下町情緒を残す石畳路地


大和田街道

梅田街道ともいいう、起点は難波橋北詰で、海老江から西成大橋(明治41年・1908年竣工。現存せず)、姫島、大和田、出来島、佃、左門殿川を通り、終点は大物(尼崎市)にいたる旧国道。

大正15年(1926)に淀川大橋が架かって新国道ができると自然と廃れてしまいました。
所々に大和田街道の石碑が点在しています。

下町情緒が残る福島区海老江に石畳が残された地域があります。

結構まとまった区画で残っているので、大阪市内ではかなり貴重です。

「田辺聖子のエッセイにそんな風景を描写したものがあったよ」という。

田辺さんが子供のころ暮らした場所とスケッチした場所は一駅分離れているが、エッセイに登場する路地はおそらくこんな雰囲気だったに違いない。

「1975年(昭和50年)5月6日 国道線・甲子園線・北大阪線全線廃止」になったのでその石畳が使われたのだとの説がある。

上下水管はこの石畳の下を通ってるんですよね。


古代、旧淀川から運ばれる土砂によって大小さまざまな砂州や島々が数多く形成され、この辺りは難波八十島とも呼ばれました。

海老江もそのうちのひとつで古文献などによると、かつては海老洲とよばれていた。

戦災の被害が比較的、少なかった地域で、海老江7丁目には長屋や石畳の路地などが残って、下町情緒を今に伝えてくれています。

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