安藤忠雄の世界 TIME’S


建物は京阪・地下鉄三条駅より三条大橋を渡り、少し歩いた先にかかる三条小橋西詰に建っています.

昭和初期の三条小橋碑(三条通り角)

江戸時代より木屋町~河原町間の三条通は現在より道幅が狭く、現在の河原町以西の道幅と同じでした。

又、小橋右側(北側)の旅館『吉岡家』は、江戸時代から続く旅館です。

幕末に「新撰組」の基礎である「浪士組」を結成し、その後新撰組と袂を分け、江戸の警護をして有名な庄内藩士『清河八郎』が安政二年に書いた紀行文「西遊草」のなかで、三条河原かたわらの「吉岡や」に泊まったと記してあります。

また、左側の有名なアールデコ風の出窓がある旅館も江戸時代から続く「大津屋」(現在は、有名な建築家・安藤忠雄によるタイムズビル)で、池田屋騒動の「池田屋」は、まだ、この当時までは、建物は残っていました。

又、「京城勝覧」(儒学者・貝原益軒著1630~1714)のなかに「三条小橋高瀬側にわたせり。 此下より舟にのり伏見にゆく。 此邊(このへん)より大橋の際まで旅篭屋多し」。と当時の三条小橋周辺を紹介しています。
(案内板より)

中規模の商業建築の集中的に手掛けた80年代(1984年)の作品ですが、7年後に増築されており、作品集では「TIME’S I・II」と表記するものが多い。

フロア床を打ち放しの横帯で、それ以外を馬目地のコンクリートブロックで仕上げるやり方は「B-LOCK北山」でも見られましたが、時期としてはこちらが先です。

さてこちらは三条通と同じレベルとなる2階フロア、最初は開けた通路ですが途中から路地並みにグッと狭くなり、建物中央部には2階をガラス壁で囲まれた中庭が出現します。

京町屋の『オク』を連想させますが商業的にはマッチせず、周囲のテナントは全て空という寂しいものに。

設計当初は川を自邸の庭まで引いて再度流すという古い京都の邸宅から発想を得て、建物中央に高瀬川の水を引き込もうとしていたようですが、行政に猛反対されたそうな。





そして更に奥へと進むと、細い通路の向こうに出口を発見、こちらは坂本龍馬の隠れ家が通り沿いにあることから名付けられた『龍馬通』への出入口。

池田屋騒動でなじみの池田屋。

頃は幕末。材木商「酢屋」の6代目酢屋嘉兵衛は坂本龍馬の活動に理解を示し、幕府及び倒幕急進派の双方から命を狙われていた龍馬をかくまっていました。

店では龍馬は「才谷さん」と変名で呼ばれ、滞在していた2階の部屋の格子から向いの舟入に向けてピストルの試し撃ちをしたというエピソードも伝えられています。

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