舞子浜


橋の科学館は、1998年4月に開館した。
規模は地上2階建、延床面積約1,700m2。

以前は財団法人海洋架橋・橋梁調査会が管理運営していたが、現在はJBハイウェイサービス株式会社が管理運営している。

完成時に愛称を募集し、のちに「パールブリッジ」と定められたがこの名前で呼ぶ人は少なく、管理者であるJB本四高速(本州四国連絡高速道路株式会社)では使用していないが、観光協会[7][8]や本橋の写真(とくに夜景)を扱ったページなどでは「まさに愛称の「パールブリッジ」の名にふさわしく…」などと使用が見受けられる。

夢レンズ

半世紀の技術の結晶として完成した明石海峡大橋の生みの親である原口忠次郎博士(第12代神戸市長)の偉業を称え、明石海峡大橋架橋5周年にあたり、記念の碑が建立された。

三種の異なった岩肌によるメビウスの輪は人、自然、科学を、そして明石海峡大橋が結んだ本州を淡路、四国を表しています。
この三つの層が調和し、円空から未来への発展を展望しています。

神戸側の橋桁内に舞子海上プロムナードという遊歩道、展望台が設けられている。

橋台(アンカーレイジ)内のエレベータで、上り海面からの高さ47mへ上がり、そこから海側約150mまで行ける。

途中、床が透明になっている部分もあり、直接海面を望める。

沖を眺める、ブイと貨物船。

一般では通常入れない管理通路や主塔の頂上に登る、ブリッジワールドという行事も予約制(期間・人数限定)で行なわれている。

ライフラインの面では、明石海峡大橋の桁の内部には大口径の水道管、高圧送電線、大容量の通信用ケーブルなどが収納されている。

これまで、淡路島は慢性的な水不足に悩まされていたが、水道管が設けられ水の安定供給が実現した。

幾何学模様がきれい。

舞子海上プロムナードより望む兵庫県立舞子公園

アジュール舞子(舞子東海浜緑地)は舞子海岸を整備し1998年にオープンした人工の砂浜で、砂浜の長さは約800m、幅は約60mの海水浴場。

孫文記念館(そんぶんきねんかん)は、兵庫県神戸市垂水区の舞子公園内にある博物館。旧称は孫中山記念館(そんちゅうざんきねんかん)。八角形の中国式楼閣『移情閣』は1915年築の現存する日本最古のコンクリートブロック造建造物で、国の重要文化財に指定されている。

楼閣の「移情閣」という別称は、窓から六甲山地、瀬戸内海、淡路島、四国と「移り変わる風情」を楽しめることから名づけられた。また、楼閣の外観が六角形にも見えることから地元では「舞子の六角堂」と呼ばれている。

旧武藤家別邸洋館は1907年(明治40年)、実業家で衆議院議員も務めた武藤山治(1867年 – 1934年)の別邸として、舞子海岸の有栖川宮別邸(現舞子ビラ)近くに建設された木造二階建の円形バルコニー・スレート葺の屋根・下見板張りの外壁が特徴の洋館。

垂水区の西側あたりから明石市の東あたり一帯の浜を、古くは舞子の浜と呼び、須磨の浜と並ぶ名所で、江戸時代には旅の休憩所として多くの待合茶屋が存在した。

歌川広重画「播磨舞子の浜」では、風や強い波により砂が流され、自然に「根上り松」のような形となった白砂青松の美しい海岸風景が描かれている。

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喜春城 西日本の抑えとして築城された明石城


城の入り口に立つ中部幾次郎・・

慶応2年に現在の明石市 林に魚の卸や運搬をしていた父兼松の次男として生まれた。

明治37年に明石から下関に移り、日本初のエンジン付きの漁船団を組み大洋漁業(現マルハ)の前身となる林兼商店を創立した人です。

明石中学校(現県立明石高校)設立の経費の半額を寄付したり市水産会長を勤めるなど明石の発展に尽くした・・とあります。

戦後の食糧難を解決するためにGHQと掛け合い、捕鯨の再開になんとかこぎつけましたが、戦後初の捕鯨船団の出航を見送る事無く昭和21年に亡くなりました。

大手虎口を抜けると芝生公園の向こうに2基の立派な櫓が見える。

それぞれの方角を取って「右端・巽櫓(たつみやぐら)」「左端・坤櫓(ひつじさるやぐら)」と呼ばれる。
巽=辰巳=南東、坤=未申=南西。正面が北なので、右側が南東の巽櫓、左側が南西の坤櫓であることが分かる。

よく見ると90度お互いが違う方向を向けて建てられていることも分かる!

両櫓(三重櫓)を結ぶ白壁の長塀は復元。

中央の巨大な石垣は天守台。
本丸に天守台は築かれたが、天守は建てられなかった。

石段下の「三の丸」跡(現・武蔵の庭園)から「二の丸」跡へ通じる石段。

二ノ丸の南下の登り口、緩やかな石段を登る。
この石段の幅(微妙に広くて歩きにくい)は籠(かご)の幅に合わせてあるとのこと。

城址の手前にある日時計。中央部が兜の形をしている。
明石城とはあまり関係なく、明石市内を日本標準時子午線が通ることから設置されている模様。

JR明石駅ホームより見る明石城 

プラットホームからは、本丸の白壁の長塀と左右の坤櫓・巽櫓など、城の中心部がよく把握でき見学スポットの一つ。

これは明石城だけにある蓋で、デザインも明石城。

桜の名所100選の一つなので、綺麗な桜も描かれています。
電気のマンホール。

過去の明石城訪問記

子午線の町 明石城
明石の地は、山陽道が通り、北には丹波国、但馬国への道が分かれ、淡路島、四国のルー … 続きを読む →

平成の天下普請で復元・修理された 明石城
JR明石駅北側に位置し、駅ホームより間近に望める。 縄張りは連郭梯郭混合式の平山 … 続きを読む →

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「うおんたな」


読みは複数あるが、商店街側は公式には「うおんたな」としており、商店街の看板等にもローマ字で「UONTANA」と表記されている。

「うおんたな」と呼ばれる明石・魚の棚商店街は、約400年前に明石城の築城とともに誕生したと伝えられており、宮本武蔵の城下町の町割りの設計により造られたと言われる古い歴史を持つ市場。

過去にはマルハの創始者中部幾次郎の林兼商店(はやしかねしょうてん)などもあった。

明石沖はフェリーで何度も通る、好漁場で特に大阪へ帰る便が明石海峡を通過するころは多くの漁船の群れを見かけます。

最速7.5ノット(時速約15㎞)を超える明石海峡の潮流によってつくり出された複雑な地形は、多くの産卵場・育成場をもたらし、日本有数の豊かな漁場が形成されている。

ここ明石では「明石鯛」や「明石ダコ」以外に四季折々に約100種類もの魚が水揚げされています。

このセリは午前11時30分から行われるため、地元では明石浦の魚を「昼網」と呼ぶ所以なっています。

とくに、海峡付近や播磨灘一帯で採られ明石漁港から水上げされた新鮮な魚介類を「前もの」と呼び、「明石鯛」「明石蛸」を筆頭に活きの良さを売り物としている。

明石海峡大橋架橋以前は、岩屋港(播淡聯絡汽船・淡路連絡汽船・明石淡路フェリー)、富島港(西淡路ライン)など淡路島へ旅客船が頻発していた。

架橋にともない航路・事業者が再編されたものの、旅客減により航路廃止が相次ぎ、富島航路が休止となった2008年5月19日以降は、淡路ジェノバラインによる岩屋航路のみが発着している。

今日のお昼は淡路ジェノバライン乗り場前のみなと食堂でいただいた。

昭和15年創業の明石港にある食堂。 今は、よくある惣菜を並べて自ら選ぶスタイル の元祖だと言われている食堂です。

明石で有名な代表格は、蛸と鯛と穴子。
焼き穴子丼とおつくりの盛り合わせをいただいた。

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安藤忠雄の世界 京都陶板名画の庭


「京都府立陶板名画の庭」は歩きながらミケランジェロやモネ、ルノアールの名画が間近に迫ってくる不思議な美術館。

入ってまず驚くのが、水の中に沈められた「睡蓮・朝」。

ほぼ原寸大である200×1,275cmの大きな陶板、そこに描かれた華麗な睡蓮の花が水の中をたゆたう様子には、なんともいえない風情。

「鳥獣人物戯画」の並ぶ回廊を進む。

繊細な「鳥獣人物戯画」も近くで見ると見事です。

安藤忠雄得意のコンクリート打ちっぱなしの立体構造。

日本最古の漫画といわれる「鳥獣人物戯画」を見ながら歩みを進めていくと、ざぁっという滝の音が強まり、ミケランジェロ作「最後の審判」が姿を現。

1,430×1,309cmという巨大な陶板は、ほぼ原寸大。
左右には滝が流れ、絶え間ない水の音が鳴るその空間は「最後の審判」を厳かに演出。

シャープな設計で構成される建物の間から眺める空が素晴らしい。

展示陶板画は「最後の晩餐」、「最後の審判」、「清明上河図」、「鳥獣人物戯画」、「睡蓮・朝」、「糸杉と星の道」、「テラスにて」、「ラ・グランド・ジャット島の日曜日の午後」と多彩だ。

安藤忠雄の世界
頭上に広がる秋
秋真っ只中、高く流れる雲が気持ちいい。 安藤忠雄建築で秋の空を楽しむ。 大阪府立 … 続きを読む →

西日本最大級!海辺の巨大美術館 兵庫県立美術館
2002年に開館した兵庫県神戸市「HAT神戸」にある美術館。 愛称は「芸術の館」 … 続きを読む →

古墳を模したといわれる 近つ飛鳥博物館
近つ飛鳥博物館はエリア全体が遺跡博物館ともいわれる陵墓・古墳の宝庫「近つ飛鳥」の … 続きを読む →

没後20年 菜の花忌の準備万端
今年は司馬遼太郎の没後20年にあたる。 御存じの通り彼の命日2月12日は 「菜の … 続きを読む →

三角形という大胆な形状 坂の上の雲ミュージアム
司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』をテーマにしたミュージアム。 コンクリートとガラス … 続きを読む →

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秋の気配ただよう京都植物園

まだまだ暑い日が続くが植物園では秋の気配が感じられる。

日本語では、ススキの穂は、それを動物の尾に見立てて尾花(おばな)と呼ぶことがあり、ススキ自体もそのように呼ばれることがある。

この「尾花」はススキおよびススキの穂を意味する古名であり、奈良時代初期の歌人・山上憶良が『万葉集』(巻八 1538)にて「萩の花 尾花 葛花 撫子の花 女郎花 また 藤袴 朝顔の花」と詠んだように、古来、秋の七草の一つに数えられている。

また、馬の毛色で尾花栗毛(おばなくりげ)というのは、栗毛馬や栃栗毛馬であることに加えて鬣(たてがみ)や尾の長毛が白色のものを指す。

この白毛は遠目には金色に輝いて見えるため、その特徴を秋のススキの穂になぞられて呼ばれたものである。

江戸時代中期の俳人・与謝蕪村は「狐火の 燃えつくばかり 枯尾花」と詠んでいるが、こちらは、夜の野原にて風に揺らめく枯尾花の情景を、怪しく燃え盛るこの世のものならぬ狐火に譬えた俳句である。

ワレモコウ

源氏物語にも見える古い名称。
漢字表記においては吾木香、我毛紅、我毛香など様々に書かれてきたが、「〜もまた」を意味する「亦」を「も」と読み、「吾亦紅」と書くのが現代では一般的。

名の由来には諸説あるが、前川文夫によれば木瓜文(もっこうもん)を割ったように見えることからの命名という。

ほか、「我もこうありたい」の意味であるなど、様々な俗説もある。

別名に酸赭、山棗参、黄瓜香、豬人參、血箭草、馬軟棗、山紅棗根などがある。

ハグロトンボ

真っ黒の翅が、薄くらい藪や川のほとりをひらひらと飛んでいる姿が不気味。

俗にオハグロトンボと呼ばれてたりします。

名前は、実が熟して割れたさまが、人の「あくび」に似ていることから「あけび」に変化していった。
 
また、実は熟してくるとぱっくり口をあけたように 裂けることから、「開け実(あけみ)」→「あけび」になった、という説もある。

中国原産のヌマミズキ科カンレンボクは、強い生命力と多くの実をつけることから、子孫繁栄にたとえられる喜びの木として喜樹(キジュ)と呼ばれています。

雌雄同株で夏にクリーム色の花を咲かせ、秋になる実をつける。

でき始めの実はヤマボウシの実のようだが、徐々に小型のバナナのような風体に変化していく。

カピタータとホンコンエンシスの交雑から生まれた常緑のヤマボウシ品種。

ややクリーム色を帯びた大輪白花で、花と葉はともに大きく、自然ときれいな樹形にまとまる。

オトコエシは、オミナエシ科の多年草。
オミナエシに姿形は似ているが、花の色は白く、姿は遙かに逞しい。

オークサカーナマツ

メキシコ原産のマツの仲間の1種。
葉は線状でやや長めで垂れ下がる。

青花のスイレン、きれい。

アンブレラフワワー、毒マスクのように見えてしまいました。

キンシャチ、小さな花がかわいい。

バオバブは地球上に存在する最も大きな樹木ともいわれ、また、アップサイドダウンツリー(上下さかさまの木)として、ユニークな形でも知られています。

語源は:諸説あるが、アラビア語で果実が多いという意味のbu hobab に由来し、baobab に変化したと言われています。

アリストロキア アルボレアが開花しています。

多くのアリストロキア属がつる性であるのに対し、高さ3メートル程度のかん木になる種です。

一つの花の寿命は一週間程度ですが、株元につく花茎には次々と花が咲き、長期間楽しめます。
花は直径7センチ程度の頭巾のような形をしており、花色は茶色で、下部が白くなります。

原産地は、メキシコからエルサルバドルにかけての中央アメリカで、湿度の高い環境を好みます。

現在開花している株は、2000年9月にインドネシアのボゴール植物園からs挿し穂を譲り受けたもので、京都植物園では初開花。

また、アリストロキア アルボレアの開花は、花空間けいはんなについで国内2例目。

子宝草は、ベンケイソウ科・カランコエ属に分類される常緑性の多肉植物。

ベンケイソウ科の胡蝶の舞(コチョウノマイ)と子宝弁慶(コダカラベンケイ)を交配させて作られた。

その見た目から、子孫繁栄の象徴として子宝のお守りとされ、人気があります。
子株がたくさんついている姿は、葉の縁にフリルがあしらわれているな、不思議な形。

噴水の周りに虹が・・・そばで鳥が楽しそう。

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宵の倉敷河畔散策


ペデストリアンデッキは、かつて市内に存在した倉敷チボリ公園に倣った北欧的な雰囲気で、小さな屋外ステージもある。

駅前ロータリーにある時計台のからくり時計もアンデルセン童話がテーマになっている。

階下は観光バスやタクシー、自家用車が止まるロータリーになっています。

アンデルセン広場の階段上にいるアンデルセンの銅像。

人の往来が絶えない倉敷川畔から道一本隔てた、静かで落ち着いた時間が流れる本町通り。

古くは倉敷と早島を結ぶ街道で、倉敷川沿いより先に町となり箪笥屋、桶屋など職人達が軒を連ねる場所でした。

現在も格子戸の宿、杉玉が軒に下げられた造り酒屋、阿智神社へと続く参道など、昔のままのような風景に出会うことができる静かな通りです。

特に夕暮れ時ともなると何とも言えぬ雰囲気で散策を楽しくさせてくれる。

空も晴れ渡り気持ちのいい散策です。

今橋より美観地区の光景。

現在の倉敷川の川幅は10メートル程ですが、船による物資の輸送がされていた頃には川幅20メートル程あったとされています。

最も栄えていた時期には、約40隻の船が物資の運搬を行っていたとされています。

月も出て、いよいよ雰囲気も盛り上がる。

「今橋」は大原美術館のコレクションの多くを選定し、自らも洋画家であった児島虎次郎がデザインした橋で、菊の文様のほか龍の彫刻も施されています。

行きかう川舟がなんともいい、もう少しいたいがタイムリミットです。

阿知の藤のデザインのマンホール。
周囲には「きれいな水を 未来に!」と倉敷市章。

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ジーンズの町児島

足袋・学生服・作業服と、繊維のまちとして発展し、国産ジーンズ発祥の地として生まれ変わった「児島」。
いま児島に新しいスポットが誕生しています。

レトロな趣のある味野商店街を中心に岡山のジーンズメーカーのショップを集めた「児島ジーンズストリート」には、児島ジーンズならではの「藍染め」を特徴とし、オリジナリティーあふれるこだわりの品々が販売されており、全国のジーンズファンからの注目を集めています。

JR児島駅の階段もジーンズ。

駅長室もジーンズ。

児島地区には現在も200社以上の関連業者が存在しており、世界でも稀なジーンズ産業集積地であり、国産ジーンズの約40%以上は児島で製造されています。

21世紀のジャパンブルー
 
藍染めは天然の原料を使った草木染めの一種。
その色合いを参考に、100年以上前、ドイツで生まれた合成染料が「インディゴ」である。

インディゴはいろいろなところで使われているが、最も身近なものがデニム。
現在、日本産のデニムは発色や耐久性に特徴があり、岡山県には倉敷市をはじめデニムの生産者が多い。
新たなジャパンブルーとして、岡山デニムは海外からも注目されている。

有松絞りも藍染の伝統芸術の一つ。
東海道の古い町並みと絞りの町 有松宿
投稿日時: 2013年10月14日
有松は池鯉鮒宿と鳴海宿の間宿である。 古い町並みがそのまま残り、江戸時代の風情が … 続きを読む →

わが故郷勝山は草木染によるのれんの町として有名です。
のれんのかかる町 町並み保存地区 勝山
投稿日時: 2013年5月24日
勝山は三浦藩2万5千石の城下町である。 昭和60年に町並み保存地区に指定され、昔 … 続きを読む →

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絶品ダコの下津井漁港散策


むかし下津井回船問屋「母屋」と周辺の町並み>

下津井節で全国的に知られている下津井魚港。

北海道で獲れたニシン粕、かずのこ、こんぶなどを満載して、日本海から関門海峡を廻って北前船が行き来していた。

その頃、下津井は「風待ち、潮待ち」の良港として知られており、下津井節はこの北前船の船頭たちによって伝えられたと言われている。

「むかし下津井回船問屋」は、江戸時代に金融業と倉庫業を営んでいた西荻野家の住宅を、明治初期に回船問屋高松屋(中西家)が取得したもので母屋やニシン蔵として使われていた。

母屋を中心に、むかしの下津井にまつわるさまざまな資料を展示している。

下津井名物「干しダコ」~むかし下津井回船問屋の隣の店で販売している干しダコ

明石では干しダコの最盛期が夏であるのに対して、下津井では冬。

これは明石が産卵期を迎える前のタコを干してお盆に向け京阪神地区へ出荷するのに対し、下津井では冬の気温差を利用してより旨みを凝縮した大きな干しダコを正月に向けて出荷しているためだと思われます。

明石も下津井も潮の流れが速く、そのせいで太くがっしりした足になり歯ごたえと甘みが増すといわれてます。

下津井駅

かつての四国往来に由来する、下津井 – 丸亀航路との連絡駅であり、駅舎南側から下津井港の発着場まで連絡通路が設置されるなど、同航路との連絡の便が図られていた。

陣羽織
凌波隊の指導者が所有していたもの。

写真では分かりにくいですが、法被には紋の下に白い兎が刺繍されています。

凌波隊とは、幕末に下津井で生まれた民兵隊。
下津井に何カ所か設けられた台場を守っていた。

当時の繁栄を物語る看板。

明り取り窓。

今日のお昼は食事処「Cantina登美」で。

前の海で獲れた新鮮な魚介類を使った「蔵定食」。
海鮮丼、タコ天、あなご丼等、また、ピザやパスタなどもあります。

高い天井、太い梁などかつての豪商ぶりが感じられる。

瀬戸大橋の架橋に併せ沿岸道路が整備されたため港も近代化が進んでいるが、常夜灯や雁木が一部残っており、街中には江戸時代に廻船問屋や遊郭が軒を並べた頃の面影が残り、岡山県によって町並み保存地区に指定されている。

散策中に見かけたかわいい人形。

どの家の軒先にもアルミ缶風鈴がきらきら。

街には遊郭もありました。

北前船が港に入ると船乗り達の上陸を待ちかねているお女郎さん達が「まだかな、まだかな」と声をかけたそうです。

その「まだかな」という声が、そのまま小さな橋の名前になりました。

それを「まだかな橋」と言います。

元は海岸にあったこの橋(桟橋)も海岸の拡張工事で埋め立てられてしまいました。

今は元の海岸近くの埋め立て地の下になってしまい、わずかに遺構と思われるものが残っているだけです。

下津井港に突出した浄山には、祇園宮の社殿があり、この境内からの瀬戸の眺めは絶景です。

祇園神社下から瀬戸大橋を望む。

ここは、釣りバカ日誌18 「ハマちゃんスーさん瀬戸の約束」のロケ地。

スーさんを探すはずが美しい瀬戸内海を前に我慢できなくなり、防波堤で釣りを始めたハマちゃんとスーさんが偶然出会うシーンの撮影が行われた。

映画「ひるね姫」の舞台、倉敷市下津井(しもつい)。

ひるね姫聖地のロケ地スタンプラリーが行われており、巡回バスの「とこはい号」にも「ひるね姫」が。

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初秋の長居植物園


まだまだ暑い日が続きますが、空はすみわたり秋の到来を予感させます。

広葉樹の落葉が見られ始めました。

ハナミズキも色づき始めています。

長く楽しませてくれた蓮もそろそろ終わり。

マリーゴールド、群生もきれい。

カツラ、葉はハート型に似た円形が特徴的で、秋には黄色く紅葉する。
落葉は甘い香り(醤油の良いにおいに似ている)を呈する。

センダン、花が散ると緑色の実がなり、秋には黄色く色づきます。
落葉後にも長く実が残ります。

パンパスグラス、群生を見ることが多いが、こういうのもいい。

渓流にも秋色が。

ボタン園のそば、いつもの場所で彼岸花が咲き始めました。

ここの彼岸花はよそより早く咲き始めます。

小池の流れ込み、向こうにはメタセコイヤも見える。

小池の渓流に架かる橋。

ここも秋の気配。

キッコウチク(亀甲竹)はモウソウチクの突然変異で、稈の枝下部分の節間が交互に膨れており節が斜めとなった竹。

節が亀甲状に稈が連鎖した特異な形は観賞用に庭園へ植えられて珍重される。

京都特産と言われており、京都ではキッコウチクを収穫し火あぶりにより磨き上げた製品を京銘竹として京都府伝統工芸品の一つに指定している。

加工品は主に床柱・花器・結界など。
なおテレビドラマの「水戸黄門」に登場する水戸光圀の杖はキッコウチク製。

チシャノキも実をつけている。

オミナエシ

「萩の花尾花 葛花 瞿麦の花 女郎花 また藤袴 朝貌の花」山上憶良(万葉集・巻八 1538)

「手に取れば袖さへにほふ女郎花この白露に散らまく惜しも」不詳(万葉集・巻十 2115)

カリンもたわわに実をつけています。

ソテツは雌雄異体の植物、雄花は棒状に咲き、雌花は球状に咲く。

バタフライガーデンで、ツマグロヒョウモン(オス)。

秋の風情。

むかご、春から夏に伸びた山芋のつるに秋ごろ付き始める山芋の実。
炊き込みご飯などにするとほくほくとした芋の滋味深い味わいが楽しめます。

バタフライガーデンの裏手も彼岸花の咲く場所。

コスモスが咲き始めています。

スタペリア

花はヒトデ形で大きさは5cm~30cmと種によって異なる。

色は暗紫色や紫褐色、黄色などで斑点や横紋の入るもの、花にびっしりと毛の生えるものなどもある。

(風鈴仏桑花) は、大型の五弁花に細く深い切り込みがあり、後ろに反っているハイビスカスの一種の非耐寒性常緑低木。

花柄は、下に長く伸びて、先端付近には筒状の雄シベがついています。

ハイビスカスが、通常、一日花なのに対して、フウリンブッソウゲは何日も咲き続けます。

サクララン、ガガイモ科サクララン属(ホヤ属)に分類されるツル植物の総称。

葉っぱがランに似ていて、花が桜のようなピンク色をしていることから「サクララン」の和名がついた。

花は分厚く光沢があって、飴細工のような感じ。

コリウス

和名は金襴紫蘇(きんらんじそ)、錦紫蘇(にしきじそ)。

花は

『善良な家風』『健康』『かなわぬ恋』『恋の望み』『絶望の恋』

1年中きれいな葉っぱをつけることから「健康」という花言葉がつけられた。

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奈義町現代美術館 展示室「月」の部屋


正面が、「月」の部屋≪HISASHI-補遺するもの≫

「月」の平坦な壁は中秋の名月の午後10時の方向を指している。

安らぎの場所。ここは休らう所である。

ためらい、足をとめ、休息する。穏やかな気持を取り戻す。

「休」という漢字のかたちからみてわかるように「人が木により憩う」ごとく。

庇の下で雨宿りをしたり、影のなかで強い日差しを避けて息づく生き物たちのように。護られてある休息。

三日月のかたちの大きな部屋。その端から入ると、白い大きな平面の壁に取り付けられた3体の黄金色の≪HISASHI≫たちがいる。

HISASHI <この有機的な形態は、雲のようにも見えるが、作者の行為をとおして「時」が凝固したオブジェたちである。 関連記事[catlist categorypage="yes"]
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