名城の旅

東海

東海北陸20名城 西尾城

西尾城は、鎌倉時代前期に三河守護の足利氏が築城した西条城が起源とされ(異説あり)、戦国時代の城主の変遷に伴い規模が拡大、1585年に徳川家康の命により近世城郭に改築された。 『三河物語』には、徳川家康による桶狭間の戦い後の三河統一戦で「西尾...
兵庫県

阿波九城の一つ撫養城(むやじょう)

築城は、古くは小笠原氏の居城と伝えられるが、はっきりとはわかっていない。 その後三好氏の配下の四宮氏が城主となったが、天正10年(1582年)、長宗我部元親が阿波国へ侵入し、撫養城を長宗我部元親の配下である真下飛騨守が守備する。 天正13年...
京都府

歴史とドラマの城 勝竜寺城

勝竜寺城は京都盆地の西南部、小畑川と犬川の合流地点に位置し、西国街道と久我畷が交差する交通上の要衝で、京都では山崎城につぐ防衛拠点であった。 延元4年/暦応2年(1339年)、京都をうかがう南朝方に対抗するため、北朝方の細川頼春が築いた城と...
東海

織田信長の初めての城 小牧山城

1562年2月18日(永禄5年1月15日)には徳川家康と清須城においていわゆる清洲同盟を結び、完全に東側の脅威がなくなった。 ここにおいて、信長は全力で美濃を攻める体制をつくるために、本拠地ごと北方へ前進する策を採った。 この新しい本拠地に...
東海

織田信長が敦盛を舞い、桶狭間へ出陣した清州城

「人間五十年、下天のうちをくらぶれば夢幻のごとくなり」と敦盛の一節を舞い、茶漬けを食べながら、螺(ほらがい)を吹け、具足をよこせと出陣していくシーンは映画やドラマでよく出てきます。 引治元年(1555)織田信長公が那古野城から入城、永禄3年...
東海

秀吉出世の地 墨俣一夜城

1561年(永禄4年)ないし1566年(永禄9年)の織田信長による美濃侵攻にあたって、木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)がわずかな期間でこの地に城を築いたと伝えられている。 これがいわゆる墨俣一夜城であるが、不明な点が多く、様々な議論がある。 現在...
兵庫県

子午線の町 明石城

明石の地は、山陽道が通り、北には丹波国、但馬国への道が分かれ、淡路島、四国のルートがあり、古来より交通の要衝であった。 徳川幕府が西国の外様大名の抑えの城として、姫路城についで着目した。 前回訪問時の記事平成の天下普請で復元・修理された 明...
兵庫県

深まる秋 篠山城

1609年(慶長14年)徳川家康は、松平康重を常陸国笠間城から丹波国八上城に移し、さらに新城の築城を命じた。 これは、山陰道の要衝である丹波篠山盆地に城を築くことによって、大坂の豊臣氏をはじめとする西国諸大名のおさえとするのが目的であったと...
京都府

初秋の福知山城

初秋の福知山城を訪れたが冷たい秋雨に打たれながらの観光であった。 今年の夏に訪れた時も確か雨だった。 その時の記事があります。明智光秀が築いた名城 福知山城 詳細はそちらを参照ください。 紅葉とは言い難い状況です、枝先の雨雫が冷たそう。 門...
日本100名城

小谷山上に築かれた近江の名城 小谷城

今回は小雨をついての登頂敢行だ。 右側の尾根筋を六防迄登り、清水谷を小谷城戦国歴史資料館まで辿るコースをとる。 小谷城は日本五大山城の一つに数えられる。 標高約495m小谷山(伊部山)から南の尾根筋に築かれ、浅井長政とお市の方との悲劇の舞台...
和歌山県

熊野灘にそびえる海の城 新宮城

新宮城は、熊野川沿岸の田鶴原(たづはら)とも呼ばれるあたりの小高い丘である丹鶴山(現在の和歌山県新宮市新宮字丹鶴)に築かれた平山城である。 別名、丹鶴城は、もとこの地に、源為義と熊野別当の娘の子である丹鶴(たんかく)姫の住まいがあったとする...
大阪府

岸和田城再訪

一段と秋らしくなったこの日、岸和田城を再訪した。 詳細は前回の訪問記猪伏山 千亀利城と呼ばれた岸和田城を参照いただきたい。 関連記事:城下町岸和田を散策 廻遊式日本庭園 五風荘(ごふうそう)散策 スタート地のJR難波駅に向かいます。 家で飼...