「うおんたな」


読みは複数あるが、商店街側は公式には「うおんたな」としており、商店街の看板等にもローマ字で「UONTANA」と表記されている。

「うおんたな」と呼ばれる明石・魚の棚商店街は、約400年前に明石城の築城とともに誕生したと伝えられており、宮本武蔵の城下町の町割りの設計により造られたと言われる古い歴史を持つ市場。

過去にはマルハの創始者中部幾次郎の林兼商店(はやしかねしょうてん)などもあった。

明石沖はフェリーで何度も通る、好漁場で特に大阪へ帰る便が明石海峡を通過するころは多くの漁船の群れを見かけます。

最速7.5ノット(時速約15㎞)を超える明石海峡の潮流によってつくり出された複雑な地形は、多くの産卵場・育成場をもたらし、日本有数の豊かな漁場が形成されている。

ここ明石では「明石鯛」や「明石ダコ」以外に四季折々に約100種類もの魚が水揚げされています。

このセリは午前11時30分から行われるため、地元では明石浦の魚を「昼網」と呼ぶ所以なっています。

とくに、海峡付近や播磨灘一帯で採られ明石漁港から水上げされた新鮮な魚介類を「前もの」と呼び、「明石鯛」「明石蛸」を筆頭に活きの良さを売り物としている。

明石海峡大橋架橋以前は、岩屋港(播淡聯絡汽船・淡路連絡汽船・明石淡路フェリー)、富島港(西淡路ライン)など淡路島へ旅客船が頻発していた。

架橋にともない航路・事業者が再編されたものの、旅客減により航路廃止が相次ぎ、富島航路が休止となった2008年5月19日以降は、淡路ジェノバラインによる岩屋航路のみが発着している。

今日のお昼は淡路ジェノバライン乗り場前のみなと食堂でいただいた。

昭和15年創業の明石港にある食堂。 今は、よくある惣菜を並べて自ら選ぶスタイル の元祖だと言われている食堂です。

明石で有名な代表格は、蛸と鯛と穴子。
焼き穴子丼とおつくりの盛り合わせをいただいた。

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