新世界 おもろっ


路面電車を追っかけてて終点恵美須町まで来たのでついでに新世界をのぞく。

通天閣にジャンジャン横丁、大きなフグ提灯の看板などで有名な大阪市南部の下町。
新世界の始まりは明治36年(1903)、天王寺および現在の新世界で催された第5回内国勧業博覧会に遡る。

通りの看板も面白い、有名な二度漬け禁止も見える。

その跡地の東半分には天王寺公園がつくられ、残った西半分には中央にシンボルとして通天閣(初代)と、その南側に有料遊園地のルナパークがつくられた。

これを契機に芝居小屋や映画館などが集結して発展し、新世界がかたちづくられていくことになる。

恵美須町1丁目(現・恵美須東1丁目)には南端中央に円形広場を設け、パリの街路に見立てた3方向の放射道路を北へ配すことになった。

放射道路は西から順に「恵美須通」(現・通天閣本通)、「玉水通」(現・春日通)、「合邦通」と命名された。

北霞町(現・恵美須東2丁目)には北端中央にエッフェル塔を模した塔を建て、「仲町」とも称する中心街区を形成することとし、塔は儒学者である藤沢南岳により「通天閣」と命名された。

海外の観光客の多さに驚く。

大正3(1914)年7月に誕生した「新世界市場」。

昔は、黒門市 場、木津市場とともに「浪速三大市場」と称された、大阪でも屈指の 存在。

新世界に立ち並ぶ料亭・割烹などの料理人が新鮮な食材を 買い付けにくるほど品揃えが豊富で、1日の買物客が1万人を超え る時代もありました。

そして今なお古きよ き市場の面影を残し、地元住民に愛さ れています。  
長さ約150mのアーケードで行われ る、昭和レトロなバザールナイト。

今回は入り口をのぞいただけで素通り、しかし、なかなか面白いことやってそうで゛す、改めて来てみよう。

新世界稲荷神社

創建明治45年の小さな神社。
毎月5、15日の月並祭のほか、年に5回の祭事があり、特に2月の節分祭は護摩木を奉納して商売繁盛を祈る人々でにぎわいをみせる。

福永大神とありますが、伏見稲荷の宮司さんからのみたいです。

この「新世界稲荷神社」は新世界誕生と同時期に京都の伏見稲荷神社から勧請され商売繁盛や新世界の繁栄を願って創建されたとの事です。

戦前は通天閣の下に鎮座していたそうですが、通天閣が取り壊しになり二代目通天閣の再建と同時にこの場所へと移転されたとのこ事。

その奥に摂社があります。
扁額には「九郎兵衛明神」、そして石碑には「九郎兵衛さん・奉納河内会」とあります。

これはどういういきさつなのかよくわからず。

平成19年の春、新世界に1つの石が小豆島から持ち込まれました。 
この石の名前はオブジェ「残念石」。 

大坂城築城の際、切り出された石ですが、実際には大阪へは運ばれず小豆島に残ったままの石でした。
その石を新世界が小豆島から借り受けて設置してましたが、関係者以外、ほとんどの人が、この石の存在や由来を知りません。

今回はほんの一部の取材だけに終わったが改めて訪問することとする。

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