瓢箪山稲荷神社


創建は天正11年(1584年)。
豊臣秀吉が大坂城築城にあたり、巽の方(大坂城の南東)三里の地に鎮護神として伏見桃山城から「ふくべ稲荷」を勧請したことが由緒とされる。

現在の本殿は、慶応2年(1866年)に建てられたものである。

瓢箪山稲荷神社という社名の由来は、稲荷神の祀られている古墳が瓢箪の形をしているからです。

円墳を横に二つ連ねた「双円墳」と呼ばれるタイプの古墳だそうです。

たしかに、瓢箪のようなかたちです。

全長は五〇メートル、高さ四メートルで、六世紀の前半の造営。横穴式の石室があり、かつては狐が住んでいたとも伝えられています。

本殿、拝殿は瓢箪形の古墳のすぐそばにあり、拝殿に立つと、古墳そのものを拝むことになります。

まるで、古墳がご神体のようです。

日本三稲荷(諸説あり)の一つであり、辻占総本社である。
祭神は若宇迦乃賣命(保食神)ほか。

江戸時代から近くの東高野街道において辻占いの風習があったが、明治時代初めごろに宮司が「辻占」を創始し、「淡路島かよふ千鳥の河内ひょうたん山恋の辻占」として日本全国に知られるようになった。

同神社の由緒などをまとめた「瓢たん山栞」には、豊臣秀吉との関わりをこう記しています。

「その昔、天正十一年二月、秀吉公が大坂築城に当たり、『巽の方三里の外に稲荷大神を勧請し家宝を納めて鎮護神とする』といふ古式に則り、侍臣片桐且元をして鬼塚、大塚の古墳に金瓢を埋めて瓢型の聖地を整へ、伏見稲荷よりふくべ稲荷を勧請し、(中略)瓢箪山稲荷と号して尊崇殊に厚かりし(後略)」

この地域は山畑古墳群と呼ばれる古墳の一大集積地。

大坂城築城のとき、秀吉がこのあたりの古墳から、石垣用の石を運び出させたことを示す古文書がのこっています。





眷属は白狐で、ここにも飛狐が祀られていた。

白狐に乗った荼枳尼天(ダーキニー)。

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ヒンドゥー教、チベット仏教などが稲荷と習合し現在の形となった。

荼枳尼天が乗る 狐は「野干」と呼ばれ元はジャッカルのことのようだ。

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