毘沙門枝垂れは秀逸 春の毘沙門堂

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毘沙門堂(びしゃもんどう)は、京都市山科区にある天台宗の寺院。
山号は護法山。護法山安国院出雲寺とも称す。本尊は毘沙門天。

天台宗京都五門跡の一であり、「毘沙門堂門跡」とも呼ばれる。

この時期山科駅からの参道は桜一色だ。

沿道の民家、台杉とのコラボレーションが素晴らしい。

寺伝によれば、毘沙門堂の前身の出雲寺は文武天皇の勅願により、大宝3年(703年)行基が開いたという。

その後、平安時代末期には出雲寺は荒廃していたが、鎌倉時代初期、平親範が平家ゆかりの3つの寺院を合併する形で再興。

中世末期には再び荒廃していたが、近世に至り、天海とその弟子の公海によって現在地に移転・復興され、天台宗京都五門跡の一として栄えた。

中世には出雲寺は桜の名所として知られ、藤原定家の日記『明月記』や、『沙石集』(無住道暁編)にも言及されている。

仁王門から眺める春の毘沙門堂境内、奥の屋根は本堂。

春は名高い桜の名所「毘沙門枝垂れ」「一目千両」とも呼ばれる宸殿前の樹齢150余年、高さ約10m・枝張り約30mのシダレザクラ「般若桜」や約40本の桜が境内を彩る。

後西天皇皇子の公弁法親王(1669 – 1716)は当寺で受戒し、晩年には当寺に隠棲している。

以後、門跡寺院(皇族・貴族が住持を務める格式の高い寺院の称)となり、「毘沙門堂門跡」と称されるようになった。

4月のはじめの日曜日には「山科毘沙門堂観桜会」が行われ、筝の演奏と共にお茶席(有料)が設けられる。

医薬門から下を見る。

山科義士まつりの義士隊は、ここから出発する。

この毘沙門堂門跡の公辧法親王は、赤穂浪士たちの処分について将軍綱吉に意見を求められ、「本懐を遂げた浪士を生き永らえさせて世俗の塵に汚すよりも、切腹させることによって尽忠の志を後世に残すべきである」とし、これによって綱吉は切腹を命じる決断をしたと伝えられる。

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毘沙門堂へのアクセス、行き方歩き方

京都市山科区安朱稲荷山町18
電話: 075-581-0328

JR・京都市営地下鉄東西線山科駅、京阪線京阪山科駅から北へ、徒歩約15-20分。

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