喜春城 西日本の抑えとして築城された明石城


城の入り口に立つ中部幾次郎・・

慶応2年に現在の明石市 林に魚の卸や運搬をしていた父兼松の次男として生まれた。

明治37年に明石から下関に移り、日本初のエンジン付きの漁船団を組み大洋漁業(現マルハ)の前身となる林兼商店を創立した人です。

明石中学校(現県立明石高校)設立の経費の半額を寄付したり市水産会長を勤めるなど明石の発展に尽くした・・とあります。

戦後の食糧難を解決するためにGHQと掛け合い、捕鯨の再開になんとかこぎつけましたが、戦後初の捕鯨船団の出航を見送る事無く昭和21年に亡くなりました。

大手虎口を抜けると芝生公園の向こうに2基の立派な櫓が見える。

それぞれの方角を取って「右端・巽櫓(たつみやぐら)」「左端・坤櫓(ひつじさるやぐら)」と呼ばれる。
巽=辰巳=南東、坤=未申=南西。正面が北なので、右側が南東の巽櫓、左側が南西の坤櫓であることが分かる。

よく見ると90度お互いが違う方向を向けて建てられていることも分かる!

両櫓(三重櫓)を結ぶ白壁の長塀は復元。

中央の巨大な石垣は天守台。
本丸に天守台は築かれたが、天守は建てられなかった。

石段下の「三の丸」跡(現・武蔵の庭園)から「二の丸」跡へ通じる石段。

二ノ丸の南下の登り口、緩やかな石段を登る。
この石段の幅(微妙に広くて歩きにくい)は籠(かご)の幅に合わせてあるとのこと。

城址の手前にある日時計。中央部が兜の形をしている。
明石城とはあまり関係なく、明石市内を日本標準時子午線が通ることから設置されている模様。

JR明石駅ホームより見る明石城 

プラットホームからは、本丸の白壁の長塀と左右の坤櫓・巽櫓など、城の中心部がよく把握でき見学スポットの一つ。

これは明石城だけにある蓋で、デザインも明石城。

桜の名所100選の一つなので、綺麗な桜も描かれています。
電気のマンホール。

過去の明石城訪問記

子午線の町 明石城
明石の地は、山陽道が通り、北には丹波国、但馬国への道が分かれ、淡路島、四国のルー … 続きを読む →

平成の天下普請で復元・修理された 明石城
JR明石駅北側に位置し、駅ホームより間近に望める。 縄張りは連郭梯郭混合式の平山 … 続きを読む →

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