竜馬葬送の道

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京都市東山区円山町、枝垂れ桜で有名な桜の名所。

龍馬・慎太郎像は公園の東側にある。
昭和9年に建立されたが、第二次大戦中供出させられ、昭和37年に再建された。

沢山の観光の方が歩くニ年坂から、左に曲がると急に人のいない坂道に入ります。

この坂道は、霊明神社・正法寺へ向かう坂道で龍馬坂と呼ばれています。

霊明神社、正法寺に至る急な坂は、いつしか「幕末志士葬送」の道と名付けられている。
 
もともと正法寺の参道であったが、文化六年(1809)、地下の村上都愷(くにやす)が正法寺の境内に霊明社を創建した。

徳川幕府の宗教政策により原則として全ての国民が仏教徒とされていた時代に、神道による葬式を始めた。

これにより、神葬祭を進める長州毛利家との縁ができ、在京志士の葬送・祭祀の地となった。
維新後、霊明社の土地は没収され、創建間もない東山招魂社に譲られた。
 
石碑の背後は神葬墓地となっている。
ここはもと土佐高知藩神霊社があり、東側の現在マンションのある場所には、吉村寅太郎ら天誅組志士の墓があった。

のち霊山護国神社内に移されている。

高低差は32m。斜度10度の坂道、坂の上から見下ろす。

この坂道は慶応3年(1867年)11月18日、海援隊士や陸援隊士らによる坂本龍馬と中岡慎太郎の葬列が通った「幕末志士葬送の道」。

坂本龍馬と中岡慎太郎が、近江屋事件で亡くなったのは1867年の11月。

坂本龍馬31歳。
中岡慎太郎29歳。

志士達が夢見た、明治維新はその翌年の1868年10月でした。

慶応3年(1867年)11月15日 自身33歳の誕生日に京都河原町蛸薬師近江屋新助宅にて狂刃に倒れた。

一週間前に福井から帰った龍馬は風邪気味で近江屋に用意されていた隠れ家の蔵では、寒さがこたえると母屋二階で火鉢を抱え中岡慎太郎と語り合っていた。

腹がへったなぁ、好物の軍鶏鍋でも食うかと使い走りの峰吉に四条小橋の「鳥新」まで軍鶏を買いにやらせた。
そのわずかなスキに賊は押し入り下僕の藤吉も犠牲になった。

入り口からさらに階段を上がっていくと、そこには坂本龍馬と中岡慎太郎並び、そこの横に申し訳なさそうにそして藤吉のお墓が並んでいる。

墓地からは京都市街が一望、八坂の塔も見える。

現在は墓地へ入るのは京都霊山護国神社から。

京都霊山護国神社は明治元年に初の官祭招魂社として創建され、その当時は霊山官祭招魂社といいましたが昭和14年に現在の名に改称。

幕末の長州、土佐、筑前、肥後といった各藩の殉難者ら549柱を祀ります。
その中には著名な方々の名前も数多くあげる事が出来ます。
坂本竜馬・中岡慎太郎・桂小五郎(木戸孝充)と幾松夫妻・吉田稔麿らの池田屋事件殉難烈士、久坂玄瑞らの禁門の変殉難の長州藩の面々・・・。

幕末ミュージアム「霊山歴史館」

館内には幕末の志士ゆかりの品々がたくさん展示されています。
わかりやすい幕末年表もあるので、初心者でも大丈夫!

あの松下幸之助さんが、「明治維新の時代に生きた人々は、日本の近代化の基礎を築いた人々である。

そんな人々の墓が荒れていることは嘆かわしい」と創設したことでも有名です。

こちらは司馬遼太郎の「竜馬が行く」にも度々登場する現在の明保野亭。
坂本龍馬の定宿の一つだったところです。

当時はもう少し北東にあったらしいのですが、石碑とともに産寧坂の近くで今も営業しています。

明保野亭といえば、坂本龍馬好きの方や、司馬遼太郎先生の竜馬がゆくにも登場する、幕末には、坂本龍馬が常宿し、倒幕の密議を志士たちと談合していた場所でもあり、小説上では、土佐藩家老息女のお田鶴様と、坂本龍馬が密会していた場所として登場する料亭です。

現在でこそ明保野亭は、様々な店舗が軒を連ね、あまり目立ちませんが、当時は京都でも選りすぐりの高い建物だったので、坂本龍馬も2階の窓からよく京都を一望していたそうで、新選組をはじめとする、幕吏からの追跡を警戒するのに、最適の場所であったのでしょう。

店の前には龍馬の写真も飾られている。

月真院は高台寺の塔頭の1つで、臨済禅宗建仁寺派に属します。
本尊は千体地蔵菩薩。

でも、それだけじゃないんです!
この月真院は、慶応3(1867)年6月に新撰組から分離した、伊東甲子太郎ら15名が公明天皇陵を守る御陵衛士として屯所を構えた地。

だから、御陵衛士のことを、別名高台寺党とも呼ぶ。
衛士が寝泊まりしたとされる部屋も残っている上、方丈からは八坂の塔、秋には美しい紅葉が見られるそうですが、内部非公開なのが惜しい………

以前の龍馬葬送の道の記事、今回加筆、改訂した。

坂本龍馬 葬送の道を訪ねる
本日の目的は竜馬葬送の道を訪ねることにある。 現在では高山寺参道脇の道を上がり、 … 続きを読む →

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