日本一の山城とたたえた石垣が堅固な城。

遠く高取の町並みを望む。

彼方には二上山の姿がきれいに浮かぶ。

この辺りは壺坂寺の奥ノ院、羅漢がたくさんある。

五百羅漢、標高400m。
壺阪寺から高取城跡につづく山腹巨岩に彫られた無数の石仏。
総称して香高山磨崖仏という。
室町中期に刻まれたもので、本多氏が高取城築城の頃、石工に作らせたものとされる。

高取城への登山道を進む、道端には無数の羅漢像が見られる。

いよいよ壺坂門へ到着、大手門を目指す。

こちらは芋峠へのルート。

奈良産業大学のCGによる再現図が掲示されている。

大手門跡。

十三間多聞跡。

二の丸広場。

十五間多聞跡。

日本三大山城とは美濃岩村城、大和高取城、備中松山城をさす。

新櫓跡

天守台石垣が見える所まで進んだ。

二の丸広場に建つ高取城跡の碑。

奈良盆地南東の山に、”巽(たつみ)高取雪かとみれば雪でござらぬ土佐の城”と歌われた。
 
大和平野からの高取城の遠景を歌ったもので、白亜の大天守、小天守はじめ櫓の数27、門数33、塀の長さ2、000mと高取山中に長く連なる。
土塀と建物の壮大な規模と白亜の外観があまりにも見事だったことにより芙蓉城の別名でもたたえられた。

高さは約8メートルの本丸高石垣。

本丸部分の大きさは東西に75メートル×南北に60メートル、高さは約8メートルの石垣に囲まれている。

本丸への虎口を進む人々。

本丸は、1基の天守と1基の小天守、3基の櫓が多門櫓で連結された連立式天守の縄張りであった。

遥か大台ケ原、大峰山が望まれる。

天守台から太鼓櫓、新櫓を望む。

奈良産業大学のCGによる天守再現図。

土佐街道へ向けて下山を開始したが、小雨がパラついてきた。
本日も 手に持たずにさせる折りたたみ傘 肩ブレラが大活躍です。

二の門から先が高取城の主要部になります。

城跡にある猿石は、吉備姫王墓にある像と同じ謎の石像。
城の二の門近く、一升坂を登った左手明日香栢の森への分岐点に置かれている。
少しピンボケかな。

満山の つぼみのまゝの 躑躅かな
上子島砂防公園にある阿波野 青畝の句碑。

植村家長屋門、この建物はもともと高取藩の家老屋敷の長屋門で、現在は旧藩主植村氏の邸宅になっている。
文政9年(1826)の建築で重要文化財に指定されている。

田塩邸、現存する貴重な武家屋敷。
与力窓(格子が横向き)を二つ付けた長屋門を有する。
又,両袖に物見所,馬やを持つ武家門でもあり、塀に付けられた「監視窓」は表口を警戒する構えでもあり他に類を見ない。(現在も住居として利用されている)

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高取城へのアクセス、行き方歩き方

壺阪山駅から、徒歩約二時間程度。
壺阪山駅から壺阪寺まで奈良交通のバスが運行しているので、壺阪寺までバスを利用すれば一時間程度で高取城に到着できる。
壺阪山駅から車で約15分程度。
七つ井戸側に、3台程度駐車できるスペースがある。

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