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木村康雄 大阪在住 写真家

心斎橋駅のグランドリニューアル工事


大丸と松坂屋を運営するJ・フロントリテイリングは20日、大丸心斎橋店本館を新装開店した。

2018年2月より始まった心斎橋駅のグランドリニューアル工事。
今月で1年半が経過した。

工事完了は2021年3月とのことで、まだまだ長い工事となりそうです。

各所をセグメント別に南側からリニューアル工事していく模様で、現在は大丸へ続くメインの階段であったC階段・およびホーム内のシャンデリア撤去が始まっている。

大丸は一足早く20日にグランドリニューアルオープンしたが、これで心斎橋界隈が更に活気づくでしょうか…

5年前の心斎橋界隈の様子
心斎橋ぶらぶら散策
投稿日時: 2014年5月2日
心斎橋筋は、船場と島之内を分ける長堀川に架かっていた心斎橋(橋梁)に由来する。 … 続きを読む →

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中秋の長居植物園


コリウス

シソ科の仲間で大きな葉っぱを紅、紫、黄、黄緑、オレンジ、複色などさまざまな色に変化させます。

花言葉
『善良な家風』『健康』『かなわぬ恋』『恋の望み』『絶望の恋』

デュランタ宝塚

青紫の小さな花をしだれるように咲かせます。
清涼感のある花姿が藤を連想させます。

楓と書いて「フウ」と読みます。

今の時期のフウの実は 綺麗な緑色をしていますが秋になって落ちて枯れてくると 茶色く変色してきます。

パンパスグラス

8-10月にかけて、垂直に立ち上がった茎に長さ50-70cmの羽毛のような花穂をつける。
雄株と雌株があり、雄株の花穂は細長いのに対し、雌株は幅広く綿毛を持つ。

色はややピンクがかった白銀色。

コムラサキ

実はムラサキシキブよりも密生し、見応えがある。

カレンボク

原産地は中国雲南省で夏にうすいクリーム色の花が咲きます・・・・・

バナナに似た実を一杯つけるカレンボク。
実を一杯つける事より子孫繁栄を意味して「喜樹」と言われているようです。

ニシキハギはビッチュウヤマハギとも呼ばれ、本州中部以西・四国・九州、朝鮮・中国に分布する半低木。

ダリア

スウェーデンの植物学者でリンネの弟子であったアンデシュ・ダール (Anders Dahl) にちなむ。

ヨーロッパでは、1789年にスペインのマドリード王立植物園に導入され、翌1790年に開花したのが始まり。

江戸時代1842年(天保13年)にオランダから長崎に持ち込まれたのが、日本への最初の到来となった。

和名は、花の形がボタンに似ているため、テンジクボタン(天竺牡丹)と呼ばれた。

赤色・オレンジ色・黄色・白色・ピンク色・藤色・ボタン色・紫色など、バラやチューリップと並び、最も縹色のバラエティーに富んだ植物である。

エンジュ(槐)を漢字で書くと槐となるが、これはお面などをエンジュ(槐)の木で彫刻し、家の鬼門に置くことから、木偏に鬼と書くようになったといわれている。

中国名を「槐(ファイ)」といい、和名にもこの漢字があてられている。
別名を「槐樹」、「黄藤」と呼ばれている。

チシャノキ

遠目からでも目を惹くほど、果実が黄色く染まりみごろとなっています。

マルバチシャノキは日本から中国、台湾の海岸に近い山地の林緑などで生育している落葉小高木。

マルバチシャノキ(丸葉萵苣の木)という名前は、葉が丸く若葉は食べられ、味がチシャ(レタス)に似ていることに由来しています。

また、樹皮や葉がカキノキににていることから別名『カキノキダマシ』とも呼ばれています。

カキ

日本から1789年にヨーロッパへ、1870年に北アメリカへ伝わったことから学名にも kaki の名が使われている。

ニラ

『古事記』では加美良(かみら)、『万葉集』では久々美良(くくみら)、『正倉院文書』には彌良(みら)として記載がある。

このように、古代においては「みら」と呼ばれていたが、院政期頃から不規則な転訛形「にら」が出現し、「みら」を駆逐して現在に至っている。

近世の女房言葉に二文字(ふたもじ)がある。

ロシアンセージは、アフガニスタンを中心に、パキスタン、ヒマラヤ西部に分布するシソ科ペロフスキア属の亜低木。

ロシアと名前に付きますが、ロシア原産の植物ではありません。
ロシアの名前は、19世紀にロシアの地方長官だったペロブスキーが本種を広めたことに由来しています。

ペカン(学名:Carya illinoinensis)は、クルミ科の落葉高木およびその種実。
ナッツ類。英名の“Pecan”の異なる読み方からピーカン、ピカンとも呼ばれる。

脂肪分の多いナッツが採れることから、俗に「バターの木」と呼ばれる。

ペカンヒッコリーとも呼ばれる。アメリカ合衆国テキサス州の州木。

コキア

和名をホウキグサといい、昔はこの茎を乾燥させてほうきを作っていました。
実(み)は“とんぶり”といい「畑のキャビア」として親しまれています。

夏の緑色から少しずつ紅葉し始め、日々移ろいゆく緑と赤のグラデーションの色合いも魅力的です。

また、鮮やかに紅葉して丘を真っ赤に染め上げるさまもまさに絶景です。

メタセコイア

秋になると長い柄がついた小さなマツボックリのような実ができる。

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秋の気配 長居植物園


秋を感じようと長居植物園に、大池を右手に見て時計回りに回るのがいつものパターン。

ここは定点観測の地点でもある、見た目秋を感じる風景ではなさそうだがカツラ、ハナミズキは少し色づいており既に秋。

大名児(おおなご)が彼方(をちかた)野辺に刈る草(かや)の束(つか)の間(あひだ)もわが忘れめや

巻二(一一〇)

大名児が遠くの野辺で刈る草のほんの束の間も僕は君の事を忘れるなどということはないよ

この歌は日並皇子尊が石川女郎に贈った恋歌。
日並皇子尊は草壁皇子のこと。

石川女郎(いしかはのいらつめ)は名前の漢字が反対になっていますが、大津皇子の恋人の石川郎女と同一人物かと思われます。

葉集の中に石川郎女(石川女郎)と呼ばれる人物は何人か出てきますが、すべて同じ人物なのかはたまた別の人物なのかはっきりとはしていないようです。

秋の野の 尾花(をばな)が末(うれ)に 鳴く百舌鳥(もず)の声聞きけむか 片聞(かたき)く吾妹(わぎも)

作者未詳  巻十 二一六七番歌

秋の野の尾花の先に鳴く百舌鳥の声は、さすがに聞いただろうか。
私のいうことは半ぱにしか聞かない吾妹よ。

秋の深まりは、色づく木々やどことなく寂しげな風の匂いから感じることができますが、百舌鳥の鳴き声もまた、秋の訪れとともに盛んに聞こえてくるようになります。

ロッジポール松

北米大陸西部の主に沿岸部に分布する常緑性のマツ。

英語での名称は和名と同じコントルタパイン(Contorta pine)の他、ロッジポールパイン(Lodgepole pine:小屋柱の松)、ショアパイン(Shore pine:海岸線の松)、ツイステッドパイン(Twisted pine:よじれ松)などがある。

このうちロッジポールパインはネイティブアメリカンが小屋柱に用いていたことに由来する。
学名のコントルタは「捻じれた」という意味で、ツイステッドパインもこれに由来する。

芙蓉(フヨウ)の実と名残花達

果実は写真のような『さく果』で毛に覆われて多数の種子が中に入っています。

フジバカマ(藤袴、Eupatorium japonicum)とはキク科ヒヨドリバナ属の多年生植物。
秋の七草の1つ。

日本での自生地は数を減らし、絶滅危惧種に指定されています。

萩の花、尾花(をばな)、葛花(くずはな)、なでしこの花、をみなへし、また藤袴(ふぢはかま)、朝顔の花

巻八(一五三八) 山上憶良
   
コマツナギは、日当たりの良い、原野、道端などに生える草本状の小型の低木。

和名は「駒繋ぎ」という意味で、茎が丈夫で、馬をつなぎとめることができることから名付けられた。

また馬がこの葉や花を好んで食べるため離れないので名前がついた。

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彼岸花咲き始めました 長居植物園


今年は暑さで花もやられてしまった感があります。

いつものボタン園の横はいったん咲いて枯れた様子、脇から新芽が沢山出ています。
これは小池のほとりで見つけたもの、一輪だけ咲いていました。

この花はキッチンガーデンの柵寄りに咲いていたもの。

沢山咲いているがほとんど枯れている、新たな芽が見られる.
やはり猛暑が影響していると思われる。

いずれにしても群生が見られるのは彼岸すぎかな。

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ジャンジャン横丁


天王寺動物園の最寄り駅動物園前駅からジャンジャン横丁を抜ける道、以前はジャンジャン横丁を通ることに抵抗を感じる家族連れなどは、天王寺駅から動物園へ向かっていた。

今はすっきり整理され通りやすくなっている。

全長約180メートル。
アーケードはあるが、横幅は2.5メートルほどと非常に狭い。
それがかえって活気を醸し出している。

いつも行列のできる人気店、海外からの観光客が主体のようだ。

「ジャンジャン横丁」は通称で、正式名称は「南陽通商店街」。

1958年の売春防止法施行以降、飛田遊廓が(表向きは)消えたことで、飛田方面への回廊としての役割を成さなくなり、往時の賑わいが失われた時期もあったが、最近は海外の観光客で勢いを盛り返している。

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ながつきの朝焼け


朝ふと窓外を見ると見事な朝焼け。

後でネットで調べると、今日10日(火)朝は大阪など西日本を中心に鮮やかな朝焼けが見られた。

台風15号がもたらした暖かく湿った空気に覆われ、そこにうろこ雲がプラスされたことで真っ赤に染まる幻想的な空となりました。

ということでした。

九月は長月(ながつき)と言われますが、長月の由来は九月になるとしだいに夜が長くなるところから「長月」 と名付けられたという説。

または、稲穂が長く伸びる「穂長月」から長月に転じたという説の他、秋の長雨から「ながめ」になって、「長月」になったという説もあります。

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初秋の無鄰菴


無鄰菴は何度目の訪問だろう、過去に何回か訪問している。

山縣が別邸無鄰菴をこの地に築いた背景には、東山山麓の南禅寺下河原一帯を別荘地として位置づけて発展させようとしていた当時の政財界の動きがあった。

「無鄰菴」と名付けられた山縣邸は三つある。最初の無鄰菴は山縣の郷里、長州・下関の草庵である。名前の由来はこの草菴に隣家がないことによる。 あるいは『論語』「徳不孤必有鄰」 “徳は孤ならず、必ず隣あり” にあるかもしれない。

第二の無鄰菴は、京都の木屋町二条に購入した別邸、そして第三の無鄰菴が京都・南禅寺参道前に造営した別邸で、「無鄰菴会議」の舞台ともなった場所である。

過去の訪問記

真冬の元勲の館 無鄰菴
元勲の館 元勲の部屋 和室 古い館に生きる 水鳥のいる風景 関連記事 ≪バスツア … 続きを読む →

山県有朋の別荘 無鄰菴
「無鄰菴」と名付けられた山縣邸は三つある。 最初の無鄰菴は山縣の郷里、長州・下関 … 続きを読む →


山縣有朋の別邸、第三の無鄰菴は京都府京都市左京区、南禅寺のすぐ西側、琵琶湖疏水のほとりにある。

南禅寺界隈別荘の一つ。
敷地は三角形の形状で、広さ約3100m2。現在は1941年に寄贈されて京都市が管理している。

その庭園は1951年(昭和26年)6月9日、国の名勝に指定された。

この一帯にあって広大な境内に塔頭が立ち並んでいた南禅寺は明治初期の廃仏毀釈で、他の寺院と同じく寺領の上知を命ぜられ、境内の縮小や塔頭の統廃合を余儀なくされた。

このとき上知された寺の土地はやがて民間に払い下げられた。
琵琶湖からこの地に至る琵琶湖疏水が計画され、第一期工事が明治23年に竣工する。

京都市や京都府は、この東山地区を風致地区として、将来の別荘地とする方針を取っていた。
無鄰菴は、その別荘・別邸群の先駆けともいえる存在となったのである。

無鄰菴に続くようにできた付近の別荘の作庭も、七代目植治がその多くを引き受けることとなった。

無鄰菴の庭園は、東山を借景とし、疏水から引き入れた水の流れがゆったりとした曲線を描いている。

東端には醍醐寺三宝院の滝を模した三段の滝。

池、芝生を配した池泉廻遊式庭園。明治の代表的造園家・小川治兵衛(植治)の作。昭和26年に明治時代の名園として国の「名勝」に指定されている。


無鄰菴に疏水を引き込む際、「防火用水」の名目が使われている。

琵琶湖疏水の建設には多額の税金が掛けられているため、京都市としては「庭園のため」では許可出来なかったためである。

第二の無鄰菴 京都の木屋町二条に購入した別邸
角倉了以別邸跡 高瀬川源流庭苑
現在のみそそぎ川は京都府立医大病院の北側で鴨川から取水し、そのまま暗渠で荒神橋を … 続きを読む →


現在洋館の2階には山県家から寄贈されたといわれる家具が展示されているが、日露戦争開戦前の1903年(明治36年)4月21日にはここでいわゆる「無鄰菴会議」が行われた。

差の時の様子は山県有朋の別荘 無鄰菴
「無鄰菴」と名付けられた山縣邸は三つある。 最初の無鄰菴は山縣の郷里、長州・下関 … 続きを読む →
にあるような様子ではなかったかと。

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京都国際交流会館


京都市国際交流会館は、市民レベルの国際交流活動を推進する拠点として平成元(1989)年に開館。

PR不足なのかあまり知られていないのではないか。

3階建ての本館と和風別館から成り、イベントホール、会議室、ボランティアルーム、情報サービスコーナー、姉妹都市コーナー・展示室、図書・資料室、レストランなどがある。

ドリンクやデザート、ヘルシーなお弁当など。
テイクアウトもできる。

2Fは「東山和み館 玄」今日はここでお昼をいただいた。

一汁三菜 ~和食~ を基本としたメニューが味わえます。

1890年(明治23年)に通水を開始した琵琶湖疏水第1疏水に関連して、翌1891年(明治24年)6月に第一期蹴上発電所が運転を開始。

営業用としては日本最初の水力発電所。

当発電所の電力は、近接する蹴上インクラインの動力源として用いられ、近隣に配電されたほか、1895年(明治28年)に開通した京都電気鉄道(後の京都市電)でも使われた。

1912年(明治45年)、第2疏水の完成に伴い第一期蹴上発電所が取り壊され、第二期蹴上発電所が開業した。

1936年(昭和11年)には、第一期発電所の跡地に第三期発電所が建設された。

1942年(昭和17年)に京都市から関西配電に現物出資され、2017年現在は関西電力の発電所となっている。

目立つわりにあまり知られていない『巨大な輝き』と題する像。

下の碑文には「水門を開ける男と開かれた水門からキラキラあふれ出る命の水、幾数千万の力の結集が疏水隧道(トンネル)を造らせた。
それは巨大なエネルギー このパワーを人物に託し 琵琶湖からの永遠の恵みを感謝する気持ちを形とす。」と書かれていた。

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万葉文化館


奈良県立万葉文化館は奈良県高市郡明日香村にある美術館・博物館。
日本最古の歌集『万葉集』をテーマとする。

『万葉集』は、古く5世紀から、8世紀にかけて詠まれた4500余首を収めたわが国最古の歌集で、日本人の心の古典、言葉の文化遺産といえる。そのなかでも、奈良を対象に詠まれた歌が最も多く、県内各地には『万葉集』ゆかりの歴史的風土・自然景観が多く残されている。

「歌の広場」(古代の市空間を再現)「さやけしルーム」(万葉人が感じたであろう、音や光を体験)「万葉劇場」(人形や映像などを用いて万葉の世界を紹介)などの展示が行われている。

平成13年9月に、建設費約140億円の巨額資金を投入して明日香村飛鳥に開館したが、当初、年間25~30万人と見込んでいた入館者数は半数以下の10万人前後と低迷を続けており、存続そのものが問われている。

以前の訪問時、展示の紹介を行った。
万葉人のくらし
万葉人はどのように暮らし、どんな恋をし、どんなふうに四季の移ろいを眺めたのでしょ … 続きを読む →

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ゾロアスター教徒の飛鳥時代伝来説 酒船石遺跡


以前から知られている酒船石に加えて、平成12年(2000年)の発掘で発見された亀形石造物と小判形石造物および周辺の遺構を含めて酒船石遺跡と呼ぶようになった。

この命名は明日香村教育委員会によるが、研究者の間では酒船石と亀形石造物との関連性を疑う意見も強く、この名称は適当ではないとの意見も存在する。

平成4年(1992年)に酒船石の北の斜面で石垣が発見され、『日本書紀』の斉明天皇の時代に記述される工事に該当する遺跡と推測されている。

記述中の「宮の東の山に石を累ねて垣とす。」の「宮」が酒船石の南西にある伝飛鳥板蓋宮跡であり「東の山」が酒船石のある丘ということである。

松本清張の小説『火の路』は、酒船石(さかふねいし)の前で、若き古代史の研究者 高須通子とカメラマン 坂根要助、福原副編集長が出会うシーンから始まる。

ペルシア人・ゾロアスター教徒の飛鳥時代伝来説を描き話題を呼んだ、著者の古代史ミステリーの代表的長編。

『火の路』(ひのみち)は、松本清張の長編推理小説。『朝日新聞』に『火の回路』のタイトルで連載され(1973年6月16日 – 1974年10月13日)、改題の上、1975年11月・12月に文藝春秋から刊行された。

1976年にテレビドラマ化されている。

日本書紀 斉明朝の奇妙な記述
蘇我氏暗殺の現場に居合わせた女帝については余り芳しくない記述が多く、例えば正史の … 続きを読む →

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