大阪南港


大阪国際見本市会場は、大阪市住之江区の咲洲にある国際展示場。

一般財団法人大阪国際経済振興センターが運営する。

1985年に港区朝潮橋から移転・開場した。
インテックス大阪 (Intex Osaka= International Exhibition Center) という愛称が付けられている。

大阪府咲洲庁舎

橋本さんの府庁の全面移転話等話題には事欠かないがあまりにも複雑なので詳細は省く。

旧名称は、大阪ワールドトレードセンタービルディング。

略称は「WTC」。
そのため「WTCタワー」とも呼ばれた。

平成22年度予算が議決後、2010年6月1日に大阪府に譲渡され、現在の名称となった。

高さは256.0mで、あべのハルカス(大阪市阿倍野区、300.0m)、横浜ランドマークタワー(横浜市西区、296.3m)、りんくうゲートタワービル(大阪府泉佐野市、256.1m)に次ぐ日本第4位である。

毎年秋頃に、高さ4mのところにあるビルの2階から, 高さ214mのところにある52階まで、高低差210mの1,176段の階段を駆け上る、大幸工業株式会社スペシャルチャレンジ「THE RISE 256」が開催されている。

最上階の55階には、カフェなどが併設された有料の展望台(2022年3月時点で大人800円、中小人500円、幼児無料)がある。

この展望台は地上252mに位置し、一般向けの展望台としては東京スカイツリーの第2展望台 (451.2m)、あべのハルカスの60F展望台(287.6m)、横浜ランドマークタワーの展望台 (273m) に次いで日本で4番目に高く、東京タワーの特別展望台 (223m) や同じ大阪市内に存在する梅田スカイビル (173m) よりも高い。

非営利団体「新日本三大夜景・夜景100選事務局」によって「夜景100選」に選定されている。

夜景はとてもきれいです。
壮大なパノラマ 大阪府咲洲庁舎展望台
壮大なパノラマが広がるガラス張りのパノラマ展望スペース。 地上252m、360度 … 続きを読む →


アジア太平洋トレードセンターを望む。

アジア太平洋トレードセンターと大阪府咲洲庁舎を結ぶ連絡橋。

大阪南港コスモフェリーターミナル

大阪〜別府間を結ぶ「さんふらわあ あいぼり」「さんふらわあ こばると」と、大阪〜志布志間を結ぶ「さんふわらあ さつま」「さんふらわあ きりしま」が発着する「大阪南港」は、水の都と呼ばれる大阪らしく日本最多の中長距離フェリー発着数を誇ります。

大阪南港には三ヶ所のフェリーターミナルがあります。

その一つが「さんふらわあ」が発着する「さんふらわあターミナル(大阪)」。

大阪市内中心部から電車で直結という利便性の高さを誇ります。実はここ、2017年まで「大阪南港コスモフェリーターミナル」の名称で親しまれていました。

2017年10月に大阪市港湾局のネーミングライツ制度第一号として、2027年までの命名権を「㈱フェリーさんふらわあ」が取得し、「さんふらわあターミナル(大阪)」となった。

ATCオズ岸壁で素人のバンドが賑やかに演奏している。

さんふらわあターミナルは、第1ターミナルが別府航路、第2ターミナルが志布志航路と分かれており、第1ターミナルはアジア太平洋トレードセンター(通称ATC) 直結なので徒歩で乗下船できます。

第2ターミナルへは第1ターミナルからシャトルバスで移動。

船旅
今まで50回を超えるたくさんの船旅を楽しんだ、そのほとんどがこの南港からの船出だ… 続きを読む →

南港~別府・菊池渓谷へ
菊池渓谷へは春に引き続いての訪問となる。 今回はフェリーを使っての旅、日の入り、 … 続きを読む →

真冬の鹿児島を彩る黄色い絨毯!菜の花×開聞岳×池田湖
池田湖(いけだこ)は、鹿児島県の薩摩半島南東部にある直径約3.5km、周囲約15 … 続きを読む →

思いでは沢山ある。

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瀬戸田訪問を終えて


瀬戸田の港に古い写真が残っていました。

最初に瀬戸田を訪れたのは2002年8月でした、たまたまコンパクトカメラの記録が残っていました。

その後何度か訪れているのですが15年以上は来ていないのでは。

ゆっくりしすぎて最終のフェリーに滑り込みセーフ、危うい所でした。

それにしてもサイクリングの若者が多い、旅客定員75名(うち客席内45席)、自転車積載台数は約50台となっていますが40台以上乗っていました。

暮れかかった陽に照らされ航跡がきれいです。

今回の失敗はたまたま夏休みの最終土曜日を選んでしまったこと。

姫路以西は快速がないことは解っていたのですが列車の混雑が想像以上です、姫路から岡山まで立ち客がぎっしり、岡山でどっと降り、またどっと乗ってきます。

倉敷でほとんど降りるのですがその混み方は通勤列車並み。

一瞬、コロナの恐ろしさが襲ってきました、これでは感染するはずと・・・・恐怖を感じました。

青春18切符の期限が9月10日、9月の天気予報を見ると雨とか台風の話ばかり、つい焦って日にちを設定してしまったのが間違いのもと。

帰りのホームから向かいのホームを見ていると何やらざわついている。

そのうち派手な電車が入線、どうも記念列車のようだ。

帰って調べてみると。

列車名を「Bar Train ~Night ラ・マル~」と銘打ち、車内では「ホテルグランヴィア岡山」のバーテンダーが目の前でつくるカクテル、生演奏などを楽しめるそうだ。

運転日は2022年8月27日(土)のみ。
岡山駅を16時57分に発車したのち、尾道駅へ18時20分に到着。

約100分の自由散策を楽しんだのち、尾道駅を20時03分に発車。
岡山駅へ21時12分に到着。

と、いうもの、いよいよ経済も本格的に動き出したのだなと感じた。

それにしても帰宅は11時30分、とんだ一日でした。
旅の計画は慎重に!!

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尾道航路


尾道に到着、「坂の街」「文学の街」「映画の街」として知られる。

文学では林芙美子、志賀直哉などが居を構え、尾道を舞台とした作品を発表した。

青春18切符第3弾は瀬戸田。

切符の使用期限が9月10日、学校の夏休みが終わる9月を待って実行すべきであったが、この先の天気予報を見るとほとんど曇りか雨、慌てて、8月最終土曜日に血行する羽目に。

それが様々な災いをもたらすとも知らずに・・・・

先ず腹ごしらえ、尾道とくればラーメン、駅前の「居酒家 とりかわ権兵衛」へ。

「サイクリストの聖地」として有名なしまなみ海道の本州側の入り口になっている尾道。

サイクリストのために作られた施設もあり、サイクルフレンドリーな町として注目を集めています。

自転車の若者が続々と繰り出す。

今日のフェリーはサイクルシップラズリ。

サイクルシップラズリは、2018年10月28日開催の国際サイクリング大会「サイクリングしまなみ2018」においてデビュー。

のちに、尾道と瀬戸田を結ぶ定期航路に就航しました。

Lazuli(ラズリ)はペルシャ語で「青」という意味。

しまなみ海道の海や島と、サイクリングロード(ブルーライン)を船で繋ぐことをイメージして命名されました。

サイクルシップラズリが結ぶ航路は、

尾道駅前
尾道新浜
因島重井東
須ノ上(佐木島)
瀬戸田沢(生口島)
瀬戸田(生口島)

旅客定員75名(うち客席内45席)、自転車積載台数は約50台。

見えているのは岩子島と向島大橋。

岩子島の名称は、昔はイワシがよく回遊してきたので、鰯島というところからきているようです。

また、尾道水道の西端(岩子島の北西側)には、大鯨島、小鯨島という無人島があり、鯨が回遊してきたことから名づけられたそうです。

岩子島は、日本有数のわけぎ(ねぎの仲間)の産地です。

ねぎよりも栄養価が高く、ヌタや卵とじにして食べると美味です。

因島 重井東港が見えてきました。

重井には港が2つあります。

1つは重井西港 こちらは三原港への航路として
もう1つは重井東港 こちらは尾道への航路として

重井西港は、看板案内が充実しているので迷うことがないんですが、問題は東港。

サイクリストの尾道へのショートカットとして、けっこう使えるルートなのだが案内が皆無で、地元の人しか知らない港でした。

以前訪ねた村上水軍を訪ねる旅、しまなみ海道を行ったり来たりしました。

しまなみ海道行ったり来たり
村上水軍上を訪ねる旅、それはまさにしまなみ海道を訪ねる旅でもあります。 因島大橋 … 続きを読む →


高根大橋をくぐれば瀬戸田の港です。

高根大橋は,広島県の「高根地区団体営農道整備事業」により,「西日光・耕三寺」で有名な生口島と高根(こうね)島との間に架けられた橋である。

架橋箇所は観光地であると同時に、瀬戸内海国立公園の一部であるため、周辺環境との調和のほか、直下となる両岸の農道や航路の交通に支障を来たさぬよう、配慮する必要があった。

こうした地理的条件や経済性などについて検討の結果、上部工形式は、両端を固定したアーチリブに支持される、中路式ローゼ橋を採用することとしたが、鋼橋のソリッドリブ固定アーチ橋は我が国では前例のない形式であった。

架設は、ケーブルエレクションによりアーチ部から行ない、両端を固定してアーチ系を完成させたのち、補剛桁・床版と順次架設する方法で施工した。

生口島の玄関口、瀬戸田港。

周辺には観光案内所やレンタサイクルなどもあり、観光の拠点となっています。

いよいよ、瀬戸田の観光です。

アクセス
[船] 三原港または尾道港から瀬戸田行きの連絡船を利用。瀬戸田港からは徒歩15分。
[自家用車] しまなみ海道 生口島北ICから20分程度。

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なぎさ海道散策


駅舎はJR西日本グループのショッピングセンター(JR西日本アーバン開発)、ピオレ明石及び山陽電鉄明石駅と一体化している。

明石城はJR明石駅北側に位置し、駅ホームより間近に望める。

縄張りは連郭梯郭混合式の平山城である。

丘陵舌端に築かれ、本丸付近は柿本人麻呂を祀った人丸塚があったと言われており、この地は嘉吉の乱で激戦地となった。

今から400年前の1619年(元和5年)に、初代明石藩主小笠原忠政(後の忠真)が外様大名の多い西国の備えとして、徳川幕府2代将軍秀忠から命じられ築城されました。

本丸跡に建つ巽櫓・坤櫓は日本に12基しか現存していない三重櫓のうちのふたつで、国の重要文化財に指定されています。

人丸山の地の利を利用し、三木城、高砂城、枝吉城、船上城の木材を使用し着工され、坤櫓は伏見城、巽櫓は船上城の遺材が使用されたと伝えられている。

築城と並行して城下町の町割りも実施され、当時小笠原忠真の客分だった宮本武蔵が指導したと『赤石市中記』『播磨鑑』『播州明石記録』『小笠原忠真一代覚書』など各史書に記録されている。

岩屋神社

社伝によると、成務天皇13年6月15日に天皇の勅命により、淡路島の岩屋より神を勧請して創祀されたと伝えられる。

同年夏に当地の子供に淡路島の岩屋の神が懸かり、当地に勧請するようお告げがあり、勧請したという伝承もある。

旧波門崎燈籠堂(通称 明石港旧灯台)は石造の灯台で、1657年に当時の明石藩主 松平忠国によって作られたと伝えられている。

古代明石港は明石川河口にあったと推測されているが、1621年 当時の明石藩主 小笠原忠真によって城造り、町造りの一環として砂浜に掘り込みを行い新たに明石港が作られた。

明石海峡大橋架橋以前は、岩屋港(播淡聯絡汽船・淡路連絡汽船・明石淡路フェリー)、富島港(西淡路ライン)など淡路島へ旅客船が頻発していた。

架橋にともない航路・事業者が再編されたものの、旅客減により航路廃止が相次ぎ、富島航路が休止となった2008年5月19日以降は、淡路ジェノバラインによる岩屋航路のみが発着している。

内港は小船がひしめいてどうやって外に出るのかなと心配するほど。

魚の棚(うおんたな・「うおのたな」或いは「うぉんたな」とも)は、兵庫県明石市本町一丁目にある商業地区。

鮮魚店が多いのが特徴で、県外からの客も多く明石の観光地としても重要な位置を占めている。

過去にはマルハの創始者中部幾次郎の林兼商店(はやしかねしょうてん)などもあった。

とくに、海峡付近や播磨灘一帯で採られ明石漁港から水上げされた新鮮な魚介類を「前もの」と呼び、「明石鯛」「明石蛸」を筆頭に活きの良さを売り物としている。

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伊勢湾フェリー


伊勢湾フェリーは、三重県鳥羽市に本社を置く海運会社。
鳥羽と愛知県の伊良湖(田原市)を結ぶ定期航路(フェリー)を運航している。

3隻のカーフェリーで運航を行っていて、かつて常滑(師崎)航路を運航していた際は、更に3隻(三河丸・渥美丸・志摩丸)が在籍していた。

鳥羽港、江戸時代には鳥羽藩の藩庁が置かれ、城下町として発展する。

また上方と江戸を結ぶ菱垣廻船や樽廻船が遠州灘を往来する際は必ず鳥羽港に寄港することとなった。
港には廻船問屋や30余軒の船宿が立ち並び、大いに賑わった。

答志島、古くは『万葉集』にて、持統天皇の伊勢行幸にあたって都に残った柿本人麻呂により、 釧着く答志(手節)の崎に今日もかも大宮人の玉藻刈るらむ(巻一・41)とよまれた地である。

伊良湖水道は潮流が速くフェリーの波しぶきも相当なものだ。

風も強くデッキに立っていてもよろけるほどだ。

乗船中には答志島、菅島、そして神島といった伊勢の島々を眺めながら、優雅な約1時間を過ごす事ができます。

沖は遠州灘で大型船がひっきりなしに行き来している。

伊良湖岬灯台、渥美半島の先端に建つ白亜の灯台。

円筒形で太さは4.5メートル、灯高15メートル、明暗白光3秒間隔、光達距離12.5マイル。

渥美半島沖にある伊良湖水道は潮流が速く、暗礁が沖まで続いている航海の難所であったため、当時の逓信省灯台局により建設され、1929年(昭和4年)11月20日に初点灯した。

半島先端の伊良湖岬は志摩半島(三重県)と向かい合い、両半島の間にある伊良湖水道の北側が伊勢湾、南側が遠州灘である。

沖に神島が見える。
古くは、歌島(かじま)、亀島、甕島などと呼ばれた。神島の名が示すように、神の支配する島と信じられていた。

後に八大龍王を祭神として八代神社(やつしろじんじゃ)が設けられた。
神社には、古墳時代から室町時代にわたる総数百余点の神宝が秘蔵されている。

各種の鏡(唐式鏡、和鏡)や陶磁器などである。

三島由紀夫は小説『潮騒』で船から見る神島を「あいまいな、神秘な兜のような形」と表現した。

鳥羽藩の流刑地であったため、志摩八丈と呼ばれたこともあった。

小説潮騒の舞台であり、5回行われた映画化ではロケ地となった。同作品中では歌島(うたじま)とされている。

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志布志へ


指宿へ菜の花を見に行きます。

指宿は12月下旬〜翌年2月上旬に菜の花の見頃を迎える。
年間平均気温は19度。池田湖周辺は日本で1番早く菜の花が咲くことで知られ、約94万本もの菜の花が咲く。

菜の花の季節に指宿を訪ねれば、ソラマメ、グリーンピース、スナップえんどうといった春が旬の豆類があちらこちらの畑に実っているのを見ることができるでしょう。

コスモフェリーターミナル、左が志布志航路、右が別府航路のフェリー。

乗船するのは「さんふらわあきりしま」2018年9月15日に就航した新造船です。

エントランスホール内のアトリウムで乗船プロジェクションマッピングを楽しむことができます。

6時45分、月が沈みます。

そして日の出です、船は宮崎沖を航行中です。

都井岬がみえてきました、ここまでくれば志布志も間もなくです。

都井岬には以前、野生の御崎馬を訪ねました。

都井岬に御崎馬を訪ねる
今回の宮崎行きのもう一つの目的は都井岬にありました、草原を颯爽と疾駆する馬の姿を … 続きを読む →

野生の御崎馬が棲息することで知られ、「御崎馬およびその繁殖地」として国の天然記念物に指定されている。
この野生馬は江戸時代に高鍋藩が軍用馬飼育のため、放牧を始めたものが、後に半野生化したものである。

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暮れの 大阪南港コスモフェリーターミナル


ウィークデーの昼間、ウミエール広場は人影もまばら。

コスモフェリーターミナル、左が志布志航路、右が別府航路のフェリー。

夕方の出発時刻まで人はいない。

海辺のステージはクリスマスイメージ、こちらも賑わうのは夜です。

お店の方もウイークデーの昼間とあって閑散としている。

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竹生島


竹生島は葛籠尾崎(つづらおざき)の南約2kmに位置し、琵琶湖では沖島に次いで大きい島。
右側には伊吹が見える。

湖岸波除石

近江今津は、1595年から明治まで金沢藩前田家の近江領だった。
1700年代に幕府の許可を得て、湖岸波除石垣を造った。

波除石垣の完成以降、水害から守られ古い街並みが石垣より少し内陸側に出来、 町は発展した。

クルーズ船と琵琶湖周のうた歌碑。

島全体が花崗岩の一枚岩からなり、切り立った岩壁で囲まれているのが特徴である。

「観音堂」「都久夫須麻(つくぶすま)神社本殿」が見える。

竹生島港には琵琶湖周航のうた歌碑が建つ。

この曲は1917年(大正6年)6月28日、第三高等学校(三高。現在の京都大学)ボート部の部員による恒例の琵琶湖周航の途中、部員の小口太郎による詞を「ひつじぐさ」(作曲:吉田千秋)のメロディーに乗せて初めて歌われた。

その後この歌は、三高の寮歌・学生歌として伝えられた。

4.瑠璃(るり)の花園 珊瑚(さんご)の宮
 古い伝えの 竹生島(ちくぶじま)
 仏の御手(みて)に 抱(いだ)かれて
 眠れ乙女子 やすらけく

165段の石段を上った広場左手に「本堂(弁才天堂)」が建てられている。

本堂前の広場にある「石造五重塔」の横から更に石段を登った狭い場所に、朱塗りも鮮やかな「三重塔」と、「宝物殿」が建てられている。

今津方向を眺める、波にきらめく陽光がきれいだ。

「観音堂」から「都久夫須麻(つくぶすま)神社本殿」までの間に「舟廊下」が通じている。

舟廊下と呼ばれているのは、これが秀吉の御座舟を利用して造られたことに由来するといわれる。

「舟廊下」も唐門、観音堂と同じ年、慶長7年(1602年)に豊臣秀頼が片桐且元に命じ、京都から移築したものとされている。

龍神拝所

竹生島港からの伊吹山。

今津港へ向かうクルーズ船の航跡、陽を受けて虹がかかりきれいだ。

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日の出の瀬戸内航路


早朝5時小豆島沖を航行中、闇には灯台の灯りが時折り灯る。

低い雲間からの日の出。

太陽は中空に達しているが雲が多くまだ薄暗い。

デッキを照らす陽光。

親子が記念撮影。

右手前方に明石海峡大橋が見えてきた。

雲の切れ間からの陽光がきれいです。

明石海峡大橋を過ぎたあたりは好漁場なのかおびただしい数の漁船が出漁中。
遠景に湾岸道路、京阪神の街並み。

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遠の朝廷と防人を訪ねて⑤

大都市の目の前にありながら僅か10分の船旅で都会の喧噪を忘れられるとあって、福岡市民の身近な行楽地として親しまれる。
福岡でも屈指の菜の花・桜・コスモス・水仙の名所で、満開のころは一年で最も混雑する。

能古島が初めて登場する文献は『平安遺文』。
731年(天平3年)頃の住吉神社の社領を記述した文中に「能護嶋」の名で登場する。

『能古島の歴史 防人(さきもり)の島』 現地案内板より

「天智天皇の2年(663年)、唐・新羅の連合軍に攻略された百済の救援に向かった日本軍は、白村江の戦いで大敗した。

それ以降、北九州や壱岐・対馬などは、国を守る第一線となり、律令政府は、城を築いたり海岸に兵士を置いて守りを固めさせた。

九州や壱岐・対馬を守るこれらの兵士を「崎守」「岬守」といい、中国唐の制にならって「防人」の字をあてた。

諸国の防人は難波(大阪)の港まで歩いてきて、そこから船に乗り、九州に向かった。

防人は3年交替で食料などは自分持ちだったため、ひとりの防人が出れば、その家は滅びるとまでいわれた。

8世紀を通じて防人のほとんどは東国の兵士であったが、天平宝字1年(757年)には、東国防人が廃止され、西海道7国の兵士2000人がこれに従った。

なお、万葉集に「也良乃崎守」とある也良は、能古島最北端の松尾の荒崎をさし、対馬・壱岐以外での防人の配置を示す好例である。

“沖つ鳥 鴨とふ船の 帰り来ば 也良の防人 早く告げこそ
山上億良 巻16-3866

沖に棲む鳥の鴨という名の船が帰って来たら、也良の崎守りよ、早く知らせておくれ。

永福寺の入り口のだるまさん。

永福寺、能古島にあるお寺。

創建の由来は不明なのだそうですが、祇園山笠発祥の地として知られる承天寺の末寺という。

福岡の地行にある金龍寺ともかかわりが深いお寺ということで、曹洞宗に属する。
とてもきれいに整備されて、境内には登り窯跡、孔子廟などもあります。

能古博物館の入口近くには「まぼろしの能古焼」と言われている能古焼の古窯跡がある。

能古焼は江戸時代中後期に 陶磁器を作っていた窯で有田焼系の磁器であったようです。
今は能古島に焼き物の窯はなく滅びています。

能古博物館(島の歴史をはじめ和船、古高取の銘品床置、筑前亀井学の関連資料など展示)、冬季は閉館だが我々のため本日特別にあけていただけた。

博物館からは対岸が一望、見えているのは船出した姪浜かな。

白髭(しらひげ)神社は、能古島の生土神(うぶすながみ=氏神、鎮守の神)で祭神は住吉大神(すみよしのおおかみ)、神功皇后、志賀明神(しがみょうじん) など。

能古島という地名は「神功皇后が住吉の神霊を残した島なので残島(のこのしま)になった」といういわれがあり、この神霊を留めたのが 白髭神社だといわれています。

島で見かけたマンホールの蓋。

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能古島へのアクセス、行き方歩き方

能古島へはフェリー「レインボーのこ」「フラワーのこ」が合わせて1日23便(日・祝21便)運航しています。便数も多く朝早くから夜遅くまで船があるので日帰り観光もできます。