大阪が都になった日

古代の大阪(難波)は、東アジア世界に向けた交通の拠点であり、外交の窓口でもあったため一時期、大坂が都になったことがありました。

最初は大化元年(645年)、その後、天平16年(744年)、聖武天皇によって再び都になりました。

大極殿正殿跡

難波宮跡公園の北側を東西に通る府道高速大阪東大阪線(阪神高速道路東大阪線)は、ほぼ全線が高架構造にもかかわらず、難波宮跡付近の部分だけ平面となっている。

これは、建設に先立つ事前協議の結果、難波宮跡の遺構の保存と難波宮跡公園から大坂城跡への景観を確保するために「平面案」が採用された為である。

平面部分の道路の基礎は、難波宮跡中心部の遺構を破壊しないよう地下に杭を打ち込まないような特殊な構造となっており、また橋脚の間隔も一本当たりにかかる重量を分散させる目的も兼ねて通常30メートル開けるところを、この区間は10メートル間隔で橋脚を設置している。

大阪歴史博物館10階古代フロアの「大極殿]は、この都となった日の様子を原寸大のフィギュアによって再現している。

難波宮の遺跡は現在の馬場町・法円坂・大手前4丁目付辺に及んでおり、大阪歴史博物館やNHK大阪放送会館の複合施設がある一角も難波宮の跡である。

大阪歴史博物館の地下1階では、地下遺跡の様子を見学することができる。

大阪の難波宮遺構を歩
大阪歴史博物館の地下1階に難波宮遺構が保存され、ガイドツアーによって無料見学が可 … 続きを読む →

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