紅葉の名所 正暦寺


正暦寺は菩提山龍華寿院と号し、奈良と天理の間の山あいに位置する。
菩提山真言宗の大本山(単立)。本尊は薬師如来である。

「錦の里」と呼ばれ、紅葉の名所として知られるだけあって、バスを降りるとすぐに錦秋の世界。

境内を流れる菩提仙川の清流の清水を用いて、菩提泉という銘柄の清酒が日本で初めて醸造されたという伝承があり、「日本清酒発祥之地」の碑が建つ。

例年紅葉の時期は、JR・近鉄奈良駅から臨時バスある。

円照寺へ向かう道。

山号の菩提山は、奈良の東山一帯を釈迦修行の聖地に見立て、鹿野園(ろくやおん)・誓多林(せたりん)・大慈山(だいじせん)・忍辱山(にんにくせん)・菩提山と名付けた五大山の一つである、菩提山に由来する。

正暦3年(992年)、一条天皇の発願により、関白藤原兼家の子兼俊僧正が創建した。

正暦寺には、3000本を超える楓が山内にあります。

秋、11月になるとそれらが順番に色づいて紅葉していきます。

木々の緑と黄色や赤の紅葉が織り交ざって、山内をあでやかに染める様は錦の色に見えます。

このことから、正暦寺は古来より『錦の里』と呼ばれてきました。

紅葉の時期に一番みどころとなるのが借景庭園!庭自体は小ぶりですが、正暦寺西側の山に色付く木々の借景を楽しむ事ができます。

この景色を目当てに来られる方々が多いので、早い時間帯に行くと、縁側でまったりしながら紅葉を観賞できるのでオススメ。

しかし、近年、紅葉シーズンのカメラマナーの悪化によるトラブルが多く発生。

ご拝観の方々が気持ちよくお参りできない事態が発生しておりますことを鑑みまして、紅葉シーズンは本堂・福寿院の建物内での撮影を禁止させていただきます。

と、いうことで誠に残念。

せめて向かい側からの景観を・・・・

往時には、報恩院以下86坊の堂塔伽藍が建ち並ぶ大寺院であったが、治承4年(1180年)に、平重衡による南都焼き討ちによって焼失した。

江戸時代に入り、慶長6年(1601年)には寺禄は約1000石を数えていたが、応仁の乱後に再興された82坊によって、往時の様を取り戻していた。

本堂、三重塔、護摩堂、観音堂、地蔵堂、灌頂堂、鐘楼、経蔵、如法経堂、御影堂、十三重塔、弥勒堂、六所明神、鎮守などの堂塔伽藍が建ち並んでいたという。

明治の廃仏毀釈によって荒廃した。往時の威容は、参道沿いに延々と続く石垣によってしのぶことができる。

昭和42年(1967年)、本山仁和寺から独立し、菩提山真言宗大本山を名乗る。

また、秋から冬にかけては1000株以上の南天が赤い実をつけて参道を染めます。紅葉と並んで南天の実の色づきの素晴らしさは圧巻です。


柿がたわわに実り風情を添えます。

境内は飲食が禁止されているが河原に降りこの辺りまで来ると腰を下ろしてお弁当を広げられる。

紅いもみじにススキが・・・風情があります。




泣き笑い地蔵。

手前が円光光背の水子地蔵尊(泣き地蔵)、向こう側が船型光背を負う身替地蔵尊(笑い地蔵)。

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