新世界 おもろっ


路面電車を追っかけてて終点恵美須町まで来たのでついでに新世界をのぞく。

通天閣にジャンジャン横丁、大きなフグ提灯の看板などで有名な大阪市南部の下町。
新世界の始まりは明治36年(1903)、天王寺および現在の新世界で催された第5回内国勧業博覧会に遡る。

通りの看板も面白い、有名な二度漬け禁止も見える。

その跡地の東半分には天王寺公園がつくられ、残った西半分には中央にシンボルとして通天閣(初代)と、その南側に有料遊園地のルナパークがつくられた。

これを契機に芝居小屋や映画館などが集結して発展し、新世界がかたちづくられていくことになる。

恵美須町1丁目(現・恵美須東1丁目)には南端中央に円形広場を設け、パリの街路に見立てた3方向の放射道路を北へ配すことになった。

放射道路は西から順に「恵美須通」(現・通天閣本通)、「玉水通」(現・春日通)、「合邦通」と命名された。

北霞町(現・恵美須東2丁目)には北端中央にエッフェル塔を模した塔を建て、「仲町」とも称する中心街区を形成することとし、塔は儒学者である藤沢南岳により「通天閣」と命名された。

海外の観光客の多さに驚く。

大正3(1914)年7月に誕生した「新世界市場」。

昔は、黒門市 場、木津市場とともに「浪速三大市場」と称された、大阪でも屈指の 存在。

新世界に立ち並ぶ料亭・割烹などの料理人が新鮮な食材を 買い付けにくるほど品揃えが豊富で、1日の買物客が1万人を超え る時代もありました。

そして今なお古きよ き市場の面影を残し、地元住民に愛さ れています。  
長さ約150mのアーケードで行われ る、昭和レトロなバザールナイト。

今回は入り口をのぞいただけで素通り、しかし、なかなか面白いことやってそうで゛す、改めて来てみよう。

新世界稲荷神社

創建明治45年の小さな神社。
毎月5、15日の月並祭のほか、年に5回の祭事があり、特に2月の節分祭は護摩木を奉納して商売繁盛を祈る人々でにぎわいをみせる。

福永大神とありますが、伏見稲荷の宮司さんからのみたいです。

この「新世界稲荷神社」は新世界誕生と同時期に京都の伏見稲荷神社から勧請され商売繁盛や新世界の繁栄を願って創建されたとの事です。

戦前は通天閣の下に鎮座していたそうですが、通天閣が取り壊しになり二代目通天閣の再建と同時にこの場所へと移転されたとのこ事。

その奥に摂社があります。
扁額には「九郎兵衛明神」、そして石碑には「九郎兵衛さん・奉納河内会」とあります。

これはどういういきさつなのかよくわからず。

平成19年の春、新世界に1つの石が小豆島から持ち込まれました。 
この石の名前はオブジェ「残念石」。 

大坂城築城の際、切り出された石ですが、実際には大阪へは運ばれず小豆島に残ったままの石でした。
その石を新世界が小豆島から借り受けて設置してましたが、関係者以外、ほとんどの人が、この石の存在や由来を知りません。

今回はほんの一部の取材だけに終わったが改めて訪問することとする。

関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!

初夏の咲くやこの花館④


咲くやこの花館最終回はサボテン。

温室内で、世界の植物を気候で区分し栽培しているのが最大の魅力。
なかでも、最近注目されるのが乾燥地植物。

園内にあるアフリカ、マダガスカル、アメリカ、オーストラリアに区分された乾燥地植物室は、ぜひチェックしてみてください。

日本には16世紀後半に南蛮人によって持ち込まれたのが初めとされている。

彼らが「ウチワサボテン」の茎の切り口で畳や衣服の汚れをふき取り、樹液をシャボン(石鹸)としてつかっていたため「石鹸のようなもの」という意味で「石鹸体(さぼんてい)」と呼ばれるようになったとする説が有力 であり、1960年代までは「シャボテン」と表記する例もあった(伊豆シャボテン公園は1959年に開園)。

サボテン類の原産地はアフリカ大陸からインド洋にも分布を広げている Rhipsalis 属の数種をのぞき、南北アメリカ大陸および周辺の島(ガラパゴス諸島など)に限られる。

乾燥地でみられる種が多いが、中南米熱帯の森林地帯で樹木や岩石上に着生して育つ種や高山に生える種、北米の湿潤な温帯や冷帯に育つ種もある。

しばしばサボテンは暑い気候を好むものばかりであると誤解されることがあるが、その分布域の気候は様々であり、低温に弱いものもあれば、氷点下になっても生存できるものもある。

サボテンは熱狂的な愛好家が多い植物である。

とげを楽しむ品種(エキノカクタス属など)、花を楽しむ品種(エキノプシス属やシャコバサボテン属など)や交配によって改良種を作出して楽しむ品種(有星類:兜、鸞(らんぽう)鳳玉他)など栽培は個々人の趣味・嗜好により更に細分化されるため、特定品種を栽培する「名人」が品種毎に存在する。

全国各地にサボテンマニアの同好会が多数存在している。





関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!

初夏の咲くやこの花館③


今日は高山植物を紹介しよう。

ウコンユリってご覧になったことがありますか?

日本ではほとんど見ることのできないヒマラヤを代表する風変わりなユリです。

花弁の色が珍しく二色。

ヒマラヤ、チベット、ミャンマーの標高3000メートルあたりで湿った上昇気流にさらされた尾根筋やカシ林帯上部の崖地に咲くそうです。

これでは現地に行ってもたやすくは見られないのかもしれません!

エーデルワイス(〈ドイツ〉Edelweiß)

キク科の多年草。ヨーロッパ‐アルプスやヒマラヤ山脈など高山に自生。
高さ10~30センチ。

全体が白い毛で覆われ、葉は細いへら形。
夏、茎の頂に葉を星形につけ、その間に花が集まってつく。

日本には近縁種のヒメウスユキソウ・ハヤチネウスユキソウなどが自生。

コマクサ

美しい花と、常に砂礫が動き、他の植物が生育できないような厳しい環境に生育することから「高山植物の女王」と呼ばれている。

和名はその花の形が馬(駒)の顔に似ていることに由来する。

学名の種小名「peregrina」は、「外来の」を意味する。

命名者Makinoは、日本の植物学者の牧野富太郎。

クルマユリ

白色の鱗茎は球形で、直径約2 cm。
茎の高さは30-100 cm。
花の大きさは5-6 cm、茎の上部に1-数個が互生する。

6枚の花被片はオレンジ色で、濃紅色の斑点がある。
花粉は赤褐色。
花期は7-8月。

メコノプシス

西ヨーロッパと中央アジア、ヒマラヤの高山地帯(パキスタン、インド北部、ネパール、ブータン、中国のチベット自治区)、ミャンマー北部及び中国横断山脈(青海省、甘粛省、四川省、雲南省)という隔離分布をする一年生もしくは多年生の草本植物であり、50種近くが知られている。

日本においては幾つかの植物園で本属の花(主にベトニキフォリアとグランディス)を見ることができ、特に大阪市にある咲くやこの花館では、2007年現在一年を通していつでも花を見ることができる。

モミジカラマツ

キンポウゲ科モミジカラマツ属の宿根性多年草。高山植物。北海道から中部地方以北の高山帯の湿り気のある場所に生える。

高さは40-60cm。花期は7-8月。
根本から高く伸び上がる花茎を出し、その先に散房花序の直径1cmほどの白色の花を多数つける。

花弁はなく、目立つ白いものは雄しべである。

花の形が近縁種のカラマツソウに非常によく似ているが、葉の形がモミジ様になることから区別ができる。

名前は、花がカラマツの葉の付き方に似ていること、葉がモミジの葉に似ていることから付けられた。

レブンソウ

北海道礼文島の固有種。
礼文島の桃岩展望台や桃岩歩道などで見られる。

草丈は10〜25cm。1本の花柄に数個〜十数個の紫色の花を上向きに咲かせる。
花期は6〜7月。和名の由来は、礼文島でのみ見られるので。

関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!

初夏の咲くやこの花館②


もう蓮の世界です、咲くやこの花館では花蓮展が開催され、日本・中国・インドなどの約200(品)種の花蓮を一堂に公開!

ところで蓮と睡蓮の違いを一度整理しておこう。

スイレンの特徴は・・・

*浮き場(水面に浮いた葉)のみ

*花は水面で咲きます。

*葉にはっ水性がない

*葉に切り込みがある

*根っこは蓮根にならない

*日中咲いて夜にしぼむ

一方、ハスは・・・・

*浮き場(水面に浮いた葉)と立場(水面より高く上がる葉)がある

*花は水面より高く上がり咲く

*葉の表面ははっ水性があり、水をかけるとコロコロと水玉になる。

*葉に切り込みがない

*根っこは蓮根になる

*日中咲いて夜にしぼむ

ヨーロッパではハスとスイレンを総称して「ロータス」と呼んでいますが、アメリカでは分けてハスを「ロータス」、スイレンを「ウォーターリリー」と分けて呼んでいます。

パッシフローラ・レディマーガレット

「ベニバナトケイソウ(P. coccinea)」とアメリカ南東部原産の「パッシフローラ・インカルナータ(P. incarnata)」との種間交雑によって作出された園芸品種。

高さは3.6~4.5メートルほどになり、イチゴのような紅色の花が特徴。

室外では晩秋まで、温室では一年中開花します。

源平臭木(げんぺいくさぎ)

・西アフリカ原産。
明治中期に渡来。

・「がく」は白い5角形で、夏にその内側に 赤い筒状の花が咲く。

この紅白の対照を、平家の赤旗と源氏の白旗に見立てた。

・別名
 「クレロデンドロン」学名から。

パラボラッチョはスペイン語で「酔っ払いの木」を意味睡蓮る。

語源の一説には、アルゼンチン北部の先住民が、「パラボラッチョの材のお椀で発酵させてお酒をつくった」というのがあります。

「お酒好きの肥満」の説もあり真相は不明。

ハワイの植物展は、咲くやこの花館2F展示室及びハイビスカスワールドで開催中。

展示室ではハワイの環境や気候から始まり、ハワイ、そして世界のハイビスカスや近縁属に至る分類、拡大してアオイ科植物についても触れています。

こちらをご覧いただいてからハイビスカスワールドをご覧いただくと、シンプルな美しさを誇る野生種そして数十の変化に富んだ園芸品種のその地理的、歴史的な背景をも思いめぐらしていただけます。

現在世界で愛好されている熱帯系のハイビスカスの園芸種は次のような原種によりできていると考えられます。

産地のはっきりしない①ブッソウゲ(H.rosa-sinensis)、インド洋諸島原産の②ヒビスクス・リリフロルス(H.liliflorus)、③ヒビスクス・ゲネビイ(H.genevii)、④フウリンブッソウゲそしてフィジー原産の⑤ストーキー(H.storckii)そしてハワイ原産の⑥ヒビスクス・アーノッテイアヌスなどです。

(風鈴仏桑花) は、大型の五弁花に細く深い切り込みがあり、後ろに反っているハイビスカスの一種の非耐寒性常緑低木。

初秋の長居植物園
まだまだ暑い日が続きますが、空はすみわたり秋の到来を予感させます。 広葉樹の落葉 … 続きを読む →

関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!

初夏の咲くやこの花館


咲くやこの花館は1990年に開催された国際花と緑の博覧会の、大阪市のパビリオンとして建設された。
外観は水面に浮かぶ睡蓮をイメージしている。
日本最大の温室(延床面積6900m2)を有する。

咲くやこの花館は久しぶり、何回かに分けてアップします。

ヒメカズラ

原産地は西インド諸島、メキシコ。
つるから付着根を出して、よじ登る性質がある。

葉は濃い緑の色をしていてやや肉厚である。
挿し木により繁殖させる。

プラティケリウム・ワンダエ

「ビカクシダ」の一種でニューギニアに分布。
熱帯雨林の低地から中高度の地域に生え、「ビカクシダ(麋角羊歯)」のなかでは最大級の大きさになる。

ブラッシア・ウェルコサ 、ラン科 中央アメリカ原産。

フラグミペディウム・ロンギフォリウムはラン科フラグミペディウム属の多年草。

フラグミペディウム属はパフィオペディルム属の近縁種で、中南アメリカに分布する。

花径は12センチから15センチくらいあり、唇弁はスリッパの先のようになる。
花の色は黄緑色で、濃い緑色ないし赤褐色のストライブが入る。

ファレノプシス

胡蝶蘭は日本ではよく、花弁を蝶の休んでいる姿に例えられますが、この姿を蛾に見立ててファレノプシスと名づけられた。

同じように、胡蝶蘭は英名でもモス・オーキッド(moth orchid:蛾のようなラン)と呼ばれています。

サガリバナ

たった一夜だけ咲き、夜明けとともに散ってしまう幻の花「サガリバナ」。ロマンがある沖縄の夏の風物詩です

サガリバナの花の特徴はなんといっても無数に伸びる淡いピンク色の雄しべ。

これだけの雄しべが小さなつぼみの中に入っているから驚きです。
しかも開花とともに綺麗に伸びる雄しべはまさに幻想的。

その姿はまるで花火。
夜に咲いて明るくなる朝には散ってしまう、花火のような儚さもあります。

ちなみに花弁は雄しべの下にある4枚の白いもの。
あまりに雄しべが華やかなので、花弁が雄しべの引き立て役になっているのもサガリバナの特徴です。

オオオニバスは直径3m以上になる大きな丸い葉をもち、水面にその葉を浮かべている。
属名の Victoria は、イギリスのビクトリア女王にちなんで命名された。

アマゾン川原産。花は夕方から咲き始め、はじめは白色であるが、翌朝にはピンク色に変化している。

花の直径は約40cmで、送粉者となっているのは主に甲虫である。

クリナム アメリカヌム

ヒガンバナ科 アメリカ南部原産  アメリカ南国の湿地に分布する多年草 草丈70cm程度のやや大型の植物で、根は水に浸かった状態で成育する。

直径18cm程度の花を数輪つけよく目立ち美しく香りも良い。

バナナの花

花(花序)は偽茎の先端から出て、下に向かってぶら下がる。

花序は1本の果軸に複数の果房(果段)がつき、各果房には10本から20本程度の果指から成っている。

大きな花弁に見えるのは苞葉で、果指の部分が本当のバナナの花である。

果指一つ一つが一本のバナナに成長し果房がバナナの房となる。
なお、開花は一本の偽茎につき一回のみで開花後は株元から吸芽を出して枯れてしまう。

チャボ・イランイラン

インドから東南アジア、オーストラリア北東部に分布している「イランイランノキ」の矮性変種。

高さは2メートルほどになる。

枝は細くて先端が垂れ下がり、長楕円形から長卵形の葉は互生します。

長い花柄の先に細長い花弁の花を咲かせます。
咲き始めは淡い緑色ですが、しだいに黄色に変わります。

花には濃厚な甘い香りがあり、香水の原料となります。

古くから魅惑的な香りとして知られ、インドネシアでは新婚カップルのベッドの上にイランイランの花びらをまく風習があるほどです。

また、甘く優雅な香りをもつことから、シャネルのNo.5など高級香水にも幅広く使われています。

館の外は休憩、食事も可能な空間。

外観は水面に浮かぶ睡蓮をイメージし。

ヘリコニアには熱帯植物を代表するようなエキゾチックな雰囲気がある。

特にその代表的な種の一つであるヘリコニア・ロストラタは一度見れば忘れることがないほどに強烈な印象を受ける。

赤色で先端が黄色のあたかもオウムのくちばしのような苞が連なって垂れ下がる50cm以上にもなる長い花序はいかにも熱帯的で、エキゾチックな雰囲気だ。

なんとも強烈な存在感がある。
この熱帯アメリカ原産の花はその存在感の故に、世界中の熱帯の庭園などに植栽され、また植物園などの温室植物としても必須の花になっている。

パンダの鮮やかな青がひときわ目を引く。

関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!

地震あっても…10分で運転再開 驚異のチン電


まさに最強、大阪の「阪堺電車」! 地震あっても…10分で運転再開  阪神・淡路大震災でも当日復旧の訳。

阪堺電気軌道によると、阪堺線は地震発生(午前7時58分ごろ)から10分ほど経った午前8時10分に、時速10キロほどで徐行しながら運転を再開。

午前8時45分には通常の平均時速40キロで運行していました。

似たような区間を走っているJR阪和線や私鉄(南海高野線や南海本線)が昼以降まで運転を再開できない中、この復旧スピードはずば抜けていました。

鉄道会社では地震の時の安全規定を定めています。

阪堺線では、震度4以下であれば「運転手の目視による確認」で済みますが、震度5以上になると「徒歩で巡回して線路を点検する」という規定になっているといいます。

今回は運転手の目視による点検だったので、すぐに運転再開ができたということでした。

通称「阪堺電車」は大阪府に残るただ一つの路面電車。
「はんかいでんしゃ」と読み、阪堺電気軌道株式会社が運行しています。

阪堺電車の名前から分かるように大阪市と堺市にまたがって運行中。
1回の乗車で、全区間において大人210円で、市民の「生活の足」となっています。

乗った客車を馬が引っ張った「馬車鉄道」をルーツとする「上町線」と、旧阪堺電気軌道が建設した「阪堺線」の二つの路線があります。

1915年に南海鉄道に買収され、1980年に分離・独立して再スタートを切ったように、かなりの歴史があります。

2014年10月からは、モ161形164号が、NHK朝の連続テレビ小説「マッサン」のラッピング広告電車となっていた。

関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!

ドームの街はリトル沖縄


1997年2月20日、大阪ガスの工場跡地に完成、東京ドーム、福岡ドームに次ぐ日本3番目のドーム球場として3月1日に開場し、一方で周囲は再開発が進み、新たな商業施設が続々と設立されている。

大阪ドームのある千代崎3丁目は、もともと寺島(千代崎1・2丁目方面)と勘助島(大正区方面)に挟まれた川とも芦原ともつかないような場所で、1757年(宝暦7年)に前田屋新田、1773年(安永2年)に岩崎新田が開墾されて漸次陸地化した経緯を持っており、地盤は軟弱である。加えて、1952年(昭和27年)に尻無川の上流区間が埋め立てられたが、大阪ドームはその埋め立てられた川跡にまたがって立地している。

四角い枠にX字の斜材がつくダブルワーレントラス鉄橋を行く大阪環状線電車。

木津川と尻無川にはさまれた大正駅。
川の匂いと、てぃんさぐぬ花。

大阪の大正区は、住民の4人に1人が沖縄出身といわれる。
駅の発車音も、てぃんさぐぬ花。

ここは沖縄文化を感じる商店街。

壁面にはなにやら派手な色合いのシーサーが。

街を歩くと路地のあちこちからドームが顔を出す、雑然とした下町の風景と近代的な巨大ドームのミスマッチ。

本当はドームの所在地は西区だけど大正区の顔としても似合う、そして、区民の4分の1が沖縄県出身と言われる、目鼻立ちのはっきりした沖縄美人が多いとか?沖縄料理屋さんもたくさん、本場沖縄の味がリーズナブルに味わえる!!

関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!

アジサイの季節 大泉緑地散策


広大な敷地に約200種32万本もの樹木が植えられた大森林公園で、巨大な滑り台が目玉となっている。

名称の由来となった大泉池や、花壇、大芝生広場などの憩いのゾーンと、スポーツゾーンなどからなる。

15品種約1万株を集めた「かきつばた園」でも知られ、大阪みどりの百選に選定されている[1]。

1941年の防空緑地計画に由来する大阪四大緑地(服部・鶴見・久宝寺・大泉)のひとつ。
年間来園者数は約250万人。

アジサイは群生でなく適当に散らばって植えられており、涼しい林間を散歩しながら楽しめる。


フェニックス

カナリーヤシ(学名:Phoenix canariensis)とはヤシ科の樹木。
日本では一般的にフェニックスと呼ばれている。

木の周りにはたくさんの花が咲いています。

サルビア・レウカンサは、中央アメリカ原産のシソ科サルビア属の植物。

「レウカンサ」とは「白い花」の意味で、晩夏から晩秋にかけて、赤紫色や紫色の萼の中に、白や紫のビロード状の花を咲かせる。

草丈は、150cm前後になり、比較的大型のサルビア。
別名「アメジストセージ」、「メキシカンブッシュセージ」と呼ばれます。

アガパンサスは、南アフリカを原産地とする多年草。

別名「アフリカンリリー」と呼ばれるほか、君子蘭に似ていることから「紫君子蘭(ムラサキクンシラン)」という和名も持っています。

「アガパンサス」はギリシャ語のagape(アガペ 愛)とanthos(アントス 花)の2語の組み合わせで、このため花言葉は「愛」や「恋」にちなんだものが多い。

シロタエギク

茎や葉は緑だが白い繊毛があり、白銀色に見える。日本では、6月か7月頃に黄色い花が開花する。

キンシバイ (金糸梅)
6月~7月頃、に枝先にウメの花に似た黄色の花を咲かせる。


石津の風車
 
かつて、南海本線の湊駅-石津川駅間(堺の海岸線沿い)の車窓から畑地に林立する風車群を楽しむことができた。

大正末期、この地方ではため池に井戸水をくみ上げ、いつも満水にしておくのが子どもたちの仕事。
大人たちはその水を底抜けタンゴに入れ作物に水をまく。

はねつるべを使って井戸水をくみ上げていたものの、子どもにとってはつらい仕事。

当時小学生だった和田忠夫氏もその一人、彼がクレヨンの箱に描かれていたオランダの風車をヒントに発明。
数年後にはこの地域に300基を超える風車が林立。
 
この内容はNHK「明るい農村」でも放映されたそうである。

服部緑地の日本民家集落博物館に展示されている。青空の服部緑地公園
1941年(昭和16年)の防空緑地計画に由来する大阪四大緑地(服部・鶴見・久宝寺 … 続きを読む →


頭泉池

大泉池につながる頭泉池は、他の2つの池と違って蓮やヒメガマなどが茂っていないため、つりやラジコンボートをする人たちが多いスポット。

池の東側は森林になっていて池の周りを歩くための道もないので案外ひっそりとしています。

公園事務所の前で見つけました。

コンロンカ(崑崙花)別名ハンカチの花。
白やピンク、赤などの鮮やかな花弁のように見えるのは萼片(ガクヘン)で、花は小さく目立ちません。

関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!

宇治橋の守り寺 放生院


604年(推古天皇12年)、聖徳太子の発願で創建されたのが始まりと伝えられている。
 
1281年(弘安4年)、西大寺の叡尊によって中興された。

叡尊は1286年(弘安9年)に宇治川の中州に十三重石塔を建立し、橋寺で放生会を行ったという。

そのため、橋寺は放生院とも呼ばれるようになった。

山号は雨宝山。
寺号は常光寺。
通称の「橋寺」の由来は、近くの宇治川に架かる宇治橋をこの寺が管理していたことによる。

寺伝によれば、推古天皇11年(603年)、聖徳太子の命を受けた秦河勝が宇治橋を架けた折、当寺も開創されたという。

ただし、境内にある宇治橋断碑の碑文によれば、宇治橋は元興寺の僧・道登によって大化2年(646年)に架けられたという。

鎌倉時代後期の弘安4年(1281年)、勝宝山西大寺(南都西大寺)の再興などで知られる僧・叡尊によって、当寺も再興された(『感身学生記』)。

文明11年(1479年)兵火に遭い室町幕府の援助などにより復興されたが、江戸時代の寛永8年(1631年)にも火災に遭い、焼失した。

関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!

日本曹洞宗最初の寺院 興正寺


琴坂の入り口に建つ石門(総門)慶安元年(1648)建立。

興聖寺(こうしょうじ)は京都府宇治市にある曹洞宗の寺院。

日本曹洞宗最初の寺院。
道元が興聖宝林寺を建立したことにはじまる。

断絶のあと、慶安元年(1648年)永井尚政によって再興された。
山号は仏徳山(ぶっとくさん)。
本尊は釈迦三尊。

石塔、江戸時代初期作、興聖寺三塔のひとつ。

琴坂

興聖寺の本堂に通じる参道は、紅葉と桜で宇治では有名。

琴坂の参道沿いに流れる湧き水は、本堂脇の貯水槽に一旦貯められた朝日山の山水が流れており、その水の流れがあたかも琴の音色に聞こえ、長い参道が琴の形状に似ていることから、今日まで琴坂と呼ばれるようになった。

秋には見事な紅葉を見せてくれるがこの時期は緑がきれい。

楼上に釈迦三尊像と十六羅漢像を安置する大きな龍宮造りの山門。

興聖寺は、比叡山延暦寺の弾圧を受け、寛元元年(1243年)、道元が越前に下向して以降荒廃し、住持4代で廃絶した。

その後慶安2年(1649年)、淀城主の永井尚政が万安英種を招聘して5世住持とし、朝日茶園のあった現在地に復興したのが今ある興聖寺である。

時を知らせる開梆(魚梆)(かいぱん)、年季が入っています。

誕生仏(お釈迦様が誕生された姿の像)。

平安時代の参議で歌人でもある小野篁(おののたかむら)作という木造の聖観音菩薩立像(平安時代後期)。

三面大黒天、『大黒天』『毘沙門天』『弁財天』の3つの顔を持つ仏様。

参禅道場

毎月第1日曜、第3日曜の9時から坐禅会が行われる。

塔の島十三重塔相輪

塔の島(宇治公園)に、十三重塔が立つ。
鎌倉時代、1286年に、奈良・西大寺の僧・叡尊により立てられた。

宇治橋の架け替えに際しての供養塔だった。
現存最大、最古の石塔とされている。

その後、洪水、地震などにより幾度も倒壊し再建された。
 
江戸時代初期、興聖寺開基・永井尚政が修復する。
十三重塔は、近代、1908年に再建されている。

その際に、使用されなかった旧相輪、九重目の笠石が尚政ゆかりの当寺に移された。

現在は、庭にあり、笠石の上に相輪が立てられている。

関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!