京都府

都をどり 2013

都をどり 2013が祇園甲部歌舞練場2013年4月1日~4月30日の予定が開催されている。 開演中は撮影禁止なのでお茶席の模様等を中心にお届けします。 都をどり開催場として、明治6年建仁寺塔頭清住院が歌舞練場として改造され、第2回目からここ...
北陸

加賀藩の秘策 人呼んで、忍者寺 妙立寺(みょうりゅうじ)

妙立寺(みょうりゅうじ)とは、石川県金沢市にある日蓮宗の寺院。山号は正久山。 潮師法縁。 加賀藩第三代藩主前田利常が創建した。 複雑な建築構造と外敵を欺く仕掛けから、忍者寺(にんじゃでら)とも呼ばれる。 当時、幕命で3階建て以上の建物は禁止...
北陸

日本三名園 兼六園

17世紀中期、加賀藩により金沢城の外郭に造営された藩庭を起源とする江戸時代を代表する池泉回遊式庭園。 広さは約3万坪。岡山市の後楽園と水戸市の偕楽園と並んで、日本三名園の一つに数えられる。 1922年に国の名勝、1985年には国の特別名勝に...
京都府

智福山法輪寺 十三まいりのお寺

法輪寺(ほうりんじ)は、京都市西京区にある仏教寺院。山号は智福山。 宗派は真言宗五智教団に属する。 通称:嵯峨虚空蔵。 平安時代には、清少納言の「枕草子」の寺の段において、代表的な寺院として記されており、「嵯峨の虚空蔵さん(こくぞうさん)」...
京都府

小督局悲恋の地 清閑寺

歌の中山清閑寺、和歌や古典文学に名高い清閑寺は由緒ある寺で延暦21年(802)に天台宗の寺として創建されました。 高倉天皇の寵愛を受けた小督局(こごうのつぼね)がここで尼となったと伝え、山門を入ったところに、その供養塔がある。 六条天皇稜・...
京都府

小督の局ゆかりの地 嵐山 法輪寺界隈

高倉天皇の寵姫小督は時の権力者平清盛に追われ嵯峨嵐山近辺に隠れ住んだという。 法輪寺の寺伝にはそういった記述は見当たらないが、嵐山近辺にはそれとうかがわせる遺跡が残されている。 「法輪に参れば、琴こそ聞こえ来にけり」の法輪寺と渡月橋。 法輪...
北陸

金沢 長町武家屋敷跡

長町界隈は、かつての藩士が住んでいた屋敷跡であり、土塀の続く町並みの中では今も市民生活が営まれています。 石畳の小路を散策すれば、当時の雰囲気がしのばれます。 加賀藩時代の上流・中流階級藩士の侍屋敷が軒を連ねている。 土塀と石畳の路地が続い...
北陸

前田家十七代の藩主と正室をお祀りする尾山神社

社伝によると、 前田利家公の沒後、その霊を神として奉祀しようとしたが、当時はばかる所があって、越中国射水郡守山海老坂鳥帽子峰に鎮座の八幡大神を遷座すると称して、その実公の霊を加賀国卯辰山麓に鎮座の卯辰八幡社に奉祀した。 初代加賀藩主前田利家...
北陸

南北朝、戦国争乱の城と恋物語 金ヶ崎城址

金ヶ崎城は敦賀市北東部、敦賀湾に突き出した海抜86メートルの小高い丘(金ヶ崎山)に築かれた山城である。 治承・寿永の乱(源平合戦)の時、平通盛が木曾義仲との戦いのためにここに城を築いたのが最初と伝えられる。 ここ金ヶ崎は大きな二つの戦闘の舞...
北陸

加賀百万石の威容 金沢城

金沢平野のほぼ中央を流れる犀川と浅野川とに挟まれた小立野台地の先端に築かれた、戦国時代から江戸時代にかけての梯郭式の平山城である(かつて「尾山」と呼ばれたのもこの地形に因む)。 櫓や門に見られる、白漆喰の壁にせん瓦を施した海鼠(なまこ)壁と...
北陸

謙信も攻めあぐねた山岳に広がる巨城 七尾城

七尾湾が一望できる、石動山系の北端の標高300mほどの尾根上(通称「城山」)にあり、その尾根から枝分かれする行く筋もの大小の尾根にも無数の砦を配置した大規模な山城である。 「七尾」という名は「七つの尾根」(松尾・竹尾・梅尾・菊尾・亀尾・虎尾...
北陸

石瓦が葺かれた、日本最古の現存天守 丸岡城

戦国時代の天正4年(1576年)一向一揆の備えとして織田信長の命により柴田勝家が甥の勝豊に築かせた。 標高約17mの独立丘陵上に立地する平山城で、現存する天守閣としては最古級のもの。 二重三階望楼型独立式という形式で、通し柱はなく、1階が2...