京セラ美術館


2020年のリニューアルに伴い京セラが命名権を取得し、来館を京都府民に限定して2020年5月26日(火)にリニューアルオープンしていたが、2020年6月19日(金)より京都府以外に在住の来場者も受け入れることになった。

東山キューブの面積は約1000平米。天井高は5メートルで、展示室と収蔵庫、バックオフィス、屋上庭園を備えている。

天井がどことなく体育館ぽい「中央ホール」。両側のバルコニーや左に見える螺旋階段を新設した。

「ガラス・リボン」の上部にあたるエリア。

天井のステンドグラスなどの装飾が美しい。

冷泉通(れいせんどおり)は鴨川以西の夷川通を東へ延長した線上よりもやや北にあり、西は川端通から東は左京区若王子町まで。

平安神宮の南側、応天門前を通る通り。

平安神宮より西では琵琶湖疏水の南に沿い、この区間に夷川ダム(関西電力夷川発電所)がある。

夷川と名前が変わる前の古い時代の呼称が残る区間である。

泉冷通を疏水沿いに行く桜の穴場
川端冷泉通りを疏水沿いに行く道は、桜の穴場として親しまれています。
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冷泉は、古くは【れいぜい】と読まれていたはずなのだが、さいきんは【れいせん】が公式の読みになっていて、道路標識でも、Reisen-Dori、と大書されている。

今日のお昼は京料理 六盛、平安神宮のほぼ隣に位置する。

明治32年創業から110年以上も京料理ひとすじの老舗料亭。

今回は六盛名物の『手をけ弁当』をいただきました。

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春の一日 建仁寺


京都市東山区にある臨済宗建仁寺派大本山の寺院。
山号を東山(とうざん)と号する。

寺号は「けんにんじ」と読むが、地元では「けんねんさん」の名で親しまれている。なお、しばしば日本最初の禅寺と言われるが、これは間違いで博多の聖福寺が最初の禅寺である。

重要文化財も選ばれている方丈、その前庭にあたるのが「大雄苑(だいおうえん)」。

七代目小川治兵衛によって作庭された庭の中では珍しい枯山水庭園。

巨石や砂、水を使って作られる枯山水庭園は、余分なものを省いた洗練された美しさを感じられます。

法堂

明和2年(1765年)の建立。
また、2002年(平成14年)創建800年を記念して天井に小泉淳作により双龍の絵が描かれた。


降り注ぐ春の日を浴びてのんびりと過ごす。

今、アセビが盛りです。

雨のやみまを狙って庭を散策。

建仁寺本坊には、陶製の十六羅漢像が奉納されています。

明治末期から大正初期にかけて清水、五条地域の陶芸家16人による作品です。

夫々の羅漢さんは、表情や姿も違いますが、夫々の陶芸家が得意とする焼き方や陶質、磁質、釉薬を使って製作していますので、夫々の陶芸の特徴もみることができて圧巻。

都路華香 筆 『喝』

説明板には次のように書かれています。

「喝」は物事の意味をしめさないが、四つの働きがある。

一、煩悩、妄想の迷いを断ち切る喝

一、目覚めよ。と、ふるいたたす喝

一、かかってこい。と、本気にさせる喝

一、平常心是れ喝。と、大きな喝。

方丈にあるもう一つの庭園が「潮音庭(ちょうおんてい)」。

四角い形の庭を囲むように廊下が配置され、吹き抜けのようになっている庭園を様々な角度から鑑賞できます。

南側の小書院から眺めます。(ほぼ南からです)

向こう側に大書院の風神雷神図が見えています。


差し込む光が柔らかく心和ませる。

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旧三井家下鴨別邸


下鴨神社の南に位置する豪商・旧三井家の別邸。三井家11家の共有の別邸として三井北家(総領家)第10代の三井八郎右衞門高棟(たかみね)によって建築された邸宅。

芝生にも見えるが苔で敷き詰められている。
座敷から飛び石伝いに池泉回遊式庭園を散策できるが、庭園内は立ち入り禁止。

主屋は、三階に望楼をもつなど開放的なつくりで、簡素な意匠でまとめられている。

この地には明治42年(1909)に三井家の祖霊社である顕名霊社(あきなれいしゃ)が遷座されましたが、その参拝の際の休憩所とするため、大正14年(1925)に建築されたのが現在の旧邸で、主屋、玄関棟、茶室が現存していまる。

茶室は、次の間に梅鉢型窓と円窓を開けるなど特徴ある意匠になる。

建築に際しては、木屋町三条上るにあった明治13年(1880)建築の三井家の木屋町別邸が主屋として移築された。

昭和24年(1949)には国に譲渡され、昭和26年(1951)以降、京都家庭裁判所の所長宿舎として平成19年まで使用された。

近代京都で初期に建設された主屋を中心として、大正期までに整えられた大規模別邸の屋敷構えが良好に保存されており、近代和風建築として価値の高いことから、平成23年(2011)に重要文化財に指定された。

淡路夢舞台


淡路島の東岸、海を望む高台にある。

国際会議場やリゾートホテル、野外劇場、植物園等の施設が点在する敷地内は、百段苑をはじめ複数の個性的な庭園が存在し、それらは遊歩道やデッキなどで結ばれ、全体が回遊式庭園の構造となっている。

建築家・安藤忠雄の代表作であり、2000年に開催された、国際園芸・造園博「ジャパンフローラ2000」の会場になった。

隣接する国営明石海峡公園(淡路地区)、兵庫県立淡路島公園、あわじ交流の翼港などと共に、淡路島国際公園都市を構成する。

このホタテ貝の貝殻は、北海道の水産加工場で捨てられていたものをもらってきてリサイクルしました。

1枚ずつ職人の手で敷き詰められたホタテ貝の貝殻の数は100万枚。

百段苑へ向かう。

「百段苑」(ひゃくだんえん)は山の斜面に沿って100個もの花壇を階段状にした庭園で、安藤忠雄が阪神淡路大震災被災者への「祈りの庭」として設計されたもの。

ブロックごとに「海に祈る庭」「収穫の庭」「淡路メドウガーデン」とコンセプトが分かれています。また百段苑のある高台からは大阪湾を眼下に見られ、その眺望も壮観。

海を望む一枚の斜面地に百区画の花壇と立体迷路状の階段で構成される。

イタリア式庭園の幾何学的な部分を洗練した一つの到達した形ある。
花壇には世界のキク科植物が植栽されている。

円形フォーラムは、淡路夢舞台施設群の中心に位置します。

直径約32m、高さ約11mの円空間を囲むスロープを歩いて行くと、壁の窓から切り取られた風景が覗けたり、空や海や風を感じることができます。

壁の窓から切り取られた風景が覗ける。

楕円フォーラムは「海回廊」と「山回廊」を結ぶ扇の要のような位置にあります。

直径約50メートル、高さ約17メートルの楕円空間は、イベント会場にもなります。
壁には日時計が取り付けられています。

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兵庫県立美術館 Ando Galleary


同美術館は1995年に起きた阪神・淡路大震災の復興事業として計画され、安藤忠雄さんの設計で2002年にオープン。

館内の一角に安藤さんの建築作品を紹介する小さなギャラリーがあったが、新たに独立した建物として、既存の展示棟・ギャラリー棟の間に鉄骨造り3階建て(建築面積87.82㎡、延床面積614.74㎡)の建物を建てた。

約5億2000万円の設計・施工費用は安藤さんの事務所(安藤忠雄建築研究所)が全額負担し、2018年1~8月に施工。2018年9月1日付で県に寄贈された。
観覧料は無料。

Ando Gallearyには安藤作品の代表作の模型が展示されている。

画像中央部分が増設されたAndo Galleary。

デザイナーのコシノヒロコさんの住宅「小篠邸」。

兵庫県内にある安藤さんの代表作「六甲の集合住宅」(神戸市)。

屋外オブジェ『青りんご』(海のデッキ(既設部分))
米国の詩人・サムエル・ウルマンの詩「青春」をモチーフに安藤忠雄氏がデザインしたオブジェ。

建物の中から海を臨む。前方の「海のテラス」には安藤さんがデザインした「青りんご」が置かれた。

安藤さんは、近代米国の詩人サミュエル・ウルマンが70代で作った「青春の詩」からオブジェを着想。

詩は「青春とは人生のある期間ではない。

心のありようなのだ」「希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる」などとつづられ、安藤さんは「目指すは甘く実った赤リンゴではない。

未熟で酸っぱくとも明日への希望へ満ち溢れた青りんごの精神」との言葉を寄せている。

ヤノベケンジ氏のオブジェ「Sun Sister」

ジョージ・リッキー「上を向いた 2本の線 30フィート」

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曇り空に映える安藤忠雄の技


クロード・モネ作「睡蓮(水の習作・一朝)」 200㎝×1275㎝ほぼ原寸大>

有名で馴染みのある綺麗な陶板画と安藤氏の建築物にわくわくしながら。

打ちっぱなしのコンクリートが直線的に広がり、ヨーロッパの美術館を彷彿させる『京都府立陶板名画の庭』は、日本が誇る建築家 安藤忠雄氏の設計によるもの。

曇り空にくっきり浮かび上がる打ちっぱなしのコンクリートの世界。

この種の美術展示施設としては、世界初のものである。

展示されている絵画は世界の名画8点が選ばれており、内4点は元々1990年の国際花と緑の博覧会の為に制作され、安藤忠雄の設計によるパヴィリオン『名画の庭』に展示されていた。

残り4点は、この施設の為に作られたものである。 制作は、大塚オーミ陶業株式会社の信楽工場で行われた。

これらの陶板画は、堺屋太一の企画発案により、所有者であったダイコク電機取締役、栢森新治より京都府に寄贈されたもの。

オープンエアの建物は、安藤忠雄の設計により平成6年(1994年)3月に完成した。

ウォーターカーテンの壁の苔が何とも言えぬトーンを見せる。

安藤忠雄の世界
頭上に広がる秋
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西日本最大級!海辺の巨大美術館 兵庫県立美術館
2002年に開館した兵庫県神戸市「HAT神戸」にある美術館。 愛称は「芸術の館」 … 続きを読む →

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風の教会
兵庫県神戸市の六甲山の頂き近くに立てられた教会堂、通称・風の教会。 大阪府茨木市 … 続きを読む →

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酷暑は涼しい場所で 民博


国立民族学博物館は、人間文化研究機構を構成する大学共同利用機関。

民族学・文化人類学を中心とした研究・展示を行っている、博物館を持った研究所。

1fはエントランスホール、照明は控えめで陰影の妙が素晴らしい。

まずは腹ごしらえ、レストランでは定番のカレーや麺類などもありますが毎月エスニック料理を推していて、けっこう本格的。

値段は少し高めですが、訪れるたびに利用している。。

今日はタイのガイトートをいただきました、日本でいう唐揚。

「フライドチキン」と言った方が正確かもしれません。

日本のフライドチキンと違うのは、まず下味がしっかりと付いていること。

そのまま食べても美味しいのですが、タイではその上に甘辛い酸味のあるチリソースかけて食べます。

2f展示室への階段から。

パティオとは、中庭のこと。

民博にはいくつかのパティオがあります。

正面ホールの階段をあがると中央パティオがあります。

ここは「未来の遺跡」と名づけられ、越前焼の大壺と深鉢がおかれています。

他のパティオにも、アステカの石像、朝鮮半島の「酒幕」などが、地域展示にあわせて配置されています。

2f展示フロア、展示室までの廊下には様々な作品が並ぶ。

本日は企画展が催されていた。

1960年代末、急激な社会変化をむかえるサウジアラビア西部のオアシスで、文化人類学者の片倉もとこは、当時ほとんど不可能と思われた長期調査をおこないました。

そして「みられる私」ではなく「みる私」としてのサウジ女性の姿に気づきました。
「サウジアラビア、オアシスに生きる女性たちの50年」

本展示では、片倉が現地で撮影した貴重な写真を手がかりに、半世紀後に実施した最新の追跡調査の成果を交えながら、飾面や民族衣装など個性的で色鮮やかな物質文化をとおして、サウジ女性の生活世界の変遷をたどっている。

画像はスマーダ(未婚女性の外出着)をまとう女性

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島津家別邸「仙巌園」


鶴嶺神社(つるがねじんじゃ)

幕末の頃から廃仏毀釈運動の煽りを受けて薩摩藩領内の寺院を廃止する機運があったが、明治2年3月24日、島津忠義の正室である暐(てる)姫が死去した際、葬儀を神式で行うことが決まったことをきっかけとして薩摩藩領内の寺院の排斥が一気に進行、かつて島津氏歴代当主の菩提を弔っていた福昌寺も廃絶の憂き目にあった。

その代わりとして同年11月に忠義が鹿児島郡坂本村山下鶴峯(現鹿児島市照国町)に祖先を祀る神社を創建しこれを竜尾神社と号したのに創まる。

仙巌園(せんがんえん)は鹿児島県鹿児島市吉野町字磯にある薩摩藩主島津氏の別邸跡とその庭園。
別名磯庭園(いそていえん)。敷地面積は約5ha。

1658年(万治元年)に第19代当主であった島津光久によって造園され、その後も歴代当主による改築が重ねられてきた。

借景技法を用い、桜島を築山に、鹿児島湾を池に見立てた素晴らしい景色と広大な庭園が特徴で、1958年(昭和33年)に国の名勝に指定された。

錫門

赤い色が印象的なこちらは錫門。
江戸時代は藩主とそのお世継ぎだけが通ることを許された門です。

青い空、緑の木々を背景に、赤い色がとてもあざやかです。

仙巌園から見た桜島

桜島を築山に、錦江湾を池に見立てた雄大な景観を楽しむことができます。

庭園から磯御殿の方向を望む。

幕末には第28代当主島津斉彬がこの敷地の一部を使ってヨーロッパ式製鉄所やガラス工場を建設するなどの近代化事業(集成館事業)を起こした。

1857年(安政4年)には、園内の石灯籠にガス管をつないで点火させ灯火として用いたことから、日本のガス灯発祥におけるルーツの一つとして挙げられる場所にもなっている。

園内は梅が今を盛りと咲き誇っています。

磯御殿
島津家の別邸として利用された磯御殿は、見事な書院造り。

明治21年からは焼失した鹿児島城に代わり、島津忠義公爵一家の住まいとなっていました。
昭和32年に島津家に返還され、現在は島津興業が管理公開しています。

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のろま人形


佐渡の人形芝居の伝来には諸説がある。

寛保年間に江戸の人形遣い野呂松勘兵衛が佐渡に渡り、人形を遣わせたのが始まりだという説と、新穂村の須田五郎左衛門が京都に上って、公卿から浄瑠璃と人形の遣い方を習い、現在の広栄座が引き継いでいるという説であるが、どちらも文献資料がない。

しかし、広栄座の人形に「享保雛」に似ているものがあり、また上方系の台本が多いことから、享保年間頃に上方から移入されたとする説が有力である。

江戸時代の佐渡の人形は『恵美草』、『天保年間相川十二ヶ月』によると説教人形で、幕間狂言に野呂間(のろま)人形が登場し、祭の余興として神社や寺堂で行われていた。

舞台は高さ四尺の腰幕に水引幕を吊るすだけで、大夫は幕の陰で弾き語りをした。

野呂間人形は説教人形・文弥人形の間狂言として、一人遣いで方言を交えた台詞と滑稽卑俗な話で観客を笑わせる。

人形遣い野呂松勘兵衛によって有名になったことから、野呂の間狂言を縮めて「野呂間」人形と呼ばれるようになった。

一説には、この愚鈍な滑稽芝居が、ノロマ(野呂間)の語源とも言う。
現在は広栄座のみに存在し「生き地蔵」「そば畑」などが演じられている。

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藤戸竹喜


藤戸竹喜(ふじと たけき/1934-)は、旭川を拠点に「熊彫り」を生業としていた父のもとで、12歳から木彫を始めた。

以来、父祖の彫りの技を受け継ぎながら、熊をはじめ狼やラッコといった北の動物たちと、アイヌ文化を伝承してきた先人たちの姿を木に刻み、繊細さと大胆さが交差する独自の世界を築いてきた。

卓抜なイメージ力・構想力とともに、生命あるものへの深い愛情に根ざした生気あふれる写実表現は、他の追随を許さず、北海道を代表する彫刻家として国内外から高い評価を得ている。

平成27年度に北海道文化賞、平成28年度には文化庁から地域文化功労者として表彰された。

右側の立像は父方の祖母で幼少時に藤戸を育ててくれた「藤戸タケ像」

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