港が見える 神戸北野天満神社


福原遷都に際して平清盛の命を受けた大納言邦綱が、新しい都の鬼門鎮護京都の北野天満宮を勧請して社殿を造営し、僧信海に管理させたのが当社のはじめと伝えられている。

本来は手水、古から人々がそこで手を合わせることによって信仰が生まれた。

鯉に水をかけ祈願すると願いが叶うといわれています。

とくに水を「鯉にかける」ところから「恋とかける」 つまり恋愛が成就するといわれ、現在では、水かけ祈願叶い鯉といわれている。

境内からは瀬戸内海が見渡せる。

右は風見鶏の館、金谷パートタワーも見える。

境内中央には、寛保二年(1724年)から、神戸の港を見守り続けてきた拝殿が建立されている。

以後、神戸の北野天満神社の周辺は「北野」と呼ばれるようになった。

中世の武家の世では、当社はしばしば戦乱に巻き込まれた。

南北朝の動乱期の湊川の戦いや、応仁の乱にかかわる兵庫の津焼きうちなどでも被害を受け、幾度か衰退の憂き目を見た。

特に戦国末期には、中国の毛利氏と結んだ荒木村重配下の花隈城に近かったため、織田信長の命で花隈城を攻めた池田氏がすぐそばに陣を敷き、北野天満神社も激戦に巻き込まれた。

残り柿がのどかな雰囲気。

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