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金沢散策

昨夜は「月見のおわら」で夜遅く金沢のホテルへ入った。

ぐっすり眠り、早朝から散策です、あさの光が清々しい。

いつも撮らされてしまう、郡順治という方の「走れ!」という作品で、金沢まちなか彫刻作品国際コンペティション2004で入賞したものだそうです。

ショウウィンドウへの映り込みがきれい、四高記念館前。

こういうのって撮りだしたらキリがないね。

小立野通りを本多の森方向へ進んでいます。

石川県政記念しいのき迎賓館

旧石川県庁として1924年(大正13年)6月8日に竣工。

石川県内の建築物としては初めて鉄筋コンクリート構造を採用したもので、国会議事堂などの設計を手掛けた矢橋賢吉による近代的な建築物。

石川県庁が金沢市鞍月に移転するまでは、永らく広坂地区のランドマークとして位置づけられていた。

迎賓館前にある樹齢300年の一対のシイノキ、国の天然記念物。

石川四稿記念公園西側の並木、紅葉が始まりそうな雰囲気。

昭和33年に建てられた、明治・大正・昭和3代の四高生を表した記念像。

石川四稿記念文化交流館。

1年ぶりに金沢を訪れたが、武蔵野交差点が地価の変わっている。

鼓門が夕日に照らされる。

日の入りです。

お月様も出て夜です。
今日もよく歩きました、26000歩、昨日と合算で43000歩。

サンダーバードは貸し切りで一人2シート、快適です。

大伴楼の駅弁を買い込み準備万端。

過去の金沢訪問記

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青春18切符旅行記 奈義町現代美術館

今回の青春18切符旅行記は岡山県の奈義町にある奈義町現代美術館。
美術館という枠が拡張して、美術品と建物が一体化している、いわば第三世代美術館だ。

コスト比較、通常の交通費、15280円  青春18切符2370円
所要時間 4時間

大阪~姫路、ノンストップの新快速は大阪発7時51分が一番早い、それなりに乗客も多いので早めにホームへ。

このコースの難点は姫路岡山間、快速がなく、時間帯によっては1時間以上列車がないこと。
小刻みに乗り継ぎを検討するか、それでもダメな場合は、諦めて途中下車するなりで時間を有効に使う。

6番線ホームでは駅弁を売っている、旅の楽しみの一つだ。
また、津山線はローカル線には珍しく快速が走る

右手奥に見えるのが目指す、奈義町現代美術館、手前にあるのが「PIZZERIA La gita 奈義」

ナポリ最古の石窯メーカーGIANNI ACUNT社の石窯で一瞬のうちに焼き上げ、ナポリピッツァの表面はパリッ中はもちもちとした食感、薪の香ばしい香りが楽しめます。

本日はマルゲリータ   1,300円をいただいた。

奈義町現代美術館は美術館という枠が拡張して、美術品と建物が一体化している、いわば第三世代美術館だ。

町立図書館、観光案内所は前面のシンボルロードにパラレルに置かれるが、現代美術館は道路計画からの制約を飛び越え、この土地の自然条件にもとづいた固有の軸線を持つ。

すなわち「太陽」の軸は正確に南北軸と重なり、「月」の平坦な壁は中秋の名月の午後10時の方向を指し、「大地」の長軸は秀峰那岐山の山頂に向かっている。

この布置の「見立て」を更に拡張していくと、那岐という聖なる山を中央に据えて、手前に〔大地〕がひろがり、左右に〔月〕と〔日〕が配されるという構図となり、容易に、六曲一双の日月山水図屏風を想起することも可能であろう。

将来、奈義町の文化的中心軸となるように計画されているシンボルロードに沿って、奈義町現代美術館、奈義町立図書館、奈義町観光案内所の建築群が配置されている。

現代美術館、町立図書館は共通のエントランスを持ち、芝生広場の南端、竹藪の中に観光案内所が設けられた。

この円筒形の建物、左側の高い建物、それぞれが美術品だ。
もうすでにトンボが飛び交っています、加増をクリックして拡大してお楽しみを。

奈義町現代美術館のポスター、展示室「大地」、「太陽」の部屋 ≪遍在の場・奈義の龍安寺・建築する身体≫、「月」の部屋≪HISASHI-補遺するもの≫からなる。

「太陽」の部屋 ≪遍在の場・奈義の龍安寺・建築する身体≫展示室「大地」「うつろい」の画像。

最初の計画案では、垂直の円筒型の建築物の中に倒立した法隆寺があって、「胎内潜り」のように、その法隆寺を潜って行くと何時しか建物の外部に出ているというものであったという。

正面が、「月」の部屋≪HISASHI-補遺するもの≫

それぞれについては個別に掲載します。

奈義町の全体模型、美術館から車で7.8分山道を登ると「那岐山麓 山の駅」がある。

中央に江戸時代から伝わる伝統伝統芸能の「横仙歌舞伎」、周囲に町の木イチョウ、町の花ウメをデザイン。 「なぎ」「おすい」の文字。
汚水管マンホールの蓋

説明文はホームページを参照しています。

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青春18切符旅行記 モネの庭

高知のモネの庭に行くにあたって青春18切符を使うこととした。

コスト比較、通常の交通費、約26000円、ツアー 45000円。
青春18切符2370円x2 4740円。時間はたっぷりある。

瀬戸大橋を渡るマリンライナーは特急ではないので指定席以外は自由。

確かに時間はかかる。
まず高知まで、往路は9時間58分、復路 8時間29分。
違いは列車待ちの時間。
琴平での待ち時間、45分、これは待ち時間といってもその間電車がないのだ。

45分待って阿波池田行に乗り込む。
阿波池田で待ち時間61分、次の列車がないためだ。

土讃線に入ってからが面白い。
乗った電車は画像の上方から引っ込み戦のようなところへ入って止まる。

もちろん前方は行き止まり。

待つことしばし、特急南風が通り抜けていく。
土讃線は狭い山中を走る、行内に複数の線路のある駅はそう沢山ないのだ、したがってスイッチバックのような時間待ちをすることになる。

こんなに待ち時間があるんなら、大歩危、小歩危の観光に充てたいところだが、時刻表とにらめっこしてもうまく大歩危、小歩危で観光できる時間がひねり出せない。

これは気が付かない落とし穴だ。
大都市圏の快速や新快速はたしかに速く、18切符を利用する旅行者には大変便利です。

しかし、それ以外の地域では、ほとんどが普通列車のみです。

しかもこんなローカル線になると昼間の列車本数は極めて少ない、うかつに途中下車しようものなら、当日のうちに目的地に着かない。

仕方がないので車窓から撮影としよう。
だが、ここでも思わぬ落とし穴、狭い山間を走る土讃線、林や藪の連続で、きれいな渓谷が時折チラッ、チラッと見えるのみ。

シャッターのタイミングなどとても取れない、精神衛生上よろしくない時間を過ごすことになる。
こうなったら考えを変えるよりない。

又もやスイッチバックの列車待ち。

と、いうわけで9時間58分かけてようやく高知へたどり着く。
高知では坂本龍馬、中岡慎太郎、武市半平太の諸君が出迎えてくれる。

高知で一夜あかし、翌朝、いよいよ北川村のモネの池に向かう。
ここでまたトラブル!?

後免までがJR、そこから先が土佐くろしお鉄道。
とりあえず後免まで行こうと改札へ、なんとIC切符をタッチするところがない、駅員に尋ねるとまだIC化されてないとのこと。

仕方なく券売機で切符を購入、目的地の奈半利までの切符も変えるのだが、とりあえず後免までの切符を購入。

待つことしばし、折り返し奈半利行となる列車が到着、早速乗り込むと、これは回送電車だという。
JRの電車が切り離されると、おやっ、土佐くろしお鉄道の電車が現れる。

どうやら朝の通勤通学時間帯、後免~高知間、土佐くろしお鉄道の電車にJRの電車を増結しているようだ。

やっと電車に乗り込む、後免駅まではJRの運転手、後免駅で土佐くろしお鉄道の運転手に交代。

そのまま走り出す、すると切符はどうなるのだ、途中で回ってきた車掌に尋ねる、往復するなら1日乗り放題切符が有利だという、確かに往復2140円のところ1640円とかなり割引になる。

と、いうことは高知駅の券売機で奈半利までの切符を買っていたら損するところだった。

阿佐線(あさせん)は、高知県南国市の後免駅から同県安芸郡奈半利町の奈半利駅に至る土佐くろしお鉄道の鉄道路線。

現地での案内や時刻表での表記などでは、すべて愛称の「ごめん・なはり線」が使用されている。

正式な起点は後免駅で、本来、後免駅から奈半利駅へ向かう列車が下りだが、JR土讃線と合わせるために列車番号は、奈半利駅から後免駅へ向かう列車が下りに付ける奇数、逆方向が上りに付ける偶数となっている。

また、誤乗防止のため「上り」「下り」の呼称は用いていない。

1時間あたり1 – 2本程度運行されている。

各駅停車のほか、快速列車が運転されている。
朝ラッシュ時の一部を除いて、1両編成の気動車がワンマン運転される。

運転パターンは後免駅 – 奈半利駅間運転の列車のほか、途中駅の安芸駅発着の区間列車が多数設定されている。

また、夕方には後免駅 – あかおか駅間の区間列車が1往復設定されている。
また、全ての快速列車と各駅停車の一部は、JR土讃線に乗り入れ、高知駅まで相互直通運転を実施している。

夜須駅~西分駅では雄大な太平洋が見られる。

各駅には、高知県出身の漫画家やなせたかしのデザインによるイメージキャラクターが設定されている。

このキャラクターは各駅に設置されたオブジェ・車両のマーキング・キャラクターグッズなどの形で本路線のイメージアップに貢献しているほか、2004年には沿線の市民グループの手で各キャラクターの着ぐるみが製作され、「ゴトゴト着ぐるみ隊」の名称で各種のイベントに出演するなどの活動を行っている。

ちなみにここ、下山駅のキャラクター名は「しもやま ちどりちゃん」 ご覧のようなイメージキャラクターが設定されている。

各駅のキャラクター名は下記の通り。

駅名    キャラクター名

後免駅   ごめん えきお君
後免町駅  ごめん まちこさん
立田駅   たてだ そらこちゃん
のいち駅  のいちんどんまん
よしかわ駅 よしかわ うなお君
あかおか駅 あかおか えきんさん
香我美駅  かがみ みかんちゃん
夜須駅   やす にんぎょちゃん
西分駅   にしぶん つきこちゃん
和食駅   わじき カッパ君
赤野駅   あかの カモメちゃん
穴内駅   あなない ナスビさん
球場前駅  球場 ボール君
安芸駅   あき うたこちゃん
伊尾木駅  いおき トラオ君
下山駅   しもやま ちどりちゃん
唐浜駅   とうのはま へんろ君
安田駅   やすだ アユ君
田野駅   田野 いしん君
奈半利駅  なは りこちゃん

目的を果たし、いよいよ帰ります。

高知から琴平まで126.6㎞を217分かけて走る。

土佐山田駅から山中に、途中人家もなく次の駅まで長い。

新改駅ではスイッチバックでアンパンマン列車待ち。

大歩危では8分停車。

8分という中途半端な停車時間では観光はできない、さりとて次の列車を待つ余裕もない。
次回のため何か解決策を見つけよう。

阿波池田では21分停車、結局、列車待ちの停車時間が高知から琴平までの所要時間、217分の30㌫以上が列車待ちの停車時間だ。

こと、ローカル線では気に入った駅で途中下車しながら旅を楽しむという青春18切符のうたい文句は嘘だ。

もちろん、その日のうちにたどり着く駅を決めずに旅すれば別だが・・・・・

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女人高野へ


橋本で「天空」に乗り換え。

「戦国BASARA×南海電鉄 夏の陣 ~真田ゆかりの地へいざ出陣~」と題して、こうや花鉄道「天空」車両に連結している自由席車両に、『戦国BASARA 真田幸村伝』の登場武将をラッピングして運行!

ワンビュー座席、4人掛けコンパートメント座席の特別仕様車両。

3枚続きのワイドな車窓から、紀の川、不動谷川や険しい山間の風景を一望。

急勾配・急曲線の山間を縫って走る先頭からの眺めを楽しめる先頭展望席からの眺め。

橋本駅 – 極楽橋駅間は山岳路線であり、特に高野下駅以南は50‰の勾配や、制限速度33km/h、半径100m以下の急カーブが続く登山鉄道となっているため、この区間に乗り入れる列車にはズームカーと呼ばれる17m級の中型車両が専用車両として使用されている。

終点極楽橋駅に近づきました、これが駅名の由来になった極楽橋です。

この橋は不動坂という高野山への参道に通じています。
現在の橋は1954年に架け替えられたものだそうです。

江戸・明治時代は不動橋と呼ばれていました。

京都・大阪方面から高野山への参詣道は、高野七口の1つ「高野街道京大阪道」と呼ばれ、江戸時代の末には町石道に代わって利用されました。

紀ノ川を越えてからは学文路(かむろ)から極楽橋を通り、高野山の女人堂に至る10kmの道です。

極楽橋から女人堂までの2.5kmの坂道は「不動坂」と呼ばれ、大正時代に改修されています。
「いろは坂」と呼ばれる難所を通る旧不動坂ルートが、最近調査・復元されています。

ここからケーブルカーに乗り換え、足元を流れる不動谷川の渓流、アジサイが見頃です。

2両連結の車両(コ11・21形)が最大568.2‰(29°21′)の勾配を往復している。

上り下りのすれ違い地点。

まず女人堂を訪れる、高野山の北西の入り口にある不動口にいまだのこる女人堂は、一千年余りの間女人禁制であった高野山の七つの入り口にそれぞれ建っていた女人堂の唯一の残存建造物である。

むかし、女性はここから山内に入る事が許されなかった。

目の前は高野山北西の入り口。

高野山は町全体が総本山金剛峰寺の境内です。
この門より中はお寺の境内となります。

女性は1872年(明治5年)まで、この門より中に入る事ができなかったため、門の外でも参拝ができるよう女人堂ができました。

昔、こういった高野山の入り口は七箇所あり七箇所全てに女人堂がありました。
当時の女性が高野山の外から参拝をする為の道でもあり、七つの女人堂をむすぶ道を女人道と呼ばれています。

「女人堂」のお向かいに「お竹地蔵尊」があります。

案内・・・
お竹地蔵の由来
この地蔵尊は安政年間江戸の大地震で亡くなられた人々のため、又自分の父母の菩提のために自分の身を仏様に捧げて30年の年期奉公し身を粉にして働き蓄えたお金で建てられたお地蔵様です。

建立された人は横山竹さんと申される女性で江戸(もと飯田町)のかたです。

女人堂前のお竹地蔵さんと崇められ、今なお多くの参拝者で線香の煙が絶えることがありません。
お願い事は縁談、進学、子授、水子供養等をお聴き届け下さいます。

小杉明神社

その昔、越後の国に本陣宿紀(ほんじんやどき)の国屋があり、そこに小杉という娘さんがおりました。

数奇な人生を送られましたが、お大師様に救われ、尼僧になられて、女人禁制の高野山に登って来られる女人の方々のために不動坂上に最初の女人堂を開かれ、やさしい接待をされておりました。

その小杉さんが、女人堂の鎮守小杉明神としてお祀りされている祠です。

現在の女人堂は現存するものだけですが女人道は現在もあります。
女人道を歩く女人堂跡巡りなどのイベントもあり、高野山を別の角度から見ることができるオススメ観光スポットです。

女人堂の前にある”お竹地蔵”の右に登山道がある。
コンクリートの急坂を登りきると、木の根が露出した昇りに変わる。

登山道はよく整備されており危険なところも、息を切らす急登もなく約20分で弁天岳(984m)に着く。

頂上には3等三角点があり、近くに嶽弁財天社と避難小屋がある。
降りは大門へのルートをとる。

幾つもの赤い鳥居を潜り ながらなだらかな坂道を辿れば約15分で大門に到着する。

高野山の入口にそびえ、一山の総門である大門。

開創当時は現在の地より少し下った九十九折(つづらおり)谷に鳥居を建て、それを総門としていたそうです。

山火事や落雷等で焼失し、現在の建物は1705年に再建されました。

五間三戸(さんこ)の二階二層門で、高さは25.1メートルあります。

正面には「日々の影向(ようごう)を闕(かか)さずして、処々の遺跡を檢知す」という聯(れん)が掲げられています。
この聯は、「お大師さまは毎日御廟から姿を現され、所々を巡ってはわたしたちをお救いくださっている」という意味であり、同行二人信仰を表しています。

また、大門の横手には弁天岳登山口があり、山頂には弘法大師が勧請された嶽弁才天(だけのべんざいてん)がまつられています。

左右には金剛力士像(仁王さま)が安置されています。
この仁王像は東大寺南大門の仁王像に次ぐ我が国二番目の巨像と云われ、江戸中期に活躍した大仏師である運長と康意の作です。

今を盛りとアジサイが咲き誇っています、大門の赤の建物とよくマッチしています。

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小さな旅


人はいつも旅立つ。
小さな旅かもしれないが旅が好きだ。

旅は人を愉しくさせまた時に寂しくさせる。

列車を待つ間の静かなひと時。

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前田利長公隠居の地高岡を訪ねる 高岡山瑞龍寺

今回は北越の名城を訪ねる2泊3日の旅です。

最初の訪問地高岡まではサンダーバードです。

車窓からの琵琶湖、先日大津プリンスホテルからの眺めとはまた違ったアングルで眺めています。

前日までは雨の天気予報であったが今のところ大丈夫かな。
しかし、強風で金沢以北の特急列車は運航休止とか。
高岡からはバスの旅です。

最初に前田利常開基の瑞龍寺(ずいりゅうじ)を訪れます。

八丁道は瑞龍寺から前田利長墓所まで続いている道。
長さが八丁(約870m)あるので八丁道。

瑞龍寺の参道のようでもあるが、参道脇にお店が並んでいるわけでもなく、きれいに整備された遊歩道といった感じ。

参道の途中に前田利長公の像。

利長は慶長10年(1605年)、44歳の若さで家督を異母弟の利常(1594年 – 1658年)に譲り、自らは隠居した。
利長には実子がなかったため、30歳以上年下の異母弟で、当時まだ少年であった利常を養嗣子としたのである。

隠居後の利長は金沢から富山に移転するが、富山城の炎上を機に高岡に移り、ここに新たに高岡城を築いた。

総門
重要文化財。
正保年間に竣工。正面幅三間の薬医門形式

山門
国宝。
正保2年(1645年)竣工、万治年間に場所を移して建てかえられたが、延享3年(1746年)の火災で焼失後、長らく仮の門が建てられていた。

現存する門は文政元年(1818年)に上棟、同3年(1820年)に竣工したものである。
二重門(2階建てで、上層と下層の境にも軒の出をつくるもの)で、屋根は入母屋造、。

二重門では下層の屋根を上層よりも大きくつくることが多いが、この門では上層と下層の屋根の出があまり変わらない。
これは積雪時に上層屋根から落下した雪が下層屋根に当たるのを防ぐためといわれる。

下層には金剛力士(仁王)像を安置、上層内部には釈迦如来と十六羅漢像を安置する。

禅堂(僧堂)
重要文化財。
延享3年(1746年)に焼失したが直後に再建された。

大庫裏
重要文化財(北回廊の一部として)。
結露を防ぐために天井には漆喰が塗られ曲線になっている。
建物正面に韋駄天尊像が安置される。

南西回廊の奥に前田利長、前田利家、織田信長、同室正覚院、織田信忠を祀る5つの石廟がある。
かつては七間浄頭(東司)と浴室もあり、七堂伽藍がそろっていた。

前田利長公は、本能寺の変の後に織田信長公父子の分骨を迎え、その霊を慰めたと伝えられています。
利長公の菩提寺である瑞龍寺を造営した時、開山 広山恕陽(こうざんじょよう)禅師が利長公父子も加えて同じ形式の五基の廟を建造したのがこの石廟の由来です。

仏殿
国宝。
棟札により万治2年(1659年)の竣工とわかる。

入母屋造、一重裳階(もこし)付きの総欅造りで、屋根は当初杮(こけら)葺きであったが、現状は総重量約47トンの鉛瓦葺きとする。

鉛製の瓦を用いる理由は、俗説では非常時に鉄砲の弾にするためともいうが、実際は冬季の積雪対策のためだという。

鉛製の瓦は全国においても金沢城石川門にその例を見るだけである。

山上善右衛門嘉広の最も心血を注いだ力作の一つで、総欅造りである。

仏殿の須弥壇に安置された釈迦三尊の上部に、蓮の繊維と絹糸で織られたもの伝えられる布製の天蓋があります。

瑞龍寺に安置されている烏瑟沙摩(うすまさ)明王の像は国内最大級。

便所は昔より「怨霊や悪魔の出入口」と考えることがありました。
不潔な場所であり怨霊の侵入口でもあった便所を炎によって清浄な場所に変えるという信仰が広まり「便所の清め」の功徳として有名となりました。

この烏瑟沙摩明王はお世継ぎ誕生の法力もあるといわれてます。

後で気が付いたのですが、撮影禁止とありました、「ごめんなさい」
でも、折角なので皆さんにも見ていただきたい。

高岡大仏は富山県高岡市の大佛寺にある銅造阿弥陀如来坐像。

総高15m85cm、重量65トンの大きなスケールは、銅器日本一の高岡の象徴的存在です。
高岡は、梵鐘・銅像・花器・茶器・美術工芸品などのさまざまな銅器製品の産地です。
日本国内シェアが90%を超える日本一の銅器の街です。

1933年、歌人の与謝野晶子が高岡を訪れた際に、高岡大仏を「鎌倉大仏より一段と美男」と評したとも伝わり、端正な顔立ちの大仏と言われる。

台座の内部には回廊があり、中央の部屋には1900年に焼失した木造大仏の頭部が鎮座している。

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瑞龍寺への悪政、行き方歩き方

瑞龍寺公式サイト

住所:富山県高岡市関本町35
電話:0766-22-0179

JR北陸本線高岡駅から徒歩10分
能越自動車道高岡ICから車で10分

奥大井秘境ウォーキング

アプト列車で奥大井を散策。
ウォーキングのツアーなのでスタート時は先頭集団にいても、シャッターを押すたびに追い越され、ゴールでは最終組に。

宿は島田です。
ホテルの部屋から日の出、いつもは早朝散策するのだが今回は周りに何もないところで散策は断念。

部屋の窓から富士山が見えましたが、やはり雪の無い富士は迫力に欠ける。

最初の休憩地は道の駅川根温泉(みちのえき かわねおんせん)。
大井川鉄道の鉄橋が見えています。
SLが来ないかなァ。

大井川に架かる一番長い吊橋で、橋の下を大井川鐵道が走ることでも知られています「塩郷の吊橋」〔愛称:恋金橋(こいかねばし)〕(長さ220m、高さ11m、塩郷駅下車徒歩1分)。

両国の吊橋
千頭から上流に向かってすぐの所にある吊橋。
真下には南アルプスあぷとラインの線路を見ることができる。
橋自体も個性的ですが、何より大井川沿いを走ってくる井川線の列車を見るのに最高のロケーションです。

下開土遺跡
奥泉駅を出て階段を上がったところにある寸又峡線のバス停は遺跡の形をしています。

ここは昭和26年に藤枝東高校郷土研究部が発見した下開土遺跡(したのかいといせき)です。
土器や石器のほかにも住居跡が見つかりました。
それにちなんで駅前のトイレもこんな形になっています。

奥泉駅
あぷとラインから寸又峡へ、寸又峡からあぷとラインへと、ここはあぷとラインと寸又峡温泉バスとの接続駅です。

千頭駅から出た寸又峡線バスはここ奥泉を経由して寸又峡に入ります。
我々はこの駅から奥大井湖上駅まで乗車します。

ここから長島ダム駅にかけて急な上り坂になります。
頭上を道路が登っています。

奥泉発電所からの放水でしょうか。

大井川にはたくさんの吊橋が架かります。

アプトいちしろ駅でアプト式機関車を連結し、この約1.5キロの急勾配を上ります。

見えてきたのは長島ダム。
大井川の豊富な水量と地形を利用して建設された多目的ダム。
周辺には公園や散策路が整備され、雄大なパノラマが広がる。

長島ダムによって形成された人造湖は2001年(平成13年)に接岨湖(せっそこ)と命名された。
これは大井川上流部の峡谷・接岨峡に因み命名されたものである。
接岨湖は総貯水容量7,800万立方メートルであり、井川湖(井川ダム)、畑薙湖(畑薙第一ダム)に次ぐ大井川水系の大貯水池である。

接岨湖ではカヌーをする人の姿が多い。
これは2003年(平成15年)に開催されたNEW!!わかふじ国体で漕艇会場として競技が実施された事による。
以後接岨湖カヌー競技場が設置され、多くのカヌーイストが練習を行う。
画像は水上スキーを楽しむ若者。

奥大井湖上駅
奥大井レインボーブリッジと呼ばれる2つの巨大な鉄橋に挟まれた、接岨湖上に浮かぶ半島状の場所にあり、さながら陸の孤島の様相を呈している。

ここから、接岨峡大橋、接阻峡温泉に向かうハイキングコースがある。
駅および鉄橋の湖底からの高さは70mある。
左はいま乗ってきた列車。

レインボーブリッジを渡ると急な階段が俟っています。

ご覧の通りのかなり急な階段です。
何度も後ろを振り返り、レインボーブリッジ上の奥大井湖上駅を眺めます。

途中から後ろを振り返ると、ツアー参加者が続々とレインボーブリッジを進む姿が見られます。
遠景には先ほどの水上スキーの姿も見えています。

途中にある岩滝不動堂。
木の裂け目は雷にでも打たれた跡でしょうか。

岩滝不動堂の向かいにある不動の滝。

接阻大吊橋を渡り、「八橋小道(やっぱしこみち)ラブ・ロマンス・ロード」ウォーキングの始まりです。
「八橋小道(やっぱしこみち)ラブ・ロマンス・ロード」は「若宮神社(男の神)」と「こだま石神社(女の神)」との間に吊橋が8つあり、コースを歩くことにより両方の神社を参拝することができ、緑の山々と森林、接岨湖の湖面の美しさを楽しむことができます。

8つの橋のうち、階段式の吊橋「宮沢橋(みやんざわばし)」は水平距離が62メートルで、群馬県みどり市の「けさかけ橋」の51メートルを抜き、日本一の階段式吊橋(吊床板階段橋)。
何がラブロマンスなのか気になりつつ、ウォーキングを始める。

栃の木(とちのき)橋、大吊橋を渡って、左手(北側)最初の橋。

桜(さくら)橋、これもよく見ると、橋の下のアーチ状のワイヤーで支えられています。

水楢(みずなら)橋、階段部+水平部がある橋ですが、これもよく見ると、橋の下のアーチ状のワイヤーで支えられています。

椿(つばき)橋、これは、アーチ橋。
唯一の赤い橋で、大吊橋からもよく見えます。

桑の木(くわのき)橋これは単なる階段に近いような…

宮沢(みやざわ)橋、日本一の階段式吊り橋だそうです。

宮沢橋と書いて『みやんざわばし』と読みます。
日本一長い階段式吊り橋として平成20年3月に開通しました。

通常の吊り橋とは違い縦揺れではなく横揺れのする不思議な橋です。
宮沢橋と犬返り橋だけでも階段式なので結構、歩いた感じを受けます。

犬返り(いぬかえり)橋、宮沢橋に続いてある階段式吊り橋。
その名のごとく犬が向きをかえて歩いてきます。

実は八橋小道は地元の猟犬が散歩コースとして使っています。
猟犬なので人に従順であまり吠えません。
道を塞ぐとすねて帰って行くことがありますので優しく道を譲ってあげて下さい。

平らな所を少し歩くと吊り橋は急な上りの階段になっています。

接阻峡大橋を渡れば接阻峡温泉、今回のウォーキングの終点です。
ところでよく数えてみると橋は七つしかありませんでした。
そうです、スタートから間違っていたのです。

我々は接阻大吊橋を渡って左へ行きましたが、欅(けやき)橋、この橋だけ、スタートの接阻大吊橋を渡って、右手(南側)にある吊床版橋なんです。
欅橋から先は獣道のような道があるだけなので引き返す必要があります。

しかし、恋の願いを成就させるには若宮神社から南アルプス接岨峡大吊橋を渡ってこの吊り橋を渡らなければいけません・・・と難しく考えず、景色を楽しみながら渡ろう。
・・・・で、ラブ・ロマンス・ロードってどういう意味だったんだろう。
うさぎさんにでも聞くしかないかな。

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トロッコ電車で黒部峡谷の大自然を行く

今回のツアーの初日は黒部峡谷トロッコ電車でした。
もともとは日本電力、日本発送電による黒部川電源開発のための資材運搬用鉄道であり、かつては便宜的に旅客を扱っていた(当時の切符には生命の保障はしない旨の注意書きがあったという)。

日本国内では数少ない軌間762mmの特殊狭軌(ナローゲージ)での鉄道路線で、トロッコ列車(オフィシャルな愛称は「トロッコ電車」)を運行している。

黒部峡谷鉄道宇奈月駅
宇奈月駅より欅平まで全長20.1km。大小41のトンネルをくぐり22の橋を渡るスリリングなトロッコの旅は、ここから始まります。

電車の発車まで少し時間があったので近くにあるやまびこ展望台から新山彦橋を見に行く。
ここは新山彦橋を真下に望む撮影スポットです。
正面に見えているのは旧山彦橋で、今は遊歩道になっている。

駅の方から電車の発車の合図が聞こえたので走って遊歩道まで行き、山彦橋を渡るトロッコ電車を撮影した。

旧山彦橋はご覧の通りの遊歩道になっていて、宇奈月ダムまでの約1㎞の鉄橋やトンネル、旧軌道敷などを歩く変化に富んだ散策コース。

黒部峡谷トロッコ電車はミニサイズです。
軌道の幅で比較すると、
新幹線 : 1435mm
JR在来線 : 1067mm
トロッコ電車 : 762mm

トロッコ電車の軌道の幅は、新幹線の約半分。JR在来線の約7割です。
小さいけれど、でも、設備は充実。
自動列車停止装置(ATS)、列車無線装置を完備しています。
峡谷鉄道の総延長は、20.1km。トロッコ電車は平均16km/hのスピードで走ります。
始発の宇奈月駅~欅平駅の所要時間は、約1時間20分です。

うなづき湖
洪水防止のために作られた宇奈月ダムの人工湖。
綺麗なエメラルドグリーンの湖。
向こうに湖面橋が見える。

新柳河原発電所
宇奈月ダム建設に伴い水没した柳河原発電所の代替に建てられた発電所。
湖上に浮かぶ西洋のお城をイメージして建てられた。
宇奈月ダム建設では黒部峡谷鉄道の線路も沈むことになり、線路の付け替えが行われ新やまびこ橋が建設された。

尾の沼公園から 猿用吊橋
ダムを作ってしまったことで猿が山から山に移動出来なくなってしまったので、この吊橋をわたしたようです。
橋は長さ約135メートル、幅約30センチ、湖面からの高さは最大で約20メートル。
手すりはなく、人は渡れない。

橋を渡る姿がこれまで30匹以上確認されており、運が良ければ、そばを通る黒部峡谷鉄道のトロッコ列車からも目撃できるという。  
2001年のダム建設で、黒部川に架かっていたつり橋を撤去した後、群れが餌を求めて下流に移動、農作物被害が目立ち始めたため、同省が03年に工事を始め、以前の橋とほぼ同じ場所に新しいつり橋を建設した。

黒灘駅を出るところで保線員の皆さんが見送ってくれました。

後曳橋(あとびきばし)
鉄道沿線で最も峻険な谷に架かる橋。
あまりの谷の深さに後ろへ引き下がったことから、後曳とよばれるようになりました。

また、沿線には原生林が多数生育しており、トロッコ電車で豊かな緑の香りを堪能できることが評価され、環境省の「かおり100選」に平成13年11月認定されました。

トロッコ電車は宇奈月温泉駅から終点欅平まで全長20.1キロ。
沿線には10個の駅があるが、降車できるのは宇奈月温泉、黒薙、鐘釣、欅平の4駅のみ。
その他の駅はダムで働いてる人用、列車すれ違い用の駅。

出し平ダム
黒部川には黒部第四ダムを初めとするたくさんのダムがある。
主に関西電力の所有するダムでここで作られた電気が関西に送られている。
出し平ダムは国内初の土砂排出機能のついたダム。

黒部川と反対側の車窓には「冬期歩道」が設けられています。
見えているのは冬期歩道用の明り取り窓。

黒部峡谷鉄道が運休となる冬場、関西電力関係者らが通る道です。
宇奈月から欅平までは6時間程かかるのだそうです。
厳しい自然に立ち向かう水力発電関係者には頭が下がります。

沿線は日本一深いV字峡谷になっています。
全線でくぐるトンネル数は41、わたる橋の数は22。

人を寄せつけない断崖絶壁とエメラルドグリーンの川を臨みながら、小さな体で縫うように駆け抜けます。

猫又駅と黒部川第二発電所を結ぶ橋、駅からの引き込み線が発電所まで通っている
この引込線の橋は目黒橋といい、特徴的な形状と赤い色で非常に目を引く存在である。

この引込線はトンネルで山の中に入っていっており、地下に設けられている新黒部川第二発電所まで向かっている。

黒部峡谷にある鐘釣山 標高759m、
お寺の鐘を伏せた形をしていることからこの名が付いたそうです。
猫又駅を過ぎると左手に見えてきます。

ちなみに有名な鐘釣温泉は、この山の名前から来ているそうだ。
列車は鐘釣山をトンネルで抜け、抜けたところが鐘釣駅。

万年雪展望台から見える万年雪。
ベンチも完備されており、木陰でゆっくりと眺めを楽しみながら、撮影することができるとっておき撮影スポット。

河原露天風呂に向かう途中に足湯があります。

この急な階段を下れば河原露天風呂。

景色を見ながら温泉に入れます。
砂を掘って自分だけの露天風呂をつくれるのだ。

鐘釣三尊象は、黒部川の氾濫を防ぎ、洪水から下流の住居を守るために安置したものです。

ねずみ返しの岸壁(黒薙駅)
猫又駅下流の対岸に見える大岩壁は、猫に追われたねずみも登れないほど切り立っているのでこの名がつきました。
高さ200mに及ぶ黒々とした断崖が紅葉にいろどられる美しさは感動的。

笹平駅を過ぎると、出六峰(だしろっぽう)が見えてきた、青く澄んだ美しい出平(だしだいら)ダム湖に、垂直に落ち込む岩山「6つの峰」がそそり立ち、静かな湖面とダイナミックな尾根の対比が見事。

「柳河原発電所 跡曳水路橋」は柳河原発電所への送水のため昭和2年(1927年)に架設された水路用の上路RCアーチ橋梁である。RCアーチとして当時最大スパンの橋梁であり、河床から約65mの高さに建設されている。

また水路を支える柱頂部には連続シャローアーチを採用するなど、当時の技術水準の高さが感じられる。
険しい峡谷間で長年の風雪に耐えながら供用されつづけた同橋は、今日では見事に自然に溶け込んでいる。

仏石(黒薙駅)
仏の姿に似ているので仏石。湯治客が道中の安全を祈願したとの言い伝えも。
赤い頭巾が目印で、列車はあっという間に通り過ぎてしまうので見逃さないように!

平和の像
大原台の山頂から温泉街を見下ろすようにして建つ、日本一標高の高い場所に立つブロンズ観音像。
宇奈月町出身の日展作家、佐々木大樹氏による高さは12.7mの大作。

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宇奈月駅へのアクセス、行き方歩き方

黒部峡谷トロッコ電車公式サイト

住所:富山県黒部市黒部峡谷口11
電話:0765-62-1011
4月中旬~11月下旬 期間中無休
7:32(始発)~15:40(最終発)

富山地方鉄道本線宇奈月温泉駅から徒歩5分 駐車場あり(有料)
黒部峡谷鉄道宇奈月駅前有料駐車場利用
片道(宇奈月~欅平) 大人1660円、小人(6歳以上12歳未満)830円

日本最高所を走る八ヶ岳高原列車に乗る

山梨県小淵沢と長野県小諸を結ぶ「小海線」。
八ヶ岳の雄姿を眺めながら高原を走る旅を満喫できます。

八ヶ岳東麓の野辺山高原から千曲川の上流に沿って佐久盆地までを走る高原鉄道である。甲斐小泉 – 海尻間は標高1000mを超える高所を走っており、清里 – 野辺山間には標高1375mのJR鉄道最高地点がある。

また、野辺山駅は標高1345mのJR線最高駅であるほか、甲斐小泉から松原湖までの9駅がJRの標高の高い駅ベスト9に入っている(10位は近隣の中央本線富士見駅)。

八ヶ岳の牧場で採れた新鮮なミルクと玉子をたっぷり使った手づくりチーズケーキが人気の八ヶ岳チーズケーキ工房 。

車窓に八ヶ岳を見ながらバスはゆく。

ここは清泉寮の近く、後ろは八ヶ岳、ここは富士山が見えるスポットなのです。

ご覧の通り富士山が姿を見せてくれました。

八ヶ岳高原列車に乗るべく清里駅にやって来ました。

清里駅の標高は1274メートル、次の野辺山えきまで高原列車の旅を楽しみます。

小海線を走るキハE200形は、ディーゼルエンジンで発電した電気と蓄電池に充電した電気を効果的に利用して走行する環境にやさしい車両。
ハイブリッドシステムを搭載した営業列車として2007年7月31日より世界初の運転を開始しました。

野辺山駅は、標高1345.67m、日本でいちばん高いところにある駅。
なんだか面白いかたちの駅舎です。

駅前には「日本鉄道最高駅野辺山」の碑が。

延々と真っ直ぐに伸びている野辺山の道。

駅前には、さとう宗幸さんの歌碑「愛しき八ヶ岳」が。

今日の泊りは東急リゾートタウン蓼科、ホテルへ向かうバスの車窓から蓼科が。

到着した時は夕方、夕食までのわずかな時間にからまつ池の辺りを散策。

東急リゾートタウン蓼科は八ヶ岳の見える別荘なんです。

からまつ池に夕焼雲が映る。

ホテルまで帰ってくるともう夕食の用意が進んでいる。
散策路から窓ガラス越しに景色の反射と内部の様子を同時に撮る。

ロビーから外部を見るともう辺りは夕闇につつまれている。

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