九州

大友、龍造寺拮抗の城 久留米城

室町時代後期の永正年間(1504年 - 1521年)にこの地の土豪が篠原城と称した砦程度のものを築いたのが始まりと言われる。 天文年間(1532年 - 1555年)には御井郡司の某が修築したとの記録がある。 この時代は豊後国の大友宗麟(筑後...
九州

筑紫君磐井の墓と考えられている岩戸山古墳

岩戸山古墳(いわとやまこふん)は、福岡県八女市にある前方後円墳。 九州地方北部では最大の古墳で、6世紀前半(古墳時代後期)に造られたと推定される。 ここは古墳の前方部、鬱蒼とした森の状態であまりの大きさと相まって墳丘全体を実感出来る観察場所...
アジサイ

筑前の小京都 秋月城址

鎌倉時代に 原田種雄が秋月の庄に入り 「秋月」を名乗ったが、 江戸時代になって黒田長興が秋月5万石の領主となり秋月城を築いた。 小さな橋の上から野鳥川の清流。 かっての藩士の登城道である「杉の馬場」通りには、藩校「稽古館」や、秋月郷土館が建...
アジサイ

細川忠興が築城の小倉城

小倉城は13世紀中ごろ、紫川河口西岸にあった丘に築かれたといわれ、近世の江戸時代前後に毛利勝信が現在見られるような縄張で総石垣造の城郭を築き、細川忠興が南蛮造の天守などを建てた。 一路西へ新門司港目指すフェリー、今、周防灘を航行中、とっくに...
古民家

下ツ道を行く 東の平田家訪問記

江戸時代中期以降「八木の札の辻」界隈は、伊勢参りや大峯への参詣巡礼などで、特に賑わっていたと推測されています。 おふさ観音に行くのに八木駅前の観光案内所で道を訊ねたらこの道を教えられた。 なんとこの道は誰でも知っている下ツ道ではないか。 札...
奈良県

涼やかな音色に誘われ「おふさ観音 風鈴祭」

おふさ観音(おふさかんのん)は、奈良県橿原市小房(おうさ)町にある寺院の通称名である。 山号は十無量山。 正式名称は高野山真言宗別格本山 十無量山 観音寺。 イングリッシュローズが境内に所狭しとあふれる寺院として知られている。 バラの季節も...
北陸

今庄宿散策と越前そばの店

今庄宿は、古くから幾重にも重なる南条山地は北国街道・北陸道の難所であり、山中峠、木の芽峠、栃ノ木峠、湯尾峠のいずれかの山越えの道を選んで今庄に至り、京または江戸へ行き来する人々が宿泊した宿場町です 北陸線の普通列車は2両編成の列車が1時間に...
ハス

優雅に咲き誇る 花はす公園

南越前町は全国一の花はす生産地、ハスの花を撮影すべく大阪発7時10分のサンダーバード1号で南条へ。 敦賀駅ホーム、福井はどこへ行っても恐竜一押し。 新幹線待望も熱が入る、平成24年6月に金沢・敦賀間が認可。 平成27年1月には、開業時期を3...
京都府

信長公廟のある本能寺

本能寺は京都の繁華街、河原町御池の南西角にある。 しかし当寺の本能寺はここにあったわけではない。 当時の本能寺は、現在の本能寺の南西、直線距離にして約600m、堀川高校の北、旧本能寺小学校跡(中京区油小路通蛸薬師山田町)であり、現在では石碑...
大阪府

環濠集落安満遺跡 弥生時代の貴重な資料

近畿最古級とされる弥生時代前期(約2500年前)の水田跡が見つかった高槻市八丁畷(なわて)町の安満(あま)遺跡で、現地説明会が始まり、約1500人の考古学ファンが詰めかけた。 安満遺跡の推定復元図。 遺跡は、1928年に京都大学農学部付属農...
大阪府

中之島緑道散策

中の島近辺で行われた食事会に出席のおり土佐堀川沿いの中之島緑道を散策した。 中之島緑道は淀屋橋北詰~肥後橋北詰まで、総延長約0.4km。 大阪市役所南側の部分はみおつくしプロムナードという愛称がついている。 「雲の詩」 風船状のものの上に女...
京都府

一休さんが晩年を過ごした一休寺を訪ねる

一休寺はあくまで通称で、正式には酬恩庵(しゅうおんあん)といいます。 創建は鎌倉時代で、その後荒廃していたお寺を一休宗純が復興した。 酬恩庵という名は、宗祖である南浦紹明の「恩に酬いる(報いる)」というところから来ている。 「住吉大社で森女...