秋風にコスモス揺れる 法起寺

法起寺周辺の休耕農地、約2万平方メートルがコスモスの花で彩られる。
秋の斑鳩の代表的な風景。

現在実際に使用されている西門。参拝する時はこの門から入る。

奈良時代(文武天皇)の慶雲3年(706)頃に建立された。
わが国最古の三重塔として有名。高さは24m。

法隆寺、法輪寺の塔とともに斑鳩三塔と呼ばれる。

ぼけた背景に霞む南大門、現在は、この門の前には農道があるのみで、前にはコスモス揺れるのどかな田園が広がっている。

法起寺周辺は地元の人が休耕田を利用してコスモス畑を作っています。10月中旬には満開を迎え観光客の目を楽しませてくれます。

この場所は以前ネスカフェのCMで使われた。
コスモス畑の中を黄色の帽子をかぶった幼稚園児が先生に連れられてるシーンでCMで流れたこのシーンは2秒ほどですが、撮影には丸一日を費やしたそうです。

しかも冬の撮影だった為、コスモスはもうすでに枯れてしまっていたので、わざわざ大量のコスモスを持ってきて植えて撮影が行われました。

秋の格好をした園児には辛い冬の撮影だったと地元の人に伺いました。

稲穂の揺れるさまも風情があ。

刈取りの終わったたんぼ。

寺名は20世紀末頃までの文献では「ほっきじ」と読んでいたが、現在、寺側では「ほうきじ」を正式の読みとしている。

これは、法起寺が法隆寺とともに世界遺産に登録されるにあたり、「法」の読み方に一貫性が欲しい、という理由により、高田良信法隆寺管長により、「ほうきじ」を正式とする、という判断がされたため。

長年の親しみもあり、今でも「ほっきじ」と読む人は多い。

秋の夕暮、稲束の影が長く尾を引く。

法起寺の周辺では、柿やいちじく、枝豆や秋の野菜の販売所が何か所かあります。

近くの畑で栽培されているもので、鮮度が良くおいしいので良く売れていました。食欲の秋です。

散策を終えた法隆寺駅、きれいな夕日に包まれていた。

関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!

法起寺へのアクセス、行き方歩き方

法起寺公式サイト

奈良県生駒郡斑鳩町大字岡本1873番地

JR大和時線法隆寺駅下車 奈良交通バス20分 法起寺下車すぐ

万博公園 コスモスが見頃


涼しい風が吹き抜ける花の丘で、30万本のコスモスが丘一面に広がっています。

敷地面積は約260ヘクタールと、甲子園球場が65個分の広さ、自然豊かな地でコスモスが人々の心を癒やしてくれます。

コスモスは、メキシコ原産の一年草で、明治時代、日本に渡来してから全国へ急速に広がりました。

渡来当時の品種数は少なかったのですが、その後の品種改良により現在では多くの品種が作られています。

シーシェル、形がユニークなコスモス。
花びらが貝殻(シェル)のような筒状になっています。

残念ながら希少種、イエローキャンパスは見逃してしまいました、残念。

また「花の丘」では、この時期に合わせて約300本のヒマワリも植栽しています。
夏の花であるヒマワリと秋の花のコスモスとの、季節を越えたコラボに注目。

関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!

万博公園へのアクセス、行き方歩き方

万博公園公式サイト

大阪府吹田市千里万博公園1-1
06-6877-7387

在来線の場合 下記路線・駅のそれぞれから大阪モノレール「万博記念公園駅」「公園東口駅」が便利です。

•阪急線:南茨木駅、山田駅、蛍池駅
•地下鉄御堂筋線(北大阪急行線):千里中央駅
•地下鉄 谷町線:大日駅
•京阪本線:門真市駅

長居植物園 ヒガンバナが見頃です

初秋の花ヒガンバナを求めて長居植物園へ、ボタン園の西側に群生しています。

同好の士が自然に何人か集まっています、それぞれに熱心にカメラを向ける。

壱師(いちし)は具体的に何をさすのかは確定していません。ギシギシ、イタドリ、イチゴ、エゴノキなどの説がありますが、彼岸花(ひがんばな)が最有力候補といわれています。

万葉集には1首だけに登場します。

道の辺のいちしの花のいちしろく人皆知りぬ我が恋妻は
柿本人麻呂 巻11-2480

道端のいちしの花が目立つように、私の恋しい妻のことをみんなに知られてしまいました。

ヨメナはキク科の多年草。道端で見かける野菊の一種。

若芽を摘んで食べる。
古くは万葉集の時代から使われていたようで、オハギ、あるいはウハギと呼ばれている。

ヨメナご飯なども有名。
名前の由来は嫁菜とも夜目菜とも言われ、はっきりしない。
一説には、美しく優しげな花を咲かせるため「嫁」の名がつくといわれている。

春日野かすがのに 煙けぶり立つ見ゆ をとめらし 春野のうはぎ 採みて煮らしも

作者不詳 巻10-1879

春日野の方に青い煙が立ちのぼっているのが見えるけれど、あれはきっと、乙女たちがヨメナを摘んで煮ている煙に違いない。

ハギの花が目立つ季節になりました。

ハギは、マメ科ハギ属の総称。落葉低木。秋の七草のひとつで、花期は7月から10月。

をとめらに ゆきあひのわせを かるときに なりにけらしも はぎのはなさく

手に取れば袖さへにほふをみなへしこの白露に散らまく惜しも
作者不詳 巻10-2115

手に取ると袖まで美しく染まりそうな女郎花(おみなえし)が、この白露に散ってしまうのが惜しいことです。

ヒオウギはアヤメ科アヤメ属の多年草。

黒い種子は俗に射干玉(ぬばたま・むばたま・ぬぼたま)と呼ばれ、和歌では「黒」や「夜」にかかる枕詞としても知られる。

ぬばたまの、夜さり来れば、巻向(まきむく)の、川音(かはと)高しも、あらしかも疾(と)き

作者不詳 巻7-1171

秋づけば、尾花(をばな)が上に、置く露の、消ぬべくも我は、思ほゆるかも

日置長枝娘子(へきのながえのをとめ) 巻8-1564

秋になると尾花(をばな)につく露のように、はかなく消えてしまいそうなくらいに、あなたさまのことを思っています。

大伴家持(おおとものやかもち)に贈った歌です。

フジバカマはキク科ヒヨドリバナ属の多年生植物。秋の七草の1つ。

萩の花 尾花葛花なでしこの花を みなへしまた藤袴朝顔の花    山上憶良 巻8-1538

ボケが立派な巳を付けています。

シコンノボタンは、ノボタン科ティボウキナ属(和名シコンノボタン属)の常緑低木。別名スパイダーフラワー

紫紺野牡丹の花色である紫色は、人の気持ちをリラックスさせる効果があります。
そのことのから、「平静」という花言葉が付けられました。

「謙虚な輝き」という花言葉は、英名のGlory bush(輝きの木)に由来します。

ムクゲはアオイ科フヨウ属の落葉樹。
別名ハチス、もくげ。
庭木として広く植栽されるほか、夏の茶花としても欠かせない花。

『万葉集』では、秋の七草のひとつとして登場する朝貌(あさがお)がムクゲのことを指しているという説もあるが、定かではない。

言に出でて、云はばゆゆしみ、朝顔の、穂には咲き出ぬ、恋もするかも
作者不詳 巻10-2275

口に出して言って悪いことが起こるといけないので、朝顔の花のように、目立たないように恋をするのです。

バタフライガーデンで、オトコエシが咲いています。

秋の七草の1つオミナエシの仲間。

オミナエシによく似ていますが、花が白く、全体に太く、毛が多いのが特徴。

漢字では「男郎花」と書きます。和名の語源は諸説あり、はっきりしません。

バタフライガーデンは身近なチョウをいつでも観察できて、旅をするチョウ・アサギマダラなどの長距離を移動するチョウたちが、大都会の大阪市内で休憩できるオアシスです。

アサギマダラの成虫は長年のマーキング調査で、秋に日本本土から南西諸島・台湾への渡り個体が多く発見され、または少数だが初夏から夏にその逆のコースで北上している個体が発見されている。

今回もレンズベビーの練習です。
テーマは花園で遊ぶ娘たち。

関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!

長居植物園へのアクセス、行き方歩き方

住所:大阪市東住吉区長居公園1-23
TEL:06-6696-7117 FAX:06-6696-7405

地下鉄御堂筋線「長居駅」より徒歩10分

旧嵯峨御所 大本山 大覚寺

開基は嵯峨天皇で。嵯峨天皇の離宮を寺に改めた皇室ゆかりの寺院。
また、後宇多法皇がここで院政を行うなど、日本の政治史に深い関わりをもつ寺院である。
 
式台玄関には菊の御紋章付きの幔幕が飾られ、参拝者は左の入口から入場する。

大覚寺が「いけばな嵯峨御流発祥の地」となったのも、嵯峨天皇が大沢池の周りに自生していた美しい野菊(嵯峨菊)を手折って活けたことがはじまりとされています。

後宇多法皇御使用御輿と式台玄関を飾る狩野永徳筆と言われる襖絵。

正寝殿(重要文化財)

前庭には一面に白砂が敷き詰められ、右近の橘と左近の梅(左近の「桜」ではない)がある。

牡丹図 狩野山楽筆

勅使門

峨天皇の信任を得ていた空海が、離宮内に五大明王を安置する堂を建て、修法を行ったのが起源とされる。

嵯峨天皇が崩御してから30数年後の貞観18年(876年)、皇女の正子内親王(淳和天皇皇后)が離宮を寺に改めたのが大覚寺である。

淳和天皇の皇子(嵯峨天皇には孫にあたる)恒貞親王(恒寂(ごうじゃく)法親王、仁明天皇の廃太子)を開山(初代住職)とした。

鎌倉時代になると、亀山法皇や後宇多法皇が入寺し、ここで院政を行ったため嵯峨御所(さが ごしょ)とも呼ばれた。

なかでも、後宇多法皇は伽藍の整備に力を尽くしたため、「中興の祖」と称されている。亀山法皇・後宇多法皇の系統は当寺にちなんで「大覚寺統」と呼ばれ、後深草天皇の系統の「持明院統」と交代で帝位についた(両統迭立)。
この両系統が対立したことが、後の南北朝分裂につながったことはよく知られる。

狩野派の水墨淡彩画(重要文化財)

正寝殿・野兎図

ノーゼンカズラ、夏の暑さを思い出してしまう。

霊明殿 ‐ 総理大臣を務めた斎藤実が昭和3年(1928年)、東京の沼袋(現・中野区沼袋)に建てた日仏寺の本堂だったもの。

昭和33年(1958年)、当時大覚寺門跡であった草繋全宜(くさなぎぜんぎ)が移築した。
縁板まで含め総朱塗りとした建物で、阿弥陀如来を本尊とする。

村雨の廊下(むらさめのろうか)

諸堂を結ぶこの回廊は、縦の柱を雨、直角に折れ曲がっている回廊を稲光にたとえ、「村雨の廊下」と呼ばれる。
天井は刀や槍を振り上げられないように低く造られ、床は鴬張りとなっている。

庭湖ともいい日本最初の庭池で最も古い庭園といわれています。

池には天神島と菊ヶ島の二つの島と巨勢金岡が配置したといわれる庭湖石があります。
この二島一石の配置が嵯峨御流いけばなの基盤となっています。

遠くの山並みは東山連峰で正面の山は大文字山(如意ヶ岳)左手前の山は朝原山(遍照寺山)です。

この観月台からの仲秋の名月は有名で松尾芭蕉(ばしょう)の
 名月や池をめぐりて夜もすがら
と句にも詠まれています。

また左手奥には多宝塔や藤原公任が詠んだ
 滝の音は絶えて久しくなりぬれど
  名こそ流れてなほ聞こえけれ

の名古曽の滝の石組み跡があります。
 
また平安時代から鎌倉時代にかけての石仏(野仏)がみられ名勝に指定されています。

嵯峨天皇と空海の結びつきを強く感じる大覚寺を拝観していて、司馬遼太郎著の「空海の風景」の最後のくだりを思いだした。

「かれが多能であればあるほど、さらにその中国的教養が比類ないものであればあるほどに、ともに語るべき相手のいないことに淋しみを感じつづけたのではないかと思われる。

かれが長安に在った日々は、そうではなかった。

晩唐の文化は長安において爛熟しており、かれの自分の水準―知的好奇心をふくめて―に近いひとびとを仲間にもつことに不自由しなかったばかりか、むこうからかれの盛名をきいて交わり求めてくる者も多かった。

人生の悦楽のひとつは自分とおなじ知的水準のひとびとと交わりをもつことであるとすれば、帰国後の空海におけるこの面での淋しさは、あるいは当然なことであったかもしれない。」
と司馬さんはいう。

早くもハギの花が見られた、季節の移ろいは速い。

関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!

大覚寺へのアクセス、行き方歩き方

京都府京都市右京区嵯峨大沢町4
075-871-0071

市バス・京都バス「大覚寺」下車 徒歩すぐ

般若寺にコスモスをたずねる

軽井沢をシリーズ展開中だが、季節の話題をひとつ。
奈良に初秋の花をたずねた、コスモス、ヒガンバナ、ハギと、期待は大きいのだが当日の奈良市内は大渋滞で予定が大幅にくるってしまった。

先ずコスモス寺として名高い般若寺を訪問、予想以上に草丈が伸びている。

石仏とのコラボを楽しむつもりが、草丈が伸びすぎ今一。

しかし、心を和ませる効果は十分だ。

原産地はメキシコ、イタリアの芸術家が1876年頃にメキシコから日本に持ち込んだのが最初との説がある。

花言葉は少女の純真、真心。

境内では紫苑(シオン)がはばを利かせる。

紫苑は、キク科の多年草で、薄紫色の小花がとても可愛い花。

別名はオニノシコグサ(鬼の醜草)、ジュウゴヤソウ(十五夜草)。

その花の色から紫苑という色名の語源となった。
花言葉は「君の事を忘れない」・「遠方にある人を思う」。

ヒガンバナはそろそろ盛りを過ぎるころ。

花は大きく目立ち、蜜腺もあり、アゲハ蝶など様々な昆虫が集まってくる。
彼らに受粉を頼んで実を結ぶ必要なんてないのに、なぜ。

ヒガンバナに集まってくる蝶,何故かアゲハ蝶が多いのも不思議。

花の形が燃え盛る炎のように見えることから、家に持って帰ると火事になるという迷信もある。

鱗茎はデンプンに富む。
有毒成分であるリコリンは水溶性で、長時間水に曝せば無害化が可能であるため、救飢植物として第二次世界大戦中などの戦時や非常時において食用とされたこともあ。

花言葉は「情熱」「独立」「再会」「あきらめ」「転生」「悲しい思い出」「想うはあなた一人」「また会う日を楽しみに」

水彩画効果を狙うが・・・・・

百毫寺まで足を延ばすつもりが大渋滞に会いあえなく予定変更。
新薬師寺にハギを訪ねるも花は全くなし、なぜ?!

元興寺までかえりやっとハギに巡り合える。

ハギは秋の七草のひとつ、花期は7月から10月。

古くから日本人に親しまれ、『万葉集』で最もよく詠まれる花でもある。

「高円(たかまど)の
  野べの秋萩 この頃の 
  暁(あかつき)露(つゆ)に
  咲きにけるかも」

   万葉集 大伴家持

クラブツーリズムのお勧めツアーはこちら!

般若寺 初夏のコスモスと紫陽花がきれいです

般若寺、本尊は文殊菩薩。
コスモス寺の名で知られる。

信頼できる史料における「般若寺」の初出は、天平14年(742年)10月3日付の「金光明寺写経所牒」(正倉院文書)であるとされている。

ただし、これについても、今の奈良県香芝市にあった片岡寺(別名般若寺)を指すとみる説もある。

その後平安時代末頃までの歴史はあまり明らかでない。
治承4年(1180年)、平重衡による南都焼き討ちの際には、東大寺、興福寺などとともに般若寺も焼け落ち、その後しばらくは廃寺同然となっていたようである。

廃寺同然となっていた般若寺は、鎌倉時代に入って再興が進められた。
寺のシンボルとも言える十三重石塔は僧・良恵(りょうえ)らによって建立され、建長5年(1253年)頃までに完成した。

この時期アジサイはいたるところで見られますが、仏像と重ね合わせることによりより風情が増します。

花言葉は威張り屋、無情、あなたは冷たい、移り気、浮気。

「紫陽花や 藪を小庭の 別座敷」 松尾芭蕉

「散りたまる 花や般若の 紙の向き」 向井去来

菩薩のやさしい顔とコスモス一輪。

「紫陽花や はなだにかはる きのふけふ」 正岡子規

「紫陽花の 八重咲く如く やつ代にを いませわが背子 見つつ見つつ偲ばむ」 橘諸兄 万葉集 (巻20 4448)

「あぢさゐの 下葉にすだく 蛍をば 四ひらの数の 添ふかとぞ見る」 藤原定家

鐘楼の梵鐘は、正確な鋳造年代は不明ですが、江戸時代初期のものとみられ、西大寺の奥の院から伝来した梵鐘といわれています。

「般若寺の つり鐘ほそし 秋の風」 子規

「楼門」は門では数少ない国宝の一つという貴重な建物です。
旧京街道に面する西向きの建築となっている。

般若寺門前を南北に通る道は「京街道」は、大和(奈良県)と山城(京都府)を結ぶ、古代以来重要な道でありました。

会津八一歌碑

ならざか の いし の ほとけ の おとがひ に

こさめ ながるる はる は き に けり

歌集 『鹿鳴集』 の 「南京新唱」 にある歌で、詞書に 「奈良坂にて」 とある。

わかりにくい場所にあるので見落とさないよう。

「十三重石塔」は境内の中枢的な位置にあり高さも14.2mもある巨大な石塔で般若寺
のシンボルと言うべきものです。

コスモスに埋まって大きく聳え立っており一際目立ちます。

「ちちろ虫 十三塔を つつみ鳴く」一邑

創建当初の旧相輪は石塔の脇にありますがコスモス時期はコスモスに隠れていますのでご注意。

保元の乱では、平為義が夜討ちを進言しますが、頼長は「由緒ある朝廷の戦いで夜討ちなんて卑怯なマネはできない!」と却下。

そうしたら逆に、後白河側に夜討ちをかけられて負けてしまったのでした…。

兄に陥れられ、最後には一番の味方だと思ってた父に裏切られ…
ショックをうけた頼長さんは舌をかみきって亡くなったとも言われています。
享年37歳

遺体は奈良の般若寺に埋葬されますが、実検のため役人によって掘り起こされ、しばらく放置されてしまったという。

後に、京都の相国寺に埋葬され、今に残っている首塚が建てられます。

平家の南都焼き討ちで、東大寺、興福寺を火の海にした平重衡(たいらのしげひら)の供養塔。

重衡の兵火で、堂塔伽藍が全て焼き尽くされた。
しかも、平家物語によると、火を放ったのはこの般若寺だったようです。
(般若寺近くの民家だったという説もあります)

この笠塔婆は、宋人で伊行吉が父の一周忌に追善供養として建てたものであることが判明していますが、かつては重衡の供養塔として考えられていた時代があったようです。

その証拠に、能の古曲に「笠塔婆」という題材があって、その中で重衡の亡霊が登場するんですね。

「唐びとが 月をろがみし 笠塔婆」 秋桜子

石灯籠は、鎌倉時代に製作された花崗岩製の高さ3.14メートルの灯籠で、古くから「般若寺型」「文殊型」と呼称される有名な灯籠です。

竿と笠部分は後世の補修で造り直されたものですが、基台・中台・火袋・宝珠部分は製作当初のものです。

また火袋部には、「鳳凰」「獅子」「牡丹唐草」が浮き彫りされています。

般若寺と大塔宮との関係は、「太平記」によると、元弘の変の時、後醍醐天皇様と共に笠置寺に立て籠もり幕府勢を相手に戦われ、城が落ちた後、般若寺へ潜伏されたのですが敵の探索を受けた際、大般若経の唐櫃に潜まれて危難を遁れられ、無事熊野へ落ち行かれたと記されます。

「般若寺は 端ぢかき寺 仇の手を

のがれわびけむ 皇子しおもほゆ」 森鴎外

「般若櫃 うつろの秋の ふかさかな」 阿波野青畝

「大塔宮 在せし寺や 百日紅」 小牛

関連記事:紅葉に彩られた 吉野山・世界遺産ハイキング

南朝御聖蹟碑

同寺は、後醍醐天皇など南朝方とゆかりが深く、本尊の八字文殊菩薩像は同天皇の勅願。また笠置山落城後、大塔宮護良親王が同寺に潜伏し、大般若の唐櫃(からびつ)に潜んで難を逃れた、などの話が残されている…

不動明王が乗っていて健康増進の霊験があるという「かんまん石」

よく見れば石の上に不動明王。

クラブツーリズムのお勧めツアーはこちら!

般若寺へのアクセス、行き方歩き方

住所:奈良県奈良市般若寺町 MAP
電話:0742-22-6287

近鉄奈良駅→奈良交通バス奈良阪・青山住宅行バス12分「般若寺」下車徒歩5分

長居植物園に秋がしのびよる

季節外れの高温の気候が続いているがそれでも季節は進んでいます。
長居植物園を訪れてみた。

長居公園の早朝の風景、太極拳を楽しむ人、読書に興じる人・・・・

ススキもやはり秋の季語。

「すすき」は「薄」とも「芒」とも書く。
  
花穂は始め褐色で横に開くが、やがて白色となってすぼみ、風に吹かれると動物の尾のように見えるようになる。
ゆえに、薄は尾花(おばな)とも呼ばれる。

ハナミズキの葉も紅く色づき始めている。

花壇ではマリーゴールドやらラベンダーなどが咲きそろい、散策する人の目を楽しませる。

コスモスの花壇ではママさんが記念撮影しようとしていますが、子供たちは素知らぬ顔。

ラベンダーにピントを合わせてみました。

槐(えんじゅ)の葉も色づいてきました。

パンパスグラスも今を盛りと・・・・

コスモス縁は多くの人で賑わっていました。

「秋桜」の字は、主に秋に咲き、花弁の形が桜に似ているところからの和名。

”コスモス(cosmos)”の語源は、ギリシャ語の「秩序」「飾り」「美しい」という意味の「Kosmos, Cosmos」の言葉に由来する。   
 
このことから、星がきれいにそろう宇宙のことをcosmosと呼び、また、花びらが整然と並ぶこの花も cosmosと呼ぶようになった。

夏の花、キョウチクトウがまだ頑張っている。

萩もそろそろ終わりかな。

静かに秋は忍び寄っています。

クラブツーリズムのお勧めツアーはこちら!

長居植物園へのアクセス、行き方歩き方

長居植物園公式サイト
長居植物園ブログ

住所:大阪市東住吉区長居公園1-23
電話:06-6696-7117

地下鉄御堂筋線「長居」下車 3号出口より東へ800m
JR阪和線「長居」下車 東出口より東へ1,000m
JR阪和線「鶴ヶ丘」下車 東出口より東南へ1,200m

六甲高山植物園に初秋を訪ねる2/3

今上天皇が皇太子時代に訪れた時に、園内に架けられた吊り橋には「プリンス・ブリッジ」と名づけられたが、その後老朽化により架け替えられた2代目が現在のプリンス・ブリッジである。
現在は吊り橋ではないが、木製の装飾により吊り橋の雰囲気を出している。

園内には昭和天皇の行幸記念碑が設置されており、また三代の記念植樹もある。
「プリンス・ブリッジ」の北東側の古い岩組みは高山植物園創設時に作られたものである。

キンミズヒキは、草丈1メートル程に伸びて、全株に長毛が密生しています。
葉は互生し、羽状の複葉で表面に腺点があります。

大小ふぞろいの小葉からなっていますが、根元につくものは大きくなります。
花は、夏から秋にかけ、長くのびた茎の上部に黄色5弁の小さなものを穂状につけます。

ミヤギノハギ
高さ、1-2mの落葉低木。紫紅色の花を8-10月頃に咲かせる。
よく園芸用として栽培される。

和名は、宮城県に多く自生することから、歌枕の宮城野の萩にちなんで命名された。
歌枕のほうは特定の一種を指すものではなく、宮城野に萩が生えている風景からきたものである。

アケボノソウ
湿地や林床などの、比較的湿った場所に生える。
2年草であり、発芽後1年目はロゼットのまま過ごす。
2年目に抽苔し、高さ80cm程度まで茎を伸ばす。

茎の断面は四角形で、葉は10cm程度の卵状で互生する。
ロゼットの根生葉は柄があるが、茎生葉は柄がないことが特徴的である。
9-10月の花期、分枝した茎の先端に径2cm程度の白い花をつける。
花は5弁で星型。

花弁には紫色の点と、黄緑色の特徴的な丸い模様がつく。
和名アケボノソウの名前は、この模様を夜明けの星空に見立てた名前。
別名キツネノササゲ。

サワギキョウ
茎の高さは50cmから100cmになり、枝分かれしない。
葉は無柄で茎に互生し、形は披針形で、縁は細かい鋸歯状になる。
花期は8月から9月頃で、濃紫色の深く5裂した唇形の花を茎の上部に総状に咲かせる。

花びらは上下2唇に分かれ、上唇は鳥の翼のように2裂し、下唇は3裂する。
萼は鐘状で先は5裂する。
キキョウと同じく雄性先熟で、雄しべから花粉を出している雄花期と、その後に雌しべの柱頭が出てくる雌花期がある。

タカネビランジ
南アルプス特産の多年草。
高山体の岩場に生える。

花色はごく淡い淡紅色のものと,鮮やかな紅紫色のものがある。
花は5枚の花弁が不均等に展開し,独特の形になる。
基準変種のオオビランジは,茎上部や萼が無毛で亜高山帯から低山帯に生える。

北海道礼文島の固有種。
礼文島の桃岩展望台や桃岩歩道などで見られる。

草丈は10~25cm。1本の花柄に数個~十数個の紫色の花を上向きに咲かせる。
花期は6~7月。
和名の由来は、礼文島でのみ見られるので。

ヒゴタイ
日当たりの良い山野に生える。葉はアザミに似て切れ込みがあり、棘を有する。
花期は8月から9月。花茎が1~1.5m程度直立し、その先に直径5cm程の青い球形の花が咲く。
これは瑠璃色の小さな花が球状にかたまって咲いたもので、写真のように一株に複数咲く。

ワレモコウ
草地に生える多年生草本。地下茎は太くて短い。
根出葉は長い柄があり、羽状複葉、小葉は細長い楕円形、細かい鋸歯がある。

秋に茎を伸ばし、その先に穂状の可憐な花をつける。
穂は短く楕円形につまり、暗紅色に色づく。

シラヒゲソウ、ひげを取ったらウメバチソウ。
ウメバチソウとシラヒゲソウは親戚です。
シラヒゲソウは少し湿り気がある場所にあります。

高さは10cm程度、秋に2cmほどのこんな花が咲きます。
カワラナデシコもそうですが、花びらの縁をなぜここまで細切れにするのでしょうか。
何か良いことでもあるのでしょうか。

フシグロセンノウ
花期は7-10月。
野草では珍しい色の朱赤色の花を、分枝した茎の先にまばらに数個付ける。

萼(ガク)は2.5-3 cmの長円筒状で5裂し、毛はない。
花弁は5個で長さ2.5-3 cmになる。
蒴果(サクカ)は先が5裂した長楕円形となる。

レイジンソウ
和名は伶人草で、花の形が伶人(舞楽の奏者)が被る冠に似ていることからつけられた。
高さ40-80cmになり、上部には密に短毛が生える。

オタカラコウ
花茎の高さは1mから2m程度になる。
根出葉はフキに似て長い葉柄があり、心円形で径40cmから60cmになり、葉の縁は鋸歯状になる。

茎につく葉の葉柄は茎を抱く。
花期は7月から10月で、茎の上部に黄色い頭花を総状につける。
総状花序の下から上へ開花していく。

植物園のアイドルとして可愛がられている小便小僧は昭和37年6月に誕生。
昭和40年10月には、ベルギーブリュッセルのグラン=プラス広場の小便小僧と義兄弟となりました。

ちょっぴり太めで裸の僕ですが、木枯らしが吹いて寒くなる頃には、「かぜをひかないようにね」と、マントを着せてもらいます。 

タカネナデシコ
ユーラシア大陸北部と、日本の北海道・中部地方以北の高山帯の岩礫地や草地に分布する。
基準標本はドイツのもの。
田中澄江が『花の百名山』の著書で斜里岳を代表する花の一つとして紹介している。

クラブツーリズムのお勧めツアーはこちら!

六甲高山植物園へのアクセス、行き方歩き方

六甲高山植物園公式サイト
住所:神戸市灘区六甲山町北六甲4512-150
JR神戸線「六甲道駅」からバス「六甲ケーブル下」~六甲ケーブル約10分~山上バス約10分「高山植物園」すぐ