止止呂支比売命神社


若松神社が地元の愛称です。

ご祭神は、素盞鳴尊・稲田姫命を祀りま す。
式内社ですが創建年代は不明です。

神功皇后の創設とも言われ、住 吉大社の摂社(奥の院)でしたが、明治4年(1871)、独立分離して村 社となりました。

若松神社の名は承久3年(1221)、後鳥羽上皇が行幸 したさい、津守経国が境内の松林の中に行宮を造り、若松御所と名付 けた事によります。

境内に「御鳥羽天皇行宮跡」が建立されています。

目的は住吉の豪族津守一族をはじめ、大和、河内の兵隊を集めるためである。承久の乱の始まり。

承久の乱:

鎌倉時代の承久3年(1221年)に、後鳥羽上皇が鎌倉幕府執権の北条義時に対して討伐の兵を挙げて敗れた兵乱。

武家政権という新興勢力を倒し、古代より続く朝廷の復権を目的とした争いである。

北条義時は朝廷を武力で倒した唯一の武将として後世に名を残すこととなった。

社名のトドロキとは当時の境内にあった橋の名前から由来していると考えられる。

また、稲田姫を『止止呂支比売』(トドロキヒメ)と呼んだことから由来する説や境内に流れていた小川がせせらぐ音、『轟く』(トドロキ)から転訛したことが由来とする説もある。

本殿側面。

本殿正面。


願いの御神水

境内から湧き出る水を溜め神札へ願いを書いて神様に届けていただける場所が設けられています。


明治40年(1907)、霰松原の「霰松原荒神神社」(天水分豊浦命社)、明治42年(1909) に遠里小野の「農神社」が遷座、合祀されています。

霰松原
古代、住吉のあたりは海岸に沿って美しい松林が連なり、あられ(霰)が吹きつけるよう … 続きを読む →


「天水分豊浦命社」社号標石

黒長社:黒長大神を祀る

古来より存在している、当社の「神木」と「神木に棲む蛇」への信仰に基づく神社とされる。

願望成就の霊験が得られるとされている。

遥拝所。

境内社:稲荷社。

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