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木村康雄 大阪在住 写真家

冬木立

冬しか見れない!冬の絶景

大空に伸び傾ける冬木かな 虚子

澄み渡る青空に向かってすっくとのびた冬木。
ほどよく曲がったその姿も実に様になっています。

斧入れて香におどろくや冬木立 蕪村 

葉をすべて落とした冬木立には、もはや生気は感じられぬ。
その一本に勢いよく斧を打ち込むと、意外や意外、新鮮な木の香りが漂ってきた。

枯れたこの季節にも、木はしっかり生きている。
驚くべき生命力だ。

凛とした冷気の中、この時期にしか味わえない絶景を愛でながらの散策は楽しい。

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心癒される都心の夕焼け


夕焼けって何かほんのりとしたものを感じませんか、意味もなく涙が出そうになったり。

今、寒波に襲われ北陸では大変なことになっています、何か冷気も感じますが、暖かくもある。

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隠棲の地 三千院の冬


冬枯れの木立に青空が似合う。

坪庭の笹にかすかに陽が射す、そして残り雪。

聚碧園の池も凍てつく、木漏れ日がきれいです。

手水鉢も凍って寒そう。

本堂から見た庭園、背景に見えるのは往生極楽院。
苔に残雪、斜めからの日差しがいいね。

この日も寒さにかかわらず多くの参拝客でにぎわっている、客足のわずかに途絶えたところをパチリ。

池への映り込みがきれいです。
恋に疲れた一人旅の女性は、池の水面にどんな想いを映し出していたのでしょう。

有清園(ゆうせいえん) 豊臣秀吉の建立といわれる宸殿(しんでん)を囲む回遊庭園は、杉苔が地面を覆い、天に向かって真っ直ぐに伸びた北山杉が立ち並ぶ。

三千院を訪れる楽しみは愛らしい童地蔵。

光が射し込むまで待ちます。


作家の井上靖が「東洋の宝石箱」と称賛する二つの苔庭(聚碧園・有清園)はまさに見事であります。

陽が傾いてきました、そろそろ帰宅の時間です。

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冬の貴船

雪の合間を縫ってきぶねをほうもん、寒さのわりに参拝者も多く、凛とした空気の中散策。

鞍馬寺西門。
爽やかな冷気の中、日差しが温かく感じられる。

鞍馬山 義経修行の道を歩
京都盆地の北に位置し、豊かな自然環境を残す鞍馬山の南斜面に位置する。 鞍馬は牛若 … 続きを読む →


貴船神社山門、ご神木の桂、まるで御神氣が龍の如く大地から勢いよく立ち昇っている姿に似て、貴船神社の御神徳を象徴。

貴船神社は今や神社では必須アイテムの“絵馬”発祥の地でもあり、本宮では白と黒の2頭の馬の像が私たちを出迎えてくれます。

「水を司る神」を祀る「貴船神社」や「丹生川上神社」には、日照りや長雨が続くと、朝廷より勅使が派遣されて、降雨を祈願するときには「黒馬」が、止雨を祈願するときには「白馬」が、その都度、奉納される習わしになっていた。

和泉式部もたどったといわれる恋の道を奥宮へ向かう。

緑の風の中 貴船川沿いを華やかに染める 貴船祭
貴船神社の氏子は、わずか20世帯。 市街地のお祭りのように、決して賑やかとは言え … 続きを読む →


ちょうどお昼時、店の前では熱心に呼び込みが。

相生の大杉

樹齢1,000年の名木。
同じ根から生えた2本の杉の大木がぴったりと寄り添っている。
「相生」は「相老」に通じ、その寄り添う姿が仲睦まじい老夫婦の姿にたとえられ、夫婦円満の象徴として親しまれている。

奥宮の入り口にさしかかる、ここは「思ひ川」

奥宮参道の入り口に架かる橋を「思ひ川橋」といい、その下の流れを「思ひ川」という。
和泉式部の恋の道をたどり貴船へ
恋愛遍歴が多く、道長から「浮かれ女」と評された。 また同僚女房であった紫式部には … 続きを読む →

また同僚女房であった紫式部には「恋文や和歌は素晴らしいが、素行には感心できない」と批評された(『紫式部日記』)。

女人往生の念仏道場 誓願寺
女人往生のさきがけとして、都の才女・清少納言が誓願寺において発心し、髪を落して尼 … 続きを読む →

恋多き情熱の歌人・和泉式部が女人往生を遂げた誠心院
恋多き女も娘に先立たれ、この世のはかなさを思い、仏門に入ります。 その娘というの … 続きを読む →


かつては御物忌川(おものいみがわ)と呼ばれ、参詣する際にこの川で禊して心身を清めたと思われる。

和泉式部も参詣して恋を祈ったとことから、「おものいみがわ」が変じ、「おもひがわ」になったのではないかといわれている。

大木の中、和泉式部の恋の道を奥宮へ向かう。

奥宮の境内。

伝説では、第18代の反正天皇の御代(1600年程前)の創建といわれています。

今は奥宮ですが、元々ここが本宮だった。

この奥宮が鎮座している場所は、貴船の谷の一番低い所にあるためしばしば水の害に遭い、天喜3年(1055年)に貴船神社の本宮を現在の場所に遷したという。

左が神門、正面がご神木「連理の杉」
 
連理とは、別々の木が融合している状態のことで男女・夫婦仲の良いことに例えられることも。
この木は、杉と楓が和合した珍しい木。

拝殿、その奥が本殿、右奥が権地。

「権地」とは、社殿の新築・改築・遷座などで社殿の工事を行う際に、仮の社殿を建てる場所のことをいう。

文久年間(1861~63年)、本殿工事の際に大工が誤ってノミを本殿下の竜穴に落としたところ、にわかに天候が変わって突風が起こり、ノミを空中へ吹き上げたなどという話も伝わっています。
 
またその時、怒った竜が現れ、その大工は落命したという話もあります。
 
そんな伝説も遺されているほど、「決して侵したり、穢したりしてはいけない神聖な場所」だと考えられていたのでしょう。

船形石

鎮座地としての伝説では、浪花の津(大阪湾)に、黄色い船に乗った女の神様が現れ、「われは玉依姫(たまよりひめ)なり、この船の留まるところに社殿を建てて、そこの神様を大事にお祀りすれば国土を潤し、庶民に福運を与えん」とのお告げがあり、その船は淀川、鴨川をさかのぼって水源の地・奥宮辺りの川のそばから水の湧き出るところに船を留め、そこに、御社殿を建てたと言われています。

この黄船を隠すため小石を積み上げたとされるのが船形石。

小石は、旅行や航海安全のご利益として持ち帰る人もいるそうですが皆がそうすると大変なことになるので、やめたほうがいいでしょう。

白鳳6年(1300年程前)には、本殿を造り替えたとの社伝が残っておりキフネの地名は、玉依姫の乗ってこられた黄船から起こったともいわれています。

また、この地は丑の刻参りの伝説でも知られる。

宇治の橋姫伝説
さむしろに 衣かたしき 今宵もや 我を待つらむ 宇治の橋姫 「古今和歌集」 「む … 続きを読む →

能楽「鉄輪」とは夫に見捨てられた女が、貴船神社に丑の刻参りをして恨みを晴らそうとするも、安倍晴明に祈り伏せられるという物語である。

丑の刻参りと鉄輪の井
堺町筋を北に上がり、万寿寺通りを超え、松原通に出る手前の左側に不思議な路地ある。 … 続きを読む →

その形相はさながら夜叉の如く、詣でる時の服装はといえば、顔には朱をさし、体には丹を塗り、頭には鉄輪をかぶって、そこに三本のローソクを灯し、口に松明(たいまつ)をくわえて、洛中から遥か貴船までの道をひた走った。

悪縁切り 菊野大明神
河原町二条交差点の少し北東にある法雲寺は、ガランとした境内の地味なお寺という印象… 続きを読む →

「菊野大明神」の覆屋
縁切り石となった由縁は、「宇治の橋姫」が宇治から貴船神社へと通う毎夜、この石に腰を掛けて休んだからだとか。

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中之島緑道散策

中之島公園(淀屋橋北詰)から肥後橋北詰まで延長400mの中之島緑道は、土佐堀川沿いにケヤキ、ツバキ、ツツジやなどの木々や10体の彫刻が並んでおり、四季を感じさせる歩道になっており格好の散策路。

風標(作:斉藤 均・平成元年3月)

その風はどんな風かな、穏やかなそよ風を想像する。。

十魚架(作:天野裕夫・平成元年3月) ↓

十字架ではなくて、十魚架とは。
その想像力に脱帽。

大きな足、それに垂直に立っている人、その体を水平に貫いている魚、とてもついていけない。

何か叫んでいるよう、それにしても頭の上にあるのは手か。

日溜(ひだまり)(作:河合 隆三・平成元年3月) 

「TWO RING~空間の軌跡~」曲線が美しい作品。

「雲の詩」

風船のような造形と女性像。

いずれもユニークで散歩を楽しいものにしてくれる。

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中之島界隈


水晶橋にさしかかったアクアライナー。

佐賀藩蔵屋敷跡

江戸時代、各藩は大川界隈に蔵屋敷を持ち、米や特産物などの多量の物産を船で搬入していた。

また屋敷内には御船入という入堀を作り、その入堀への水路をまたぐ橋(船入橋)が架かっていたが、平成2年 (1990)に現裁判所地に入堀跡が確認されて、佐賀藩蔵屋敷跡であることが裏付けられた。

この船入橋は近松門左衛門 『心中天の網島』の中では冥土へ 旅立つ男女の姿を見送る「名残 の橋」として書かれている、また佐賀藩蔵屋敷の浜辺は「鍋島の浜」と呼ばれ、井原西鶴の『好色五人女』では月見の名所として登場し、夕涼みの場、夏には盆踊りでも有名であったといいま す。

西天満若松浜公園、川沿いのテラス。
陽だまりで憩う市民の姿が見られる。

日向ではスズメが飛び交う。

テラスから淀屋橋方面を望む。

橋の南西に居を構えていた江戸時代の豪商・淀屋が米市の利便のために架橋したのが最初で、橋名もこれに由来する。

米市は橋の南詰の路上で行われていたが、1697年(元禄10年)に堂島へ移った。
現在の橋は都市計画学者でもあった關一第7代大阪市長による御堂筋拡幅工事の一環として、1935年(昭和10年)に完成した鉄筋コンクリート造りのアーチ橋。

「緑の賛歌」は、大阪市中之島公園にある。
緑豊かな文化の香り高い街づくりの推進にと、浅井鉞次郎氏が大阪市に寄贈した作品で1973年4月16日に除幕式が行われた。

約8メートルの台座に立つ4.3メートルの裸婦像は、本郷の野外彫刻の中でも最も大きなものです。

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老松町散策


美と文化の街、おおさか西天満界隈にある老松町は、古美術と骨董の店が集まった街。

東洋古美術・骨董品や西洋アンティークの掘り出し物を探せ、画廊を見て回るなど古美術・骨董品が好きな方や美術愛好家にはワクワクするエリア。

かつては大阪天満宮の表参道として栄えた老松通り。
今は大阪天満宮に合祀された老松神社が、通りの名の由来。

神功皇后が筑紫からの帰路に、現老松通り付近の町にあった巨木のおかげで風浪を避け、無事に上陸できたことへのお礼に、巨木付近に神社を建立したことからこの名前になったとされる。

骨董屋の前に大きなツボ、何に使うのだろう。

古美 術店と画廊だけでなく、日本料理や画廊喫茶、こだわ りのある雑貨店などが多数あり、賑わっていまる。

気になる看板を見つけた。

大江ビルヂング

大阪高等裁判所に近いことから、大正時代に大江という弁護士が建てた巨大な法律家向けのテナントビル。

現在も法律事務所が多く入っていますが、最近はギャラリーやショップも増えたようです。

ネット情報では、建てられた当初には、「地下に食堂、理髪店、貸金庫。2階には売店・暗室、3~5階にレンタル応接室、1階ホールにはビリヤード台やバーカウンターまで設えた、ホテルのようなサービスを提供していた」とか。

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厳冬の琵琶湖岸


ラッセルをこなしやっと湖岸にたどり着く。
まだ降雪は続いている。

この時期湖岸を訪れる人は少なく、ほとんど踏み跡は見当たらない。

鉛色の空に輝く湖面、まさに冬の湖岸の風景。

湖岸では水鳥たちが元気に泳ぐ。

時たま散策の人とすれ違う、小さくなる人影、雪は降り続く、静かな湖畔の冬です。

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雪に埋もれた長浜城


寒波襲来で長浜地域は大雪、長浜城も雪に埋もれており簡単には近づけない。

直之は降り続いておりこの画像は晴れ間のちょっとした隙間に撮ったもの。
雪つりもこれくらいの積雪になると威力を発揮する。

長浜城の天守閣は、琵琶湖の方から撮影するには朝から晩までいい光に恵まれる。
逆に言うと、天守閣の入口側からだと早朝に限る。

湖岸はすぐそこに見えいるのだがふみ後はほとんどなく、ラッセルしながらの行軍。

やっとの思いで湖岸にたどり着く。
ここからの天守の眺めもなかなかのもの。

現在の天守は1983年に犬山城や伏見城をモデルにし模擬復元されたもので、市立長浜城歴史博物館として運営されている。

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雪の豊国神社


安土桃山時代、秀吉の没後に長浜の町民がその遺徳を偲んで建立。事代主大神、豊臣秀吉、加藤清正、木村重成を祭神としています。
 
大坂夏の陣で豊臣家が滅びると、徳川幕府は神社を取り壊すよう命じました。

町民は、一時、祭神を町年寄の家へ移し、八幡宮の古堂を移築して、商売の神様である恵比須神を前立に、奥殿に秀吉像をひそかに祀り、長い江戸時代を過ごしました。

明治維新後には「豊国神社」の名が復活し、秀吉の三百回忌に当たる明治31年(1898年)に拝殿が再建された。

明治14年に村社、大正9年に郷社、大正11年に県社に列した。

雪中の清正公、寒そう。

この日の長浜地方は積雪45センチの大雪、膝までつかりながら参拝した。

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