春近し 長居植物園


三寒四温の日が続き春の近づきが感じられるこの頃、今日は暖かい日差しに恵まれサギもあたたかさにさそわれて日向ぼっこ。

スイセンはわが世の春と咲き誇る。

梅もそろそろ最盛期を迎える。

若い芽が芽吹くこの時期、枯れ芙蓉はなにか絵心を刺激してくれる。

ネコヤナギも芽吹いてきました。

クリスマスローズは今が盛り、下を向いて咲く花が多く撮影には難儀。

シンシローバイも見頃。

カンツバキも華やぎを添える。

少し気が早いかな、早咲きのチューリップが登場。

室内の温かいところではハナキリンも見られる。

シクラメンもあでやかさを競う。

ハツユキカズラの紅葉もきれいです。

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大阪市中央公会堂


大阪市中央公会堂(通称:中之島公会堂)は、1911年(明治44年)、株式仲買人である岩本栄之助が公会堂建設費として当時の100万円(現在の貨幣価値にしておよそ数十億円とも)を寄付したことにより、1911年8月に財団法人公会堂建設事務所が設立され、建設計画が始まった。

特別室に入るとまず目に飛び込んでくる壮大な天井画!!

日本神話から「天地開闢(てんちかいびゃく)」の様で高天原に生まれた三柱の神。

伊邪那岐に天沼矛を授けようとする天津神。

堀江を開削し 茨田堤(まむたのつつみ)を築き、高津宮を難波に造営した仁徳天皇。
画は 仁徳天皇が 淀川の治水工事の関して臣下から説明を受けているところだろうか。

北浜の風雲児と呼ばれた相場師・岩本栄之助は渋沢栄一が団長となった1909年(明治42年)の渡米実業団に参加し、アメリカ大都市の公共施設の立派さや富豪たちによる慈善事業・寄付の習慣に強い印象を受けた。

彼は父の遺産と私財をあわせた100万円を公共施設建設に寄付することを決め、蔵屋敷の廃止後衰退し再生を模索していた中之島に公会堂を建設することにした。

見事なステンドグラス!中央円部分の四隅のリボンのような紋様が大阪市の市章である「みおつくし」になっています。

このリボン、実は大阪の市章「みおつくし」をモチーフにしたデザインなのだそう。

「みおつくし」とは、船の航路を示す目印として海に立てられた杭のことで、川が多いため水の都と言われた大阪市が、明治時代に市章として採用したものです。

扉の模様も描かれているように見えて、実は色の異なる木を模様に切り出しはめ込むという木工象嵌(もっこうぞうがん)という技法が用いられています。

このような技術者はもういないという。

このカーテンは建設当時の物を復元したもので、図柄は「四騎獅子狩文錦(しきししかりもんきん)」と言い法隆寺に伝わる国宝から取っているそうです!

四騎獅子狩文錦は1400年以上むかしササン朝ペルシャで流行した文様である。
この錦はササン朝ペルシャで製作されシルクロードを通って隋朝の中国にもたらされたかまたは中国でペルシャ人織工によって織られたかまたはペルシャ織を学んだ中国人染工、織工によって中国で製作されたのだろう。

いずれにせよ遣隋使小野妹子が日本に持ち帰り厩戸の皇子( 聖徳太子 )に献上した。

太子は行啓(ぎょうけい)の際、この錦を御旗とした。

隋、唐の文明も 西域の影響を受けていた。

この大理石の床には所々に化石も見られます。

なによりも一枚一枚タイルが敷き詰められているように見えますが、実は大きな石一枚に筋を入れて9枚のタイルに見えるよう細工されているそうです。

この部屋はツァーの対象外、何か催しの準備中。

地上3階地下1階建ての建築内部は階段部分のみ吹き抜けになっていて、手すりのレリーフなども凝ったデザインが施されています。

また地下一階展示室北側の階段脇には、創建当時、地中に打ち込まれた松杭も保存展示されています。

通常時のガイドツアーは要予約で月に5日ほど設定日があります。

コースは、特別室と展示室や地下一階の見所を案内してもらえる30分ほどのベーシックコース(500円)と、地下1階のレストランでのランチ付きスペシャルコース(2000円)の2種類。
どちらも公会堂オリジナルグッズのお土産付き。

大会議室の緞帳が廊下の壁に保存されている。

この緞帳は五代目で1968年公会堂の建設50周年記念に造られた。
そごう百貨店、日本生命によって寄贈された。

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間もなく一番きれいな時期を迎えます 大阪城梅園


間もなく暦の上では雨水、昔から農耕の準備を始める目安とされてきた。

大阪城梅園の花の期間は長く12月下旬から3月中旬まで。

梅園が一番きれいな時期は2月下旬~3月上旬とされる。

梅園は画像の右側、雁木坂を下ったところにあります。

梅林は「市正曲輪」という場所にあります。
豊臣時代に秀頼の後見人であった片桐市正(いちのかみ)且元の屋敷のあった場所。

江戸時代には城内警備に当たる大番職を助勢する加番職のための三つの屋敷(加番小屋)が南から順に立ち並んでいた場所でした。

しかし戊申戦争の折りに全て焼失しており残っていません。

梅は、大阪万博後に北野高校同窓会から22品種880本を寄贈されたことに始まります。
それも現在では100品種1270本を超える梅の数となり、様々な種類の梅が楽しめるスポットとなっています。

一重野梅(ヒトエヤバイ)

金獅子(キンジシ)

金獅子の名はその枝振りが唐獅子の頭髪に似ているところから付けられ たようです。

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face


公園で岩を見つめていると何となく人の顔に見えてくることがありますね。

何かあらかじめ企画してそうしたのではと思える。

こちらにも顔がたくさん見える。

時には知った人の顔に見えたり。

こういう楽しみもたまにはいい。

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心癒される都心の夕焼け


夕焼けって何かほんのりとしたものを感じませんか、意味もなく涙が出そうになったり。

今、寒波に襲われ北陸では大変なことになっています、何か冷気も感じますが、暖かくもある。

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中之島緑道散策

中之島公園(淀屋橋北詰)から肥後橋北詰まで延長400mの中之島緑道は、土佐堀川沿いにケヤキ、ツバキ、ツツジやなどの木々や10体の彫刻が並んでおり、四季を感じさせる歩道になっており格好の散策路。

風標(作:斉藤 均・平成元年3月)

その風はどんな風かな、穏やかなそよ風を想像する。。

十魚架(作:天野裕夫・平成元年3月) ↓

十字架ではなくて、十魚架とは。
その想像力に脱帽。

大きな足、それに垂直に立っている人、その体を水平に貫いている魚、とてもついていけない。

何か叫んでいるよう、それにしても頭の上にあるのは手か。

日溜(ひだまり)(作:河合 隆三・平成元年3月) 

「TWO RING~空間の軌跡~」曲線が美しい作品。

「雲の詩」

風船のような造形と女性像。

いずれもユニークで散歩を楽しいものにしてくれる。

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中之島界隈


水晶橋にさしかかったアクアライナー。

佐賀藩蔵屋敷跡

江戸時代、各藩は大川界隈に蔵屋敷を持ち、米や特産物などの多量の物産を船で搬入していた。

また屋敷内には御船入という入堀を作り、その入堀への水路をまたぐ橋(船入橋)が架かっていたが、平成2年 (1990)に現裁判所地に入堀跡が確認されて、佐賀藩蔵屋敷跡であることが裏付けられた。

この船入橋は近松門左衛門 『心中天の網島』の中では冥土へ 旅立つ男女の姿を見送る「名残 の橋」として書かれている、また佐賀藩蔵屋敷の浜辺は「鍋島の浜」と呼ばれ、井原西鶴の『好色五人女』では月見の名所として登場し、夕涼みの場、夏には盆踊りでも有名であったといいま す。

西天満若松浜公園、川沿いのテラス。
陽だまりで憩う市民の姿が見られる。

日向ではスズメが飛び交う。

テラスから淀屋橋方面を望む。

橋の南西に居を構えていた江戸時代の豪商・淀屋が米市の利便のために架橋したのが最初で、橋名もこれに由来する。

米市は橋の南詰の路上で行われていたが、1697年(元禄10年)に堂島へ移った。
現在の橋は都市計画学者でもあった關一第7代大阪市長による御堂筋拡幅工事の一環として、1935年(昭和10年)に完成した鉄筋コンクリート造りのアーチ橋。

「緑の賛歌」は、大阪市中之島公園にある。
緑豊かな文化の香り高い街づくりの推進にと、浅井鉞次郎氏が大阪市に寄贈した作品で1973年4月16日に除幕式が行われた。

約8メートルの台座に立つ4.3メートルの裸婦像は、本郷の野外彫刻の中でも最も大きなものです。

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老松町散策


美と文化の街、おおさか西天満界隈にある老松町は、古美術と骨董の店が集まった街。

東洋古美術・骨董品や西洋アンティークの掘り出し物を探せ、画廊を見て回るなど古美術・骨董品が好きな方や美術愛好家にはワクワクするエリア。

かつては大阪天満宮の表参道として栄えた老松通り。
今は大阪天満宮に合祀された老松神社が、通りの名の由来。

神功皇后が筑紫からの帰路に、現老松通り付近の町にあった巨木のおかげで風浪を避け、無事に上陸できたことへのお礼に、巨木付近に神社を建立したことからこの名前になったとされる。

骨董屋の前に大きなツボ、何に使うのだろう。

古美 術店と画廊だけでなく、日本料理や画廊喫茶、こだわ りのある雑貨店などが多数あり、賑わっていまる。

気になる看板を見つけた。

大江ビルヂング

大阪高等裁判所に近いことから、大正時代に大江という弁護士が建てた巨大な法律家向けのテナントビル。

現在も法律事務所が多く入っていますが、最近はギャラリーやショップも増えたようです。

ネット情報では、建てられた当初には、「地下に食堂、理髪店、貸金庫。2階には売店・暗室、3~5階にレンタル応接室、1階ホールにはビリヤード台やバーカウンターまで設えた、ホテルのようなサービスを提供していた」とか。

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司馬遼太郎菜の花忌2018スタート


この日ボランティアの皆さん、地域の皆さんが昨年の9月から丹精込めて育てた菜の花が記念館の書斎前を飾りました。

指宿市民の皆さんから送られた菜の花がエントランスを飾ります。

まだまだ早春、寒い日が続いていますが蠟梅が殺風景な景色に彩を添えています。

菜の花忌のスタートは昨日、報道機関に発表されたので、夕刊や朝刊でご覧になった方もおられるでしょう。

先日からテレビ放映に合わせて原作「翔ぶが如く」の企画展が開かれています。

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雨に濡れる さびれた港町


海沿いの町にやってきた。

風が舞い、小雨が降りそぼる。

冬の海は寂しいもんです。

ひとけまったくナシ。

ゴーストタウンかと見まがう。

夏の喧騒の名残がわびしい。

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