大仙公園のイチョウ並木


大仙公園のイチョウ並木、イメージとしてはもう少しボリュームもあり、立派なものと考えていたが少しがっかり。

今年だけの特徴なのかすでに紅葉は終わってしまったかの印象を受ける。

平和塔

大仙公園の中央部に、昭和46年に建設された。

第2次世界大戦で、なくなった堺の多くの戦死者や、戦没者の方々の霊をなぐさめ、ニ度と戦争の無ない、いつまでも平和な世の中であってほしいという願いをこめて建てられた。

高さは約60メートル、地上十五階建ての三角柱の建物で、堺市の市章にもあるように、摂津・河内・和泉の三つの国の国の境に栄えた町というところから三角の塔になっています。

世界遺産に認定された仁徳天皇陵、日本書紀などに伝えられる仁徳・履中の在位順とは逆に、履中天皇陵古墳よりも後で築造されたことがわかっています。

考古学上は仁徳天皇の陵であるとすることに否定的な見解が唱えられているが、築造時期が5世紀前半~中頃との見方が確定することによって、むしろ文献史学上で想定される仁徳天皇の活動時期に近づくとする見解もある。

ただし、宮内庁が調査のための発掘を認めていない現状において、学術上ここが仁徳天皇陵であると確定することは不可能となっていることから、現在では、教科書などを含めて「大仙陵古墳」とされており、「仁徳天皇陵」は注記に「伝仁徳陵」となるに留まっている。

大仙公園でお目にかかれる仁徳天皇像、この地が「百舌鳥耳原(もずみみはら)」と呼ばれることになった由来を表しています。

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紅葉の名所 正暦寺


正暦寺は菩提山龍華寿院と号し、奈良と天理の間の山あいに位置する。
菩提山真言宗の大本山(単立)。本尊は薬師如来である。

「錦の里」と呼ばれ、紅葉の名所として知られるだけあって、バスを降りるとすぐに錦秋の世界。

境内を流れる菩提仙川の清流の清水を用いて、菩提泉という銘柄の清酒が日本で初めて醸造されたという伝承があり、「日本清酒発祥之地」の碑が建つ。

例年紅葉の時期は、JR・近鉄奈良駅から臨時バスある。

円照寺へ向かう道。

山号の菩提山は、奈良の東山一帯を釈迦修行の聖地に見立て、鹿野園(ろくやおん)・誓多林(せたりん)・大慈山(だいじせん)・忍辱山(にんにくせん)・菩提山と名付けた五大山の一つである、菩提山に由来する。

正暦3年(992年)、一条天皇の発願により、関白藤原兼家の子兼俊僧正が創建した。

正暦寺には、3000本を超える楓が山内にあります。

秋、11月になるとそれらが順番に色づいて紅葉していきます。

木々の緑と黄色や赤の紅葉が織り交ざって、山内をあでやかに染める様は錦の色に見えます。

このことから、正暦寺は古来より『錦の里』と呼ばれてきました。

紅葉の時期に一番みどころとなるのが借景庭園!庭自体は小ぶりですが、正暦寺西側の山に色付く木々の借景を楽しむ事ができます。

この景色を目当てに来られる方々が多いので、早い時間帯に行くと、縁側でまったりしながら紅葉を観賞できるのでオススメ。

しかし、近年、紅葉シーズンのカメラマナーの悪化によるトラブルが多く発生。

ご拝観の方々が気持ちよくお参りできない事態が発生しておりますことを鑑みまして、紅葉シーズンは本堂・福寿院の建物内での撮影を禁止させていただきます。

と、いうことで誠に残念。

せめて向かい側からの景観を・・・・

往時には、報恩院以下86坊の堂塔伽藍が建ち並ぶ大寺院であったが、治承4年(1180年)に、平重衡による南都焼き討ちによって焼失した。

江戸時代に入り、慶長6年(1601年)には寺禄は約1000石を数えていたが、応仁の乱後に再興された82坊によって、往時の様を取り戻していた。

本堂、三重塔、護摩堂、観音堂、地蔵堂、灌頂堂、鐘楼、経蔵、如法経堂、御影堂、十三重塔、弥勒堂、六所明神、鎮守などの堂塔伽藍が建ち並んでいたという。

明治の廃仏毀釈によって荒廃した。往時の威容は、参道沿いに延々と続く石垣によってしのぶことができる。

昭和42年(1967年)、本山仁和寺から独立し、菩提山真言宗大本山を名乗る。

また、秋から冬にかけては1000株以上の南天が赤い実をつけて参道を染めます。紅葉と並んで南天の実の色づきの素晴らしさは圧巻です。


柿がたわわに実り風情を添えます。

境内は飲食が禁止されているが河原に降りこの辺りまで来ると腰を下ろしてお弁当を広げられる。

紅いもみじにススキが・・・風情があります。




泣き笑い地蔵。

手前が円光光背の水子地蔵尊(泣き地蔵)、向こう側が船型光背を負う身替地蔵尊(笑い地蔵)。

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紅葉の住之江公園界隈


大阪府出身ならびに縁故の殉国の英霊10万5千余柱を祀っており、祭神の柱数は護国神社では沖縄県護国神社、福岡縣護國神社に次いで3番目に多い。

住之江公園の南西に鎮座し、新なにわ筋を挟んで住之江競艇場に隣接している。
住之江通に面した正面鳥居は大阪府で最大の鳥居である。

1978年(昭和53年)5月31日 – 皇太子・皇太子妃(現・明仁上皇・上皇后美智子)が参拝。

今年の紅葉は遅れてやってきて早々に散り始めている。

大池の中島の木が赤く紅葉してきれいです。

見えている照明設備は野球場。

住之江公園野球場は主に軟式野球の各種公式戦会場として利用されているほか、近畿学生野球(2部リーグ)や全国高等学校野球選手権大阪大会の会場としても使用される。

住之江公園は1940年には、従来の敷地の一部を大阪護國神社に割譲した。

さらに1948年には大阪府営大阪住之江競輪場が設置されたため、公園機能を失った。
地元住民の強い要望により1964年に競輪場が廃止されたのちに、公園としての整備を再開している。

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岩戸山観世音寺風天洞


そこは豊田市大藏町岩戸山。足助・香嵐渓に向かう途中にあります。

県道沿いに立ち並ぶ異界へのゲートの向こうには、天空へと伸びる細道。

導かれるように足は一歩また一歩奥へと

十二支の動物の頭を持つ守り本尊が入り口に並んでいます。


1178年(治承2年)に建立された当地方における最古の寺院であり、当地の領主、原田家一門の菩提寺です。

聖徳太子御自らの彫刻によると言い伝えられし「聖観世音菩薩像」を安置しています。

その昔、洞窟の整備をしていた職人たちが洞窟から出てくる姿が、風天神様に見えたことから風天神様の住まう洞「風天洞」と名付けられ、呼ばれるようになりました。

境内に1000体以上の様々な像が並び、”仏像のデパート”と呼ばれる珍スポット。

名物の「風天洞」と呼ばれる洞窟は全長500メートルもあり、その中にも300体以上の像がズラリ。

また、途中にある「銭洗いの水」でお金を洗うと1万倍にもなるといわれている。

ラストの風天神という仏面が円柱に貼り付けられたオブジェは圧巻です。


中でも、石窟の天井に描かれた寝拝み楊柳観音は、台座に寝て拝むという世にも珍しい拝み方をするトルツメ観音として有名。


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日の出


小生の部屋からの日の出、部屋が東面しているため日の出とともに起床だ。

ちょうど二上山の見える位置にあるのだが正面のビルが邪魔をして完全には見えない。

日本各地の朝日・夕日を撮ってきたが、今度、定点観測の地を手に入れた。
四季折々の朝日・夕日の観測が楽しみだ。
朝日・夕日の記事を見る

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紅葉の始まった長居公園


今年は紅葉も遅いような気がするが長居植物園ではそろそろ紅葉が始まっています。


ラクショウの並木紅葉の始まりです。

ハナミズキもきれいに紅葉しています。

アップで摂ってみると赤がきれいです。

定点観測の場所、葉を落とした木が多いようだ。

桜の紅葉

パンパスグラスも元気です。

カレンボクも見事に実をつけています。

小池の周りのメタセコイヤ。

ジュウガツザクラもきれいに咲いています。

ジャカランタの木大きくなった。

カリンの実。

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十三駅 界隈


地名の由来は、摂津国西成郡の南端を一条とし、北へ順次数えると十三条の場所に当たるという条里制に基づく説[や、かつて当地に存在した中津川の渡しが淀川の上流から数えて13番目の渡しであったとする説など、諸説存在する。



阪急神戸線・京都線・宝塚線が交わる、京阪神の要である十三駅の周辺は活気が溢れた大阪の下町だ。

十三は実は商店街マニアな人達にはたまらない聖地なのかもしれません。

もとは八幡神社と称し、中津川・神崎川の氾濫で旧記録流失し創記年代は不詳。

旧地名小島から小島八幡といわれていた。昭和4年(1929年)の社殿改築時に見つかった宝永7年(1710年)銘の棟札には天正年中(1573〜1592年)勧請とある。



トミータウンは、飲食店が主であること から公衆トイレも 1 箇所設置されている が、昔は⽴⼩便が跡を絶たなかったことか らしょんべん横丁といわれていたそうだ。

そこで、⼩便⼩僧をモチーフとして、⽴ ⼩便をしようとしたところ「おいコラッ、 ⼩便をするな!」と 注 意 され振り返る様子 をモニュメント化したのが「⾒返りトミー 君」なのだそうだ。

平成26年に大きな火災が発生した「しょんべん横丁」は、このトミータウン商店街に含まれる。


風俗店が駅近傍にあり、ネオン等で目立つ存在であるため、歓楽街として位置づけられることが多い。
特に十三駅西南側の栄町エリアには飲食店、パチンコ店、キャバレー、ピンクサロン、ラブホテルなどが密集している。

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淀川河川敷


河川敷をつなぐ錆びた陸橋、川面を渡ってくる風が心地よく体をつつんでくれます。土手の下の車道は、車の通行量が多いので注意が必要です。

空が広く快適です。

ランニング、散策にと市民の憩いの場。

対岸には十三の歓楽街が広がる。

十三という地名は、旧成小路村(現在の淀川区新北野付近で)の字名の一つで、十三の名の起こりは条里制の十三条に由来するという説もあるが、淀川の渡しのうち、上から数えて13番目であったこととする説が有力で、江戸時代以前から”十三渡”があったとされる。


阪急電車の橋梁を挟んで、梅田スカイビルがそびえ立っています。

阪急の新淀川橋梁は、阪急電車の中津⇔十三間は阪急神戸本線、阪急宝塚本線、阪急京都本線の3­路線、上下線合わせると6本の線路が並走しているので、とにかくひっきりなしに電車が通ります。

新十三大橋

本橋は、在来の十三大橋の下流280mの地点にあり、4車線13.5mの車道に歩道と自転車道を加えた18.2mの有効幅員をもち、3径間連続鋼床版桁の3連編成で新淀川と中津運河を越える。
延長約792.8m、最大支間長90mで、大阪でも有数の長大橋である。

十三大橋

橋の中央部に路面電車を敷設することが可能な設計になっている。
親柱のたもとに歯車をモチーフとした欄干など時代を色濃く反映した意匠などが残っている。

現在、北行き片側1車線(新十三大橋がこれを補完している)、南行き片側3車線、および歩行者道が設定されている。

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阪急中津駅


梅田から北へ0.5Kmほどという地理条件から、梅田に連なるオフィス街となっている。

また近年では住民の都心回帰傾向がみられることに伴い、地下鉄中津駅周辺を中心に超高層マンションが増加している。

町名としては、大阪市北区中津一丁目から中津七丁目まである。
東西約1.5km、南北約1kmの地域で、淀川の南側に沿うような形で位置している。
2005年の国勢調査によると、人口は9,486人。

JR東海道線支線地下化事業は、うめきた2期区域のまちづくりの基盤となるもので、うめきた地区の西端地上を南北に走行している現在線を地区の中央部に移設・地下化することにより、踏切の除却や、現在、高さ制限のある鉄道と道路との交差部分の解消を図り、踏切事故や渋滞が解消され、道路を安全に通行できるようになるとともに、鉄道で分断されたまちが一体的に利用できるようになります。

また、西日本旅客鉄道株式会社が実施する新駅設置事業により、関西国際空港や和歌山方面からのアクセスの向上を図り、国際競争力を有する地域の形成をめざします。

平成34年度末の地下化切換・新駅開業をめざして取り組んでまいります。

淀川を挟んだ北側には十三東、新北野、木川西、木川東、東は豊崎、西は大淀北、大淀中、南は大深町、芝田に囲まれた地域である。

この地にはかつて、旧淀川の支流のひとつ、中津川が流れていた。

中津川は細い川の上に蛇行して流れていたため、しばしば洪水を起こしていた。

記録によると、平均して10年に一度の割合で洪水に見舞われていた。
正保 – 慶安年間に西成郡小島村(のちの十三東之町)で中津川改修工事が行われ、のちに中津村の一部となる小島新田・小島古堤新田が旧河道に誕生した。

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無国籍シティ・中崎町


伝統文化から韓流情報まで 料理に踊りに音楽などのカルチャースクールもあり韓国の文化にふれられる「大阪韓国文化院」。

それぞれ徒歩10分ほどで移動できるのに、「動(梅田)と静(中崎町)」 「近未来(梅田)と昭和(中崎町)」と一般的には対照的なまちだと思われているかもしれません。

こちら自転車屋さん、いつも見かける自転車屋さんとはちょっとちがう。

戦災をのがれ、長屋や迷路のような路地が残る中崎町では ベトナム料理やスリランカ料理、フランス雑貨屋、大阪韓国文化院など 文字通り「無国籍シティ」を回ります。

白龍大神もパワースポットとして人気だとか。



チェ・ゲバラ こんなのもある。
たのしくなってくるなぁ。



ちょうどお嬢さんが出店の用意をしていました。


目白の奥に素敵なお店を見つけたり。

中崎町の裏町巡は意外との遭遇の連続。

迷路のように入り組んだ路地裏の道を、行き止まりかどうか心配になりながら突き進むと意外なところに可愛らしい喫茶店や雑貨やなどがあります。

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