東洋のマンチェスター 船町工場群


明治16年(1883)、三軒家に大阪紡績会社(現・東洋紡績)が設立されると、大正区は日本一の紡績工業都市となり、大阪は「東洋のマンチェスター」とも呼ばれた。

近代化の波は船町・鶴町にも押し寄せ、日本初の公共飛行場や造船所、自動車工場などが設立。
阪神重工業地帯の一翼を担った。


大正12年に初期の民間飛行場である木津川尻飛行場が開設された場所です。

木津川尻飛行場は水上機から陸上機に変わる時代の飛行場で、昭和4年にはスチュワーデスの元祖であるエアガール1号が誕生しています。

高松行の飛行機でエアガールは着物を着ており、運賃は40円でした。

昭和14年には発着数がキャパを超え大阪伊丹飛行場へ移転され当飛行場は閉鎖されました。

中山製鋼所転炉工場は解体されてしまい島一つ迫力に欠けるのはやむを得ないところ。

中山製鋼所船町工場は昭和初期に操業を開始した歴史ある工場で官営八幡製鐵所(現新日鐵住金)、日本鋼管(現JFEスチール)に続く日本三番目の高炉(2002年に休止)を有していました。

敷地面積は全体で約45万m2。
そのうち転炉工場は6万m2を占めていました。

ちなみに船町工場は映画「ブラック・レイン」(1989年アメリカ 監督:リドリー・スコット)とともに語られることが多いですが「ロケ地」と呼ぶのはちょっと過大評価かも。

映画序盤、船町工場を中心とした木津川沿いの工場群が空から映しだされます。

極東アジアの混沌都市をイメージさせる効果的な映像ですが時間にしたらわずか数秒。

しかも夕日をバックにしたシルエットなので意識して見ないと大阪人でもまず気が付かないと思います。

ずどーんと長いパイプが圧巻。このまっすぐな道が木津川飛行場滑走路の跡か。



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