雨の日 十輪院を訪れる


予期せぬ雨になってしまった、久しぶりに十輪院を訪問。

本堂(国宝)
この建物は内部にある石仏龕を拝むための礼堂として建立された。
近世には灌頂堂とも呼ばれていた。

石造不動明王立像

鎌倉期の作、高さ205センチメートル、一部に彩色が残る。

ここには川島英五が眠る。

ハギはやや早いかな、雨に打たれている。

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懐かしきかな


本薬師寺跡に行く途中、ポポーを見つけた。

田舎で父親が育てていて、子供のころよく食べた、それ以来見かけることもなかったが懐かしさのあまりかけよった。

ポーポー(英語: Pawpaw、学名:Asimina triloba)は、バンレイシ科に属する落葉高木。
果実を食用とする。
北米原産。明治期に日本に持ち込まれた。

ポポーやポポーノキ、ポポ、アケビガキとも呼ばれる。

春に腐肉臭のする紫色の花をつけ、秋には黄緑色の薄い外果皮を持つ果実をつける。

果実は大小不揃いになりやすいが、小さくとも完熟する。完熟すると木から自然に落下するが、その時から数日後香りが強くなってきた頃が食べ頃である。

果肉は黄色から薄いオレンジ色でねっとりとした食感。とても甘く、香りが強い。
この強い芳香のために、人によって好き嫌いが別れる。中には多数の黒い種子がある。

日本では明治頃から富豪の屋敷で栽培が始まり、細々と実生苗が出回った(高価で)。
戦後には主食として食べる家もあったという。

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畝傍山を借景に14万本のホテイアオイ


今年も国の特別史跡に指定されている本薬師寺跡周辺(橿原市城殿町)の休耕田に、約14,000株のホテイアオイが見られる。

西方に目をやれば名勝大和三山の一つである畝傍山がそびえ立っており、この山を背景にカメラを構える。

夕日とのコラボが楽しめる夕方がおすすめ。

ホテイアオイは葉柄(ようへい:茎の根元)の中央部がふくれ、これが浮き袋の役割をしています。

名前の由来は、この姿を七福神の一人「布袋様(ほていさま)」のお腹に例えたもの。

蕾(つぼみ)が朝の太陽の日ざしにより花開き、夜になると萎んで、翌朝にまた新しい蕾が花開きます。

特に日ざしが強い日は開花が多いようです。

その涼しげなすみれ色の花は、素朴な農村景観に艶やかな風情を醸し出す。

どこからともなくカモが飛来、目の前をスイーッと泳ぎ飛び去りました。

もしかすると散歩している黒い豚さんに会えるかも。

ヒガンバナとのコラボ、満開まであと少しか。
8月中旬にはハスとのコラボが楽しめる。

現在奈良市の西の京にある薬師寺(やくしじ)の前身にあたる寺です。

天武(てんむ)天皇が後の持統(じとう)天皇である皇后の病気平癒のため祈願して、天武9年(680年)に薬師如来を本尊とする寺の建立に着手。

完成しないうちに天武天皇が崩御したので、持統天皇がその遺志を継いで完成させました。

藤原宮が完成したのと同じ時代に建設されたので、藤原薬師寺とも呼ばれている。

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アジサイ見頃の長谷寺


ふつつ門前町はお寺に直接みちびいてくれるが、ここだけはちょっと違う。
一旦与喜天満宮につき当り、そこから左折して山門に至る。
その天満宮のある山を、与喜山、または「大泊瀬」と呼び寺の建っている所を「小泊瀬」という。
初瀬川はその中間を流れているわけだが、門前町を歩いて行くと、先ず正面に与喜山の大泊瀬が仰がれる・・・・・

私の古寺巡礼-講談社文芸文庫-白洲-正子

以前訪れた與喜天満神社の記事奈良のパワースポット 與喜天満神社
長谷寺を訪れたらまず、與喜天満神社(よきてんまんじんじゃ)へ。 與喜山(国の天然 … 続きを読む →


「中登廊」を登りきったところに、「蔵王堂」がある。
この「蔵王堂」のあたりに、吉野山から虹が架かり、その上を三体の蔵王権現が歩いて長谷寺までやって来たことからこの場所に尊像を祀っている。

蔵王権現は、役行者が吉野・金峯山寺で修行中にお告げを得たという憤怒形の仏。
金峯山寺の蔵王堂に祀られている、弥勒・釈迦・千手観音と同じ三体を祀る。

本堂を出たところ、まさにアジサイ満開。

この日は快晴でアジサイ撮影には好ましくない、できるだけ日陰を狙う。

先月はボタン祭りの最終日に訪れた。ボタン咲くころ
長谷寺は朱鳥元(686)年、僧道明上人が天武天皇のために銅板法華説相図(国宝)を … 続きを読む →










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橿原神宮


神橋と二の鳥居

記紀において初代天皇とされている神武天皇と皇后の媛蹈鞴五十鈴媛命を祀るため、神武天皇の宮(畝傍橿原宮)があったとされるこの地に、橿原神宮創建の民間有志の請願に感銘を受けた明治天皇により、1890年(明治23年)4月2日に官幣大社として創建された。

南神門

1940年(昭和15年)には昭和天皇が同神社に行幸し、秋には日本各地で紀元2600年奉祝式典が挙行された。

この年の参拝者は約1000万人に達したという。
現在でも皇族の参拝がある。

今上天皇・皇后は神武天皇崩御2600年の式典(2016年)に親拝し、2018年には銅鏡を神宮へ贈った。

近代の創建ではあるものの、奈良県内では春日大社と並んで初詣の参拝者数が多い神社である。

他にも、勅使参向のもと紀元祭が行われる2月11日(建国記念の日)や、神武天皇祭が行われる4月3日および奉祝行事「春の神武祭」の開催期間にも多くの参拝者が訪れる。

外拝殿

内拝殿

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久米寺


山号は霊禅山(れいぜんさん)、真言宗御室派仁和寺別院。

久米仙人による開基伝承は『扶桑略記』『七大寺巡礼私記』などのほか、『今昔物語集』巻十二本朝仏法部にも収録され、『徒然草』にも言及されている著名な話。

それによると、吉野・龍門寺の久米仙人は仙術で空を飛べるようになったが、ある日空を飛んでいる時、川で洗濯をしている女のふくらはぎに見とれて法力を失い、地上に落ちてしまった。

久米仙人はその女とめでたく結婚。
その後は普通の俗人として暮らしていた。

その後、時の天皇が遷都を行うことになり、俗人に戻った久米仙人は遷都のための工事に携わる労働者として雇われ、材木を運んだりしていた。

ある日仕事仲間から「お前も仙人なら、仙術を使って材木など一気に運んでしまったらどうだ」とからかわれた。

一念発起した久米仙人は7日7晩祈り続けた後、仙力を回復。

久米仙人の仙術で、山にあった材木が次々と空へ飛び上がり、新都へと飛んで行った。

これを喜んだ天皇は久米仙人に免田30町を与え、これによって建てたのが久米寺であるという話。

山門を入ると真正面に、かつての塔が建っていた礎石群が姿を現す。

この場所に五重塔が建っていたのか、はたまた巨大な多宝塔が建っていたのか、その謎は深まるばかり。

現在の多宝塔周辺の礎石群や、出土した瓦などから推察すると、7世紀後半には既に久米寺は存在していたと言われる。

かつては金堂、観音堂、御影堂、多宝塔などの伽藍が建ち並ぶ大寺院であったことがうかがえる。

久米寺に鯰(なまず)の奉納額がみられ、古く、久米氏族が鯰をトーテムにしていたといわれる。

異彩を放つ黄金の大日如来像。

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おふさ観音ではバラが見頃


スモークツリー。
約3800種類のバラが植えられた「花まんだらの寺」として知られる。

ドクダミ。

アジサイが咲き始めです。


クレマチスも花色を競う。

参詣者をもてなす目的で、イングリッシュローズを中心に約1800種およそ2000株(2008年5月現在)のバラとクレマチス・ハーブなどの植物が境内で栽培・展示されている。

バラは今が盛り。

花のほとんどは鉢植えで管理され、バラまつり以外の行事期間前後は移動している。鑑賞するだけでなく、近づいて香りも楽しめるようにと、縦横に通路を配して展示されている。

夏には風鈴が楽しめる。
涼やかな音色に誘われ「おふさ観音 風鈴祭」
おふさ観音(おふさかんのん)は、奈良県橿原市小房(おうさ)町にある寺院の通称名で … 続きを読む →


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ボタン咲くころ


長谷寺は朱鳥元(686)年、僧道明上人が天武天皇のために銅板法華説相図(国宝)を西の岡に安置したことが始まりという。

仁王門を抜け、本堂へと続く登廊(重要文化財)は399段に渡る石段になっており、天井には楕円形の灯籠が吊られている。

登廊は4月下旬から5月上旬に見頃をむかえるボタンに彩られる。

ミドリのきれいな季節になりました。

訪問したのはボタン祭りの最終日、ボタンもほぼ盛りを過ぎている。

登廊のそばの石垣にはテッセンが見頃を迎えている。。

石垣にはわせているがおもむきがあっていい。


登廊のそばのボタンはほぼ終わっており鉢植えの花が並べられている。

本堂を通して、外の景色を眺める。

礼堂から眺める五重塔、ここにもボタンが。

長谷寺の牡丹は、今から千年以上も前、「唐の僖宗皇帝の妃、馬頭夫人が、遠く海を越えた大和国長谷寺十一観世音に願いをこめて祈願したところ、その願いが叶い、御礼として十種の宝物に牡丹をそえて献上した」という寺伝によって始められたのだとか。

目を閉づるとき 牡丹花曰く
      ここにわれ在り    ポール・クローデルの『百扇帖』

目という感覚に映る牡丹より心で想像する牡丹のほうが、より牡丹であるというのだ。

ちりて後おもかげにたつぼたんかな  与謝蕪村


巨大な十一面観音さまの御足に触れてご縁を結べる「大観音特別拝」とぼたん。

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春から夏へ花のメドレー


近鉄大阪線三本松駅は無人駅、滝谷ショウブ園へは三本松駅から徒歩25分(4月中旬~6月下旬のしょうぶシーズンのみ奈良交通の臨時バスjあり、6分、その他の時期は要連絡で送迎あり)

三本松長瀬の大師堂と室生寺を結ぶ道沿いに広がる。
この道は、かつて多くの参拝客が通り大師の道と呼ばれていた。

この花しょうぶ園は広さは1万坪で、600種100万本のハナショウブが咲き乱れる花の名所。

ハナショウブは6月から7月に見頃をむかえるが、桜、シバザクラ、テッセン、ハマナス、スイレン、アジサイ、コスモスなども栽培されており、次々に開花する。

今の時期、テッセンが見頃を迎えている。

テッセンの花はもちろんきれいだが、蕾も捨てがたい。


花色は青紫、紫、白・・・・と各種あるが青紫系に趣を感じる。



ツルバラのアーチもある。

シバザクラは見頃を過ぎていた。

シバザクラのアップ。

チョウチョも盛んに飛び交う。

休憩所にはかわいいマスコットも。

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瓊花(けいか)の咲く唐招提寺


モノトーンのイメージのある唐招提寺、境内には、菖蒲、おおでまり、ツツジなどが咲き、そこに色を添えています。

菖蒲が咲いている、新緑とのコラボが美しい。

鑑真和上の御廟のそばと、御影堂供華園では、和上の故郷、中国揚州から送られた瓊花(けいか)の花が、春の終わりと夏の到来を告げるように、小さな白い花を咲かせます。

白い装飾花が中央の小花を囲みます。この装飾花は、必ず8つ。花びらは必ず5枚です。

中国の江蘇省、揚州市が原産。

隋から唐の時代、「瓊花(チウンホア)」は「玉蘂」とも呼ばれ、その芳香のある黄白色の花が愛でられたといいます。

ただ不稔であったために、「聚八仙」という台木に接ぎ木して増やしていたそうですが、やがて元軍の進入とともに絶え、その後は残った台木の「聚八仙」が「瓊花」と呼ばれるようになったといいます。

わが国では、鑑真和上の縁で揚州市・大明寺から贈られたものが奈良県の唐招提寺や飛鳥寺などに植栽されています。

「ムーシュウチュウ(木綉球)」の近縁種で、高さは4メートルほどになり、葉は卵形から楕円形の革質で、縁には細かい鋸歯があります。

金堂の東南には、大きな水鉢が、そこに金堂が映っています。

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