秋の気配ただよう京都植物園

まだまだ暑い日が続くが植物園では秋の気配が感じられる。

日本語では、ススキの穂は、それを動物の尾に見立てて尾花(おばな)と呼ぶことがあり、ススキ自体もそのように呼ばれることがある。

この「尾花」はススキおよびススキの穂を意味する古名であり、奈良時代初期の歌人・山上憶良が『万葉集』(巻八 1538)にて「萩の花 尾花 葛花 撫子の花 女郎花 また 藤袴 朝顔の花」と詠んだように、古来、秋の七草の一つに数えられている。

また、馬の毛色で尾花栗毛(おばなくりげ)というのは、栗毛馬や栃栗毛馬であることに加えて鬣(たてがみ)や尾の長毛が白色のものを指す。

この白毛は遠目には金色に輝いて見えるため、その特徴を秋のススキの穂になぞられて呼ばれたものである。

江戸時代中期の俳人・与謝蕪村は「狐火の 燃えつくばかり 枯尾花」と詠んでいるが、こちらは、夜の野原にて風に揺らめく枯尾花の情景を、怪しく燃え盛るこの世のものならぬ狐火に譬えた俳句である。

ワレモコウ

源氏物語にも見える古い名称。
漢字表記においては吾木香、我毛紅、我毛香など様々に書かれてきたが、「〜もまた」を意味する「亦」を「も」と読み、「吾亦紅」と書くのが現代では一般的。

名の由来には諸説あるが、前川文夫によれば木瓜文(もっこうもん)を割ったように見えることからの命名という。

ほか、「我もこうありたい」の意味であるなど、様々な俗説もある。

別名に酸赭、山棗参、黄瓜香、豬人參、血箭草、馬軟棗、山紅棗根などがある。

ハグロトンボ

真っ黒の翅が、薄くらい藪や川のほとりをひらひらと飛んでいる姿が不気味。

俗にオハグロトンボと呼ばれてたりします。

名前は、実が熟して割れたさまが、人の「あくび」に似ていることから「あけび」に変化していった。
 
また、実は熟してくるとぱっくり口をあけたように 裂けることから、「開け実(あけみ)」→「あけび」になった、という説もある。

中国原産のヌマミズキ科カンレンボクは、強い生命力と多くの実をつけることから、子孫繁栄にたとえられる喜びの木として喜樹(キジュ)と呼ばれています。

雌雄同株で夏にクリーム色の花を咲かせ、秋になる実をつける。

でき始めの実はヤマボウシの実のようだが、徐々に小型のバナナのような風体に変化していく。

カピタータとホンコンエンシスの交雑から生まれた常緑のヤマボウシ品種。

ややクリーム色を帯びた大輪白花で、花と葉はともに大きく、自然ときれいな樹形にまとまる。

オトコエシは、オミナエシ科の多年草。
オミナエシに姿形は似ているが、花の色は白く、姿は遙かに逞しい。

オークサカーナマツ

メキシコ原産のマツの仲間の1種。
葉は線状でやや長めで垂れ下がる。

青花のスイレン、きれい。

アンブレラフワワー、毒マスクのように見えてしまいました。

キンシャチ、小さな花がかわいい。

バオバブは地球上に存在する最も大きな樹木ともいわれ、また、アップサイドダウンツリー(上下さかさまの木)として、ユニークな形でも知られています。

語源は:諸説あるが、アラビア語で果実が多いという意味のbu hobab に由来し、baobab に変化したと言われています。

アリストロキア アルボレアが開花しています。

多くのアリストロキア属がつる性であるのに対し、高さ3メートル程度のかん木になる種です。

一つの花の寿命は一週間程度ですが、株元につく花茎には次々と花が咲き、長期間楽しめます。
花は直径7センチ程度の頭巾のような形をしており、花色は茶色で、下部が白くなります。

原産地は、メキシコからエルサルバドルにかけての中央アメリカで、湿度の高い環境を好みます。

現在開花している株は、2000年9月にインドネシアのボゴール植物園からs挿し穂を譲り受けたもので、京都植物園では初開花。

また、アリストロキア アルボレアの開花は、花空間けいはんなについで国内2例目。

子宝草は、ベンケイソウ科・カランコエ属に分類される常緑性の多肉植物。

ベンケイソウ科の胡蝶の舞(コチョウノマイ)と子宝弁慶(コダカラベンケイ)を交配させて作られた。

その見た目から、子孫繁栄の象徴として子宝のお守りとされ、人気があります。
子株がたくさんついている姿は、葉の縁にフリルがあしらわれているな、不思議な形。

噴水の周りに虹が・・・そばで鳥が楽しそう。

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初秋の長居植物園


まだまだ暑い日が続きますが、空はすみわたり秋の到来を予感させます。

広葉樹の落葉が見られ始めました。

ハナミズキも色づき始めています。

長く楽しませてくれた蓮もそろそろ終わり。

マリーゴールド、群生もきれい。

カツラ、葉はハート型に似た円形が特徴的で、秋には黄色く紅葉する。
落葉は甘い香り(醤油の良いにおいに似ている)を呈する。

センダン、花が散ると緑色の実がなり、秋には黄色く色づきます。
落葉後にも長く実が残ります。

パンパスグラス、群生を見ることが多いが、こういうのもいい。

渓流にも秋色が。

ボタン園のそば、いつもの場所で彼岸花が咲き始めました。

ここの彼岸花はよそより早く咲き始めます。

小池の流れ込み、向こうにはメタセコイヤも見える。

小池の渓流に架かる橋。

ここも秋の気配。

キッコウチク(亀甲竹)はモウソウチクの突然変異で、稈の枝下部分の節間が交互に膨れており節が斜めとなった竹。

節が亀甲状に稈が連鎖した特異な形は観賞用に庭園へ植えられて珍重される。

京都特産と言われており、京都ではキッコウチクを収穫し火あぶりにより磨き上げた製品を京銘竹として京都府伝統工芸品の一つに指定している。

加工品は主に床柱・花器・結界など。
なおテレビドラマの「水戸黄門」に登場する水戸光圀の杖はキッコウチク製。

チシャノキも実をつけている。

オミナエシ

「萩の花尾花 葛花 瞿麦の花 女郎花 また藤袴 朝貌の花」山上憶良(万葉集・巻八 1538)

「手に取れば袖さへにほふ女郎花この白露に散らまく惜しも」不詳(万葉集・巻十 2115)

カリンもたわわに実をつけています。

ソテツは雌雄異体の植物、雄花は棒状に咲き、雌花は球状に咲く。

バタフライガーデンで、ツマグロヒョウモン(オス)。

秋の風情。

むかご、春から夏に伸びた山芋のつるに秋ごろ付き始める山芋の実。
炊き込みご飯などにするとほくほくとした芋の滋味深い味わいが楽しめます。

バタフライガーデンの裏手も彼岸花の咲く場所。

コスモスが咲き始めています。

スタペリア

花はヒトデ形で大きさは5cm~30cmと種によって異なる。

色は暗紫色や紫褐色、黄色などで斑点や横紋の入るもの、花にびっしりと毛の生えるものなどもある。

(風鈴仏桑花) は、大型の五弁花に細く深い切り込みがあり、後ろに反っているハイビスカスの一種の非耐寒性常緑低木。

花柄は、下に長く伸びて、先端付近には筒状の雄シベがついています。

ハイビスカスが、通常、一日花なのに対して、フウリンブッソウゲは何日も咲き続けます。

サクララン、ガガイモ科サクララン属(ホヤ属)に分類されるツル植物の総称。

葉っぱがランに似ていて、花が桜のようなピンク色をしていることから「サクララン」の和名がついた。

花は分厚く光沢があって、飴細工のような感じ。

コリウス

和名は金襴紫蘇(きんらんじそ)、錦紫蘇(にしきじそ)。

花は

『善良な家風』『健康』『かなわぬ恋』『恋の望み』『絶望の恋』

1年中きれいな葉っぱをつけることから「健康」という花言葉がつけられた。

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モネの庭マルモッタンの庭で見かけた花々

モネの庭は花好きにはたまらないスペースです。
真夏にもかかわらず多くの花を見ることができます、名前のわからない花もありますが一部を紹介します。

「花の庭」に隣接するフラワーハウスの中ではモネの庭を彩る花々の苗を育てています。

花の植え替えや睡蓮の株分け、台風対策やゆずの木の幹巻きなど、日々の花のお手入れもフラワーハウスのスタッフが行なっています。

咲き終わった花を摘み取ったり、当たり前のような毎日の水やりも、いつも花いっぱいの庭でお客様をお迎えするための大切な作業です。

ダリア
メキシコ原産。

ヨーロッパでは、1789年にスペインのマドリード王立植物園に導入され、翌1790年に開花したのが始まり。
1842年(天保13年)にオランダから長崎に持ち込まれたのが、日本への最初の到来となった。

名前不詳、アザミの仲間かなぁ。

ナツズイセン

和名は、葉がスイセンに似ていて、花が夏に咲くことから。
また、花期に葉がないことから、俗に「裸百合」とも呼ばれる。

エゾミソハギ

太鼓橋の左側に薄紫色に見えるのはエゾミソハギ。
湿地に咲く穂状のお花。

ミソハギ  と良く似ているので、区別が難しいが、違いは、葉の付け根の部分が、茎を包むようになることと、茎の四隅が張り出し、四角形に見えること。

名前はエゾと付いているが、日本全国で見られる。

リコリス

リコリス属の仲間には、秋の彼岸のころになると、あぜ道などに群生して咲くヒガンバナ(マンジュシャゲ Lycoris radiata)がありますが、リコリス属は種類が多く、早い種類は7月から、遅い種類では10月から開花します。

多くは日本や中国に広く分布していて、日本には帰化した種も含めて、シロバナマンジュシャゲ(L. albiflora)、キツネノカミソリ(L. sanguinea)、ナツズイセン(L. squamigera)、ショウキラン(L. aurea)などが自生または栽培されています。

いずれも開花期間は1週間ほどと短い。

出葉時期は種によって異なり、早春に出葉するもの(キツネノカミソリ、ナツズイセン、インカルナータなど)と秋に出葉するもの(ヒガンバナ、シロバナマンジュシャゲ、ショウキランなど)がありますが、いずれも初夏になると葉はすべて枯れます。

シロバナマンジュシャゲ

シロバナヒガンバナとも呼びます。

秋咲きの球根植物でヒガンバナの雑種とされます。
定説ではヒガンバナ〔L radiata〕とショウキラン(ショウキズイセン)〔L. traubii (L. aurea)〕が自然にかけあわさってできた、とされています。

日本のヒガンバナは不稔性(タネができない)なので、稔性(タネのできる)のある中国原産のコヒガンバナ〔L. radiata var. pumila〕が親とも言われています。

ヒオウギ。

ジンジャー

ショウガ科の多年草。インド・マレー原産。観賞用に栽培。

全形はショウガに似るが、秋、心から高さ1.5メートルほどの花茎を出し、白または黄色で香りのよい花をつける。
花縮砂(はなしゆくしや)。

ルドベキア

北アメリカ原産ですが、一部では野生化しているほど丈夫な花。

初夏から秋までの長い間、明るい黄花を咲かせ続けます。花の大きさは品種により大小様々で大きいものは15cm以上になります。

咲き方も様々で一重のほか、八重咲きや蛇の目咲きなどがあります。花芯が濃い色のものが多く花弁とのコントラストが美しい。

タマアジサイ

山地の谷川沿いに野生し、よく分枝して高さ1.5mになる。
若枝は淡緑色で、微毛と剛毛とがとが密生する。

8~9月、枝先に散房状花序を出す。アジサイの仲間では花の時期が遅い。

ユリ

園内いたるところでたくさん見かける。

北半球のアジアを中心にヨーロッパ、北アメリカなどの亜熱帯から温帯、亜寒帯にかけて広く分布しており、原種は100種以上、品種は約130品種(アジア71種、北アメリカ37種、ヨーロッパ12種、ユーラシア大陸10種)を数える。

日本には15種があり7種は日本特産種。

山岳地帯を含む森林や草原に自生することが多いが、数種は湿地に自生する。

代表的な種に、ヤマユリ、オニユリ、カノコユリ、ササユリ、テッポウユリ、オトメユリなどがある。

ムクゲ

夏から秋にかけて白、紫、赤などの美しい花をつける。

花期は7〜10月。花の大きさは径5〜10cm、花芽はその年の春から秋にかけて伸長した枝に次々と形成される。

白居易の詩の誤訳から一日花との誤解があるが、朝花が開き、夕方にはしぼんで、また翌朝開くものもあるが、たいていはそのまま翌日も開花し続け、一重のもので2〜3日、八重の長く咲くもので2週間くらい一輪の花を楽しめる。

名前不詳。

名前不詳。

サルビア・ガラニティカ

南米のブラジルからアルゼンチン原産。
ブルー花を初夏から晩秋まで咲かせる。

寒くなると株元に越冬芽が出来る。株元保温で-8℃位まで耐える。

名前不詳。

モミジアオイ

北米原産。背丈は1.5~2mくらいで、ハイビスカスのような花を夏に咲かせる。
茎は、ほぼ直立する。

触ると白い粉が付き、木の様に硬い。
同じ科のフヨウに似るが、花弁が離れているところがフヨウと違うところ。

和名のモミジアオイは、葉がモミジのような形であることから。

コリウス

草丈30cmくらい。

葉は平滑なもの、深い切れ込みの入ったものや縮れのあるものなどがあり、葉の色はえんじ色・オレンジ・明るい黄色・サーモンピンクなど、レインボー系と呼ばれる、それらの色に緑の縁取りのついたものがポピュラーである。

観葉植物として鉢物にするが、花壇に植えることもできる。
通常は、春に種子を播いて殖やすが、さし芽もできる。

温帯では一年草として扱うが、原産地では宿根草である。
このため冬に暖かい室内などに入れておけば越冬できる。

アサガオ

日本への到来は、奈良時代末期に遣唐使がその種子を薬として持ち帰ったものが初めとされる。

アサガオの種の芽になる部分には下剤の作用がある成分がたくさん含まれており、漢名では「牽牛子(けんごし)」と呼ばれ、奈良時代、平安時代には薬用植物として扱われていた。

和漢三才図会には4品種が紹介されている。

なお、遣唐使が初めてその種を持ち帰ったのは、奈良時代末期ではなく、平安時代であるとする説もある。
この場合、古く万葉集などで「朝顔」と呼ばれているものは、本種でなく、キキョウあるいはムクゲを指しているとされる。

オミナエシにチョウが。

オミナエシ(女郎花 Patrinia scabiosifolia)は、合弁花類オミナエシ科オミナエシ属 の多年生植物。
秋の七草の一つ。チメグサ、敗醤(はいしょう)ともいう。

すすきの仲間であろう、秋の到来を思わせる。

ハナトラノオは夏から秋にかけて、全国いたるところでよく見かける花。

優しいピンクの花が群れ咲く様子は、残暑の中でも、つかの間の涼しさを感じさせてくれます。

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モネの庭マルモッタン ギャラリー・カフェ


エントランスブリッジ。

駐車場から続くエントランスブリッジでは、バラのアーチがお迎えします。

クロード・モネ。

ギャラリースペース

「睡蓮」をはじめとするモネの名画(複製)が並ぶギャラリースペース。
モネの庭の四季折々の姿を写した写真展も行なっています。

草原を散策するカミーユとジャンを下から眺めるようにして描いた作品。

1890年、モネは「このような家もこれほど美しい地方も二度と見つからないことを確信てjジヴェルニーの家と土地を購入し、終の棲家とした。

水連と室内の映り込みの虚実の世界。

天窓から自然光がそそぐ明るい雰囲気の中で庭の中心部にあるギャラリー・ショップは、ジヴェルニーのモネのアトリエと家をモチーフにデザインされています。

緑色の鎧戸、レンガ色の外観は、モネの家そのもの。
館内のギャラリースペースでは、モネの絵画(複製)やモネの暮らしを伝える展示品、画集やガーデニングに関する書物、映像を見ることができる。

フローラルホール

2011年にオープンした多目的ホール。
ギャラリーを兼ねた展示スペースになっています。

維新志士 中岡慎太郎&印象派志士 クロード・モネ 展が開催されている。

同時代を生きた日仏の志士たち。

モネは庭づくりに情熱を傾けたばかりでなく、料理にも深い造詣を示し、ジヴェルニーのアトリエで様々な創作料理を作りました。

キッチンやダイニングなどのインテリアも自らコーディネイトしたり、オリジナルの食器をデザインするなど、アートのある暮らしを実践しました。

2017年4月にリニューアルオープンしたカフェ「モネの家」は、彼が暮らした家をモチーフにしたカフェです。

地元食材を使ったメニューやドリンクなどが楽しめます。

本日の昼食は、白身魚の香草パン粉焼きランチセット

モネレシピのタルタルソース、北川村ゆずソースなど4色ソースとともにいただきました。

落ち着いた雰囲気の店内と高知の自然が一望できる景観の中でゆっくりと過ごす。

ショップスペースでは、モネを中心としたミュージアムグッズ・オリジナル商品をはじめ、ガーデニング雑貨、北川村特産の柚子を使った商品や地元のお酒など豊富に取り揃えています。

ショップではモネゆかりの品々が求められる。

あちらもこちらも睡蓮の池をモチーフにしたデザインであふれる。

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モネの庭マルモッタン 花の庭


展望デッキから見下ろすと、左手に見えるのがバラアーチ。

その足元にはオレンジ色のナスタチウム、さらに左手には絵の具箱のような花壇が広がり、空間の広がりを演出しています。

サルビアの赤が見事。

画家のパレットのなかの色あわせを思わせるような庭は季節の花たちが彩り、バラのアーチやノルマン囲いの造形と、花壇ごとに花色を変えたり、混植にして取り合わせを楽しめるようになっています。

季節がいつも同じではないように気候により変化する植物たちの取り合わせは、私達に見るたび新しい風景で感動を与えてくれます。

いくつの花が見えましたか、花好きにはたまらない空間です。

噴水を配して涼やかな絵に出、猛暑の中わずかに量を感じる。

チョウが忙しく飛び交う。
朝のテレビニュースで見た、幸せを呼ぶというハチ、ブルービーは見つけることができませんでした。

猛暑の中作業は大変です。
すれ違いざまさわやかな笑顔を残してくれました。

庭の植栽を担いでいる場所。
モネの庭で育てた苗などの販売もしています。

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モネの庭マルモッタン 光の庭

世界で唯一、本家より「モネの庭」の名称を許可された施設です。
この庭は本家フランスには存在しない世界で1つの「モネの庭」です。

海や山の借景も庭の一部と考え、高知の自然のなかで、どこにも存在しないただひとつのモネの庭として2008年誕生。

43歳の頃にルノアールと旅した地中海。
その旅でモネは多くの絵を描いています。

「光による色彩」に強い印象をうけたそれらの作品はその後の創作活動を知るうえでの重要なポイントだと言われています。

その描かれた風景、旅と作品をテーマとして庭を造るという世界でも初めてのプロジェクトが本家「モネの庭」の庭責任者ジルベール・ヴァエ氏の発案と協力により実現。
それが「光の庭」です。

メタセコイヤの林の中ユリが咲いています。
ユリはこの時期随所で見かけました。

光の庭へは遊びの森を抜けていきます。

水の庭とは一転し、緑でゴツゴツと乾いた感じの植物が多かった。

オリーブやハーブ類、ヤシ類、ソテツ、アロエ、ユッカ、リュウゼツラン、ジャスミン、ブーゲンビリアなどの地中海の植栽と、柚子をはじめとした柑橘類、堆金菊、ジャケツイバラ、シオ菊などの身近な植栽をあわせる事で、高知ならではの庭造りを続けています。

50年に一度しか咲かないと言われるリュウゼツランが咲いているとの掲示を見つけ、そのあたりを探し回ったが見つけることができず。

帰ってネットで検索、あああの花だったのか、背の高い花で逆光で絵としてはいまいちかなと思い撮らなかった花です、残念。

高台にある風の丘展望台への道、あまりにも暑く、途中で引き返す。

遊びの森を抜け、昼食へと向かう。

光の庭を筆のタッチでイメージしてみる。

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モネの庭マルモッタン 水の庭

念願のモネの庭に来ました。
青春18切符で列車を乗り継いで。

モネは生涯の祈り返しの年にあたる1883年、ジヴェルニーヘ移り住んだ。
当初、モネと息子たち、そしてオシュデ夫人とその子どもたちは借家に住んでいたが、90年には屋敷と土地とを購入している。

家族から離れていたエルネストーオシュデが91年に亡くなると、翌年、モネはアリスと正式に結婚した。

93年には自宅に隣接した土地を入手し、池の造成着手する。
やがて睡蓮の池とその周囲の小径、そして草木の茂みが整備されて「水の庭」と呼ばれるこの場所は、膨大な「睡蓮」の作品群の舞台となっていく。

「水の庭」を描いた「睡蓮」の作品群はおよそ300点にも及び、画家の生涯の全制作数の七分の一を占める。

「睡蓮」の割合は年を追う毎に増し、1895年以降の制作数ではほぽ半数、第一次世界大戦後の作品のほとんど全数が「睡蓮」である。

1890年、モネはジヅエルニーの家と土地を2万2000フランで購入した。

そして、果樹園の樹木を伐採して、四季折々の花咲くっ花の庭」を、その3年後には、土地を買い足して「水の庭」を造り始める。

もともとオモダカや睡蓮の自生していた池を、モネは日本風の庭園へと生まれ変わらせた。
太鼓橋を架けて藤棚をのせ、橋のたもとには菖蒲やかきっばたを植え、池のほとりには柳や竹林を配する。

太鼓橋から見た睡蓮の池。

この連作では池と太鼓橋が描かれ、睡蓮の茂みが水面を覆い尽くしているが、ところどころの睡蓮の葉の隙間に樹木が反映している。

そしてこ水の庭」は、改良を重ねつつ、30年以上もの問、モネのインスピレーションの源であり続けたのである。

太鼓橋からの景色、藤棚のフジを少し入れてみる。

積み藁、ポプラ並木、ルーアン大聖堂……しヽくつもの連作に取り組んだモネが最後にたどり着いたのは[水]、そしてその反映の風景だった。

ジヴェルニーの「水の庭」をモチーフに、倦むことなく「睡蓮」を描き続けたモネ。
その情熱は、死の直前まで続いた。

モネが視力の悪化に気づいたのは、1908年頃とされている。
そして1912年には白内障と診断されたが、モネは手術を先延ばしにしていた。

当時の白内障手術は、多くの苦痛と困難を伴うものだったからである。

しかし、着実に進行していく白内障から失明の危機にまで陥ったモネは、1923年、ついに周囲の説得に応じて、手術を決意。

かろうじて視力を回復したのだった。

そして、「声が出なくなった歌手は引退します。

白内障の手術を受けた画家は描くのを諦めるべきなのでしょう、私にはとてもできないことですが」と主治医への手紙に綴りながらも、その3年後に控えた死の直前まで「睡蓮」に取り組み続けたのであった。

モネの愛した庭として有名なフランス、ジヴェルニーにある《モネの庭)。

彼は43歳から生涯の半分をこの庭とアトU工のある邸宅で過ごし、創作以外の時間を庭仕事に充てていたといいます。

そうしたクロード・モネの思いを高知の自然の中で再現したのが北川村「モネの庭」マルモッタン。
当園は世界で唯一、本家より「モネの庭」の名称を許可された施設です。

睡蓮は彼が晩年最も情熱を注いだモチーフのーつで、様々な色や品種のものを栽培してきました。

その中でどうしても咲かせたかった夢の「青い睡蓮」。
熱帯性である為に、気温の低い北フランス/ノルマンディー地方のジヴェルニーではついに花開くことはありませんでした。

私たちはモネが苗を仕入れていた所と同じ南フランスにある水性植物園から、十種類あまりの苗を持ち帰り大切に育てた結果、ここ南国土佐の眩しいひかりを受け、見事に花を咲かせることが出来ました。

モネが夢みた青い睡蓮

当園で咲いている睡蓮のほとんどは、連作「睡蓮」の舞台となったフランス/ジヴェルニーの「モネの庭」から株分けされたものです。

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近づく実りの秋

住吉っさんの御田の稲の花が咲いているという情報を聞き、早速取材に訪れた。

きれいに花が咲いています。

7月中旬に茎の中に穂が出来てから、だんだん成長し8月10日頃になると茎の中から出てきます(出穂【しゅっすい】)。

いねの一生の中で穂の出る10~15日前が最も大切な時期で、この時期に低い気温や強い風が吹いたり、旱魃【かんばつ】にあったりすると、稔らないもみが出て収量と品質が低くなります。

いねは穂を出してから5~7日程度で、すべての籾【もみ】が花を咲かせて授粉【じゅふん】が終ります。
授粉した籾【もみ】は10日位で胚【はい】や胚乳【はいにゅう】ができ、子房【しぼう】がふくらんで稔っていきます。

少しアップしてみよう。
画像をクリックするとさらに拡大できます。

実りの秋の近づきを感じます。

6月14日13時~お田植え神事

稲作の始まりとともに、田んぼの神さまを祭る田植え行事は全国各地で行われています。
なかでも、住吉では儀式を略することなく、当時と同じ格式を守り、華やかで盛大に行っている祭りとして有名です。

神功皇后が田んぼを設け、御田を作らせたのが始まりだといわれています。
母なる大地に植付される苗には、強力な穀霊が宿るものとして考えられていました。

田植えに際して音楽を奏で、歌をうたい踊りや舞を演じるのは、田や植付する苗に宿る穀物の力を増やすためです。
穀物が豊かに育ち、稲穂が十分に実る秋を迎えるための儀式として、今でもおごそかに行なわれています。

以前掲載したお田植え神事の記事があります、ご覧ください。

住吉大社お田植え神事2013
社伝によれば、千七百六十余年の昔、神功皇后が大社を御鎮祭の後、長門国から植女を召 … 続きを読む →

10月17日10時~宝之市神事
御田で刈り取りのお祭りを行い、引き続き本宮にて刈り取った初穂と五穀を神前にお供えする神事が行われる。

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真夏の温室は天国

真夏の京都植物園の散策、とりわけ温室は空調が効いていて天国です。

ツンベルギア マイソレンシス

フジのような房に、花が10輪ほど咲きます。
赤と黄色のコントラストと口をあけたような花姿が独特です。

ネペンテス(ウツボカズラ)

ボルネオなど赤道近くの東南アジアを中心として、ニューカレドニア、北オーストラリア、マダガスカルなどに分布するつる性の食虫植物。

葉っぱの真ん中を縦に走る脈(中肋)が長く伸び、その先端がつぼのようにふくらんで捕虫袋になります。
そこに落ちた虫は消化されて栄養になります。

属名のネペンテスはギリシア語で「憂い・悲しみを消す」と言う意味ですが、由来は不明。

和名のウツボカズラは捕虫袋が矢を入れる「靫(うつぼ)」に似ているところから付きました。
カズラはつる性植物のことです。

ペリカンバナ

属名のネペンテスはギリシア語で「憂い・悲しみを消す」と言う意味ですが、由来は不明。

フウリンブッソウゲ(フウセンブッソウゲ、チョウチンブッソウゲとも言う)が風にゆれてかわいい。

アリストロキア・サルバドレンシス

ウマノスズクサ属の非耐寒性常緑小低木。

地面に沿って花茎が伸び、濃い赤褐色の映画「スター・ウォーズ」の悪役「ダース・ベイダー」に似ていると話題を呼んでいる。

中米原産の「アリストロキア・サルバドレンシス」という名前の植物で、見頃は1月下旬までだという。

キンシャチ

野生の状態では著しく稀で、IUCNレッドリストの「絶滅寸前」(絶滅危惧IA類)に指定され、わずかにメキシコ中央部のイダルゴ州やケレタロ州に自生する。

本種は火山岩だらけの切り立った渓谷や高度1400m前後の環境で群生している。

サボテン科、ヒモサボテン(ヒロケレウス)属

夜咲きですが、昼夜逆転室で特別に照明を逆転させて昼間に咲かせてくれたので見ることができます。

花後45日ほどで、ドラゴンフルーツといわれる実がなります。

ナツエビネ

ラン科の常緑多年草。
小さな偽鱗茎(りんけい)が数個連なる。

葉は新球から3~5枚出て、狭長楕円(だえん)形、長さ10~30センチメートル、縦のしわが目だち、先端はとがる。

セダム・バートラムアンダーソン

株全体が濃赤色で、ほふくした茎の先端に濃ピンク花を咲かせる。

エーデルワイス、エーデルヴァイス、エーデルバイス (ドイツ語: Edelweiß) とは、植物の名。
直訳すると「高貴な(気高い)白」

オーストリアを称える内容から、オーストリアの国歌、あるいは民謡と勘違いされる事がしばしばある。

エーデルワイスの花言葉
『大切な思い出』『尊い思い出』『勇気』『忍耐』

特に「大切な思い出」という花言葉は、天使と登山家の叶わぬ恋のエピソードに由来しています。

登山家はある日、地上に舞い降りた天使に恋をしてしまいました。

しかし、この恋が叶わないことに苦しみ、天に向かって「この苦しみから救ってほしい」とお願いをします。

すると天使がエーデルワイスの花を地上に残し、天に帰っていったというお話です。

芥子という表記は本来カラシナを指す言葉であるが、ケシの種子とカラシナの種子がよく似ていることから、室町時代中期に誤用されて定着したものであるとされる。

日本では Opium poppy など Opium 産生植物はあへん法で栽培が原則禁止されている種に指定されており、厚生労働大臣の許可を得ずして栽培してはならない。
Opium とはアヘン、麻薬の意味である。

風情のある花だなと思い撮影、後で調べようと思ったがわからず。

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水辺は鳥たちの天下

京都植物園、なからぎの森の池は鳥たちの天国です。

涼しそうに泳いでいるのを見ると羨ましくなる。

見ていると時々追いかけっこをしたり楽しそうに遊んでいます。

テラスにはそれを見守る人たちがいます。

さっきは飛んでくれたのだが、狩りの体制。

熱帯性のスイレンが元気。

オオバミズオジギソウ

オジギソウは触るとすぐに葉を閉じますが、この種類はさほど敏感ではなく、触ってもすぐに葉を閉じず、何回も触っているとゆっくりと葉が閉じてきます。

オジギソウと同じく、やはり日が暮れると葉が閉じて眠ります。

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