雪の庭で有名 妙満寺


顕本法華宗の総本山。
康応元年(1389)日什上人により、六条坊門室町(現在の、烏丸五条あたり)に創建。

度々の兵火にあい市内各地を移転。
昭和43年に寺町二条から岩倉の地に移転。

近年、門前に3000株のツツジが植えられて、花の寺として親しまれている。

境内には仏舎利を納めたインドブッダガヤ大塔を模した仏舎利塔がそびえる。
展示室には、娘道成寺で有名な安珍清姫ゆかりの鐘が安置されている。

本坊の雪の庭は、松永貞徳が造園した雪月花三名園の一つ。

本堂から東の景観、比叡山を正面に望む。

本堂。

方丈。

寺は俳諧発祥の地といわれる。

俳諧の祖・松永貞徳(1571-1653)により、初の俳諧興行「雪の会」が催された。
これにより、連歌から独立した文芸が確立された。
 
現在も句会が催され、春の「花の会」、秋の「月の会」、冬の「雪の会」がある。

本坊の庭は、枯山水式庭園であり、豪快な石組とともに東にある比叡山を借景にしている。

夏の日の出は比叡山頂から上る。白砂、石組、刈込、植栽などで構成されている。

かつて塔頭・成就院の庭園であり復元された。
「雪の庭」といわれ、「三成就院」の一つとされた。

清水寺・成就院の「月の庭」、北野か祇園にあった成就院の「花の庭」とともに、「雪月花の洛中三名園」といわれた。

雪の庭 – 俳諧の祖と仰がれる松永貞徳の造営。

安珍・清姫の鐘 – 和歌山県道成寺にあったとされる梵鐘で、安珍・清姫伝説ゆかりの梵鐘とされ、豊臣秀吉の紀州征伐の際に家臣の仙石秀久が京都に持ち帰ろうとしたが、鐘が重かったために途中で破却し近くの住民の手によって妙満寺に奉納。

安珍・清姫伝説の鐘

1359年(正平14)3月11日、道成寺では安珍、清姫の伝説以来、永く失われていた鐘を再鋳し、鐘供養を盛大に営みました。

その席に一人の白拍子が現われ、呪力で鐘を落下させると、蛇身に変わり日高川へと姿を消してしまいます。

その後、近隣に災厄が続いたため、清姫のたたりと恐れた寺は鐘を竹林に埋めました。

後に、その話を聞いた「秀吉根来攻め」の大将・仙石権兵衛が掘り起こし、京都に運び込み、妙満寺に納めました。
鐘は供養で恐念を解かれ、鳴音美しい霊鐘となりました。道成寺を演じる芸能人はこの鐘に芸道精進を祈ります。

仏舎利塔は、1973年に建立された。

紀元前200年頃、釈迦正道の聖地にアソカ王が建立したインドブッタガヤ大塔型を日本で初めて建立したという。
 
1階に釈迦牟尼仏坐像を安置する。
最上階には仏舎利、日什の分骨を奉安する。

発明家・実業家・豊田佐吉(1867-1930)以来の豊田家の遺骨が安置されている。

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