日本100名城

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少年隊の悲話を残す 二本松城

二本松城は、別名、霞ヶ城・白旗城と呼ばれる。 2007年(平成19年)7月26日、二本松城跡として国の史跡に指定された。 「霞ヶ城公園」として日本さくら名所100選に選定されている。 簑輪門付近の石垣は特に美しい。 格好の撮影スポットだ。 ...
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最上家の隆盛を支えた名城 山形城

山形城は、最上氏の祖斯波兼頼が、延文2年(1357)に築城したと伝えられている。 兼頼の子孫は、その後最上氏を称して、代々居城した。最上氏11代当主義光の代に、関ヶ原合戦の戦功により、57万石の大々名となり、実質100万石の城下町として山形...
日本100名城

断崖を利用して築いた高石垣の名城 仙台城

雅称は「青葉城」。 「五城楼」との別名もある 慶長年間に伊達政宗が築造してから、廃藩置県・廃城令までの約270年に渡り伊達氏代々の居城であり、仙台藩の政庁であった。 国の史跡に指定されている。 このレリーフは寛文8~9年(1668~1669...
日本100名城

琉球王朝のシンボル 首里城

日本100名城の一つ。 琉球王朝の王城で、沖縄県内最大規模の城(グスク)であった。 戦前は正殿などが国宝であったが、1945年(昭和20年)の沖縄戦と戦後の琉球大学建設により完全に破壊され、わずかに城壁や建物の基礎などの一部が残っている。 ...
日本100名城

沖縄屈指の名城 今帰仁城

日本100名城の一つ。 今帰仁城(なきじんぐすく、なきじんじょう、別名:北山城(ほくざんじょう、ほくざんぐすく)) 今帰仁城跡の歴史は古く、13世紀までさかのぼるとされています。 堅牢な城壁に囲まれたその城は、標高約100メートルに位置し、...
日本100名城

悲劇のヒーロー護佐丸 中城城最後の城主

日本100名城の一つ。 中城(なかぐすく)城を築いたのは護佐丸である。 護佐丸というのは、首里の中山王が、琉球を統一するのに非常に貢献した武将であり、築城の名手とも呼ばれていたが、その統一後に、勝連城主であった阿麻和利という、陰謀好きの男の...
九州

断崖絶壁の高石垣 岡城

ここ岡城は別名「臥牛城」ともいわれ、日本三険城の1つに数えられています。 城壁(石垣)の高さ、城全体の大きさから、その防御力の高さが容易に想像できます。 この岡城は、文治元年(1185)、源氏と平家の戦いにおいて、九州における平家滅亡に貢献...
九州

大友宗麟の大分府内城

府内城という名称は、大分市中心部が中世に府内と呼ばれていたことにちなむ。 府内には、古代には豊後国の国衙が置かれ、鎌倉時代から戦国時代にかけては豊後国の守護職・守護大名であった大友氏の拠点であった。 大分川と住吉川に挟まれ、かつて海辺に面し...
中国

秀吉地獄の兵糧攻め 因幡の名城 鳥取城

久松山城ともいう。 中世城郭として成立、戦国時代には織田信長の家臣であった羽柴秀吉と毛利軍との戦いの舞台(中国攻め・鳥取城の兵糧攻め)となる。 江戸時代には鳥取藩池田氏の治下に入り近世城郭に整備された。 現在は天守台、復元城門、石垣、堀、井...
四国

南海の名城、高知城

高知城は大高坂山(標高44.4m)上に築かれた、梯郭式平山城。 山の南を流れる鏡川、北の江の口川をそれぞれ外堀として利用している。 別名、鷹城(たかじょう)。 本丸の建物が完全に残る唯一の城として知られている。 追手門 高知城の表門。 石垣...
四国

蜂須賀氏の居城 徳島城

吉野川河口付近の中洲に位置する標高61メートルの城山に築かれた山城と城山の周囲の平城からなる、連郭式の平山城。 北を助任川、南を寺島川(現在のJR線路)に囲まれ、東には堀を設けた、自然の地形を巧く利用した城だった。 天正十三年(1585)阿...
日本100名城

天下人家康の究極の城 名古屋城

その絢爛豪華な造りから、徳川幕府の権力を誇示する、シンボル的な城郭としてとらえがちな名古屋城。 ところがその実態は、大阪の豊臣方に対して旺盛な戦闘意欲を随所に秘めていた、まさしく「戦闘指令所」といえる巨大城郭であった。 能楽堂の裏手に、加藤...