"名城"

九州

キリシタン大名大村氏の居城 玖島城

藤原純友を祖とする大村氏は鎌倉時代よりこの地の地頭として、大村地方を領有してきた。新蔵波止、1686年、幕府が官米3千石を筑前から運んで預けたとき、二棟の新蔵を建て、この波止を築いた。以後、藩船などの発着に利用した。(現地案内看板より)新蔵...
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肥前の海城 唐津城

今日から肥前、肥後、5ヶ城歴訪の旅の始まりだ。島原の乱関連地ばかりを訪れることになる、最終に総括がいるかなと意気込むが・・・・・毎回、九州シリーズは夕日、朝日をお届けするのだが今回は残念だがありません。天気予報は曇りまたは雨の予報ばかりで空...
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大友、龍造寺拮抗の城 久留米城

室町時代後期の永正年間(1504年 - 1521年)にこの地の土豪が篠原城と称した砦程度のものを築いたのが始まりと言われる。天文年間(1532年 - 1555年)には御井郡司の某が修築したとの記録がある。この時代は豊後国の大友宗麟(筑後守護...
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筑前の小京都 秋月城址

鎌倉時代に 原田種雄が秋月の庄に入り 「秋月」を名乗ったが、 江戸時代になって黒田長興が秋月5万石の領主となり秋月城を築いた。小さな橋の上から野鳥川の清流。かっての藩士の登城道である「杉の馬場」通りには、藩校「稽古館」や、秋月郷土館が建って...
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細川忠興が築城の小倉城

小倉城は13世紀中ごろ、紫川河口西岸にあった丘に築かれたといわれ、近世の江戸時代前後に毛利勝信が現在見られるような縄張で総石垣造の城郭を築き、細川忠興が南蛮造の天守などを建てた。一路西へ新門司港目指すフェリー、今、周防灘を航行中、とっくに日...
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石垣の街厳原の早朝散策

昼食までの時間厳原の街を数度にわたって散策した。とにかく石垣の多い街だ。『古事記』の建国神話には、最初に生まれた島々(「大八洲」)の1つとして「津島」と記されている。『日本書紀』の国産み神話のなかには「対馬洲」「対馬島」の表記で登場する。『...
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宗氏の居城 金石城

金石城は、文禄・慶長の役の際に築かれた清水山城の麓に位置する平城で、宗氏の居城だった。金石屋形を、朝鮮通信使を迎えるために、近世城郭に改築したといわれ、石垣や堀切が廻らされたが、天守は築かれず1669年(寛文9年)に宗義真によって造られた大...
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飛鳥時代に築かれた朝鮮式山城 金田城を訪ねる

金田城(かねだじょう、かねたのき)、663年の白村江の戦いに敗れた倭国は唐・新羅に対する防衛のため、西日本各地に防衛施設を築いた。その一環として、667年に対朝鮮半島防衛の最前線として対馬国に築かれた古代山城(朝鮮式山城)。後ろに鎌足の姿が...
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ジェットフォイルで対馬 厳原へ

いよいよ対馬へ船出する、福岡港発10時30分、厳原まで壱岐- 芦辺港経由2時間15分の航海だ。これがジェットフォイル、米国ボーイング社によって開発された水中翼船。現在は川崎重工(神戸工場)に全面的に移管されており、川崎ジェットフォイル929...
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豊後路の小京都へ杵築城を訪ねる

杵築城は、室町時代初期に木付氏によって八坂川の河口にある台山(だいやま)の上に築かれた。台山は、北は高山川、東は守江湾に囲まれた天然の要害である。駐車場脇の入り口から台上の城を目指す。昭和45年に3層の天守閣と築地塀が復元され、国東塔や五輪...
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「暘谷城」と呼ばれた日出城

1602年(慶長7年)に日出藩の初代藩主木下延俊が義兄であった細川忠興の支援を受けて築城した。別名「暘谷城」と呼ばれ、3代木下俊長が 中国の古書、『淮南子』から引用して名づけたと伝えられる。近代要塞みたいな雰囲気の内堀を進む。日出城の中でも...
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黒田官兵衛が築いた中津城

中津城は黒田孝高(如水)が築城し、細川忠興が完成させた。江戸時代の大半は、奥平氏が居城としていた。三斎池(さんさいいけ) から模擬天守を望む。慶長5年(1600年)、関ヶ原の戦などの功によって黒田長政は筑前52万石となり、如水(官兵衛)とと...