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魏志倭人伝(伊都国・奴国)を訪ねる旅 奴国

奴国は現在の春日市から福岡市博多区一帯にあたり、那珂川と御笠川に挟まれた領域に広がり、その中心は春日市須玖と考えられる。   弥生時代中期前半以降、三〇程の集落形成が認められ、中期後半には奴国王墓と見なされる須玖岡本遺跡を筆頭に比恵・那珂遺...
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魏志倭人伝(伊都国・奴国)を訪ねる旅 伊都国

多くの学説が乱立する中にあって、魏の使者が伊都国までは確実に来ているという点は統一的な見解と言っても良い。 このことは、伊都国までの道程や自然環境の正確な描写からくるもので、『倭人伝』の記述にある[其餘旁国]の名称が先の北部九州六ヶ国の名称...
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宗像三女神を祀る  宗像大社

今日から魏志倭人伝(伊都国・奴国)を訪ねる旅。 まず宗像大社を訪問、『宗像大社』は沖ノ島の沖津宮、筑前大島の中津宮、宗像市田島の辺津宮の三社の総称であるが、現在では「辺津宮」のみを指す場合も多い。 筑前大島には沖津宮遥拝所(瀛津宮)もある。...
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遠の朝廷と防人を訪ねて⑤

大都市の目の前にありながら僅か10分の船旅で都会の喧噪を忘れられるとあって、福岡市民の身近な行楽地として親しまれる。 福岡でも屈指の菜の花・桜・コスモス・水仙の名所で、満開のころは一年で最も混雑する。 能古島が初めて登場する文献は『平安遺文...
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遠の朝廷と防人を訪ねて④

太宰府天満宮・北野天満宮・防府天満宮を合わせて「三天神」と呼ぶ。 三天神には諸説あり、太宰府と北野天満宮までは共通するものの、あとの一つを大阪天満宮等とする説も存在する。 延喜3年(903)2月25日、菅公は謫居(たっきょ)の地、南館(榎寺...
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遠の朝廷と防人を訪ねて③

『源氏物語』にも登場する観世音寺は、天智天皇が、母君斉明天皇の冥福を祈るために発願されたもので、80年後の聖武天皇の天平18年(746年)に完成した。 古くは九州の寺院の中心的存在で、たくさんのお堂が立ちならんでいたが、現在は江戸時代初めに...
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遠の朝廷と防人を訪ねて②

御笠団印出土地 701年の大宝令(たいほうりょう)に定められた軍団(軍隊)の印判が発掘された所。 軍団は全国に置かれ、普通一軍団は兵士千人で構成され、その兵士は成人男子から三人に一人の割で徴発された。 平安時代初め筑前国には4軍団があり、こ...
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遠の朝廷と防人を訪ねて①

古代史と万葉集の史跡を訪ねる旅、今回は九州遠征。 大宰府万葉歌碑めぐりにそって数回に分けてお届けします。 冬型の強い季節風の吹き荒れる日南港を船出、おまけに数日前から風邪をひいており絶不調。 664年、唐と新羅の攻撃に備えて全長1.2kmに...
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湯布院散策

歓楽街を廃した町並みは「東の軽井沢、西の湯布院」といわれ、女性に人気があるようです。 由布岳はガスがかかり、頂上が見えません。 別府市と由布市にまたがる「由布岳」。 標高1,583mの活火山。 「豊後富士」とも呼ばれ、古くから信仰の対象とさ...
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古民家で田舎懐石料理『禪墅(ぜんや)』

今日のお昼はまさに黒川温泉の奥座敷と言っていい、小田温泉の田舎懐石料理『禪墅(ぜんや)』 築160年の古民家を改築した静閑な和食処で、山里の恵みを五感で感じる手料理を。 囲炉裏もある広く落ち着いた雰囲気のお座敷。 旬の野菜をふんだんに使った...
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黒川温泉 美人湯めぐり

硫酸塩泉でお肌すべすべ、黒川温泉の美人湯めぐり。 田の原川の渓谷の両側に24軒のこぢんまりとした和風旅館が建ち並ぶ。 温泉街としては川の流れに沿って、東西に延伸しつつある。 黒川温泉の父ともいわれる後藤哲也の経営する新明館、現在の黒川温泉の...
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大観峰は霧の中

杖立温泉を後にして大観峰、黒川温泉と巡る予定、しかし、空は今にも泣きだしそうで心もとない。 眼下のは阿蘇谷も霧の彼方。 大観峰展望台への散策路を歩み始めたがあまりの霧の深さに断念。 そそくさと黒川温泉へ向かう。 瀬の本高原は阿蘇から来ると久...