間もなく一番きれいな時期を迎えます 大阪城梅園


間もなく暦の上では雨水、昔から農耕の準備を始める目安とされてきた。

大阪城梅園の花の期間は長く12月下旬から3月中旬まで。

梅園が一番きれいな時期は2月下旬~3月上旬とされる。

梅園は画像の右側、雁木坂を下ったところにあります。

梅林は「市正曲輪」という場所にあります。
豊臣時代に秀頼の後見人であった片桐市正(いちのかみ)且元の屋敷のあった場所。

江戸時代には城内警備に当たる大番職を助勢する加番職のための三つの屋敷(加番小屋)が南から順に立ち並んでいた場所でした。

しかし戊申戦争の折りに全て焼失しており残っていません。

梅は、大阪万博後に北野高校同窓会から22品種880本を寄贈されたことに始まります。
それも現在では100品種1270本を超える梅の数となり、様々な種類の梅が楽しめるスポットとなっています。

一重野梅(ヒトエヤバイ)

金獅子(キンジシ)

金獅子の名はその枝振りが唐獅子の頭髪に似ているところから付けられ たようです。

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春を待つ 長居植物園2


まだまだ冬の気配の植物園、あちこちと春を探してみる。
小池のほとり、クリスマスローズを見つけた。

渓流のほとりではニホンスイセンが咲き誇る。

撮るならやはり逆光だ。

シャクナゲ園の向こうには蠟梅がさいていた、春を待ちかねたカメラマンが群がる。

ジュウガツザクラも頑張っている。

山茶花は花盛り。

ユキヤナギが気を付けてみないと見逃すほどのかぼそさで咲いている。

ギョリュウバイ、冬から春にかけて、赤や、ピンク、白色の小花が枝に沿ってたくさん咲く。

ニュージーランドとオーストラリア南東部原産。
蜂蜜の蜜源としても好まれ、蜂蜜はマヌカハニー(英: Manuka honey)と呼ばれている。

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春を待つ 長居植物園


長い冬、人は春を待ちわびる。
少し暖かい日があると公園へ春を探しに出かける、まだまだ紅葉を維持するフウを見かけた。

ハツユキカズラも紅葉している、まるで秋の風景を見ているよう。

水辺は落葉と枯れ葉、ここはまだ冬。

ススキも秋の風情だ。

しかし、今日は少し暖か、小鳥たちは盛んにえさをついばむ。

暖かい日向では猫が昼寝、みんな春を待っているのだ。

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すっかり冬支度の梅北 新・里山


木漏れ日の清々しい小径をたどっています、ここは梅北 新・里山。

兄弟分の「中自然の森」が紅葉見頃なのに対してこちらは木々の葉も落ちてしまって早くも冬支度。

コナラやクヌギなどの広葉樹は葉を落としてしまった。

ここで人間はもちろんのこと野鳥、昆虫や植物など、いろいろな生き物が関わりを持ちながらともに成長し、都市環境と自然の融和を目指している。

森の中にさりげなく、彫刻が置かれていました。
今は人工のものと分かりますが、時がたつと、聖霊になるのかも。

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大阪で一番最後まで紅葉が楽しめる 梅北中自然の森


訪れたのは12月20日、よそでは殆ど紅葉は終了していますがここ中自然の森はまだご覧の通りの見ごろ。

新梅田シティという大都会の中で、こんな森が広がっているのは意外と思う方も多いのでは。

ここには多くの人々が自然を模した環境を再構築しています。
それは花野、中自然の森、希望の壁の3つです。

あたかも鎮守の森であるかのようにこんもりと繁った中自然の森には、に約50種2,100本の樹木が育ち、その中には滝・せせらぎ川の流れ・池へと変化する水辺が造られています。

ここは蝶はいませんが、案内板にあるように、聖霊を感じる人もいるかもしれません。
それはともかく、都会の中で、花野とはまた違った雰囲気があります。

樹木の間を流れるせせらぎでは6月にはホタルが舞うなど水辺の生物が生息し、豊かな自然の営みが満ちあふれています。

そこの案内板には
いにしえの日本人が、森に神を感じたように、現代のわたしたちも未来都市、新梅田シティの中で、森の持つ聖霊や畏怖を感じたいものです。

(中略)これは現代の鎮守の森と言えます。(中略)この森は100年、200年と育っていくのです。」

この2つの庭は水路でつながって水が循環しています:列柱滝→渓流(中自然の森)→地下水路→噴水(銀河の泉)→運河(光のプロムナード)→花うず→地下水路→小川湧出口(まぼろしの泉)→花野のせせらぎ→地下水路→列柱滝。

そして夜ともなると付近では皆さんイルミネーションに夢中ですが、ここではご覧の通り紅葉のライトアップが楽しめます。

向こうにイルミネーションが見えていますが喧騒の渦です。

喧騒のすぐ傍にこんな静寂な環境があるて・・・・・

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古墳の町 上中まで歩く


昨夜のトラフグの宴会が尾を引いています。

全員昼食はいらない!!と 時間が余ってしまい結局バス停二つ分歩くはめに。

前方の山は冠雪しています、越前方面の山か。

天気も良くいい景色を眺めながら・・・

柿の実ひとつ。

こちらは吊るし柿、田舎の風情だ。

ピラカンサもきれい。

上中駅は相対式ホーム2面2線で交換設備を有する地上駅。
敦賀地域鉄道部が管理し、自治体が窓口業務を受託する簡易委託駅でありながら、みどりの窓口(営業時間7:00 – 18:00)も設置されている(e5489サービスによるきっぷの受け取りは不可)。

窓口は上りホーム側に面した南口側に設けられている。
駅舎は2005年(平成17年)3月3日に改築された。

福井県内の駅では最初にエレベーターが設置された駅(その約1ヵ月半後、福井駅には高架化工事完成と同時にエレベーターのほか、福井県内の駅では初のエスカレーターも設置された)。

JRバスはここから山中に分け入り、熊川宿を経て近江今津に至る。

ここ上中は古墳の町。

若狭(上中地域)の古墳と継体大王の擁立

5世紀後半の西塚古墳(福井県若狭町)からは金製の耳飾や金銅製の馬具が出土しているが、特に大加耶地域を中心に、ヤマト政権を介した外交によりもたらされた遺物と考えられている。
 
それが、5世紀末から6世紀前葉にかけての「十善の森古墳」(福井県若狭町)築造の時期には、金銅製の冠帽やガラス玉など百済産と考えられる遺物が出土するようになる。

この時期がまさに継体大王擁立の時期、つまりヤマト政権の不調和の時期に相当し、遺物の内容からも若狭の豪族が独自に朝鮮半島との交流をもった可能性が高いと考えられる。
 
さらに、継体朝から欽明朝にかけては再びヤマト政権の中央集権体制が強化される時期である。

若狭においては、6世紀中葉から首長墓が前方後円墳から円墳にいち早く変化している。

ここからの出土品は、画文帯神獣鏡や馬具など、全国的に見られるものとなっており、ヤマト政権の介入を古墳の形態と出土遺物からも読み取ることができる。
 
今城塚古墳(大阪府高槻市)に近い梶原1号墳からは、剣菱形の馬具が発見されており、十善の森古墳や丸山塚古墳(ともに福井県若狭町)からも類似したものが発見されている。

また、6世紀前半から中頃に築造された、下船塚古墳(福井県若狭町)などの埴輪は、尾張地方の古墳と類似しており、継体朝との関連が推測されている。

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名水百選 瓜割の滝


天徳寺縁起によれば、今からおよそ1300年前の養老年間、加賀・白山を開いた泰澄大師が当地宝篋ケ嶽に上り、馬頭観音像一躯を刻んで山腹の岩窟に安置し去ったことを以て寺の起こりとしている。

起源を、門前の湧き水の水神に対する強い信仰によるものとする説もある。

すなわち、水源地である水の森に祀る水神(ここでは不動明王)に対する近郷の信仰は篤く、旱魃の際に近郷こぞって雨乞いの祈願をした記事がいくつかの史書に見えることからも水神信仰に起源をおいたことは明らかというものである。

瓜割の滝上方の山道を100メートルほど進んだところに四国八十八ケ所石仏霊場がある。
ここは江戸・文化年間、時の住持本如上人が空海(弘法大師)の夢告を受け造営したもので、佐渡島で彫られた石像88体が安置されている。

かつて若狭から出た作家水上勉はその随想集の中で「石仏で名高い天徳寺。石仏は石段をあがりつめた山腹だが、四国八十八ケ所石仏といわれている。(中略)枝の混んだ杉、檜の木の木もれ陽の中で、静かに正座しておられる石仏をみていると、暗い奥山だけに、幽邃である。天徳寺は、また湧き水で名高い水の森があり、この石仏群のしじまのへ水音はきこえてくる。

若狭は、やはり仏の国だと思う」と言った(『若狭路』)。

柵内の岩の割れ目から湧き出す水量は、一日4500t。

水温は12度。冷たい水で瓜が自然に割れたという故事からその名がつけられた。

滝周辺は元々「水の森」と呼ばれる修験者の修行地で、また朝廷の雨乞いを司る祈祷所だったとされる。

また、水中には紅藻植物のヒルデンブリンディアリブラリス(Hildenbrandia rivularis、ヒルデンブリンディア属(英語版)の一種)が繁殖しているため、水中の石が赤く染まっている。

平成18年1月には、ふくいのおいしい水に認定された。

この冷たい湧き水を瓜割清水と呼び、それが滝のように落ちるから総体に瓜割の滝と呼んでいる。

江戸・元禄期に小浜藩から出た『拾椎雑話』という地誌書に「天徳寺門前に岩窟より湧出する清泉あり。

此所を水の森といふ。夏の日には其の冷なること氷のごとく、水中の小石を十拾い取るものなし。

瓜ひやし置かはおのつから破るに俗に瓜割水と呼」とあり、古来、この水がいかに冷たい水として周辺地域に知られていたかが窺える。

和歌森太郎編『若狭の民俗』によれば「この湧き水を中心に寺が出来、ムラが出来た」という。

それによれば、「天徳寺の所在地が、村氏神の岩上神社発祥の地、水の森に近く、集落を足下に控える渓口に位置し、かつその寺名を集落の名称としているところから、この寺が集落成立の草分け的役割を担った」という。

境内の杉や檜の群立する通称水の森と呼ばれる一角に湧く冷水、昭和60年、当時の環境庁が全国名水百選に選定した。

熊川宿、小浜を訪れる人は多いがほとんどの人が瓜割の滝は素通りだろう。
もったいないことだ。

ただ、環境保全の面からは願ってもないことだ。

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古刹 明通寺 紅葉2017

山号は創建当初棡木で本尊薬師如来を彫ったことから棡山といいます。真言宗御室派。

朝日が射し境内を照らす。

京都の清水寺も創建した坂上田村麻呂公が、大同元年(806)創建したと伝えられる。

三重塔は、文永7年(1270)建立の、初層平面方三間(4.18m)総高22.12m、桧皮葺木造三重塔婆。

全体的なバランスの良さや組ものの精密さなどから、高度な建築技術を駆使しており、国内でも鎌倉建築を代表する建造物。

爽やかな冷気が山内に満ちている。

国宝の本堂は、正嘉2年(1258)に建立された、入母屋造桧皮葺、桁行5間(14.72m)・梁行6間(14.87m)の建物。

木漏れ日に散りモミジ、いい風情です。

大伴家持の妻・恋人
 
かつて若狭の国府が置かれた小浜は、まるでこの町を優しくつつむような後瀬山に護られている。
 
後瀬とは、「後に逢瀬」を連想させ,国府小浜が比較的都に近いこともあって,その名は通っていたようである。
 
表題歌は、恋愛関係にありながら,別れたものの10年ほどの後に夫婦になったと言われる家持の妻の歌である。
 
これには、家持の返歌(万葉集巻4-739)がある。       
  後瀬山 後も逢はむと 思へこそ 死ぬべきものを 今日まで生けれ

こちらに後瀬山城の訪問記があります。
若狭武田氏の拠点 後瀬山城
後瀬山城はJR小浜駅の南西に聳える標高168m程の山に築かれている。 現在主郭に … 続きを読む →


木漏れ日と苔むした石組、そして紅葉、いい取り合わせだ。

山間部で陽が昇るのが遅く、ちょうど訪問時にはあちらもこちらも朝日が射して清々しい。

こちらのお堂には不動明王立像が祀られている。

立ち去りがたく、鵜黒を振り返りながら辞した。

明通寺の過去の訪問記

若狭の古刹・名刹 明通寺
明通寺は、福井県小浜市門前にある真言宗御室派の寺院。 山号は棡山(ゆずりさん)。 … 続きを読む →

坂上田村麻呂公の創建と伝わる明通寺
明通寺は、福井県小浜市門前にある真言宗御室派の寺院。 山号は棡山(ゆずりさん)。 … 続きを読む →

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お水送りの寺 神宮寺


お水送りの寺としてあまりにも有名だが紅葉もなかなかのもの、陽の射す表門より入る。

振り返るとはるか向こうまで参道が続く。

仁王門までは数100mある。

仁王門(北門) – 鎌倉時代末期再建。間口6.37m、奥行き3.64m、棟高5.5mの単層屋根、切妻造、二軒和様杮葺八脚門。至徳2年(1385年)造立の木造金剛力士像を一対を安置。

こちらはお水送りの記事ですが、仁王門から案内しています。
春先取り 火と水が織りなす荘厳の世界 お水送り
天平勝宝 4年(752)インドの渡来僧・実忠が二月堂の建立の時、修二会を催して全 … 続きを読む →


表門をくぐるとすぐに本堂。

本堂は、室町時代末期の建築で 入母屋造 檜皮葺の屋根、和洋唐様天竺様の3様式折衷建築物。(重要文化財) 

本堂の正面には、お寺にもかかわらず、鈴 と 注連縄 が掛かっています。(正月にかけ直す)   
仏教徒といいながら、毎朝 お水を神棚にあげて、柏手を打って拝礼する。

本堂右手は茶室。

本堂 – 室町時代は天文22年(1553年)越前国守護朝倉義景による再建。

間口14.34m、奥行き16.60m。建築様式は、和様を主体とする折衷様。建坪は110坪。

本堂横の紅葉。

本堂から庭を。

朝日が影絵のよう。

苔の庭に散りモミジ。

閼伽井戸
右手はお水取りの水を汲む「閼伽井戸(あかいど)」

神宮寺の御神体である長尾山(那伽王山)の水が地下をくぐり湧き出た水、別名、龍王神変水(りゅうおうしんぺんすい)とも呼ばれるそうです。

過去の神宮寺の訪問記

若狭の古刹・名刹 神宮寺
毎年3月2日、奈良東大寺二月堂に香水を送る「お水送り」神事を行っています。 若狭 … 続きを読む →

お水送りの寺 若狭神宮寺
若狭神宮寺は福井県小浜市にある天台宗の寺院。 山号は霊応山、本尊は薬師如来坐像。 … 続きを読む →

お水送り伝説の地 鵜の瀬を訪れる
名水百選(環境庁認定)に選ばれている鵜の瀬は、毎年3月2日に奈良東大寺二月堂への … 続きを読む →

この日は、2月15日から3月5日まではお水送りの祈祷中で参拝できませんと書かれていて参拝できず。。

春先取り 火と水が織りなす荘厳の世界 お水送り
天平勝宝 4年(752)インドの渡来僧・実忠が二月堂の建立の時、修二会を催して全 … 続きを読む →

雪の中、お水送りの開始を待つ間寒かったのを覚えています。

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日本紅葉100選 萬徳寺


小浜の紅葉巡り、最初に訪れたのは小浜随一の紅葉の名所萬徳寺。

朝日に照らされた紅葉が見事。

こういう光景って撮らされてしまいます。

朝一番の訪問でよかった、朝日が幻想的だった。

庭園は延宝5年(1677年)に小浜藩主酒井氏の命により築造された面積約1500平方メートルの蓬莱式枯山水庭園。

書院と庭園の間は白砂の広場で仕切られている。

樹齢500年の大山モミジは天然記念物(国指定)。

山麓の斜面地を利用して斜面中段中央に高さ3mの真言密教における本尊石を配し、天然記念物である大山モミジを借景としている。

本堂への階段前の紅葉も見事。

木造阿弥陀如来坐像 – 像高141.5cm、檜材寄木造、平安時代後期の作。
阿弥陀堂内須弥壇に安置。

当山の前身である極楽寺の本尊でもあった。両手先は後補。

重要文化財(国指定)

階段の散りモミジもきれい。

白ナンテン、朝露をまとい冬の風情を感じさせていました。

過去の萬徳寺訪問記

若狭の古刹・名刹 萬徳寺
萬徳寺は福井県小浜市にある高野山真言宗の寺院。 山号は延宝山、本尊は阿弥陀如来。 … 続きを読む →

延宝山 萬徳寺
萬徳寺の前身は極楽寺といい、文永2年(1265年)の若狭惣田数帳に存在が記されて … 続きを読む →

雪景色が印象的でした。

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