地域

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萩城下散策

萩城下町は、徳川幕府との対立を経て天皇を中心とする近代的統一国家の形成を主導した西南雄藩のひとつである萩藩の政治的・経済的・文化的・軍事的な拠点でした。当時の地割りが今も変わることなくよく残っており、近世の封建社会がわかる典型的な町として現...
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日本海に突き出た岬にそびえる平山城 萩城

関ヶ原の戦いで敗れて周防国・長門国の2ヶ国に減封された毛利氏が、広島城に代わる新たな居城として慶長9年(1604年)に築いた城。完工は慶長13年(1608年)だが、築城者である毛利輝元は、慶長9年12月に未完成のまま入城していた。萩城二の丸...
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小京都を見下ろす尾根に広がる山城 津和野城

津和野城は津和野盆地の南西部に横たわる標高367メートルの山上にある山城。江戸時代には津和野藩亀井氏の居城であったが、藩庁は急峻な山城を避け山麓の津和野盆地に置かれた。登頂には途中までリフトが利用可能。中世、吉見氏時代の堀切。織部丸。リフト...
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太鼓谷稲成神社 | 日本五大稲荷 | 津和野

年間の参拝者は100万人を超えるといわれ、県内神社では出雲大社に次いで第2位です。とくに2月の初午祭、春秋の例大祭には遠近の参詣者で町はふくれあがるほど賑わいます。全国の稲荷神社の中でも、「稲が成る」と表記するのは珍しく、大願成就の祈りが込...
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琉球王朝のシンボル 首里城

日本100名城の一つ。琉球王朝の王城で、沖縄県内最大規模の城(グスク)であった。戦前は正殿などが国宝であったが、1945年(昭和20年)の沖縄戦と戦後の琉球大学建設により完全に破壊され、わずかに城壁や建物の基礎などの一部が残っている。200...
沖縄

首里金城町石畳道散策

首里金城町石畳道は、首里城から国場川の真玉橋に至る長さ4km総延長10kmの官道であった真珠道の一部で、琉球王国尚真王の治世である1522年にその建造が始まった。第二次世界大戦の沖縄戦で真珠道の大半は破壊されたが、金城町に現存する238mの...
沖縄

王家の陵墓 玉陵(たまうどぅん)

玉陵(たまうどぅん、玉御殿または霊御殿とも)は、琉球王国、第二尚氏王統の歴代国王が葬られている陵墓。所在地は沖縄県那覇市首里金城町。そもそもは第3代尚真王(在位1477年 – 1526年)が父、尚円王を葬るために建築したものである。世界遺産...
沖縄

沖縄屈指の名城 今帰仁城

日本100名城の一つ。今帰仁城(なきじんぐすく、なきじんじょう、別名:北山城(ほくざんじょう、ほくざんぐすく))今帰仁城跡の歴史は古く、13世紀までさかのぼるとされています。堅牢な城壁に囲まれたその城は、標高約100メートルに位置し、やんば...
沖縄

日本最古のアーチ門が美しい 座喜味城址

2000年11月首里城跡などとともに、琉球王国のグスク及び関連遺産群としてユネスコの世界遺産(文化遺産)にも登録されている(登録名称は座喜味城跡)。城内で演劇が行われるなど、広く利用されている。城跡の高台から西側を望むと残波岬や、晴れた日に...
沖縄

標高98mの丘の上に立つ世界遺産 勝連城

城は勝連半島の南の付け根部にある丘陵に位置する。13世紀-14世紀に茂知附(もちづき)按司(あじ)により築城されたという。この城の最後の城主が阿麻和利(あまわり)である。阿麻和利はクーデターを起こしてこの地方の按司となり、琉球の統一を目論ん...
沖縄

赤レンガが美しい豪農屋敷 中村家住宅

中城城跡からすぐのところにある豪農屋敷。18世紀中ごろに建てられたものでほぼ当時のまま残っている。中村家住宅は戦前の沖縄の住居建築の特色を全て備えている建物です。沖縄本島内でこのように屋敷が前がそっくり残っている例はきわめて珍しく、当時の上...
沖縄

悲劇のヒーロー護佐丸 中城城最後の城主

日本100名城の一つ。中城(なかぐすく)城を築いたのは護佐丸である。護佐丸というのは、首里の中山王が、琉球を統一するのに非常に貢献した武将であり、築城の名手とも呼ばれていたが、その統一後に、勝連城主であった阿麻和利という、陰謀好きの男の讒言...