「働く女性の守り本尊」 同聚院


1444年に文渓元作禅師(東福第160世)が、その師、琴江令薫禅師(東福第129世)を開山として創建した臨済宗大本山東福寺の塔頭寺院。

藤原忠平建立の天台宗法性寺の伽藍に藤原道長によって造営された、五大堂の丈六不動明王を本尊としている。

後に五大堂は兵火によって消失したが、唯一火災から逃れたを不動明王を安置するために1280年東福寺開山の聖一国師によって再建された。

同聚院はその五大堂を本堂とする形で建立されているため「五大堂同聚院」とも呼ばれる。

現在の五大堂は1714年(正徳4年)の再興を経たものである。
境内にはモルガンお雪の墓がある。

「働く女性の守り本尊」不動明王

かつてある女御が牛車で法性寺を訪れた際、特に大事な琴の爪を失くしたと言って道長公に所在を求めました。

不動明王の霊験を聞いていた道長公は潜心に黙祷して「もし見つけることが出来たならお堂を建立して報恩し奉ります。」

と請願したところ、三ノ橋(現在の同聚院北西あたり)付近にてこれを得て、大いに歓喜して献上したと伝わります。

そうして建立したのが同聚院の五大堂であり、不動明王は当時の女御・更衣などの身分の高い女官からも絶大な信仰を得たと言われ、特に芸事上達を祈願することも多かったと言われます。

近代においては、祇園の芸妓で胡弓の名手として知られた日本のシンデレラ・モルガンお雪さんの信仰を縁として、全国の女性から「働く女性の守り本尊」としてあつく信仰されています。

同聚院 HPより

日本のシンデレラ「モルガンお雪」

女性が国際社会に進出した明治期、世界に日本女性の存在を知らしめた一人に「モルガンお雪」(加藤ゆき:1881年8月7日~1963年5月18日、81歳没)がいました。

彼女は世界三大財閥であるモルガン一族に嫁ぎ、日本のシンデレラとして日本に限らず世界中の話題を集めた祇園の芸妓でした。

晩年、亡くなった夫を追ってカトリックに改宗しましたが、親族の希望で同聚院に分骨され現在も当山にて供養されています。

悲劇の幼帝安徳帝内裏跡伝説地
それは山陽電鉄のガードをくぐり歩きづらい急な坂道を登りきったところにある。 東西 … 続きを読む →

モルガン灯籠
この一対の灯籠は、モルガンユキ(京都の美妓「雪香」旧姓加藤ユキで、明治37年日露戦争の始まる直前にアメリカの大富豪モルガン家の御曹司ジョージ・デニソン・モルガンに熱望され国際結婚をした人)がこの辺りが異人山と呼ばれた頃この東に住んでいた。

近代においてはモルガン財閥に嫁いだ日本のシンデレラ、モルガンお雪がこの不動明王を信仰していたことから、現在では「働く女性の守本尊」として多くの女性から信仰されており、境内にはモルガンお雪の3回忌の際にフランスから贈られた新種の白バラ「ユキサン」が今もなお花を咲かせている。

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わらべ地蔵に癒される 霊源院


いまから約650年ほど遡る室町時代は観応年間(1350年頃)。
後醍醐天皇の皇子である龍泉和尚によって創建されたお寺です。

25もある東福寺塔頭寺院のひとつ。

応永年間(1400年頃)在先希護和尚により現代に続く寺名霊源院と改修され、現在にいたります。

外からも見えている6体のお地蔵さんの表情はにこやかですね。

この笑顔に思わずにっこり。

アングルを変えてもう一枚。

水子供養の寺として知られる。

地蔵菩薩は、手を合わせた者の身代わりとなって地獄の苦しみから救うだけでなく、死者が生まれ変わる六つの世界すべてを巡って救済を行うと考えられています。

壱岐の「はらほげ地蔵」は有名ですね。
満潮になると胸まで浸かるお地蔵さん はらほげ地蔵
六地蔵は六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天)において衆生の苦患を救うという六 … 続きを読む →


静かに微笑んでいたり、穏やかな表情に癒やされます。

三千院のわらべ地蔵は何度撮っても新鮮です。

童地蔵がかわいい三千院
三千院は天台三門跡の中でも最も歴史が古く、最澄が延暦7年(788年)、比叡山延暦 … 続きを読む →


愛宕念仏寺にはユニークなお地蔵さんが揃っていますね。

愛宕念仏寺
愛宕念仏寺(おたぎねんぶつじ)は京都府京都市右京区の嵯峨野にある天台宗の仏教寺院 … 続きを読む →


ネコの置物が可愛い。

あまりにかわいいので思わず何枚も撮ってしまいました。
ありがとう。

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小町伝説の残る 退耕庵


退耕庵は、京都市東山区にある臨済宗東福寺派の大本山・東福寺の塔頭。

本尊は千手観音。小野小町ゆかりの寺として知られる。

慶応4年(1868)の鳥羽伏見の戦いの際には、東福寺に長州藩の陣が置かれていたことから、当庵はその戦いの殉難者の菩提所となっている。

応仁の乱による戦火で荒廃したが、1599年(慶長4年)、安国寺恵瓊(第十一世)によって再興されている。

豊臣秀吉亡き後、客殿の茶室では、恵瓊、石田三成、宇喜多秀家らが関ヶ原の戦いの謀議を行ったという。

関ヶ原の戦では西軍敗北に伴い六条河原で斬首になる。

地蔵堂に安置する高さ約2メートルの地蔵菩薩像は、胎内に小野小町に寄せられた多数の艶書を収めていたことから「玉章(たまずさ)地蔵」の名で知られている。

町堂の前には、小野小町百歳井戸という井戸もあります。

この井戸の水面に年老いた自分の顔を映したのでしょうか。

謎の女小町は各地にゆかりの地と称するものがある。

ライバルを救った小町の慈悲心「草子洗小町」
小町零落説の背景には、あまたの貴公子を虜にした小町に対しての男性諸氏のひがみ根性 … 続きを読む →

はねず踊り 小野小町ゆかりの 隨心院
ちょうどはねず(うすべに色)の梅が咲くころ、小野小町を偲ぶ土地の童唄と踊りが、隨 … 続きを読む →

美醜の魔界を詠んだ謎の女流歌人小野小町
隨心院が所在する小野は小野氏の一族が栄えたところである。 宮中で仁明天皇に仕え歌 … 続きを読む →

深草少将の百夜通いの話はあまりにも有名です。
関寺の牛塔
長安寺の前の名称は関寺。 関寺は、創建年代は不明であるが、逢坂の関の近くにあった … 続きを読む →

埋もれ百体地蔵の奥には、小野小町の供養塔がある。
謡曲の「関寺小町」が晩年の小野小町を歌っている縁で、置かれたのだろう。

小野神社 小野氏発祥の地
滋賀を訪れた折、全国の小野一族の祖を祀るといわれる小野神社を訪れた。 関連記事: … 続きを読む →

境内の一隅に康永4年(1345)の石像宝塔が建つ。
小野小町の供養塔と伝えられている。
小野小町は小野篁の孫にあたる。
六道珍皇寺 冥途通いの井戸
京都における平家の最初の拠点。 清盛の祖父が寺領を借り受け、邸宅を建てたといわれ … 続きを読む →

篁と式部、この二人の墓所は堀川北大路交差点から南へ少し下がって島津製作所の傍らにあります。
京都の紫野(むらさきの)と呼ばれる場所です。

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北港ヨットハーバーの夕日


先日の「コスモシーサイド」の対岸の舞洲から北港ヨットハーバーへ行こうと思う。

足的には結構行きにくい所です。

調べたら4種類の行き方があった。

1. JR線桜島駅 「舞洲アクティブバス」に乗車(所要時間 約21分 210円)
「舞洲東」停留所から徒歩 約15分

2. JR線大阪駅 市バス「大阪駅前」停留所にて「59系統 北港ヨットハーバー行き」に乗車(所要時間 約50分 210円)
「北港ヨットハーバー」停留所から徒歩 約5分

3. JR線西九条駅 阪神なんば線西九条駅 市バス「西九条」停留所にて「59系統 北港ヨットハーバー行き」に乗車(所要時間 約25分 210円)
「北港ヨットハーバー」停留所から徒歩 約5分

4. JR線桜島駅 「舞洲アクティブバス」に乗車(所要時間 約7分 210円)
「環境局前」停留所から徒歩 約19分

まだほかにあります。

コスモドリームラインと言って地下鉄コスモスクエア駅 セレッソスポーツパーク舞洲 おおきにアリーナ舞洲 大阪シティ信用金庫スタジアム ホテル・ロッジ舞洲というルートがあります。

舞洲から橋一つ越せば北港ヨットハーバーに行けるのではないか。

バスに乗って運転手に聞くと、舞洲東が近いのでは・・・

どれくらいかかるの   行ったことないからわからん。

と、いうことで舞洲東で降りる。

前方に見えているのは此花大橋、この交差点を左折してどんどん道なりに行けばいいとのこと。

此花大橋は2025年日本国際博覧会の開催に向け、大阪港湾局において此花大橋を6車線に拡幅する工事が始まっています。

それに伴い当面の間、歩道の利用ができなくなります。

令和3年12月6日~令和11年3月(予定)

いきなり衝撃的風景。

帰ってネットで調べたら。

大阪・舞洲の倉庫火災 放火容疑で派遣社員の19歳少年逮捕

「日立物流西日本」の倉庫内で昨年11月に起きた大規模火災

火災は昨年11月29日朝に発生。

倉庫には窓が少なく内部に煙と熱気が満ちて消防が立ち入れず消火活動が難航し、5日後の12月4日午後に鎮火。

舞洲東から約10分、目指す常吉大橋が見えてきた。

右側の派手な建物は焼却場。

2001年(平成13年)4月に大阪市環境局により建設された。

2015年(平成27年)4月1日に、他の大阪市の清掃工場とともに、大阪市・八尾市・松原市環境施設組合(現大阪広域環境施設組合)に移管された。

外観はフリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサーによるデザインである。

なお、フンデルトヴァッサー自身は当工場の完成を見ることなく、2000年2月に死去している。

常吉大橋は、大阪市此花区常吉と舞洲を結ぶ大阪港に架かる橋。

塔が1基の斜張橋として日本国内最大規模。
また、非対称構造であることが、特徴。

ヨットハーバーが見えてきました。

何とか間に合ったようだ。

もう陽が落ちかかっている、少々焦りが・・・・

状況はかなりきついが結構距離がある。

対岸にヘリポートがあるのでヘリコプターがホバリングしながら降りてくる。

クリックして拡大して見てね。

やっと入り口に到達。

まだ日没までは小1時間ある、一安心。

女神像を夕日が照らす。
8年ぶりの北港ヨットハーバーの夕日です。

大阪北港ヨットハーバーの夕日
昨日、鷲羽山からの夕日の様子を紹介しましたが、大阪にも夕日のスポットはたくさんあ … 続きを読む →


西に目をやると暮れていく空のグラデーションがきれいです。

日没にはまだ時間があります。

ブルーの空と夕日、きれいだ。

ここからは一工夫しています。

使っているソフトに夜景合成機能がある。

このモードで同じ撮影シーンを複数枚合成した場合、通常のノイズリダクションをはるかに超えた精緻で高階調な写真に仕上げることができます。

※4枚合成するとISO感度2段階分、16枚合成するとISO感度4段階分減感した時の画質再現されます。

夜景向けのノイズ除去や彩度、黒レベルを重視した合成をおこないます。

このモードを使うと手持ち撮影した複数の画像から、三脚を使用した長時間露光のような美しい夜景写真に仕上げることができます。

手持ち補正機能まで付いているのだ。

ついでにこのソフトのティスとを試してみる。

全67種類のオリジナルのテイストが収録されており作品作りにたまに使っている。。


クリックして拡大して見てください、六甲山頂の建物が夕日に光っている。

これはすごいことだ。

しかし、落とし穴がありました、手持ち補正はやってくれますが、ヨットのマストの振れまでは取ってくれない・・・・・


17時2分、ほぼ夕日も見納めだ。

陽は沈み、ブルーモーメントの始まりです。

帰りのバスの時間が迫っている、乗り過ごすと1時間待たねばならない・・・・

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シーサイドコスモの夕日


前回の「ダイヤモンドポイント」に続き対岸のコスモスクエアの海岸です。

盛んに浚渫が行われています。

難波津の故事でも明らかなように土砂がどんどん堆積するのです。

8世紀に入ると、難波津は土砂の堆積によって港湾施設としての機能を失ってしまった。

海上警察の船舶が頻繁に行き来する。

シーサイドコスモ

全長1.4kmの長さを誇る海浜緑地。

大阪港を広く見渡せる海辺の遊歩道からは、海遊館や天保山の観覧車を見る事ができます。

コスモスクエア海浜緑地は原則、釣りを禁止しておりますが、シーサイドコスモの東側の一部区域に限り、カラーコーン等により明示を行った上で釣りができる場所として開放しております。

しかしながら、釣り開放区域以外の場所でも釣りがされております。

また、夕日や夜景も大変美しく、ベイエリアならではの場所となっています。心地よい潮風を感じながらゆったりとした気分に浸ってみてはいかがでしょうか。

なにわの海の時空館

平成12年(2000)開館。

ユニークな形のガラス張りの建物は大阪港のランドマークで、平成14年(2002)には英国構造技術者協会から「Structural Special Award 2002」を受賞しました。

設計はポール・アンドルー氏(フランス人設計家)です。

館内には江戸時代に活躍した菱垣廻船(千石積級)を実物大で復元した「浪華丸」があります

不人気から、2013年(平成25年)2月8日、大阪市は、閉館日を同年3月10日と発表。

施設は閉館後使用されておらず電気、機械設備は老朽化が進んでいる。

内部に残されている、菱垣廻船(ひがきかいせん)『浪華丸(なにわまる)』

全長 : 29.9m、幅 : 7.4m、帆柱の長さ : 27.5m、積載量 : 約150t。

約10億円をかけて復元された。

1999年7月29日 – 8月1日、大阪湾で帆走実験が行われた。

風速9m/sで記録された最高速力(対水船速)は7ノット強(13 km/h強)であった。

建物の建設時に基礎の上に置いた状態でドームを作ったため屋外に出すことができず時空館の閉館後も他の大型展示物とともに建物内部に残されており・・・・・・

古代船「なみはや」は平野長原遺跡高廻り₂号噴出土の船形埴輪をモデルとして復元された準構造船。

「倭の五王」時代の航海を再現しようと、大阪港から韓国釜山港への実験航海にも成功しました。

フェリーターミナルへ回ろうと考えたが日没まで10分しかない、どうしよう。

今は使われていない、咲洲キャナルを行こう。

咲洲キャナルは海水を取り入れた運河で、コスモスクエア地区内を流れ、東西にゆるやかなカーブを描く親水空間です。水辺の散策が楽しめます。

ギリギリ間に合いました。

大阪南港コスモフェリーターミナル

株式会社フェリーさんふらわあ が大阪南港コスモターミナルの命名権を2017年10月1日(日)より10年間取得したことにより、乗り場の名称が『さんふらわあターミナル(大阪) 第1ターミナル』に変わりました。

よく利用させてもらった航路です。

大阪 ↔ 別府航路

「東洋のチロル」由布川峡谷を撮る
最初の訪問地、由布川峡谷はその美しさから「東洋のチロル」とも称され、新緑や紅葉、 … 続きを読む →

大阪 ↔ 志布志航路

志布志へ
指宿へ菜の花を見に行きます。 指宿は12月下旬〜翌年2月上旬に菜の花の見頃を迎え … 続きを読む →

渓流に癒される菊池渓谷の光芒
今日は光芒撮影の本番、ホテルを5時出発です。 4時起床、見上げる空には月が、やっ … 続きを読む →


ATC(アジア太平洋トレードセンター)

昭和8年(1933)、木津川飛行場の移転先として南港の埋め立てが始まりましたが戦争のため中断。

戦後、港湾用地と住宅用地として利用する計画となり、現在の南港ニュータウンが誕生しました。

約1億4千万立方メートルの土砂(ダンプカー1日1000台で運んでも約55年かかる)が埋め立てられたといわれています。

ATCは平成6年(1994)に貿易トレードセンターとしてオープンしたもので、ショールームやレストラン、輸入品ショップなどがあります。

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ダイヤモンドポイント


ダイヤモンドポイント「大阪港で夕陽が一番美しい場所」

大阪港の中央突堤にある夕日スポット「ダイヤモンドポイント」。

大阪港で夕陽がいちばん美しい場所とされ、夕暮れ時には多くのカップルやカメラマンが集まるスポット。

ダイヤモンドポイント前は、サンタマリア号の運行ルートになっているため、コロンブス時代の旗艦をイメージした船が目の前を通ります。

ライダーが夕日を背にして愛車を撮影。

ものの10分くらいか撮影が済むとサッサと立ち去ります。

サンセットまで少し時間があるので天保山まで散策。

目の前が水上警察、警察用船舶「きづがわ」

陽を受けて輝く船、そばでは何やら燃料補給でもしているのか警察官が忙しく動いている。

隣は大阪海上保安監部の巡視艇てるぎく。


キャプテンラインは、ユニバーサルシティポートと海遊館西はとばを片道10分で結んでいます。

コペンハーゲン港にある「マーメイド像」は、世界各地から観光客が訪れる観光名所にもなっていますが、そのマーメイド像が大阪港にあります。

じつは大阪港とコペンハーゲン港は平成6年(1994)に交流港となり、、その友好を記念してビール会社のカールスバーグ社から寄贈されたものです。

再びダイヤモンドポイントへ。

2018年10月よりウッドデッキからインターロッキングブロックへ変わっています。。

天保山へ急ぐサンタマリア。

春や夏は工業地帯へ日が沈み、冬の11月と2月には真正面の海に日が沈みます。

この時期にしか見れない光景です。

古代から大阪(難波津)は西に海を抱き、夕陽の美しい場所として有名でした。

上町台地や船場といった市内中心部は高層の建物が立ち、なかなか夕陽が見られなくなりましたが、築港ダイヤモンドポイントからは現在も大きな夕陽が海に沈んでいく「おしてるや難波津」の光景を見ることができます。

「あをによし」というのは奈良の枕詞ですが、難波(大阪)の枕詞は「おしてるや」といいます。

「おしてる」は、夕陽の光が海原と空一面を明るく照らすさまを意味していて「や」というのは間投助詞です。

直越の この道にして おしてるや 難波の海と 名づけけらしも

万葉集に出てくる大阪の歌です。直越の道(奈良から大阪までの山道)を歩いていると、美しく光り輝く海が見えた。

なるほど。
これが噂の「おしてるや 難波の海」か……意訳するとこういう感じでしょうか。

大阪は西に海があって、太陽が沈む「夕陽の国」です。

中世には、沈み行く太陽を目指して、難波津や住吉津から船を漕ぎだして「西方浄土へ行く」と補陀落渡海した人々も大勢いました。

ブルーモーメントが始まりました、これからしばらくの間空はブルーに輝きます。

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住吉大社 市えびす


日本中におよそ2,300社ほどあると言われる住吉神社の中でも、十日戎が行われるのは関西だけです。

しかも住吉大社のえべっさんは、大阪でも最古で、長い歴史と伝統を誇ります。

市戎大国社例祭は大阪の住吉区の住吉大社で毎年1月9日と1月10日に行われるお祭りであり、大阪最古のえびす祭りであるとされています。

市戎社・大国社にはそれぞれ事大主命(ことしろぬしのみこと)と大国主命(おおくにぬしのみこと)が祀られており、商売繁盛のご利益があるとされています。

そのため、このお祭りでは「福の餅撒き」により商売繁盛や無病息災を祈ったり、願い事の書かれた祈祷木をお焚きあげするなどの行事が行われています。

住吉大社の市戎大国社例祭は、2022年1月9日と10日の2日程で開催されます。

両日とも10時からご祈祷がスタートし、18時で終了する予定です。

例年であれば福の餅撒きや、タイや伊勢海老も並ぶ魚市で賑わう市戎大国社例祭。

楽しみにしている方も多いので、少し残念ではあります。

大阪の住吉大社は凶が多くて有名です。

とある正月番組でも住吉さんに勤める巫女さんが言っておられました。

この「大凶」が出た時って、最幸に運気が上がる時なんです。

これ以上下がりようが無いわけですから。

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商船三井築港ビル 天満屋ビル


現在は中央突堤と呼ばれる大桟橋の跡のたもとに、当時の面影を今に伝える近代建築が2棟並んで建っている。

1933(昭和8)年に建てられた商船三井築港ビルと、1936年の天満屋ビルだ。

竣工当時は煙突の下、一階部分が玄関だったそうですが、こちらも埋立てにより地下に埋没し たため、2階のコーナー部を玄関とした経緯がある。

淡い色のスクラッチタイルと煙突が特徴 の建物。

上階の左右、色が明るい部分は後に増築したものとの事。
天満屋ビルとは隣どうしで ある。

スクラッチタイルは釉薬を使わない(無釉)タイルであり、原料に含まれる鉄分のために赤褐色や淡黄色となる。

湿式成形された表面には、突起物による多数の溝が刻まれている。
光に対する反射がほとんどないため、陰影を利用した重厚感があるとされる。

スクラッチタイルは煉瓦からタイルに変わる際の過渡期の建材である。

帝国ホテル旧本館(ライト館)には煉瓦ではなく「スクラッチ煉瓦」が用いられ、世界で初めて外壁にスクラッチタイルを用いた作品とされる。

1923年(大正12年)の関東大震災で帝国ホテル旧本館は無傷だったこともあり、震災復興期の建築にはスクラッチタイルが多用された。

官公庁・大学施設・金融機関などの建築にスクラッチタイルが用いられ、1928年(昭和3年)から1931年(昭和6年)に流行がピークを迎えた。

明治村では帝国ホテル旧本館が見られる。
レトロ感がとてもいい 博物館明治村
1965年(昭和40年)3月18日、名鉄が用地の寄付をはじめ財政面で全面的に援助 … 続きを読む →


天満屋ビルは昭和10年(1935)竣工で、元は回漕店の社屋兼居宅とし建設されました。

このビルも商船三井ビル同様に整備された際、1階が半地下状態になったので2階のバルコニーだったところへ階段を取り付け玄関にしています。

現在は喫茶店「ハaハaハa」が営業しています。

大阪市都市景観資源のプレートとかさ上げの経過が表示されている。

港区と大正区は昔から地盤が低く、台風などの水害に何度も悩まされてきた。

それが戦後の復興事業によって、街の道路が約2メートル嵩(かさ)上げされ、それ以前に建てられた建築は1階が土中に埋まってしまったのだ。

ビルにはブーゲンビリアが絡まりいい雰囲気です。

こちらも色違いの茶色いスクラッチタイルで、大きなガラスの開口と幾何学的な構成がモダンだ。

現在は陽光がたっぷりと注ぐ部屋にカフェが入居し、ゆったりとした時間を刻んでいる。

今日はダイヤモンドポイントの夕日の撮影が目的で、帰りに食事をと考えていたがもうすでに閉店している、改めて訪問しよう。

たび重なる災害、大改修や解体の危機を乗り越えて今日に至りましたが、地域の歴史を伝える場所としてなんとか生き残ってほしいものです。



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大和川 夕日とチン電


新年初訪問です。

橋梁に照り返す夕日がきれいです。

日没までまた時間があるのでゆっくりと周辺観察。

枯草に夕日、これもなかなかいいね。

川面の砂嘴と水面の波紋そしてグラデーション、きれいです。

通過する南海電車、夕日の照り返しが川面にも・・・

コロナの小休止が皆に余裕を与えているようだが、この状況もたちまち急変です。

夕日にドラムの根が小気味よく響いてきます。

チン電の橋梁下笛を吹く女が・・・・

この女性かなり長時間ここにいます、帰るときにもまだいました。

ドラムと笛の音が心地よく響いてきます。

少し下流にはギターをつま弾く高校生のグループもいた、さながらコンサートを聴いているようだ。

凧あげに興じているグループも数グループ見かけた。

陽も落ちたので家路につく、女性はまだ笛を吹いています。

太陽が今まさに沈もうとしている。

沈む夕日と上空を関空へ急ぐ飛行機。

楽しそうな沢山の家族が見られました、幸せな気持ちで家路を急ぐ。

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2022年新春 大阪護国神社


遅ればせながら新年おめでとうございます。

コロナも納まるかに見えたがまたもや拡大の気配・・

蜜を避ける意味で住吉大社参拝は見送った、近くの大阪護国神社へ参拝、家から徒歩10分の至近距離にある。

大阪府出身ならびに縁故の殉国の英霊10万5千余柱を祀っており、祭神の柱数は護国神社では沖縄県護国神社、福岡縣護國神社に次いで3番目に多い。

社名は、サンフランシスコ講和条約締結後の1952年(昭和27年)に大阪護國神社に復称している。

こうした経緯から奉安殿に仁徳天皇を、その相殿に東郷平八郎の遺髪と共に祀るようになった。

1970年(昭和45年)7月15日に昭和天皇と香淳皇后が親拝され、1978年(昭和53年)5月31日には皇太子・皇太子妃(現・明仁上皇・上皇后美智子)が参拝されている。

支那事変(日中戦争)勃発後に英霊崇敬の機運が高まりを見せたことから、1938年(昭和13年)に大阪府知事が奉賛会長として護国神社造営奉賛会を結成し、創建予定地である住之江公園の南西の低湿地を、府民のべ約36万人が勤労奉仕で約2年かけて埋めたてて、内務大臣指定護國神社として創建された。

2009年(平成21年)10月24日に特攻勇士の像が建立された。

住之江通に面した正面鳥居は大阪府で最大の鳥居である。

76年目の夏
昨日は76回目の終戦記念日。 護国神社には多くの人々が参拝しています。 一昨日か … 続きを読む →

大阪護国神社 桜満開
大阪市の南部、地下鉄住之江公園駅のすぐそばにある大阪護国神社は、2万㎡という広い … 続きを読む →

大阪護国神社 護摩供養
大阪護國神社は大阪府出身ならびに縁故の殉国の英霊10万5000余柱を祀り、拝殿の … 続きを読む →

大阪護国神社『日の丸マーケット』
現在5時30分、すでに太陽は高い位置にある。 斜光の美しさを眺めながらの散策。 … 続きを読む →

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