梅雨明け


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今日はハルカスダイニングで昼食をとっている。

4月中旬から続いていた腰痛治療から解放された、臀部に激痛が走り、訳のわかぬまま、マッサージから始まり、挙句の果ては羽曳野の名医を訪ねての治療がやっと終わりを告げた日だ。

腰髄椎間板症と診断されたが、加齢と長時間の座りすぎからくる病のようだ。

今からすれば誰にでも起こりうる病だ、日々の注意が肝心だ。
ネットでたどれば数限りなく諸説入り混じった治療法が拡散している。

同年代諸氏はくれぐれも気を付けてほしいと思っている。

参考になった本シルバーエイジの健康読本


今年は関東甲信では梅雨入りが平年よりやや早く、東海や九州南部では平年より遅い梅雨入りでした。

各地とも梅雨明けが平年よりも大幅に早かったため、梅雨の期間は平年よりかなり短くなりました。

6月27日、気象庁は沖縄・奄美に続き、九州南部・東海・関東甲信の梅雨明けを発表。

梅雨の期間は、九州南部では、平年より18日早く、昨年(2021年)より14日早い16日間。東海地方では、平年より22日早く、昨年(2021年)より20日早い13日間。

関東甲信では、平年より22日早く、昨年(2021年)より19日早い21日間となり、各地で梅雨の最短期間を更新した。

気になっていた住之江公園のねむの木もついに見頃を過ぎてしまった。

今まで辛い闘病期間、苦痛と、治療に時間を割かれ行動の不自由をかこっていてたが、やっと自由になれた。

過去の不摂生を反省しながら失われた時間を取り戻そう。

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「あじさい寺」丹州観音寺


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今日はNikon Nikkor Z 24-200mm f/4-6.3 VRの筆おろしの日。
便利ズームという概念が破壊されていておじさんびっくりしちゃったよ!

とか、至高の万能レンズ の必要性が分かる動画~とか、なかなかの評判だ。

寺伝によれば、養老4年(720年)、法道仙人による開山とされ、法道が本尊十一面千手観音菩薩を刻み草堂に安置したのが始まりだという。

画像は、仁王門 明治29年の台風に倒壊し、昭和6年に鎌倉様式で再建されたという。

その後応和元年(961年)、空也により中興され七堂伽藍が建立されたと伝える。

法道は兵庫県播磨地方を中心に寺院開基伝承が残る伝説上の人物である。

鎌倉時代、北条時頼・貞時らの厚い庇護を受け、25余坊の寺坊が軒を並べる中本山の寺院として栄えた。

しかし、天正4年(1576年)、明智光秀による焼き討ちにより焼失した。

現在では、丹波のあじさい寺として知られている。

20世紀半ば頃、秘仏本尊開帳時に万灯万華を供養しようと発願され、その万華の花としてアジサイが選ばれ、多種栽植されたのが始まりである。

丹州観音寺は、奈良養老四年(720年)にこの地を訪れた法道仙人によって開かれたお寺です。

平安時代(961年)になって、空也上人が七堂伽藍を建立し、丹波地方の観音信仰の中心となって栄えてきました。

その後鎌倉時代に最盛期を迎え、北条時頼・貞時等の比護を受け、25余坊の寺院をもつ中本寺の寺として栄える。

約3600通余りの古文書、聖教類(京都府指定文化財)が現存します。

観音寺には、かわいいお地蔵さんがあちこちにおられます。

“今がわるくても 悲観することはない 曇り空のむこうに 青空があるように かならず 幸せは やってくる”

また、丹州観音寺の本堂を参拝するには石段を上らないといけません。

その高さにやや怯んでしまう人もいるであろう石段なのですが、意を決してその石段を上り始めると、手すりの部分に励ましの言葉が。

石段の一段一段に奇麗なアジサイが・・・・・・
今の辛い歩みも無駄ではない、とポジティブ思考をしてしまうような細かい”仕掛け”があるのです。

本堂

あじさいと並ぶ境内のフォトスポットが、本堂の格子のスペースに所狭しと並べられた「だるまみくじ」。

おみくじを格子のスペースに埋めるきっかけとなったのも、お寺を訪れた参拝客なのだとか。

もちろん持ち帰りも可能ですが、多くの方がだるまの背中に願い事を書いて格子に並べるのだそうです。


千羽鶴がきれいです。


ほおずえ地蔵

慈母観音 沙羅双樹も咲いています。

2019年からは手水舎にあじさいを浮かべる「花手水」が新名物となっています。

ピンクや白もありますが、あじさいはやっぱり青が綺麗。

「小国鶏」(しょうこくけい)とあじさいが織り成す景色は、まるで伊藤若冲の世界のよう。

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アジサイが最盛期 長居植物園


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気象庁は14日、中国(山口県を除く)、近畿、東海、北陸地方が梅雨入りしたと見られると発表した。

雨に咲く花、アジサイを撮ろうと勇んで出かけたが到着した頃は陽が射し始める始末、

こうなったら予定を変更せざるを得ない。

105mmのマクロで目立った花をピックアップしていく。

緩やかな起伏のある山奥の谷をイメージしたアジサイ園。

約1万株の青、紫、赤色などのアジサイが見ごろを迎えている。

お昼に西宮から来たという二人連れのご婦人と一緒になった、広いですねーと感心しきり。

毎日新聞やテレビでニュースが流れるので誘い合わせてきたという。

マスコミも罪なものだ。

ダンスパーティーの仲間であるアジサイは、アジア、北アメリカに約73種が分布するアジサイ科アジサイ属の落葉性低木です。

ダンスパーティーは、日本に分布するガクアジサイとアメリカの園芸種を掛け合わせて作られた園芸品種です。

1994年頃に静岡県にある加茂花菖蒲園で作出され、近年鉢物のギフトが数多く流通するようになって一気にブレイクし、以来不動の人気を誇るアジサイです。

ダンスパーティーの花期は6月~7月。

花期になると分枝した枝の頂部に、径10~20㎝程度の花序を形成し、多数の花を咲かせます。

花のように見える部分は、ガクが大きく発達した「装飾花」と呼ばれる部分で、雄しべと雌しべが退化しています。

ダンスパーティーは、装飾花が非常に美しいアジサイです。

装飾花はシャープな萼片が八重に重なり、華麗な花姿を見せてくれます。

ガクアジサイに比べると装飾花の数が多く、華やかで優雅なアジサイです。

ジャカランダが最盛期を迎えている。

隣ではスモークツリーが華やかに咲いています。

初夏にふわふわとした花茎を伸ばして、木が煙っているようにも見えるスモークツリー。

花姿のユニークさもさることながら、黄系、青系、ブロンズ系の葉色が揃い、カラーリーフプランツとしても人気の高い落葉樹です。

ケムリノキ、カスミノキという別名も持っています。

ジャカランダは、ホウオウボクやカエンボクと並んで、世界三大花木に数えられる木です。

南米原産で、現高さ15m以上に成長し、現地では葉に先立って紫色の花を咲かせるので、紫の雲のようだとたとえられます。

暖かいところで育つ木ですが、大阪市内でもジャカランダが元気に育っています。

長居植物園の中だけでなく、長居公園にもジャカランダの木があります。

ジャカランダがあるエリアの中では、真っ赤な花が咲くアメリカデイゴやヒシバデイゴも見ることができます。

同時期に花が咲き、どちらも花が散った地面も美しく、紫と赤のコントラストは見事です。

ジャカランダとは南米に多く分布している樹木で、品種は約50種類。高さは15メートルぐらいで、中には30メートルに達する大きいものもあります。

春から初夏にかけて紫色の花を咲かせ、木を覆うほどたくさんの花が咲くので、世界三大花木の一つとされているとても美しい樹木です。

その美しさから街路樹などにも使われることも多く、一面が紫色で覆われた景色は絶景そのものです。

世界3大花木ジャカランダを見る
今回の宮崎訪問の目的の一つに「ジャカランダ」を見たいということがありました。 「 … 続きを読む →

今宮崎ではジャカランダ祭りの最中です。

薔薇も雨に濡れきれいです。

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山田池公園のハナショウブ


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1200年前に造られたとされる山田池を中心とした山田池公園では、例年5月下旬になると花しょうぶ園のハナショウブが見頃を迎えます。

約150種類1万株の紫や白、ピンクのハナショウブが咲き誇る様子は圧巻です。

園内は一方通行になっていて後戻りできません。

梅雨の時期に花を咲かせ、夏の訪れを知らせてくれるハナショウブ。

ハナショウブは自生する「ノハナショウブ」をもとに品種改良された園芸植物です。

水辺に咲くイメージが強いですが、庭や花壇、鉢植えでも育てられます。

画像は「江戸型 宿の桜」

「江戸型 鳳凰(ほうおう)冠」


「江戸古花 葵の上」

「長井古種 長井古麗人」

「江戸古花 大鳥毛」

「伊勢型 津の花」

「江戸型 花車」

「江戸型 八咫鏡」

同時期には、あじさい園のアジサイ約2000株や、水生花園のスイレンも見頃を迎えます。

豊かな自然に恵まれた山田池公園では野鳥も多く、水鳥やアオサギ、カワセミなどのバードウォッチングを楽しむこともできます。

半夏生はまだ見頃前。

ハナショウブで影が薄い感があるがあじさい園のアジサイ約2000株が゜存在感を示している。

今日はマクロ持参で正解でした。

伝統品種群の系統

江戸系
江戸ではハナショウブの栽培が盛んで、江戸中期頃に初のハナショウブ園が葛飾堀切に開かれ、浮世絵にも描かれた名所となった。
ここで特筆されるのは、旗本松平定朝(菖翁)である。
60年間にわたり300近い品種を作出し『花菖培養録』を著した。
ハナショウブ栽培の歴史は菖翁以前と以後で区切られる。
こうして江戸で完成された品種群が日本の栽培品種の基礎となった。
1910年(明治43年)からは宮沢文吾により神奈川県農事試験場(現日比谷花壇大船フラワーセンター)で当系の品種をもとに品種改良がおこなわれ、1915年(大正4年)から1920年(大正9年)頃までに約300品種が発表された。
玉川大学教授 田淵俊人は、これを独特の花容から大船系と分けて分類するのが適切だと主張している。

伊勢系
現在の三重県松阪市を中心に鉢植えの室内鑑賞向きに栽培されてきた品種群。
伊勢松阪の紀州藩士吉井定五郎により独自に品種改良されたという品種群で、菊、撫子と並ぶ「伊勢三品」の一つである。
江戸の商人には三井高利に代表される伊勢出身者が多く互いの行き来も盛んであり、紀州藩士も参勤交代が頻繁であった。
このことから、実際には江戸系の影響を受けたであろうことが有力視されている。
昭和27年(1952年)に「イセショウブ」の名称で三重県指定天然記念物となり、全国に知られるようになった。

肥後系
現在の熊本県を中心に鉢植えの室内鑑賞向きに栽培されてきた品種群。
肥後熊本藩主細川斉護が、藩士を菖翁のところに弟子入りさせ、門外不出を条件に譲り受けたもので、「肥後六花」の一つである。
満月会によって現在まで栽培・改良が続けられている。
菖翁との約束であった門外不出という会則を現在も厳守している点が、他系統には見られない習慣である。
しかし大正に会則を破り外部へ広めてしまった会員がおり、現在では熊本県外の庭園などで目にすることができる。

長井古種
山形県長井市で栽培されてきた品種群である。
同市のあやめ公園は1910年(明治43年)に開園し、市民の憩いの場であった。
1962年(昭和37年)、三系統いずれにも属さない品種群が確認され、長井古種と命名されたことから知られるようになった。
江戸後期からの品種改良の影響を受けていない、少なくとも江戸中期以前の原種に近いものと評価されている。
現在、34種の品種が確認されている。
長井古種に属する品種のうち13品種は長井市指定天然記念物である。
近年、長井古種と他系の品種を掛け合わせてつくられた新品種を長井系と称している。
21世紀現在、ノハナショウブの自生地ではハナショウブとの交雑個体が見られるようになっている。
交雑個体の中から選抜された優良個体を品種として発表しようとする個人や団体が表れることを予測して、新系統の乱立を防ぐため、ハナショウブ愛好家の唯一の全国組織・日本花菖蒲協会の2021年(令和3年)現在の会長清水弘は、 ノハナショウブ(各自生地ごとの標準個体、自然変異)と栽培品種(長井古種・長井系以外も)との交雑による(自然交配も人為交配も)品種についても、既存の長井系と合わせて長井タイプとする新たな分類を提唱している。
これは長井という品種群について長井市に起源をもつ一系統というより、ノハナショウブと栽培品種の移行型である点を優先したものであり、原種と栽培品種の交配の初期世代でも同様の形質が表れるためである。

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アジサイの季節 長居植物園


スモークツリー、冬季、枯れ木のようになっていたが季節になるとちゃんときれいな姿を見せてくれます。

スポットの当っている花、珍しい品種を狙う。

スポットの当っている花を狙うとどうしても画像が暗くなる。

よくダイジェストに登場するスポット。

雰囲気が気に入って撮ったが、少し暗いかな。

白い装飾花が1枚しかないイワガラミ(岩絡み、ユキノシタ科)

名前とは違って、木にからむのが一般的。

山地に生え、気根を多数出して木や岩に張り付いて高く這い上る。

白い装飾花のガク片は1枚しかないのが特徴。

花・・・丸く平たい花序の周りに、1枚の白い三角状卵形のガクをヒラヒラさせた装飾花をつける。

雄しべは10個。花柱は1個、柱頭は頭状で4~5裂する。


クロヒメアジサイはヤマアジサイの変種で、アジサイの仲間では比較的早く花をつける種です。

両性花(オシベ・メシベを持つ花)の周りを装飾花(飾りの花)が取り巻く額縁咲きのアジサイ。

名札が見つからずで名前不詳。

きれいな花です、ダンスパーティとは違うようだし、名前不詳。


ユニークな姿で咲くフェイジョアの花は観賞価値も高い。

虫の代わりに、長く伸びる柱頭へ受粉を促す。

「渡り」と言えば、ツバメやカモなどの野鳥を思い浮かべると思いますが蝶でも、新聞などで時々話題になるアサギマダラがいます。

秋になると、全てではないのですが特定の場所に寄りつつ、栄養補給をしながら、春とは逆に南方へと旅立つ。

僅か十数グラムの蝶がどうして千キロも2千キロにも及ぶ渡りができるのでしょう。
気流に乗ったとしても方角や目的地をどう判断しているのでしょう。

暑くても寒くても気に入らないようで、いつも適温の25度ぐらい(日中)の地域を求めて、移動しているようです。

チコリは、ヨーロッパ、西~中央アジア、北アフリカ原産のハーブ。
古来、魔力を持ったハーブと考えられていました。

チコリの属名は、このハーブが畑で作られることから、ギリシャ語で「畑」を意味するchorionに由来。

フランス語ではアンディーブ、日本ではキクニガナとも呼ばれます。

花言葉は「節約、待ちぼうけ」です。

ハナショウブが咲き誇っています。

系統を大別すると、品種数が豊富な江戸系、室内鑑賞向きに発展してきた伊勢系と肥後系、原種の特徴を強く残す長井古種の4系統に分類でき、古典園芸植物でもある。

第二次世界大戦後は系統間の交配も進んでいる。

他にも海外、特にアメリカでも育種が進んでいる外国系、キショウブとの交配によるキハナショウブ(アイシャドウアイリス)、原種ノハナショウブの自然変異タイプがある。

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伊吹山の花々


近年、鹿等の食害に加え、観光客の踏み荒らし、外来種の増加によるお花畑の花が減少してしまいました。

数年前から植生保護の強化を図り、少しずつ以前の姿を取り戻しつつあります。

画像をクリックして拡大して見れば、花が復活しつつある様子が見れます。

2013年の訪問記雲上の楽園「伊吹山」
滋賀県と岐阜県の県境にある伊吹山地主峰の標高1,377mの山。 滋賀県最高峰の山 … 続きを読む →


伊吹山は新幹線に乗って大阪方面へ向かうと、米原の手前で右手に見える山です。

山の西側が大きく削れています。

伊吹山で石灰岩を掘っていることを知っている人の中には、あんなに自然破壊をして・・・」と言う人もいます。

でも実は白く山肌が露出しているところは元々あった石灰岩の崩壊地で、掘っているところは上部です。

伊吹山は岐阜県春日村と滋賀県伊吹町の境にあって、豪雪地帯であることや、山頂付近の薬草で有名です。

また岐阜県春日村では石灰岩の崩れたものが、再度固結してできた “さざれ石”でも有名です。

滋賀県の北部に位置する伊吹山(標高1377m)は、日本海側と太平洋側の気候が入り交じる気候で、地質が石灰岩質ということもあり多くの動植物が生息しています。

そのような地理的、地質的、気候的な立地条件から北方系要素の植物、多雪型日本海要素の植物、好石灰岩系の植物が見られ、特殊な立地条件から伊吹(イブキ)の名前を冠した植物名が多いのも特色です。

そんな伊吹山でも近年の地球温暖化やニホンジカの食害、人の登山道以外での踏み荒らし等、複合的な要因で伊吹山独特の植生にも変化が起こっています。

外来種や平地植物が繁殖による在来種の減少や絶滅、交配種の増加などにより、お花畑は以前の面影を無くしつつあります。

地元では、地方自治体や民間のボランティアグループの方々が保全のために啓蒙活動や整備作業を続けられています。

以前に比べ花数や種類が減っているとはいえ、やはり近畿の他の山に比べれば圧倒的に多くの花が咲いています。

伊吹山自体、麓と山頂部では、概ね1200mの標高差があるため、麓から3合目、3合目から5合目、5合目から山頂周辺と咲く花も変化します。

イブキタンポポ

山地の日当たりの良い所に生える多年草。
葉は少なく長さ25~35cm内外、花茎は葉と同じかそれより少し長い。

伊吹山特産種のためイブキの名がついた。
本種は近畿地方から中部地方にかけて分布するセイタカタンポポとエゾタンポポの中間種である。

ボタンネコノメソウは岐阜県以西の本州、脊梁地帯から日本海側に分布する。
山間の渓流沿いや水の滴るような斜面などに生育する。

茎の先端には葉と同じ構造の苞があり、中心に向かって黄色になる。

中心部の花は暗い赤褐色で周辺の苞と強いコントラストを示している。
苞は光を反射する構造になっているのか、暗い渓谷の中でひときわ目立つ花である。

ブナ

日本海側ではしばしばブナが優先し純林を形成するが、太平洋側に降りると純林はあまり見られず、ミズナラなど他樹種との混交林を作る。

ショウジョウスゲ(猩猩菅)

低山から高山の草地に生える多年草。
ショウジョウスゲの名は雌小穂(果穂)が赤褐色をしていることからつけられた。

ショウジョウとは体毛が赤褐色をした類人猿のオランウータンを指す。

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夏も近づく6月 伊吹山へ


古くから神が宿る山として信仰の対象であった。

室町時代後期には織田信長により、山上に野草園が造られたとされている。

岐阜県関ケ原町から東尾根を登って9合目まで至る有料道路で、9合目には500台以上を収容できる駐車場のほか、展望設備や飲食店、売店を営業している。

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明治以降に近代登山の対象となった。

大正には中山再次郎により、関西におけるスキーの山として注目されるようになった。

1964年(昭和39年)に深田久弥により日本百名山に選定されると、百名山ブームもあり全国的に登山対象の山として知名度も高まった。

1965年(昭和40年)に伊吹山ドライブウェイが開通すると、9合目まで容易に上がれるようになり山頂部は観光地化した。

伊吹山の神は「伊吹大明神」とも呼ばれ、『古事記』では「牛のような大きな白猪」、『日本書紀』では「大蛇」とされていた。

『古事記』にはヤマトタケルがこの伊吹大明神と戦って敗れる物語がある。

伊吹山の神に苦しめられて敗れたヤマトタケルは病に冒されて山を下り、居醒の泉(米原市醒井の平成の名水百選の1つに選定されている「居醒の清水」)で少し回復したものの、のちに悪化して亡くなったとする伝説が伝えられている。

梅雨期の醒ヶ井宿
醒井宿は、近江国坂田郡にあった中山道(中山道六十九次)61番目の宿場であり、現在 … 続きを読む →

『古事記』『日本書紀』に、ヤマトタケルノミコトが東国征伐の帰りに、伊吹山の神が白い猪の姿であらわれた。

その猪が氷雨(雹)を吐くと、ヤマトタケルは前後不覚におちいった。

やっとの思いで山をおり、「玉倉部(たまくらべ)の清水」に到って休憩すると、気分が回復してきた。

山頂部にはその日本武尊の石像と、伊吹山の神の白猪の像が設置されている。

登山しやすい山と言われていますが、登山道では、大きい岩が露出していたり、石がゴロゴロしていて歩きづらい箇所もありますので登山に適した靴や服装に心がけてください。

表登山道の三合目西側の「高屋」と呼ばれる場所はヤマトタケルが山の神に出会った場所とされていて、大正時代に石の祠が建立されその中に木造の日本武尊が祀られた。

画像 雪渓が見られます、さすが伊吹。

山頂周辺には高山植物を含む野草群落が花畑として保護されており、夏季には色とりどりのお花畑となる。

しかし、近年、鹿の食害により草花が激減、往時の姿はない。
2013年の訪問記雲上の楽園「伊吹山」
滋賀県と岐阜県の県境にある伊吹山地主峰の標高1,377mの山。 滋賀県最高峰の山 … 続きを読む →

伊吹山ドライブウェイ終点の駐車場からは遊歩道が整備されている。

遊歩道は3本が整備されていて、20分ないし40分程度で山頂に到達できる。

伊吹山山頂より南西を望む。

山頂の伊吹山寺山頂本堂、その左に伊吹山之神「白猪」の像。

山頂には5軒の売店が営業していて、季節によっては一部の店が日中の売店営業だけでなく夜間登山の仮眠所(収容人数350人)として開いている。

山頂部にはその日本武尊の石像が。

伊吹山の西側では滋賀鉱産(株)伊吹鉱山によって石灰岩の採掘が行われています。

2003年3月までは住友大阪セメント(株)伊吹鉱山として、セメント向けを中心に採掘が行われていましたが、現在は骨材、路盤材向けに採掘が行われています。

この石灰岩鉱山の部分は,この付近の地層ができあがって以降の断層運動による破砕が認められ,古くからの崩壊地となっています。

鉱山の初期は崩壊地の下でこの崩壊物だけを採っていました。

現在はこの崩壊地の上部を採掘しており、最終的には急傾斜の破砕を受けた石灰岩や石灰岩の崩壊物を採掘して安定した山腹になる計画です。

緑化も採掘地だけでなく、崩壊地に対しても行われています。

下山は中央登山道を通れば20分ほどで9合目まで。

中央登山道はほとんどが木の階段で歩きやすい。

イヌワシハンター達は、カードレールの外側に入り断崖絶壁の足場の悪いところスレスレに三脚を立てて切り立っている崖の下を飛ぶイヌワシを上から撮るという理想的な撮影が出来るが、足が竦んでしまい尻込みを感じ崖の下が見えるところまではなかなか行けない

(崖から1m位離れる)が、崖スレスレに飛ぶことがあるそうで飛んでも何も見えないことがあると地元の人達が教えてくれた。

湖北野鳥センター
湖北野鳥センターには、「冬の三大スター」のオオワシ、オオヒシクイ(いずれも国の天 … 続きを読む →


伊吹山 バイクツーリング登山。

恋慕観音像様に「恋愛成就のお祈り」。

お花畑をめぐる西遊歩道からの山頂部。

観音様の足元のチェーンには伊吹山ハートロックキーがズラリ!

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ゴールデンウィークの長居植物園


3年ぶりに縛りのない自由な休日です。
所用を済ませ午後から長居植物園へ散歩に。

すごい人出です、午後だというのに入園ゲートには長蛇の列。

皆さん待ってましたとばかりに繰り出しています、園内、木陰は空きスペースがないくらい人がいっぱいです。

何時もは時計回りに回るのだが今日は反対から回ります。

ネモフィラが見頃ですがものすごい人だかりです。

人込みを避けバラ園に、太陽は真上でピーカンです。

これでは写真にならない、影を探して若いバラを選ぶ。

木陰を求めて里山の林へ、陽を透かしたショット、若い緑がきれいです。

若葉がきれいです。

緑の中を渓流に向かう。

気持ちの良い5月の爽やかな風に吹かれながらせ・・・・・

小池の畔から渓流に架かる橋を望む、多くの人が通り過ぎます。

お気に入りの場所へ、小池に移り込む景色が好きです。

小池に移り込む景色はいつもいろいろな顔をしています。
深いグリーンがきれいです。

小枝でも落ちたのか水面にわだちが・・・・・・

トゲナシハリエンジュの花が咲いています。
高い木なので気づかず通り過ぎる人もいます。

途中でおやつをいただきながら散策を楽しみました。

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唐招提寺で鑑真ゆかりの花 瓊花 が見頃


『続日本紀』等によれば、唐招提寺は唐僧・鑑真が天平宝字3年(759年)、新田部親王(天武天皇第7皇子)の旧宅跡を朝廷から譲り受け、寺としたもの。

寺名は当初は「唐律招提」と称した。

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四方から僧たちの集まり住する所を意味した。

鑑真研究者の安藤更生によれば、唐では官寺でない寺を「招提」と称したという。

「唐律招提」とは、「唐の律を学ぶ道場」の意であり、後に官額を賜ってから「唐招提寺」と称するようになった。

鑑真は仏教者に戒律を授ける「導師」「伝戒の師」として日本に招請された。

当時(8世紀前半)の日本ではこうした正式の授戒の制度は整備されておらず、授戒資格のある僧も不足していた。そのため、官の承認を経ず、私的に出家得度する私度僧が増え、課役免除のために私度僧となる者もいて、社会秩序の乱れにつながっていた。

鑑真の生涯や唐招提寺は井上靖の小説『天平の甍』(1957年)で広く知られるようになった。

688~763年

唐の揚州に生まれ、14歳で出家し、洛陽・長安で修行を積み、713年に故郷の大雲寺に戻り、江南第一の大師と称されました。

天宝元年(742)、第9次遣唐使船で唐を訪れていた留学僧・栄叡(ようえい)、普照(ふしょう)から、朝廷の「伝戒の師」としての招請を受け、渡日を決意。

その後の12年間に5回の渡航を試みて失敗、次第に視力を失うこととなりましたが、天平勝宝5年(753)、6回目にして遂に日本の地を踏まれました。

以後、76歳までの10年間のうち5年を東大寺で、残りの5年を唐招提寺で過ごされ、天皇を始めとする多くの人々に授戒をされました。

唐招提寺「御影堂供華園」は、世界遺産「唐招提寺」の境内北側、江戸時代に建てられたかつての興福寺塔頭「一乗院」の宸殿を移築した「御影堂」の西側に広がる庭園。

「供華園」は、鑑真和上の故郷である中国揚州から昭和38年(1963年)に送られた「瓊花(けいか)」と呼ばれる花が咲き誇る空間となっており、毎年大型連休ごろの見頃になると、白く可憐な花をご覧いただけるようになっています。

ちなみに瓊花はスイカズラ科の花であり、ガクアジサイはアジサイ科もしくはユキノシタ科なので根本的に違う植物らしいが、スイカズラ科の花にはガクアジサイのような花を咲かせるものもあるのだそうだ。

瓊花は中国の江蘇省、揚州市が原産。

隋から唐の時代、「瓊花(チウンホア)」は「玉蘂」とも呼ばれ、その芳香のある黄白色の花が愛でられたといいます。

ただ不稔であったために、「聚八仙」という台木に接ぎ木して増やしていたそうですが、やがて元軍の進入とともに絶え、その後は残った台木の「聚八仙」が「瓊花」と呼ばれるようになったといいます。

わが国では、鑑真和上の縁で揚州市・大明寺から贈られたものが奈良県の唐招提寺や飛鳥寺などに植栽されています。

「ムーシュウチュウ(木綉球)」の近縁種で、高さは4メートルほどになり、葉は卵形から楕円形の革質で、縁には細かい鋸歯があります。

4月から5月ごろ、白色の両性花とまわりに8個の真っ白な装飾花を咲かせます。

別名で「ハッセンカ(八仙花)」とも呼ばれます。

醍醐井戸の近くまでやってきました。

仏の教法の、優れて尊い味わいのことを醍醐の法味(だいごのほうみ)と言います。

深遠な仏の教えを濃厚なチーズに例えた言葉ですが、醍醐の法味はそのまま「醍醐味」という言葉にもつながっていきます。

雰囲気のある塀に沿って、歩いていきます。

鑑真の廟所のコケ、折からの水を含んで鮮やかです。

フォーカスシフトを手持ちで試みる。

背景としてSilkypicsでのレタッチがあります、狙い通り「手持ち撮影時の位置ずれを補正する」という機能が使えた。

これは新しい発見だ。

金堂と南東の、松のところに、石の隅鬼が。

金堂の東南隅で隅木を支える「隅鬼」。

年輪年代調査などから金堂創建時の作とみられています。

同形・同時代のものが北西隅、東北隅にも使われていて、修理後元の位置に戻されています。

これらを見ることができるのは、金堂の解体時のみ。

これまで非公開だった薬草園の一般公開を始めたというのでそちらへ向かう。

菖蒲の時期には少し早いようです。

鑑真ゆかりの薬草園、よみがえる 奈良・唐招提寺が一般公開

薬草園ではアブラナ科のホソバタイセイが黄色い花を咲かせ、高さ約3メートルの瓊花が見ごろを迎える。

瓊花は「八仙花」とも呼ばれ、ガクアジサイのように花のまわりに白い装飾花を咲かせている。

奈良市の唐招提寺は22日、これまで非公開だった薬草園の一般公開を始めた。

金堂修理に伴い閉鎖した薬草園の復元作業が、約6割の範囲で終了したため。寺を創建した鑑真和上ゆかりの23種の薬木各1本と、39種約2600株の薬草を栽培。

鑑真の故郷・中国揚州市の名花「瓊花(けいか)」がちょうど、見ごろを迎えている。

瓊花は5月5日まで特別開園中の御影堂供華(くげ)園でも楽しめる。

境内では松の根が露出してはい回るさまが見事。

古木も多く、何やら動物に似たものもあり。

これなどはマンモスに見立ててみた。

境内散策の愉しみは至る所にある、雨の日の一日を楽しんだ。

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霧のガーデンミュージアム比叡


今日はあいにくの雨です。
木々の緑が雨に洗われて生き生きとしています。

森の緑もきれいです。
一人で来たときはこの辺りも楽しみながらロープウェイの駅まで行くのだが、今日は団体行動です、あまりゆっくりしておれません。

まだ桜が残っているのではと期待していたがさすがにもう見当たりません。

いつもは晴れの日が多いのですが、初めての雨の日に当たりました。
ケーブルの車窓もはじめてみる雨の風景です。

叡山ケーブル・ロープウェイは、施設メンテナンスのため、冬季は運休、比叡山延暦寺へは、坂本ケーブル、比叡山ドライブウェイまたは奥比叡ドライブウェイをご利用となります。

かわらけ投げ広場からの遠景、雲海がきれいです。

今日は霧をどう表現するかなと興味つづ。

雲のグラデーションを表現したかったのですが、なかなか難しい。
モノクロの表現のほうが向いているかな。

雲の切れ間から東塔の景色が見えます。
この辺りまで来ると桜も見れます。

散り際の桜・・・・

雨に濡れたアセビに桜の花びらが・・・

藤の丘から霞む展望塔。

ガーデンは冬季休暇から昨日オープンしたばかりです。

花がどうかなと心配していたのだか、なかなかきれいだ。

何時もは花と絵画が目に付くのだが今回は霧に気を取られている。

気になってた睡蓮の庭へ。

モネたちが愛したモチーフです。

少しづつずらしながら・・・

彼らが思い描いた日本風の庭園・・・

何度も行きつ戻りつしながら霧にかすむ庭を楽しんでいます。

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こもれびの庭も鮮やかな花々が・・

帰りも霧を楽しみます。

ちょっと霧が深すぎるかな。

ケーブルのすれ違い場所。

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