初夏の壷阪寺


つい先月までひな祭りで賑わっていた町もいまは閑散としています。

以前のひな祭りの様子
高取土佐町並み「町家の雛めぐり」
2007年から、始まった「町家の雛めぐり」は、今回で11回目。 町あげてのイベン … 続きを読む →


バスの車窓から野焼きの様子。

日本では春先のまだ草本の新芽が出ない時期に、野山の枯れ草を焼く事が多い。山焼きとも言う。

日本の自然の状態では酷寒地を除き、草原は森林へと遷移する。
野焼きを行うことで、この遷移がリセットされ、初期状態の草地に戻る。

一方、有機物の蓄積を減らし、無機塩類とすることで新たに出る若草のための肥料としたり、農業害虫を焼き殺す効果も期待される。

南法華寺は、奈良県高市郡高取町にある真言宗系の単立寺院。
山号は壺阪山。一般には壺阪寺の通称で知られる。

703年(大宝3年)創建と伝え、西国三十三所第六番札所。

天竺渡来大観音石像は、インドハンセン病救済事業のご縁でインドからご招来したもの。

インド国民の協力と南インドカルカラの三億年前の古石がインド政府や様々な方のご支援で、提供され、延べ7万人のインドの石工が参加してすべて手造りで製作された。

20mの巨岩は動かすことも、運ぶことも不可能なので66個に分割して彫刻し、日本に運ばれ組み立てられた。

この巨岩を支える土台は深く基礎岩盤にまで掘り下げられ、数万巻の写経と土台石が埋納されている。

また、胎内には数万巻の写経と胎内石が納められ、66個の石が1本の巨石となっている。
この大観音石像はインドの文化勲章受章者シェノイ氏及びその一門によって製作されたもので昭和58年3月12日開眼法要が営まれた。

高取城跡への登山道、緑に覆われてきれいです。

以前の訪問記
日本最大の山城 高取城
「巽高取雪かと見れば、雪ではござらぬ土佐の城」と謡われた高取城。 日本国内では最 … 続きを読む →

苔むす石垣に名城の面影を偲ぶ 高取城
高取城は別名、芙蓉城ともいわれ近世山城の典型としてよく知られ、巽高取雪かと見れば … 続きを読む →


境内ではカワイイ童子が出迎え。

壷阪寺は4,000株以上の山吹が咲き誇る関西最大級のやまぶきのお寺です。
4月上旬~5月中旬やまぶきまつりが行われる。

大釈迦如来石像「壷阪大仏」

平成19年11月開眼
身丈10m、台座5m

インドでの奉仕活動のご縁から始まった国際交流・石彫事業の一環で、製作されたもの。

「大石堂」の堂内、中央に安置されているのが「大仏舎利塔」。

大石堂一字金輪曼荼羅。

慈眼堂横の回廊、春から初夏にかけて、やまぶき、つつじ、ラベンダーが咲き誇り、秋には境内一円のもみじや周辺の山々が色づき山寺独特の鮮やかな紅葉の風景が広がります。

眼の観音様として親しまれている十一面千手観音菩薩坐像。

当寺の本尊は眼病に霊験のある仏として昔から信仰され、元正、一条、桓武天皇をはじめ眼病平癒を祈願する人は多かったとされているが、特に、近年当寺が眼病患者を救う観音を祀る寺として有名になったのは、明治時代に失明回復祈願にまつわるお里沢市の夫婦愛を描いた浄瑠璃、壺阪霊験記が世間に共感をよんだことによるといわれている。

正面から見て右側に球を持った手が見えるが、この手が目摩尼手で眼を救う手といわれている。

天竺渡来佛伝図

この石のレリーフはインド南部のカルナタカ州において、延べ5万7千人もの石工たちの手によって、インドの石に彫刻され製作されたもの。

誕生から入滅までの間にある、数百もの佛伝図の中から、比較的誰でも知っているストーリーが選ばれて描かれている。

壷阪寺 八角堂(本堂)の縁から眺める二上山(幽かに見える奥の山)

「天の二上」と呼ばれ神聖な山と崇められる標高517mの雄嶽と474mの雌嶽の二峰からなり、日の沈む神の山とされています。

壷阪寺 以前の訪問記

紅葉の壺坂寺に遊ぶ 
盛りを過ぎたとはいえまだまだ紅葉が楽しめる壺坂寺、参道山道で。 駐車場から見上げ … 続きを読む →

高取城の護り五百羅漢
西国三十三所巡礼の札所であり、眼病封じのお寺としても知られる『壷阪寺』。 本堂か … 続きを読む →

観音霊場壺坂寺の諸仏
草創については不明な点が多いが、伝承によれば大宝3年(703年)に元興寺の弁基上 … 続きを読む →

壺坂寺 冬の早朝
奈良時代の創建と伝えられる町内屈指の古刹で、清少納言も『枕草子』の中で「寺は壷坂 … 続きを読む →

土佐街道 高取町の町を散策
高取町の「土佐」は飛鳥時代、都造営のために連れて来られた土佐(現在の高知県)の人 … 続きを読む →

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