ボタン寺 総持寺


総持寺は滋賀県一のボタン寺として名高く、境内一面に植えられた牡丹は約80種類1000株。

降りしきる雨の中の参拝です。

仁王門をくぐり、石畳を進むと広い境内の奥に本堂が見えます。

お堂の中には聖観音(重要文化財)をはじめ、たくさんの仏像がまつられています。

ご本尊は薬師如来様で、西国薬師霊場31番札所となっています。

このお寺は、すぐ近くで生まれた小堀遠州と縁が深く、県名勝指定の遠州流庭園(江戸初期、池泉回遊式庭園)があります。

また一段と雨が激しさを増してきました。

本堂前庭には、お大師様が梅干の種を口から吹き飛ばすと、この松ノ木の枝に落ちて それが育った「松梅の木」、語呂合わせで「商売の木」商売繁盛、良縁などのご利益があるそうです。

冬の積雪に耐えて鮮やかに咲く花は、例年4月下旬から5月上旬が見ごろです。

牡丹が終わるころには、芍薬が花を咲かせます。

しかし、見頃は過ぎておまけにこの雨、とどめを刺されたようです。

姉川の兵火に遭いましたが豊臣秀吉にて再建されたとの寺伝にあります。。

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遅かりし八重桜のトンネル 伊香具神社


伊香具神社(いかぐじんじゃ)は、滋賀県長浜市木之本町大音にある神社。
式内社(名神大社)で、旧社格は県社。

神紋は「上藤」。

湖北随一の名社と称される。

大鳥居

伊香具神社の八重桜に囲まれた参道。

八重桜は普通の桜(ソメイヨシノ)よりも少し開花が遅く、4月中旬~5月初旬頃が見頃だそうです。

今年は例年よりかなり早く咲きだし4月23日(金)がピーク、訪問時(4月29日)は1週間遅く、ほぼ散ってしまっている。

今日は朝から暴風の吹き荒れる荒天で桜に最後のとどめをさしたようだ

伊香式鳥居

正面に大きく羽を広げたような鳥居は三輪式鳥居と厳島式鳥居を組み合わせた当神社独特のもので、この神社の前が伊香の小江と呼ばれた入り江であったことを示すものです。

他の神社では見られないこの鳥居を伊香式鳥居と呼んでいます。

上古、当地が未開の湖沼地であった頃、祭神が来て開拓し、その後子孫を守護するために鎮座したといい(『近江輿地志略』)、天武天皇の白鳳10年以前に子孫である伊香宿祢豊厚が社殿を建立したという(『神社由緒記』)。

貞観元年(859年)に従五位上勲八等から従四位下に昇叙され、同8年には従四位上に昇り、延喜の制で名神大社に列した。

社伝によれば、寛平7年(895年)に菅原道真が法華経や金光明経を手写して納め、同時に「正一位勳一等大社大明神金剛覚印菩薩」の勅額が下賜されたという。

その後足利尊氏が200石の社領を寄せて正月、5月、9月の各18日に祈祷を行うよう依頼し、浅井氏も庇護を加えたが、賤ヶ岳の戦いの兵火に罹って社殿、古記録を焼失、社領も没収された。

明治8年(1875年)郷社に列し、同32年県社に昇格、同40年には神饌幣帛料供進神社に指定された。

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春本番 住之江公園


木々の緑も鮮やか、今、住之江公園ではサギが子育て中です。

そのうち様子を報告できればと思っている。

白い光跡を引いて航空機が飛び去った。

大池の中島にサギが巣作りをしている、朝の散歩時間になるといつもひなの成長を楽しみにしている。

皆がよく使う駅へ通じるみち、木々の緑が鮮やかです。

早くもフジが咲き始めました。

モッコウバラは今が盛りです。

ツツジの咲く丘に来ました。

つつじもいまが盛りです。

朝日を浴びるツツジを眺めるのがこのところの楽しみ。

早朝でひっそりしているが昼間は子供たちの遊び場だ。

向こうのグランドは少年野球場、土、日ともなると二つのゲームが行われる。

誰かの落とし物、木の枝にぶら下げてあるが、あくる日もそのあくる日もそのままだった。

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桜咲く 長居植物園


長居植物園では、展望島や大池の周りを中心に、人気の高い「ソメイヨシノ」の他、3月中旬に鮮やかなピンク色の花を咲かせる「ヨウコウ」や、4月中旬に八重咲きの大輪の花を咲かせる「ショウゲツ」など、約400本の開花時期が異なる桜が次々と見頃を迎えます。

日本では、サクラは固有種を含んだ10もしくは11の基本の野生種を基に、これらの変種を合わせて100種以上の自生種がある。

さらに、これらから古来から改良開発されてきた栽培品種が200種以上あり、分類によっては600種とも言われる品種が確認されている。

これら多品種のサクラのうち、ソメイヨシノは江戸時代後期に開発され、昭和の高度経済成長期にかけて日本全国で圧倒的に多く植えられた。

このため今日では気象庁が沖縄県以東、札幌以西の各地のサクラの開花・満開を判断する「標本木」としているなど、現代の観賞用のサクラの代表種となっており、単に「サクラ」と言えばこの品種を指す事が多い。

命名の由来

江戸時代末期から明治初期に、染井村(現在の東京都豊島区駒込・巣鴨付近)に集落を作っていた造園師や植木職人達によって育成された。

初め、サクラの名所として古来名高く、西行法師の和歌にも度々詠まれた大和の吉野山(奈良県山岳部)にちなんで、「吉野」「吉野桜」として売られ、広まったが、藤野寄命による上野公園のサクラの調査によって、ヤマザクラとは異なる種のサクラであることが分かり(1900年)、この名称では吉野山に多いヤマザクラと混同される恐れがあった。

このため、『日本園芸雑誌』において染井村の名を取り「染井吉野」と命名したという。

ジャノメエリカ

和名の意味は蛇の目エリカで、花の真ん中に黒い葯がよく目立つことによる。

日本には大正末年に持ち込まれた。

ネモフィラ

花は4月-5月に開花し、花径2cmくらいで、白に空色または青紫色の深い覆輪で、中心部に黒い点が5つある。

白色花もある。属名は「林を愛する」の意味で、茂みの中の明るい日だまりに自生していることによる。

シャガは中国原産で、かなり古くに日本に入ってきた帰化植物である。

三倍体のため種子が発生しない。

このことから日本に存在する全てのシャガは同一の遺伝子を持ち、またその分布の広がりは人為的に行われたと考えることができる。

したがって、人為的影響の少ない自然林内にはあまり自生しない。

スギ植林の林下に見られる場所などは、かつては人間が住んでいた場所である可能性が高い。

この間まできれいな花を見せてくれていたがもう果実になっている。

ススキ

カラタネオガタマ

ツツジ リージェント

カラタチ

からたちのうまら刈りそけ倉立てむ屎とほくまれ櫛つくる刀自  忌部首

(私は)カラタチなどの 棘植物を刈り取って (そこへ)倉を建てるつもりだ (だからお前は)(これからは)(そこではなく)遠くでクソをしろ 櫛を作る女よ

何ともおおらかな歌であること。

ヤマブキの花期である4~5月は、晩春にあたる地域が多く、初夏の訪れを控えている時季でもあります。

そのため、「日本の春は梅に始まり、山吹で終わる」といわれることもあります。

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住ノ江の桜


住吉川の桜並木、今年もきれいに咲きました。

昔は住吉大社の前が汀線で、細井川も入り江だった。

「細江川」の異称を持つ。

十三間堀川と通じ水運に用いられ、上住吉の浅沢神社前には船着場があったという。

また、住吉大社の南の細井川に今も架かる「御祓橋」には「小町茶屋」があったと伝わり、画も残っている。

このあたりには熊野街道が通じていた。

住吉川を進むと真ま住すみ橋が架かり、市立真住中学校があります。

211年神功皇后が住吉大社建立の際、当地を「真に住み吉」と言った故事から付きました。

姫松橋

我見ても ひさしく成りぬ 住の江の
  岸の姫松 いくよへむらむ
  (古今集九O五番 よみ人しらず)

この歌にあるように、かつてこの付近は美しい松原の続く海岸で、住吉浦とよばれていた。

毎年春には、潮干狩りで大いに賑わったといわれる。

江戸時代の中頃には新田を開発するため、両岸の入り江が埋め立てられ川として残されたものが現在の住吉川である。
 
姫松は、住吉大社社頭にある松の美称として知られ、当地の地名にも残っており橋名もこれにちなむものである。

シロバナマンサクを見つけた、珍しい花です。

住吉団地

住吉高灯籠

わが国最初の灯台として、鎌倉時代末の創建というが不詳。

もとは、現地から西約200mのところ(顕彰碑が立っている)にあったが、台風で倒壊したり道路工事で撤去されるなとで当地へ移築された。

当時は海岸近くにあたり、点灯すると十分灯台の役目を果たしたという。

住吉公園

元は住吉大社の境内で、大社の馬場があった。

公園の中央を東西に走る「潮掛け道」は、住吉大社の表参道だった。

鎌倉時代の元寇の時は、蒙古撃退のための住吉大社による住吉大神への「浜祈祷」は、住吉公園の前に広がっていた住吉の浜で行われた。

大阪府営公園としては浜寺公園とともに1873年に指定され、大阪で一番歴史のある公園となっている。

大伴氏や物部氏が本拠を置いた場所であり、古代から港湾都市であり国内流通の中心であった。

瀬戸内海を経る航路の終着点として住吉大社(大阪市住吉区)近くの住吉津や難波津が機能していた。

住吉津はヤマト王権と深い繋がりがあり、住吉津を管理していた住吉大社はヤマト王権直属の神社だった。

伝説によると・・・

源頼朝に仕えていた丹後局が頼朝の子を身籠もると、怒った北条政子は畠山重忠に殺すよう命じた。

重忠は家臣の本多次郎近常(親恒)に命じて丹後局を由比ヶ浜に誘い出すが、殺すことはできず、身代わりを立てて逃がしたのだという。

そして、丹後局は摂津国住吉に辿り着き、無数の狐火に導かれて住吉大社に至ったのだという。

社頭で産気づいた丹後局は、傍らの大石を抱きながら男児を出産。

のちに頼朝は、その子に薩摩・大隅二か国を与えた。

それが島津氏の祖・島津忠久なのだとか。

住吉大社 枝垂れ桜見納め
早朝に住吉大社を訪れた。 汐掛け道は人通りもまばら、ちょうど側道の植え込みに潅水 … 続きを読む →

川端康成が、戦後に発表した、「しぐれ」「住吉」とともに住吉3部作の一つとして数えられる「反橋」には、「上るよりもおりる方がこはいものです。

私は母に抱かれておりました」と描いており、橋の傍には康成の文学碑が設置されております。

文末にあらすじを掲載しておきます。

今は完全に内陸の市街地だが、かつては、住吉公園の少し西側を走る阪神高速15号堺線あたりまで海が迫っていた。

この海に面した住吉大社の社前の風景が、日本の美しい風景の典型とされる白砂青松の原景である「住吉模様」の地。

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春爛漫 粉河寺の桜


粉河寺参道左手にある「大神社の大クス」、環境省巨樹巨木林DBによれば、幹周/11. 42m、樹高/20m。
和歌山県下で第三位の大木。

大門から南に約1キロメートル続くJR粉河駅前通は門前町として栄えたが、県道の拡幅工事により、かつての面影はなくなってしまっている。

大門(仁王門、重要文化財) – 宝永4年(1707年)建立。
入母屋造、本瓦葺きの楼門。仏師春日作と伝える金剛力士像を安置。

天台宗系の粉河観音宗総本山。山号は風猛山(ふうもうざん、かざらぎさん)。

西国三十三所第3番札所。本尊は千手千眼観世音菩薩。伝承によれば創建は宝亀元年(770年)、大伴孔子古(おおとものくじこ)によるとされる。

粉河寺は平安時代には朝廷や貴族の保護を得て栄えたことは確かである。

清少納言の『枕草子』194段には「寺は壺坂、笠置、法輪(中略)石山、粉川、志賀」とあり、『梁塵秘抄』に載せる今様には、「観音験(しるし)を見する寺、清水、石山、長谷の御山、粉河(後略)」とある。

西行の『山家集』や、架空の物語である『うつほ物語』『狭衣物語』にも粉河寺への言及があるなど、遅くとも平安時代中期・10世紀には観音霊場として著名であったことがわかる。

平安時代後期には、その頃から始まった西国三十三所観音霊場巡りの札所の1つとして栄えた。

中門(重要文化財) – 入母屋造、本瓦葺きの楼門。
左右の間に四天王像を安置する。

棟札によれば明和年間(1764年 – 1772年)から長い年月をかけて天保3年(1832年)に完成。
「風猛山」の扁額は紀州藩第10代藩主徳川治宝の筆。

金剛力士は仏師春日の作と云われ、尊像の用材は桂の巨木。

鎌倉時代には550か坊もの子院を持ち、大勢の僧兵を擁し、寺領は4万石もあって広大な荘園を持ち、根来寺や金剛峯寺と比肩しうる大寺院であった。

戦国時代の天正元年(1573年)には境内南側の猿岡山(現・秋葉山)に猿岡山城を築き、寺の防衛を図ったが、天正13年(1585年)、豊臣秀吉の紀州征伐にあい、根来寺や雑賀衆とともに抵抗したものの全山焼失し、猿岡山城も陥落した。

この時、粉河寺縁起絵巻も焼損している。江戸時代の正徳3年(1713年)にも火災があり、現在の伽藍はほとんどがそれ以降の再建である。

粉河寺庭園

国の名勝。
中門から約3メートルの高さの石段を経て本堂に至る、その両翼に土留め石垣を兼ねた石組の庭である。

緑泥片岩を主とし、琴浦(ことうら)の紫石、龍門石(りゅうもんいし)などの紀州の名石を含む、多数の巨大な岩石が変化に富む手法で堅固に、美しく組まれている。ツツジの刈込みで石の間隙をうずめ、さらにビャクシン・シダレザクラ・ソテツなどの植栽が組み合わされている。

用いられている紀州石は、雑賀崎の青石(緑泥片岩)、琴浦の紫石(紅簾片岩)、竜門山の竜門石(蛇紋岩)と多岐にわたっています。

和歌山県の紀の川市にある粉河寺の本堂の脇に植えられている桜の木。
湯浅の元祖である湯浅宗重の父、藤原宗永が植えたと伝えられています。

すでにかなり世代が代わっているようですが、湯浅のスタートとなる桜です。

本堂(重要文化財)

西国三十三所の寺院の中で最大級の堂

中門の先、一段高くなった敷地に建つ。
享保5年(1720年)建立。

本尊千手観音(秘仏)を安置する二重屋根の正堂(しょうどう)と、礼拝のための一重屋根の礼堂(らいどう)を前後に並べた形式になり、西国札所として多数の参詣者を収容する必要から礼堂部分を広く取っている。

粉河寺の本尊千手観音像は絶対の秘仏とされ、公開された記録はない。

このため西国三十三所の札所などで見かける粉河寺の本尊の模造像や絵については、それが本物と相違しているか証明できる者はいないとされている。

日本の仏教寺院では、本尊が秘仏である場合、「お前立ち」と称する代わりの像を本尊厨子の手前に安置する場合があるが、粉河寺においては「お前立ち」像も秘仏である。

本尊像は火災を避けるために本堂下の地中に容器に入れて埋められているとされる。

「お前立ち」像は年に一度、12月31日に僧籍にある関係者が掃除のために開扉するのみで、在家の者が拝観する機会はない。

なお、内陣背面(後戸)に安置された「裏観音」と称する千手観音立像は拝観可能である。

環境省巨樹巨木林DBによれば、幹周/7. 70m、樹高/20m。粉河寺本堂の東側にあります。

傍らに「踞木地」の石碑が立っています。

粉河寺の開祖・大伴孔子古が踞(うずくま)り下を通る鹿を狙った故事によります。

十禅律院 – 元は塔頭の十禅院。

寛政12年(1800年)に独立して天台宗安楽律院派の寺院となっている。

正暦元年(990年)に塔頭として創建された十禅院が、寛政12年(1800年)に紀州藩第10代藩主徳川治宝により 天台宗の寺院に改められて十禅律院として独立した。

粉河寺にある丈六堂に安置されている阿弥陀如来像 。

釈尊は一丈六尺あったっとされておりこの大きさに作られた仏像を丈六という。

「粉河寺縁起」には2つの説話が語られている。

1つ目の話は粉河寺の草創と千手観音の由来に関するものである。

紀伊国の猟師・大伴孔子古は宝亀元年(770年)のある日、山中に不思議な光を発する場所を見つけて、そこに小さな庵を営んだ。

これが粉河寺の始まりという。
その後のある日、孔子古の家に一人の童子(童男行者)が訪ねて来て、一晩泊めてくれと言う。

童子は宿を借りたお礼にと言って、7日かけて千手観音の像を刻んだ。
8日目の朝、孔子古が見てみると童子の姿はなく、金色の千手観音の像だけがあった。

孔子古は殺生をやめて観音を信仰するようになったとのことである。

2つ目の話は千手観音の霊験説話である。

河内国の長者・佐太夫の娘は重い病で明日をも知れぬ命であった。

そこへどこからともなく現れた童行者が千手千眼陀羅尼を称えて祈祷したところ、娘の病は全快した。

喜んだ長者がお礼にと言って財宝を差し出すが童行者は受け取らず、娘の提鞘(さげざや、小太刀)と緋の袴だけを受け取り、「私は紀伊国那賀郡におります」と言って立ち去った。

長者一家が那賀郡を尋ねて行くと、小さな庵に千手観音像が立ち、観音の手には娘の提鞘と緋の袴があった。

長者一家は、あの行者が観音の化身であったことを知ってその場で出家し、孔子古とともに粉河寺の繁栄に尽くしたとのことである。

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開花前の小休止 長居植物園

今長居植物園では早咲き種とソメイヨシノに代表される一般種の交代時期に当たっています。

河津ザクラのような早咲き種は花が散ってしまっており、ソメイヨシノはあと一息というところで、公園には見るべきものがない状態です。

コウヨウ

早咲き種とソメイヨシノの橋渡しをするような花です。

アーモンドの花は、3月から4月に咲きます。見頃の時期は桜よりも少し早いと言われています。

アーモンドと桜の大きな違いは 花柄(かへい) にあります。

花柄とは、枝上における花の配列状態を支える茎のこと。

アーモンドはこの花柄が短く、枝に沿うように花を咲かせています。

一方、桜はさくらんぼのようにふんわりとした長い花柄で、1つの花芽から複数の花を咲かせることが特徴です。

ムスカリ

名の由来はギリシャ語の moschos(ムスク)であり、麝香のことである。
花は一見するとブドウの実のように見えることから、ブドウヒアシンスの別名を持つ。

ウンナンオウバイの名前は、雲南省原産で梅の時期に梅に似た花を咲かせることに由来しています。

名前に「梅」と付きますが梅の仲間ではなく、モクセイ科ソケイ属に属する植物で、ジャスミンの近縁種です。

スノーフレークは、スイセンに似たすらりとした葉に、スズランのようなベル形の花を下向きに咲かせます。

白い花弁の先端に緑色の斑点があり愛らしい。

コブシ

ハクモクレンとコブシは、遠くから見ると、同じような形をした白い花です。

近寄って見たときに最もわかりやすい違いは、花びらの枚数です。

コブシの花びらは、6枚ですが、ハクモクレンは、萼も花びら並に大きく目立つため、花びらの様に見えるものが全部で9枚あります。

クリスマスローズ

クリスマスローズは種類が沢山あります、意外と知られていないのでは。

ボケ

果実が瓜に似ており、木になる瓜で「木瓜(もけ)」とよばれたものが「ぼけ」に転訛(てんか)したとも、「木瓜(ぼっくわ)」から「ぼけ」に転訛したとも言われる。

白花のボケ。

スモモの花言葉の一つに「誤解」という言葉があります。

「誤解」については中国の故事に由来する有名なことわざ「李下に冠を正さず」に由来しています。

これは「スモモの木の下で冠をかぶりなおすと、それが遠目で見るとスモモを盗んでいるように見えるので、誤解を招くような紛らわしい振る舞いはするなという意味で使われます。

「スモモ」という名前の由来は、「果実がモモに似ていること」と「酸味が強く酸っぱいこと」から「酸っぱいモモ」→「スモモ」と呼ばれるようになったというのが有力な説なようです。

水が抜かれた大池に鳥のアシ跡が点々と・・・・

小池で陽を浴びてひときわ目立つ木があり、風情を感じる。

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京都早咲きさくら探索


川端通、春風にヤナギが緩やかに揺れています。

途中で見かけたかわいい猫たち。

冷泉家は現存する唯一の公家の住居だが同志社大学の一角に埋もれた形だ。

五摂家筆頭とされる近衛家の邸宅跡。
かつての庭園にあった池は今も「近衛池」として残り、邸内にあった糸桜は今も名所として知られます。

池に水がなくちょっと寂しい。

ここにあった屋敷は織豊時代の頃に当時の近衛家当主であった近衛前久が建てた物です。

といっても当時戦乱であちこちを流浪していた近衛家にそんな金があったわけが無く、 前久はある「由緒ある金蔓」におねだりするわけです。

この「由緒ある金蔓」というのが島津氏なんです。

一般に糸桜と言われますが、枝垂れ性の江戸彼岸(エドヒガン)で、いわゆる枝垂桜と同じものです。

やや遅れて咲く八重の枝垂桜は八重紅枝垂桜という園芸品種です。

半日の雨より長し糸桜  松尾芭蕉

福島県三春町の三春滝桜(みはるたきざくら)は糸桜の巨木として古くから知られています。
日本三大桜「三春滝桜」は見事でした
樹齢推定1000年超のベニシダレザクラ(紅枝垂桜)の巨木。 国の天然記念物。三春 … 続きを読む →


京都御苑 出水のしだれ桜

「出水の小川」の向かいに銘木「出水のしだれ桜」がたっています。
この回りには桜が少ないため、1本桜で目立ちます。

京都御苑の中には、雪柳が美しいスポットはいくつかありますが、なかでも、宗像神社の東側の雪柳は、なかなか見事なものがあります。

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長徳寺のおかめ桜散り始めてます

コロナ自粛が解除されたので早速京都の早咲きザクラへ。
おりから「ニューヨークが生んだ伝説の写真家永遠のソール・ライター」展が美術館「えき」KYOTO(京都駅ビル内ジェイアール京都伊勢丹7階隣接)で開催されており兼ねて出かけた。

すでに桜は散り始めています。

ピッタシのおかめはなかなか見れない。

遅かりし長徳寺のおかめ桜
3/16所用で京都を訪れ長徳寺に寄ってみる。 すでに見頃を終わっていた。 昨年は … 続きを読む →

見頃を迎えた長徳寺のオカメ桜
3/10に訪問したのですが、3/13京都を訪れた際、気になり長徳寺に寄って見る。 … 続きを読む →

長徳寺おかめ桜咲き始め
3月10日、知る人ぞ知る京都の早咲きスポットである長徳寺のオカメ桜の開花を確認。 … 続きを読む →

今年の出町柳 おかめ桜
法然院の椿を見に出かけたついでに出町柳の長徳寺のおかめ桜を覗いてみる。 今日は4 … 続きを読む →


さすがに地元だけあってMKタクシーはドンピシャの画像をのせている。
長徳寺のオカメ桜 見頃 2021年3月7日 撮影:MKタクシー。

足下を見ると、地面がピンクに染まっています。

この時期ならではの楽しみ方です。

桜は咲いているときだけでなく、散るときまで美しいのが魅力のひとつです。

やや小ぶりな花を咲かせるオカメ桜は、散ったときの姿もまた魅力的です。

その後ソールライタ展を見に美術館「えき」へ、ここでクラブのメンバーとばったり、しばし写真談議に花が咲いた。
ソールライタ展の会期は3.28 日まで、まだの方はお急ぎを。

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春 到来 長居植物園


落葉樹の姿は冬のままですが日射しは春めいてきています。

暖かい日差しでネコはのんびり日向ぼっこ。

シジュウガラがやってきました。

どうやら水たまりが目的のようです。

ごく普通に見られ市街地の公園や庭などを含む平地から標高の低い山地の林、湿原などに生息します。

通常は渡りを行わないが、寒冷地に分布する個体や食物が少ない時には渡りを行うこともある。

和名は地鳴きの「ジジジッ」が「シジュウ」に聞こえることに由来する。

ハイポーズ!
カンザキハナナの中でほほえましい風景が見られます。
コロナ過の中、少人数で蜜を避けながら春を楽しんでいます。

白木蓮はモクレンの仲間で、真っ白な花が春の訪れを感じさせてくれる落葉高木の1つです。

花が開くと風が上品な香りを運び、心を和ませてくれます。

こちらは蕾です。

アセビは、ツツジ科アセビ属の常緑低木。
日本に自生し、観賞用に植栽もされる。
別名あしび、あせぼ。

馬酔木の名は、「馬」が葉を食べれば毒に当たり、「酔」うが如くにふらつくようになる「木」という所から付いた名前であるとされる。

ミニ水仙(すいせん)・ティタティタは花径は3?4cm、草丈は10?20cmくらいの可愛らしいミニスイセンです。

エピデンドラムは、中南米に広く分布するラン。

ゴールデンクラッカーが属するユリオプス属の植物は、南アフリカを中心に約95種が分布しており、花の美しい幾つかの種が観賞用として栽培されています。

ネモフィラ

北アメリカ原産の一年草で、和名を瑠璃唐草(るりからくさ)といいます。

ウンナンオウバイは、中国南西部に分布するモクセイ科ソケイ属の常緑性低木。

分布域は中国南西部の雲南省、貴州省、四川省にあり、標高500~2600mの渓谷、森林などに自生しています。

クリスマスローズは、クレマチス、ラナンキュラス、アネモネなどと同じキンポウゲ科の植物です。
クリスマスローズは、冬の花が少ない時期に花を咲かせる常緑の植物。

ゲンカイツツジ

カラムラサキツツジの変種で、岡山県以西の本州、九州北部、四国北部などの岩場に自生が見られる。

対馬諸島や朝鮮半島などにもあり、玄界灘を囲むように分布することからゲンカイツツジと命名された。

ミツマタ

3月から4月頃ごろにかけて、三つ叉(また)に分かれた枝の先に黄色い花を咲かせる。

そのため、「ミツマタの花」は日本においては仲春(啓蟄〔3月6日頃〕から清明の前日〔4月4日頃〕まで)の季語とされている。

皮は和紙や紙幣の原料として用いられる。

マンサクの語源は明らかでないが、早春に咲くことから「まず咲く」「真っ先」が変化した説、多数の花が豊作に通じることから「万年豊作」に由来するなどの説がある。

ボケ

原産地は中国大陸で、日本へは古く平安時代に渡来し、観賞用に栽培された帰化植物。

果実が瓜に似ており、木になる瓜で「木瓜(もけ)」とよばれたものが「ぼけ」に転訛(てんか)したとも、「木瓜(ぼっくわ)」から「ぼけ」に転訛したとも言われる。

シナレンギョウ

日本の公園や庭木などで「レンギョウ」として一般的に植栽されているのは、レンギョウ、シナレンギョウ、チョウセンレンギョウです。

サンシュユ

中国原産で、春先に葉が出る前に黄色い花を咲かせ、秋にグミに似た赤い実をつける。
別名でハルコガネバナ、アキサンゴ、ヤマグミとも呼ばれる。

クローズアップ

和名アンズは、杏子の唐音とされている。

古名は、カラモモ。
中国植物名は杏(きょう)。

中国大陸から日本への渡来は古く、日本最古の本草書『本草和名』(918年)には、漢字を「杏子」、和名「カラモモ」とある。

オガタマノキ

和名は神道思想の「招霊」(おぎたま)から転化したもの。
和歌、俳句の季語にも用いられる。
黄心樹の字は本来誤用である。

日本神話においては天照大神の天岩戸隠れにおいて天岩戸の前で舞った天鈿女命が手にしていたとする説がある。
榊の自生しない地域を中心に神前に供える玉串として古くから代用されたり、神木とされて神社の神域などに植栽されている例がみられる。

常陸宮正仁親王のお印であり、宮崎県高千穂町や三重県伊勢市などが町のシンボルとしている。

ギンヨウアカシア(Acacia baileyana)は、春早くに株を覆うほどの黄色い花を咲かせ、よく目立ちます。

名前のとおり葉色が銀灰色で観賞価値が高く、庭園樹として人気があります。

キクカチャ

白菊によく似た小ぶりの、とっても可憐な花です。

キンカチャ

中国の広西省地方原産。
椿としては珍しい黄色花。
温室内でときどき見かける。

残念ながらまだつぼみです。

カンザキハナナ

春の畑は菜の花がいっぱいであるが、カンザキハナナは真冬から咲き始めるので「寒咲き花菜」である。

花の部分は真冬から早春に掛けて「菜の花」として花材として、あるいは食卓に彩りをそえている。

1万本の春 第一なぎさ公園、早咲き菜の花
残雪の比良と菜の花のコラボレーションを見ようと滋賀を訪れた。 12月下旬~3月上 … 続きを読む →

春を先取り 第1なぎさ公園の菜の花畑
今年は暖冬のため、定番の雪の残る比良山とのコントラストは望めないなあと考えつつ公 … 続きを読む →

もうずいぶんと前から春先の菜の花の鑑賞地、撮影地として知られた所だが、極寒のこの時期からほぼ満開を迎えていた。ちょうど琵琶湖越しに雪化粧した比良山との取り合わせがきれいで、毎年多くの人が訪れる。

ユキヤナギは春、枝垂れた枝先の長い穂に、たくさんの花を咲かせてひときわ目を引き、花壇や公園によく植えられている植物。

近年は、‘フジノ・ピンク’などの花弁の外側がピンクの品種が植えられることも多く、白一色だったユキヤナギにも色幅がふえました。

ユキヤナギの和名は、葉がヤナギに似て、白い多数の花が、雪をかぶったように見えることからつけられました。

シバザクラ

4・5月頃にサクラに似た形の淡桃、赤、薄紫、あるいは白色の花を咲かせる。
葉形やその匍匐性などから芝桜と名付けられた。

サクランボは有史以前から食べられていた。

原産地の推定は、1世紀の古代ローマの博物学者プリニウスが著書博物誌に書いた説明に基づく。

これによると、古代ローマの執政官ルクッルスが第三次ミトリダテス戦争で黒海南岸のケラソス(Kerasos、現在のトルコギレスン (Giresun) )近くに駐屯した際、サクランボの木を見つけ、ローマに持ち帰ったという。

残念ながら見頃を過ぎています。

ジンチョウゲ

原産地は中国南部で、日本では室町時代頃にはすでに栽培されていたとされる。
雌雄異株だが、日本にある木は雄株が多く、雌株はほとんど見られない。

沈丁花という名前は、香木の沈香のような良い匂いがあり、丁子(ちょうじ、クローブ)のような花をつける木、という意味でつけられた。

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