地球上の大峡谷に似せた建物の外観は雄大で、壁面は壮大な時間と地層を模している。
峡谷の谷間からビルのシルエットを楽しむ。
ビルの一部に日が当たり神秘的だ。
壁面は壮大な時間と地層をあらわす。
ここはかつて難波御蔵があった場所。
1732年に享保の大飢饉が起こると、江戸幕府が西成郡難波村に災害救援用の米蔵を設置。
天領から運上された米を貯蔵する幕府直轄の米蔵であることから、難波御蔵(なんばおくら)と呼ばれた。
翌1733年には窮民対策も兼ねて、道頓堀川から御蔵前に至る難波入堀川(難波新川)が開削された。
1752年には難波御蔵の東方に天王寺御蔵(高津御蔵)も設置されたが、多湿で米の傷みが早いため、1791年に難波御蔵へ統合されている。
新御蔵が増築されて規模が倍増した広大な難波御蔵は、浪華名所のひとつになっていた。
まさにグランドキャニオン。
2階部分(キャニオンストリート)には、旧大阪球場のホームベースとピッチャープレートのまったく同じ位置に記念プレートが埋め込まれている。かつて数多くの名勝負がこの場所で生まれたのを記念したものである。
1950年に南海が煙草工場跡に南海ホークスの本拠地となる大阪球場を設置。
1990年まで大阪証券取引所(現在の東京証券取引所)2部上場企業の大阪スタヂアム興業が運営する野球場として使用されたが、その後は住宅展示場などとして利用され、1998年に解体された。
グランドキャニオンをイメージしたこの壮大な空間では、週末になると音楽アーティストによるライブやトークショーなど、たくさんのイベントが開かれます。
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