女人往生の念仏道場 誓願寺

女人往生のさきがけとして、都の才女・清少納言が誓願寺において発心し、髪を落して尼僧となり、本堂のそばの庵室で念仏して歓喜の往生をとげた。

また和泉式部も、娘に先立たれた悲しみのうちに無常をさとり誓願寺に詣でた。
和泉式部、秀吉の側室・松の丸殿が帰依したことにより、女人往生の寺として名高い。

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上京区元誓願寺通り小川町からこの地へ移ったのは天正13年秀吉の時代。
都の周囲に7里3丁 にわたる土居を築き、町中の寺院を市外へ移した。
その時多くの寺院が東の果て京極に移され、その時から京極通りを寺町というようになった。

誓願寺もその時、秀吉の側室京極竜子松の丸殿の篤信によって諸大名の御簾中にも勧進され 最も大きな堂塔が12年間かかって建立された

しかし明治維新にこのあたりに娯楽場繁華街を作ることになり寺町寺院の境内を削り、 墓地を整理し塀を取り払い、小川を埋め三条から四条まで開いた。
これが今日の新京極である。

迷子のみちしるべ、誓願寺門前の石造角柱
1882年(皇紀2542)明治15年の建立
正面に「迷子みちしるべ」、右側に「教ゆる方」、左側に「尋ぬる方」と彫られている。

江戸時代末期から明治時代中期に、まだ警察がなかった時代に、各地の社寺や盛り場に建てられたもののうち、京都市内に現存する3石中(誓願寺と北野天満宮、八坂神社)の一つ。

迷子や落し物などのとき、この石に紙を貼って情報交換されていたことから「月下氷人(仲人)役の石」といわれ「奇縁氷人石」と称される。
阿弥陀如来の恵みで、生き別れた母子が再会できたという霊験にあやかってといわれる新京極の七不思議の一つ。

誓願寺では平安時代に、歴史上有名な二人の女性作家が極楽往生されています。
ひとりは清少納言。
当寺で菩提心をおこして尼となり、本堂そばに庵室を結び、その後、念仏して往生をとげました。

もうひとりは和泉式部。
「誓願寺縁起」によると、和泉式部は、娘を亡くした苦しみから救われる道を求め、播磨の書写山・円教寺(姫路市)の性空(しょうくう)上人を訪ねました。

しかし性空上人は「今、あなたが求めるべきものは極楽往生の教え。
京都八幡山の石清水八幡宮に現れられた大菩薩は、本地( ほんじ :神仏の本体)は、人々を苦しみから救うためこの世に現れられた極楽の阿弥陀如来です。

石清水八幡宮に詣で一心に祈りなさい。
必ず願いが通じるでしょう」と話されました。
石清水八幡宮へ辿り着いた和泉式部は、大菩薩の前で七日七夜、極楽往生の道を祈りました。
八月中旬の明け方、八十歳ぐらいの老僧が宝殿より現れ告げました。

「京都誓願寺の本尊は人々を苦しみから救うため、すべての行を修められた仏さま。
そのお姿は春日大明神がお作りになったといわれる西方浄土、生身の仏さま。

人々を浄土に導くため、仮のお姿として誓願寺に現れられ、毎日一度は必ず西方浄土に通われている。
阿弥陀様に礼拝、称名し、一生を掛け極楽往生の道を祈りなさい」と告げ消えました。

和泉式部は誓願寺へ辿り着きました。
そして誓願寺に四十八日の間籠もり、一日中ひたすら念仏を称え往生を願いました。
ある夜のこと。
七十歳程の老尼が仏壇に現れ「往生は、阿弥陀如来様にすべてをおまかせすればいいのです。

南無阿弥陀仏と称えれば、慈悲の光に照らされ迷いの道が晴れるのです。
女性の往生は、韋提希夫人が目の当たりに来迎を拝まれたことで証明されました。
疑いありません。」と告げました。
こうして和泉式部は、髪を切り尼になりました。

法名は専意と名付けられ、誓願寺の傍らに柴の庵を結びました。
この庵は小御堂と呼ばれ、関白藤原道長が、娘の上東門院に仕えていた和泉式部ために一庵を与えたのが起こりといわれています。

式部は常に庵に籠り、朝夕に本尊阿弥陀如来さまに詣で、それ以外の外出は控えられ、 67代三条天皇の時代、長和三年(1014)3月21日、往生の素懐を遂げました。

扇塚
西門を入ってすぐ右手にある。
天保年間(1830年~1844年)。
能楽的な色彩と、歌舞的な色彩を調和させた優れた芸風を持った篠塚流の祖篠塚文三郎が活躍し、和泉式部信仰により誓願寺に参拝したといわれる。

誓願寺第55世 策伝日快上人にゆかりの深い扇塚が建てられたといわれる。
舞踊家や落語家など芸道に励む人により、日常使っていた扇を塚に納め、芸道精進を祈願される。
「芸道上達祈願扇塚誓願寺」と書かれた石碑も立っている。

説教から発達した講談、落語、漫才などの芸人の成就を祈願する寺として知られている。また、落語発祥の寺とも言われている。
今でも関西地方の芸人たちがこの寺で練習会を営んでいる。

鐘楼に猫が!「誓願寺には、猫がぎょうさんおるんですわ~。」

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誓願寺へのアクセス、行き方歩き方

住所:中京区新京極通三条下ル桜之町453
電話:075-221-0958
FAX:075-221-2019

阪急電車 河原町下車 徒歩約10分
市バス  河原町三条下車 徒歩約5分

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