春から初夏へ 長居植物園


春はあっという間に過ぎ、はや初夏の雰囲気。

長居植物園も花が咲き誇って彩を添えている。

大花壇は色とりどりの花が咲き競う。

新緑を楽しむ若いママさん。

ミドリが濃くなり、中にハナミズキの白が目立つ。

新緑のクスノキ、赤い若芽がかわいい。

カツラの若葉、陽に透かして見る、かわいい。

大池に移り込む新緑がきれいです。

一文字橋の映り込みもきれい。

いつもの定点観測の場所。

小池の脇、新緑がきれいです。

渓流が小池へ流れ込む。

小池に移り込むメタセコイヤの林。

向こう岸を散策の人が通り過ぎる。

万葉の道。

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名残の桜 長居植物園

桜はほぼ終息の感があるが長居植物園の広い園内には様々に品種の桜が華やかさを競っている。

オモイガワ(別名:思川桜、学名:Prunus x subhirtella ‘Omoigawa’)は日本の栃木県小山市原産の栽培品種のサクラ。

1954年(昭和29年)に小山市の小山修道院の庭先で東京大学理学部付属植物園元主任の久保田秀夫がジュウガツザクラの実生を採取して植えて育てたところ、ジュウガツザクラとは違う特性を持った突然変異のサクラが育った。

これを日光植物園で栽培品種の新種として固定し、小山修道院の付近を流れる思川に因んで命名されたのがオモイガワ。

サトザクラの歴史は、人々がサクラを庭に植え始めた平安時代からと言われる。

このころから品種の育成が行われ、人為的な交配や突然変異、野生のものからの選抜育成などが続けられた結果、200種以上のサトザクラが誕生した。

オオシマザクラの影響は大きいと言われる。

サトザクラは往々にして人間の観賞用に改良されてきたため、花びらの数の多いものや、見栄えのするものを選んで作られている。
八重咲き、枝垂れ咲きの種類も多い。

ソメイヨシノはほぼ終わっているが中には残って咲き続けているものもある。

カンザン (関山 学名:Prunus lannesiana Wils. cv. Sekiyama )はバラ科サクラ属の植物。

サトザクラ群の桜で、日本原産の園芸品種のヤエザクラ。

学名にはセキヤマという名が登録されており、別名はセキヤマ。
どちらの読みが正しいかは分かっていない。

四月中旬から五月上旬にかけて花期を迎える。
花や蕾の色は濃い桜色であり、八重咲きである。

花弁は多い場合は50枚を超える。
花は大輪であり生育条件が整えば5cmを越えることもある。

雌しべは2本葉化しており、花の中心から突き出ている。
花の時期には葉が生えている場合が多い。

また、花が長い期間持つことも特徴であり、長い期間楽しむことができる。

フゲンゾウ(‘普賢象’ 学名:Cerasus ×lannesiana Carriere, 1872 ‘Alborosea’)はバラ科サクラ属の植物の一種。

サトザクラ群の桜で日本原産の園芸品種のヤエザクラ。

八重咲きのヤエザクラであり、大輪の花を咲かす。
四月の下旬に最盛期を迎える。

花は若いうちは薄紅色をしており、徐々に白くなっていく。
最盛期を過ぎると徐々に花の中心部が赤く染まる。

雌しべが花の中央から2本出ており、細い葉のように葉化している。
この雌しべが普賢菩薩の乗る普賢象の鼻に似ている事からこの名前がつけられた。

異称に普賢堂というものがある。

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桜が見頃を迎えた 茶臼山


公園本体との間には河底池(かわぞこいけ・こそこいけ、通称ちゃぶいけとも言う)があるが、これは788年(延暦7年)に和気清麻呂が、大和川や河内湖の排水と水運のために上町台地をここで開削しようとして失敗した跡地とも言われる。

5世紀ごろの全長200m近い前方後円形古墳であるという説がなされている。

しかし1986年の発掘調査結果によると、古墳に欠かせない葺(ふ)き石や埴輪(はにわ)が全く見つからなかった。

一方、規則正しい作られ方をしている盛り土は、堺市の大塚山古墳や御勝山古墳にも共通していることから、茶臼山が古墳丘ではないとも断定できず、専門家の間で議論が繰り広げられ、結論が出されていないのが現状。

1614年(慶長19年)の大坂冬の陣では茶臼山一帯が徳川家康の本陣となり、翌1615年(慶長20年)の大坂夏の陣では真田信繁(幸村)の本陣となって「茶臼山の戦い(天王寺口の戦い)」の舞台となった。

明治以降は住友家邸宅の敷地の一部となっていたが、1925年(大正14年)に住友家から邸宅敷地(現・大阪市立美術館)、慶沢園とともに大阪市に寄付され天王寺公園の一部となった。

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春爛漫 慶沢園


桜のシーズンになると慶沢園の桜とあべのハルカスのコラボを楽しめます。

元は住友家の茶臼山本邸庭園として、1918年(大正7年)に完成した。

1908年(明治41年)に木津聿斎の設計、小川治兵衛の作庭により造園が開始されて以来、完成までに10年を費やしている。

大小3つの島が浮かぶ池の周囲の林間を回遊し鑑賞する様式(林泉回遊式)で、全国から名石・名木を集めた広大な庭園となっている。

1921年(大正10年)に住友家が大阪市に寄付を打診。
1925年(大正14年)に住友家本邸が神戸に移転したことで、隣接する旧本邸敷地(現・大阪市立美術館)、茶臼山とともに寄贈された

治兵衛は山県有朋の無鄰庵を手掛けて以来、京都を中心に活躍し、日本の近代造園に大きな足跡を残した造園家で、彼の手になる庭園は国や京都市の名勝などに多く指定されている。 

慶沢園は、大名庭園をモデルとした林泉式回遊庭園である。

中島を浮かべた大池を中心に、三方に築山を築き変化に富んだ地形をつくり出している。

周辺には園路や飛石、橋をめぐらせ、茶室や四阿(あずまや)が配されている。

南門を後にして茶臼山に向かいます。

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仁徳陵界隈の桜


御陵通り、桜が見頃で見事。

大仙公園内には様々な種類の桜が約400本植えられており、毎年春には、花見を楽しむ家族連れなどで賑わう。

1989年(平成元年)に「日本の都市公園100選」、「大阪みどりの百選」、2014年(平成26年)には「日本の歴史公園100選」にそれぞれ選ばれた。

櫻街道

かつて芝生広場を縦断していた市道は馬ヶ背街道と呼ばれていました。

将来はなくなる街道の名残を後世に留めようと平成7年からシダレザクラの街道整備が始まり、公園整備や維持管理に合わせて充実し、植栽されたシダレザクラは65本、早咲きのシロヒガンシダレがソメイヨシノより10日ほど早く開花し、ヤエベニシダレとベニシダレがソメイヨシノと同時期に咲き始め、4月中旬まで艶やかな花を楽しめます。

平和塔

大仙公園の中央部に、昭和46年に建設された。

第2次世界大戦で、なくなった堺の多くの戦死者や、戦没者の方々の霊をなぐさめ、ニ度と戦争の無ない、いつまでも平和な世の中であってほしいという願いをこめて建てられた。

高さは約60メートル、地上十五階建ての三角柱の建物で、堺市の市章にもあるように、摂津・河内・和泉の三つの国の国の境に栄えた町というところから三角の塔になっています。

朝日寺(ちょうにちじ)は、大阪府堺市堺区大仙町にある日蓮宗の寺院で山号は霊鵲山。

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千本松 徒歩と渡しで空中散策


大阪市の管理で、1973年(昭和48年)に架設された。

両端部の2階式螺旋状坂路(720度ループ)を含めて道路長は1228mあり、橋の形状をメガネに見立てることから、地元ではめがね橋の愛称で呼ばれる。

「千本松大橋」の名称は、江戸時代にこの地の木津川堤防に沿って多くの松が植えられていたことに由来している。

車道と歩道があり、自動車・歩行者ともに通行可能。橋を通るバスも存在する。

木津川の両岸には工業地帯や造船所が広がり、大型船が頻繁に航行していた。
そのため、船の運航に考慮して、通常の橋が架橋できなかった。

かつて自動車は上流の橋まで大きく迂回しなければならず、特に大正区南部の住民には交通面での不便を生じさせていた。
交通の便を改善する目的で、桁下の高さを高くとったループ橋・千本松大橋が建設された。

流石に見晴らしはよくプラントの向こうに空中庭園やフェスティバルホールまで見渡せる。

しかし、橋が完成した同年、第一次オイルショックやそれに伴う著しい景気の悪化などの影響により、両岸にあった大型船を建造する造船所は一気に衰退し、またその他の工場でも規模を縮小したために、皮肉にも、橋の完成と同時に航路高が33mも必要とする大型船の航行はなくなってしまっていた。

千本松大橋の両岸である大正区南恩加島・西成区南津守の一帯は、江戸時代に開かれた新田だ。津守新田は元禄13年(1800年)、京都の商人・横井源左衛門と金屋源兵衛が、恩加島新田は文政12年(1829年)に開拓者・岡島嘉平次が拓いたものである。

木津川の左岸には、建築土木資材を製造する「太平洋マテリアル」の工場が眼下に見えます。

明治後期になると、田園地帯だった木津川下流域に開発の手が入る。工業が盛んになり、造船所などの工場が増えていった。

それに伴って人の往来も増え、川を渡る手段が必要になってくると、渡し舟が運行されるようになった。

千本松渡がいつごろ設けられたものかは定かでないが、大正時代の中ごろにはすでにあったようである。

対岸に千本松の渡しが見える。

この地には従来から、木津川を渡る渡船場・千本松渡船場があり、大正区~西成区相互での歩行者や自転車の移動に利用されてきた。

渡船を管理・運営する大阪市は、千本松大橋の開設に伴い、当初は千本松渡船場を廃止する計画だった。

しかし「橋ができても、高さ36m(ビル12階の高さに相当する)、総延長1.2kmの橋の渡橋には、歩行者や自転車にとっては所要時間・体力面ともに大変になる」などとして、渡船場の存続を求める住民の声が高まった。

住民の声を反映して大阪市は当初の渡船場廃止計画を撤回、千本松渡船場は現在に至るまで存続されている。

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落合下の渡し


落合下渡船場は、大正区平尾一丁目と西成区津守二丁目を結ぶ(岸壁間138メートル)。

平成29年度現在、1日平均393人が利用している。
毎年10月下旬から翌年4月下旬にかけて、数百羽のユリカモメが飛来する。

この渡船場も通勤時間帶はほぼ10分毎に出船している。

上流側を見ると先ほど渡った落合上渡船。水門、大阪ドームなどが見える。

この辺りは金属のスクラップ工場が多く船にスクラップを積み込む作業が見られる。

岸壁はこのような状態で見通しはきかない。

平尾(ひらお)は大阪の港湾部、大正区の南部にあるまち。

1771年に平尾与左衛門によって「平尾新田」として開拓されたことからその名が付いた。

大正区は歴史的な経緯から沖縄出身者の多いところで、中でもこの平尾地区には特に多くのウチナーンチュが集まって暮らしています。

メインストリートの平尾本通商店街には、沖縄そばや島豆腐、サータアンダギー、そしてオリオンビールなど、沖縄の料理や食材がごく普通に並んでおり、住宅街にはシーサーの姿も見られます。

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落合上の渡し


大正9(1920)年には旧道路法が施行され渡船は無料になり、現在の運行方法が確立した。
現在でも、大阪市には8つの渡船が残り、市民の足として活躍しています。

落合上渡船場は、大正区千島1丁目と西成区北津守四丁目を結ぶ(岸壁間100メートル)。
平成29年度現在、1日平均484人が利用している。

「木津川水門」は、造船所などが立ち並ぶ、木津川にある尻無川水門と同じタイプの、アーチ型の巨大水門です。

この水門が、完成したのは1970年(昭和45年)の11月。

台風などで押し寄せる大阪湾からの高潮をせき止める重要な役割を担っています。

毎月1回程度開閉試運転のため閉まっているのが見られる。

この辺りはセメントのプラントなど大型の工場が多く視界はきかない。

うず高く積み上げられたスクラップ、フェンスなどが視界を遮る。

西成高校および西成公園は、元は大日本紡績の木津川工場があったところ。

日本近代の工業化は紡績産業の発展から始まりました。
その中心を担ったのが明治16年(1883)に大正区三軒家村に出来た大阪紡績の三軒家工場。

昭和4年(1929)には大阪港からの綿製品の輸出額がイギリス を押さえて世界第1位となり、大阪は 「東洋のマンチェスター」とまで呼ば れるようになります。

大阪紡績は他社と合併して世界最大の紡績会社に発展したが、しかし、戦争の激化とともに三軒家工場は軍需工場に転換させられ、昭和20年(1945)3月の 大阪大空襲で無塵と化した。

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チン電我孫子道停留場


我孫子道停留場(あびこみちていりゅうじょう)は、住吉区清水丘にある阪堺電気軌道阪堺線の停留場。

大阪市内区間と堺市内区間の境界駅でもある。

浜寺駅前 – 天王寺駅前系統の電車は、一部の除き本停留場で乗務員の交代を行っている。

入庫列車以外の当駅止まり列車は、一度浜寺駅前方面へ引き上げてから出庫待機線に入って恵美須町方面ホームに入る。

ただし、大きな遅れが出た場合は直接車庫に入って折り返す(これなら2分弱もあれば折り返せる)。

なお、日中の当駅始発恵美須町行きは天王寺駅前行きが出発するまで出発待機線を出ないが、ダイヤ上少しでも天王寺駅前行きが遅れると一本後の恵美須町行き列車が出発待機線まで来る事がある(なお、出発待機線は2両分あるので浜寺駅前方面本線を塞ぐ事は無い)。

1番のりばはホーム長さが2.5両分ほどあり、朝ラッシュや正月3が日などの列車錯綜時は手前の場内信号に併設されている誘導信号の指示で、2列車(ダイヤが混乱して、さらに続行列車が我孫子道止まりの場合に限り3列車)まで入線可能。

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早春の長居植物園


シバザクラも満開です。

ビオライエローピンクジャンプアップという名だそうです。

ムスカリ、地上すれすれに。

チューリップは見頃を過ぎていますが部分はまだまだきれいです。

まだ梅も残っています。

枯れ木の中に桜とレンギョウ。

春の草花、桜、レンギョウのコラボレーション。

竹林からハナナを透かして見る。

竹林の緑とハナナがさえます。

スモモもきれいに咲いています。

ヤナギがとてもきれいです。

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