関帝廟


この関帝廟の前身は大阪府中河内郡布施村にあった黄檗山萬福寺の末寺長楽寺であり、1892年(明治25年)に呉錦堂らによってこの地に移された。

昭和14年(1939年)関帝と天后像を祀るも、昭和20年(1945年)の空襲により長楽寺もろとも焼失した。

長楽寺跡に昭和22年(1947年)中国人有志によって関帝廟が造営され、その後拡張を重ね現在の姿となった。

本堂の屋根に一際目立つ青龍は北京の紫禁城と同じ皇帝色の瓦の上に飾られています。

宝玉をつかんで、お互いにらみ合っている青龍をみると幸せになるという言い伝えがあります

入口の山門に掲げられた「関帝廟」の扁額は、世界的に有名な書道家・于右任(蒋介石の元秘書)によるものです。

屋根にも獅子が。

関羽は、劉備と張飛と桃園の誓いを結んだ武将です。

この契りは、生まれたときは違うけれど、同じ日に死を望む義兄弟として生きていこうという約束のこと。

3人は蜀帝国の建国を目指し戦いましたが、関羽は曹操と孫権の連合軍に捕らえられて処刑されました。

劉備の一族は、関羽の死後、その功績を称えて廟を建立。これが、関帝廟の始まりです。

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六間道の三国志なごみサロンの前には関羽の像。

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