二王座歴史の道散策

この地区は、古く祇園社(現在の八坂神社)が鎮座し、その門として仁王門があったことから、二王座を呼ばれるようになったと言われています。

長い間区画整理が行われていないという町並みは、起伏に富んで坂が多く、慣れないと迷子になりそうなほどです。

かつて関ヶ原の戦いによって転封された稲葉家に従って、岐阜から臼杵へやってきた商人たちが造り酒屋や商店を構え、今も当時の佇まいをそこかしこにとどめています。

中でも、廃寺を改修し無料休憩所として開放されていてる旧真光寺の2階から眺める二王座の風景は多くの旅人に安らぎを与えています。

二王座の辺りは、阿蘇山の火山灰が固まってできた凝灰岩の丘で、あちこちの岩を削り取って道を通しています。

「切通し」と呼ばれ、臼杵を代表する景観のひとつです。
雨が降ると濡れた石が黒く輝き、一段と風情が増す。

龍原寺の三重塔は太子塔とも呼ばれ聖徳太子を祀る塔で、江戸期・安政5年(1858年)竣工の木造三重塔。
京都か奈良にいるような錯覚におちいります。

旧臼杵藩主稲葉家下屋敷は、廃藩置県後に東京に居を移した旧藩主、稲葉氏の里帰りのための住宅として、1902年(明治35年)に建てられたもの。

1993年(平成5年)に国の都市景観100選に選ばれています。

3500平方メートルの敷地と庭園は、その風情を今に伝えている。
書院造りの奥座敷や、謁見の間の表座敷など、和の心づかいを随所に感じる格式高い屋敷。

二王座は、徳川3代目将軍家光公の乳母になる春日局が一時居住したところでもあります。

旧平井家住宅は、稲葉家別邸に隣接している江戸時代の建築様式を残す上級武士住宅。

西暦1600年に臼杵湾に漂着したオランダ船リーフデ号と市の木カボスのデザインされた汚水管マンホール蓋。

まるで道標(みちしるべ)ですがちゃんと「おすい」の表示があります。
「二王座歴史の道」を中心として上に旧真光寺、下に「稲葉家土蔵」左に「名産のフグのイラスト」を表記。

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二王座歴史の道へのアクセス、行き方歩き方

大分県臼杵市二王座
TEL:0972-63-1111 臼杵市産業観光課

JR日豊本線「臼杵駅」から徒歩10分

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