京都府庁旧本館 観桜祭

京都府
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京都府庁旧本館で開催中の観桜祭に出かけたが、あいにく時期遅し。

創建当時の姿をとどめる現役の官公庁建築物としては日本最古の京都府庁旧本館は、京都市上京区にあるルネサンス様式の建築物。

庁舎内部の様子。

庭の一角には、景石として三本の石の柱が置かれている。
よく見ると、柱には「天正拾七年(1589)五月吉日」の文字が刻まれている。

これらは明治10年(1877)の五条大橋の改修で余った橋脚が京都府庁に持ち込まれたものと伝えられている。

もとは、豊臣秀吉が建造した五条大橋の橋脚だったと考えられている。

メインとなるはずの祇園枝垂れ桜はすでに咲き終わっている。
この桜は円山公園の初代「祇園枝垂れ桜」の孫桜にあたる。

「容保桜(かたもりざくら)」も、もう葉桜です。
京都府庁の敷地にはかつて京都守護職上屋敷があったことから、当時の守護職であった、會津藩主 松平容保(まつだいらかたもり)の名を取って「容保桜」(かたもりざくら)と命名されました。

一本だけ咲いていた、せめてもの慰めだ。

京都慶應義塾は1874(明治7)年2月に開業し、碑文にあるように荘田平五郎(東京の慶應義塾の教員だったとのこと。

三菱の大番頭ともよばれた実業家)が尽力したものの、約1年後には廃止されたそうです。

京都守護職上屋敷跡の石碑。

「旧二條城跡」の碑、平安女学院、上京区勘解由小路町。

京都御苑の北西にある平安女学院の敷地の一角に、「旧二条城跡」の碑が立てられている。
旧二条城は、現在の京都御苑の西に存在したとみられている。
二条御所、古二条城とも呼ばれた。

永禄12年(1569)に織田信長が、第15代将軍・足利義昭の将軍座所(居城)として、この石碑を中心に、約390m四方の敷地にほぼ70日間の短期間で、二重の堀や三重の「天主」を備えた堅固な城を築いた。

周辺からは金箔瓦も発掘されており、急ごしらえにしては、四方に石垣を高く築き、内装は金銀をちりばめ、庭は泉水・築山が構えられた豪華な城郭であったと推測される。

京都御苑、出水の小川では陽気に誘われ、子供たちが無邪気に遊ぶ。

京都御苑にある旧中山邸。
京都で生まれ育った最後の天皇である 明治天皇 は、第 121代 孝明天皇 ( こうめいてんのう ) と公家の娘 中山慶子 ( なかやまよしこ ) の間に生まれ、幼名を 祐宮 ( さちのみや ) と言いました。

「祐井(さちのい)」
この井戸は祐宮が2歳の年の夏、日照りが続いて当時の井戸が枯れてしまったため、新たに井戸を掘りなおしたものされ、井戸の名前は祐宮の「祐」の字をとって、「祐井」と名付けられたと伝えられています。

京都府京都市三条大橋東詰(三条京阪)に皇居望拝(誤って土下座と通称される)姿の彦九郎の銅像がある。

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京都府庁旧本館へのアクセス、行き方歩き方

住所:京都市上京区下立売通新町西入京都府庁内
電話:京都府府有資産活用課…075-414-5435

JRおよび近鉄「京都駅」、または阪急「烏丸駅」から、烏丸線「丸太町駅」下車、徒歩10分
またはJR「二条駅」から、東西線「烏丸御池駅」で烏丸線乗換え「丸太町駅」下車、徒歩10分