曼殊院門跡の幽霊掛け軸

京都府

曼殊院は、圓光寺から北へ徒歩10分ほどのところにある。
武田薬品工業の薬草研究所が目印となる。
緩やかな登り坂を少し進むと曼殊院に至る。

途中、こんもりとした森と鳥居があるが、曼殊院天満宮・弁天堂である。
ここを過ぎると、最初に目に入るのが勅使門、石垣に白壁で、皇室と深い縁のある寺院らしい雰囲気を漂わせている。
拝観入口は北にある通用門。

長い坂になっていて、昇った先に見えるのが勅使門(ちょくしもん)もちろん、天皇の勅使(使い)の方しか入れない門ですので普段は閉鎖されています。

築地の塀に5本の筋、すなわち門跡寺院としての格式の高さをうかがい知る。
曼殊院は天台宗の京都五箇室門跡(三千院、曼殊院、毘沙門堂、妙法院、青蓮院)の一つです。

築地塀を曲がったところにあるのが拝観入口。

寺伝では延暦年間(782-806)、伝教大師最澄が比叡山上に営んだ一坊がその起源とされる。
円仁、安恵らを経て、10世紀後半の僧である是算の時、比叡山三塔のうちの西塔北谷に移り、東尾坊(とうびぼう)と称したという。

最澄、円仁、安恵…というのは天台宗の法脈を表すもので、曼殊院の歴史は実質的には是算の時代から始まるといえる。
是算の事績についてはあまり明らかでないが、花山法皇(968-1008)の弟子であったという。

鶴島にある樹齢400年の五葉松は鶴を表現している。
そして、その根元には曼殊院型のキリシタン灯篭がある。
公家風で趣味豊かな良尚親王の趣向を反映している。

亀島には、もと地に這う亀の形をした松があった。
庭園右前方の霧島つつじは、五月の初旬、紅に映えて見事である。

この枯山水は、禅的なものと王朝風のものとが結合して、日本的に展開した庭園として定評がある。
亀島の手前にある可愛らしい「梟の手水鉢」は、月の光を手水鉢に反射させ部屋に光を取り込むために使われたそうです。

秋は紅葉で朱に染まり、5月は霧島ツツジが見事である。
観光で訪れた際は、書院からゆっくり眺めるのもおすすめ。

通常は非公開の茶室「八窓軒(はっそうけん)」は小書院奥にあります。
小書院から更に奥へと進むと現在、現在特別公開されている「上之台所」へ続いています。

文豪 谷崎潤一郎寄贈の鐘。

拝観順路にしたがって進んだ最後には、幽霊の掛け軸があります。
何に惹かれてか、訪れた観光客はそれをカメラに収めて帰る。
だが、しばらくすると撮影したプリントだけでなく、ネガまで添えて曼殊院に返送してくるという。

曼殊院門跡が、滋賀県の寺の住職を三十年ほどつとめていたとき、土地の農家の人が一幅の掛け軸を納めに来た。
あまりにも不幸がうち続くので、人に相談したところ、幽霊を描いた掛軸を所蔵していたためだと指摘されて、寺へ納めてご供養をして欲しいという。

誰が描き、どういう経緯でその人の手元に渡ってきたのかも定かでなかったが、納めて供養をしてもらうとその家の不幸はピタリと止んだという。

その掛軸が曼殊院に来て二十年余、新たに二本の幽霊を描いた掛軸が曼殊院に納められ、三本の掛け軸は毎年八月一日から三十一日まで、供養を兼ねて一般に公開されている。
落款(らっかん)は節堂とある。

クラブツーリズムのお勧めツアーはこちら!

曼殊院門跡へのアクセス、行き方歩き方

曼殊院門跡公式サイト

・住所: 京都市左京区一乗寺竹之内町42
・TEL:075-781-5010
・ 拝観時間:9:00~17:00 (受付は16:30まで)
・ 拝観料:500円
・ アクセス:市バス「一乗寺清水町」下車、東へ徒歩約20分
叡山電鉄「一乗寺」下車、東へ徒歩約23分