ヒガンバナ咲く


長居植物園、今年は彼岸花の開花がおくれている。

やっと咲き始めといったところ。

彼岸花は形状やイメージ的に、ローキーで撮りやすくハイキーでは撮りづらい。

今回はあえてハイキーで撮ってみた。

別名は曼珠沙華、学名からリコリス・ラジアータとも呼ばれる。

中国原産で、日本全国の道端や田んぼのあぜなどに群生し、秋の彼岸のころに、花茎の先に強く反り返った鮮やかな赤い花だけが咲き、秋の終わりに葉が伸びて夏に枯れるという、多年草としては珍しい性質を持っている。

地下の鱗茎(球根)に強い毒性がある有毒植物であるが、かつて救荒作物として鱗茎のデンプンを毒抜きして食べられていた。

彼岸花の名は秋の彼岸頃、突然に花茎を伸ばして鮮やかな紅色の花が開花することに由来する。
別の説には、これを食べた後は「彼岸(死)」しかない、というものもある。

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初秋 大阪市大植物園


9月、何かと、秋を感じるようになって来た、今日この頃、植物園でも、夏から秋“華やかさ”から“すがすがしさ”へと季節の変化が始まりました。

パンパスグラス、南米ブラジル原産の多年草で切花やドライフラワーに用いられます。

メタセコイアは1941年に当植物園の元園長、故三木茂博士が化石植物として命名し、後に、中国の四川・湖北省に生き残っていることが発見されました。

北米や中米の砂漠植物として知られたリュウゼツラン(アガーベ)、キミガヨラン(ユッカ)の類を主として、乾燥気候地の植物景観をあらわしています。

リュウゼツランの仲間はメキシコに多く、海抜2,000m以上の高原に育つため乾燥や寒さに強く、この付近でも越冬することが可能です。

また、少しずつ形の違うキミガヨランの仲間も育っています。

シュロ、ブラジルヤシ、ヤタイヤシ、カナリーヤシなどのヤシ科植物のほか、ニューサイラン、ニオイシュロラン、タイワンソテツ、バショウなどが植栽され、独特の景観を作りだしています。

タケやササは、地下茎(地中に生える根茎)が伸びる植物で、品種同士が混ざらないように冬の作業の一つとして、伸びた根茎の除去作業を行っています。


日本に自生している約600種の樹木のうち、約250種を「常緑広葉樹(照葉樹)」、「落葉広葉樹」、「針葉樹」の順で奥に向かって配置しています。

今、植物園では様々な木が実を付けています、収穫の秋です。

画像はクヌギの実

実は他のブナ科の樹木の実とともにドングリと呼ばれる。

ドングリの中では直径が約2cmと大きく、ほぼ球形で、半分は椀型の殻斗につつまれている。

殻斗の回りにはたくさんの鱗片がつく。
この鱗片は細く尖って反り返った棘状であり、この種の特徴でもある。実は渋味が強いため、そのままでは食用にならない。

大阪と近郊の水辺の植物には、開発による生育地の消失や水質の悪化などにより絶滅の危機に瀕しているものが少なくありません。

この場所では、そのような植物を含め、約80種類の水生植物が鑑賞できます。

画像はディレクターG・T・ムーア、紫色の代表種、繁殖ががやや弱い。

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雨の日 長居植物園


1週間ぶりの長居植物園、今日は撮影会、午後から雨になりました。

サギが群れています、鵜も多いのです。

雨でしっとり感がとても素敵です。

今日はいつもとは逆回りです、植物園のおしゃれカフェ「HANDSOME bot GARDEN(ハンサムボットガーデン)」に寄ってみました。

no bad day ・・・・「まぁまぁかな。」くらいの意味かな。

いつもは弁当持参ですが、今日はこちらで昼食にしました。

本当は景色を眺めながらデッキで…というところですが、今日は雨で使えません。

雨で誰もいません、南国のコテージ!?のソファーを独り占め。

植物園ならではの広いスペース。

好きな場所で食事やお茶がいただける段取りです。

前を行くのは外人さんのグループ、ちっちゃな子供がかわいい。

程よい湿り気の散策路、気になっている場所に向かっています。

小池のほとりヒガンバナの群生地。

先週来たときはまだ芽が出たばかりという状態でしたが、今日ははちゃんと咲いていました。

雨に濡れた岩、このグラデーション・・・・、何とも言えない。

素敵な小径、分け入ってみます。

ガーデンキッチンまでやってきました、コキアがきれいです、秋になると赤く紅葉してくれます。

そろそろ散策も終わりです、気持ちのいい小径を出口に向かいます。

大池の畔の大花壇、今ちょうどヤナギがきれいな時期です、雨に濡れて生き生きとしています。

いつもはここからスタートして大池を時計回りに巡ります、今はサルスベリが真っ盛りです。

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下鴨神社


山城国一宮であり、葵祭でも知られる下鴨神社。
境内に広がる糺の森とともに京都でもかなり紅葉が遅いスポットです。

イチョウからモミジまで見頃が長いのが特徴。

下鴨神社の境内にある糺の森。約12万平方メートルの森にケヤキ、ムク、エノキなどさまざまな木が、色とりどりの紅葉が秋のシンフォニーを奏でているかのよう。

ただ森の中に屋台がづらりと並びひどく景観を損ねているのはみっともない。

河合神社、下鴨神社の摂社で糺の森の中にあります。

方丈記で有名な鴨長明は河合神社の禰宜の一族として生まれました。

禰宜になる希望がかなわず出家し、各地を転々としました。鴨長明が住んでいたという方丈が境内に再現されています。

今では美人祈願の神社として非常に人気があり、鏡絵馬が有名です。

樹齢数百年もの樹木が600本以上自生している。見渡す限りの紅葉トンネルは見事。

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盛り過ぎました 京都植物園 紅葉


久しぶりに京都植物園を訪れたが紅葉は見頃を過ぎていた。
画像は「風と舞う」

それなりに奇麗だが・・・・

なからぎの森の池のほとりも落ち葉ばかり、盛りにはカメラマンが群がっているが今日は静かです。

少し奥に行くと風情のある橋が、辺りでは大勢の写生の人たち。

会社のある風景、この辺りも写生の人たちで一杯でした。


フウの紅葉゛迫力、像は「ラ・クープル」

コロラドトウヒ ‘ホプシー’は北米ロッキー山脈原産の常緑針葉高木「コロラドトウヒ」の園芸品種で、銀緑色の葉色が最も美しいとされる代表品種。

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大阪市立大学付属植物園 紅葉終盤


植物園出入り口の橋を渡ったところにキダチダリアが植えられており見頃を迎えています。

朝の光を浴びてススキがきれい。

お目当てのメタセコイヤの林にやってきました。

見頃を少し過ぎていますが赤茶色に色づいた紅葉は見事です。

林の中ではメタセコイヤの落葉が降り注いでいます。
池の中はメタセコイヤの葉っぱが浮かび、朝日を浴びてきれいです。

メタセコイアは1941年に元園長である三木茂博士が化石植物として命名したもので、日本で二番目に古い苗木が現存しています。






カエデ山に向かいます、まだまだ紅葉は見事です。

もみじの紅葉は残っていますが、カエデ山は台風21号で大木がいくつも倒れていて、敷地の半分は立ち入り禁止になっていて残念です。




エノキの紅葉。


日本産樹木見本園では多くの枯れ木を見ることができました、別途紹介します。

ヤシ園からタケ・ササ園を望む。

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雨後の住之江公園


部屋の窓から目の前の公園を眺めていてふと雨後の公園の撮影を思いつく。

雨に濡れた紅葉、しっとりとして中々いい。

これで石仏でもあれば最高なんだけどな、つい贅沢なことを考えてしまう。

水滴をため込んだ葉っぱ。

野球場の周りを雨後の散策を楽しむ老夫婦。

イチョウの落ち葉がきれい。

この道は電車に乗るときにいつも通る道、いつもは子供たちのにぎやかな声が聞こえているが今日は人もまばらで静かです。

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苔と石組に圧倒される小堀遠州の庭園 教林坊


教林坊 総門。

教林坊は、滋賀県近江八幡市安土町にある天台宗の仏教寺院。
聖徳太子により開かれたと伝わり、石窟に祀られた伝聖徳太子作の石仏「赤川観音」を本尊とする。

教林坊 表門。

総門から暫くは大した紅葉もなく少しがっかり、しかし表門あたりからにわかに錦秋の真っただ中。、

境内は2000坪、紅葉は300本近くあり、滋賀屈指の紅葉の名所です。

由緒も趣もある教林坊だが、昭和50年頃から後継者に恵まれず無人になっていた。

庭園は地元の人々が手入れをしていたが、本堂をはじめ建物は荒れ果て「お化け寺」と呼ばれるまでになっていた。

廣部光信氏が住職に就任したのは平成7年のこと。
私財を投じ、ご自身で大工仕事も行いながら復興に尽力し続けた。

地域の人のあたたかな支援にも助けられ、現在は立派な姿を取り戻し、寺を訪れる人も増えている。

寺名は林の中で太子が説法したことに由来するとされ、境内を真っ赤に染める紅葉の名所および巨石を用いた桃山時代の庭園で知られている。

書院を抜けると小堀遠州作の石の庭園があります。もともとこの辺りは古墳があって、佐々木氏の名前の起源も御陵(みささぎ)から来たと言われています

そんな古墳の巨石を利用した見事な庭園が広がっており、教林坊が「石の寺」と言われる所以となっています。

境内には「太子の説法岩」と呼ばれる大きな岩があり、木々に囲まれたこの岩の上で観音の教えを説いたところから号が「教林坊」となったといわれる。

また太子が観音と出会った霊窟に、本尊の石仏や聖徳太子が瞑想したと伝えられる止観石が残されている。

庭園は巨石もろとも見事な苔に覆われており、緑のじゅうたんの上に落ちる紅葉や草花の赤が映えます。

書院南面庭園は「普陀落の庭(ふだらくのにわ)」と呼ばれ、室町時代に作庭された。苔庭には飛石による苑路が設けられている。

書院も江戸時代前期に作られたもので、ヨシ葺きで合掌造りとなっています。

書院の周りでは落ちた紅葉の葉が赤い絨毯のように広がっています。

太子自作の石仏・赤川観音は子宝を祈念した村娘に子を授け、その娘が難産で苦しみ安産を祈ったときは帝王切開によって助けたという言い伝えがあるため、子授け・安産のご利益があるとされ、「九十九折れ たずねいるらん 石の寺 ふたたび詣らな 法の仏に」とご詠歌に詠われるように、困難な願い事も二度詣ですれば叶う「再度詣りの観音さま」としても信仰されている。


石仏、紅葉が冴えていました。



境内の紅葉を取り囲む竹林の青も美しく見ごたえがあります。

赤が見事。



『かくれ里』白洲正子 新潮社

白洲正子は著作「かくれ里 石の寺」の中で、~麓の石寺という部落は、世捨人のような風情のある村で、かつては観音正寺の末寺が三十以上もあり、繁栄を極めたというが、現在は教林坊というささやかな寺が一つ残っているだけである。~
と紹介しており、麓の雰囲気も含めひっそりとした侘びさびの世界を味わえる場所となっています。

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錦秋の大仙公園 日本庭園


総面積26,000平方メートルの日本庭園。堺は中世の頃、海外交易の拠点として栄え、さまざまな技術や文化が上陸してきたところ、日本庭園の源流となった庭園技術も、この時に伝わったといわれている。

公園内にある日本庭園の作庭・設計者は足立美術館庭園が有名な中根金作によるもの。

堺市政100周年を記念し造られた大規模な築山林泉回遊式庭園はさまざまな草花が楽しめます。
毎年紅葉期にはライトアップも開催。

大仙公園の庭園は、伝統的な日本庭園の作庭技術を駆使しながら、築山林泉廻遊式庭園様式でまとめられており、南側台地の「桃源台」と、南から北へ流れる「石津渓」、北側低地の3つの風景で構成されている。

檜づくりの門をくぐると、中世堺の豪商たちの集会所「納屋衆」を模した休憩所、孫悟空ゆかりの中国花果山の石を刻んだ曲水が楽しめる「流杯亭」、野点や盆栽展を楽しめる「桃源台」などがあり、渓流沿いに歩めば「傘亭」に至る。

堺の文化風土を感じつつ、四季折々の花やみどりの移ろいを楽しめる。

池泉の南部は遣り水となっており案内板によると「石津渓(いしづけい)」と名付けられている。

四季折々の風景が楽しめるが紅葉の頃はひときわ美しい。

この時期の風景にはなくてはならないススキ。

少し曇り空だが紅葉はそれなりに美しい。

雨になりました、鳥たちも寒そう。

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大仙公園のイチョウ並木


大仙公園のイチョウ並木、イメージとしてはもう少しボリュームもあり、立派なものと考えていたが少しがっかり。

今年だけの特徴なのかすでに紅葉は終わってしまったかの印象を受ける。

平和塔

大仙公園の中央部に、昭和46年に建設された。

第2次世界大戦で、なくなった堺の多くの戦死者や、戦没者の方々の霊をなぐさめ、ニ度と戦争の無ない、いつまでも平和な世の中であってほしいという願いをこめて建てられた。

高さは約60メートル、地上十五階建ての三角柱の建物で、堺市の市章にもあるように、摂津・河内・和泉の三つの国の国の境に栄えた町というところから三角の塔になっています。

世界遺産に認定された仁徳天皇陵、日本書紀などに伝えられる仁徳・履中の在位順とは逆に、履中天皇陵古墳よりも後で築造されたことがわかっています。

考古学上は仁徳天皇の陵であるとすることに否定的な見解が唱えられているが、築造時期が5世紀前半~中頃との見方が確定することによって、むしろ文献史学上で想定される仁徳天皇の活動時期に近づくとする見解もある。

ただし、宮内庁が調査のための発掘を認めていない現状において、学術上ここが仁徳天皇陵であると確定することは不可能となっていることから、現在では、教科書などを含めて「大仙陵古墳」とされており、「仁徳天皇陵」は注記に「伝仁徳陵」となるに留まっている。

大仙公園でお目にかかれる仁徳天皇像、この地が「百舌鳥耳原(もずみみはら)」と呼ばれることになった由来を表しています。

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