金沢城 石垣めぐり

金沢城では、前田利家の入城後、本格的な石垣づくりが始まりました。

出入口や庭園といった場所に応じて、特殊な技術やデザインが工夫されたこと、また何度も修築が繰り返されたことなどから、現在、さまざまな種類の石垣を見ることができます。

石川門の枡形。
もちろん石垣がある。

枡形の2面は門で、残り2面が石垣でその上に土塀がある。
この石垣、よくみると積み方が異なっている。

外から入って正面が切り込みハギ積み、入って左側は打ち込みハギになっている。

面が違うとはいえ同じ場所であり、不思議である。
手元にあるパンフレット、”金沢城の石垣めぐり”では、明和2年(1765)の改修時のもの、と書かれている。

どちらが古いのかは明確には書かれていないのだが、一般には切り込みハギの方が新しい技法である。

左右で違うのはおかしい、と書かれて古文書もあるそうだ。
積みなおす際に新しい技法を使った結果なのかもしれないが、やはりちょっと違和感もある。

打ち込みハギ積みの石垣には櫓があるので、石垣をそのままにしたのかもしれない? 理由はわからない。

切石積み、割石をさらに加工した切石を用いて、隙間なく積む技法で出入り口など重要な部分の石垣に見ることができる。

菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓石垣

ここから見える三の丸側が「粗加工石積」、裏手の二の丸側が「切石積み」となっている。

「粗加工石積」の多くは郭の外周などに、「切石積み」は出入り口など重要なところによく見られる。

東の丸北面石垣

前田利家が、文禄元年(1592年)、平山城であった金沢城の石垣改修を行った時のもの。

城内で最も古い技法が用いられており、金沢城の初期の姿を伝える数少ない貴重なもので、 自然石や粗割しただけの石を緩い勾配で積み上げた「野面積み(のづらづみ)」になっています。

創建:文禄(1592〜1595年)頃 ・改修:一部改修の後が見られるが時期は不明 ・現状:創建時の姿がよく残る。

数寄屋敷 石垣

数寄屋を取り囲む低い石垣を見ると、キレイに直方体に加工された殆どの石材に刻印がされている一種異様な状態だった。

鉄門石垣
本丸への入口となるのが、鉄門。

「切り込みハギ」の技法で、表面を多角形に加工を施したすぐれたデザインで、丁寧なつくりになっている。

宝暦の大火(1759年)で金沢城は大きな被害を受けましたが、続く明和・安永年間に、さかんに石垣の改修が行われました。

創建:寛永8年(1631年)頃 改修:明和3年(1766年) 現状:明和3年改修時の姿を残す

三十間長屋石垣

「切り込みハギ」で、表面の縁取りだけをきれいに揃え、内側を粗いままにしておく「金場取り残し積み」という技法が用いられている。  

精密な細工をしながらも、わざとあらあらしく見えるように工夫されている。

戌亥櫓石垣

「打ち込みはハギ」の積み方をしていながら、 石の隙間に平らな石をはめ込むことで「切り込みハギ」のように見せる技法が用いられている。

長い年月の間に、はめ込まれた石が抜け落ちている箇所があるので、 はめ込まれた石が残っているところと抜け落ちたところを比較すると面白い。

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金沢城へのアクセス、行き方歩き方

石川県金沢市丸の内1番1号
TEL 076-234-3800

金沢駅―――兼六園下下車――― 金沢城公園(石川門口)・兼六園(桂坂口)
金沢駅―――広坂下車――― 金沢城公園(玉泉院丸口)・兼六園(真弓坂口)
金沢駅―――出羽町下車―――兼六園(小立野口)

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