後藤象二郎寓居跡


ホテルリソル京都 河原町三条の敷地内は土佐藩士であり、後に明治新政府でも活躍した後藤象二郎(1838~1897)が京都に滞在中、常宿とした醤油商「壷屋」があった場所。

この地は土佐藩出入りの醤油商で、今中弥兵衛を当主とする「壷屋」のあった場所。

土佐藩邸に近いこともあり、この「壷屋」に藩重役であった後藤象二郎が幕末の京都滞在の折に寄寓していました。

象二郎が当時、この「壷屋」に寄寓していたことは、伝承によるほか、いくつかの文献で確認できます。龍馬の寄寓していた材木商「酢屋」の当主であった中川喜兵衛や、書店「菊屋」の峯吉からの聞き取り調査では、当時の象二郎の居所は「河原町三条下ル東入醤油商壷屋」と記録されています。

ホテルの入り口は狭い路地となっており、まっすぐ進んだ突き当りには醤油の樽が積まれています。

ホテルリソル京都 河原町三条の「後藤象二郎寓居跡ギャラリー」、当時の周辺街並みの復元ジオラマ。

高瀬川を挟んでこちら側が坂本龍馬の常宿「酢屋」、向こう側が後藤象二郎の常宿「壷屋」、間に彦根藩邸がありました。

後藤象二郎寓居之跡の石碑がある河原町通には、坂本竜馬と中岡慎太郎が暗殺された近江屋跡の石碑もあります。

また、河原町通の1本東の木屋町通には、土佐藩邸跡もあります。

酢屋は今も残る、滞在していた2階の部屋の格子から向いの舟入に向けてピストルの試し撃ちをしたというエピソードも伝えられています。

慶応3年(1867年)、龍馬の提案とされる船中八策に基づいて将軍・徳川慶喜に対し大政奉還論を提議。

土佐藩の在京幹部である寺村道成、真辺正心、福岡孝弟らの賛同を得て、薩摩藩の西郷隆盛、大久保利通、小松帯刀らと会談し薩土盟約を締結した。

しかし、イカルス号事件の処理で土佐に乗り込んできた英国公使パークスとの交渉を命じられるなど時間を消耗したため、倒幕路線を歩む薩摩との思惑のずれから盟約は解消された。

薩摩との提携解消後も大政奉還への努力を続け、10月3日に容堂とともに連署して大政奉還建白書を提出。

10月14日に慶喜がこれを受けて大政奉還を行った。

これらの功により、後藤は中老格700石に加増され、役料800石を合わせて計1,500石に栄進する。

慶応4年(1868年)、天皇謁見に向かうパークス一行の護衛を勤め、パークス暗殺を計画して斬り込んできた浪士と抜刀して斬り合い、そのうち一人の朱雀操を討ち取る。この事件の功により、中井弘と共にイギリスのヴィクトリア女王から恩賜の刀を贈られている。

象二郎が英国女王から贈られた宝剣の復元展示されている。

明治維新の功により賞典禄1,000石を賜る。

幕末の土佐藩士。明治維新後は政治家・実業家として活躍。
前藩主・山内容堂に登用され、若くして藩の重職に就く。

坂本龍馬が示唆したとされる大政奉還策を容堂に提言し、容堂に連署して「大政奉還建白書」を幕府に提出。徳川慶喜の大政奉還に大きな役割を果たした人物である。

維新後に懇意にしていた福沢諭吉は、時事新報に「後藤伯」と題する社説を掲載し、政府の現状を変え、諸悪をはらい清める「非常大胆の豪傑・満天下唯一の人物」は後藤伯だけであると、幕末から維新に至るまでの功績を絶賛した。

後藤象二郎は義叔父である吉田東洋(とうよう)の塾で学び、安政5年(1858)には東洋の推挙で幡多(はた)郡の奉行職に就いた。

文久2年(1862)東洋が暗殺され、武市(たけち)瑞山(ずいざん)(半平(はんぺい)太(た))らの土佐勤王党の力が大きくなると、政治の一線から身を引き、江戸で西洋の学問を始め航海術を学んでいる。

元治(げんじ)元年(1864)以降,再び藩政に返り咲き、土佐勤王党の弾圧をはじめ、武市を切腹に追いやり、前藩主の山内容堂の信任を得るところとなる。

慶応(けいおう)2年(1866)には参政職に、翌3年には家老職に就き、土佐藩の若き重臣となる。

坂本龍馬の船中八(せんちゅうはっ)策(さく)の考えに強く感銘を受け、山内容堂を通じて将軍 徳川慶喜に大政奉還の必要性を説いた。

明治維新後、新政府では盟友である板垣退助らと共に自由民権運動にも力を注ぐ一方、逓信(ていしん)大臣(郵便や通信を管轄する)や農商務大臣など政府の重職にも就いている。 

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