関西一の早咲き桜 紀三井寺


JR紀三井寺駅方向から名草山(なくさやま、228.6メートル)を望む、山桜がきれいです。

寺域は紀ノ川河口平野の南部にある名草山の中腹にあって、境内から和歌浦湾を一望のもとに収める。

竹の青とと桜、そして空がきれい。

寺号は詳しくは紀三井山金剛宝寺護国院と称し、宗教法人としての公称は「護国院」であるが、古くから「紀三井寺」の名で知られる。

仏殿から北を眺める。

山内に涌く三井水(さんせいすい:吉祥水・清浄水・楊柳水)は紀三井寺の名の由来とされ、いずれも水源には慶安3年(1650年)の年記とそれぞれの名水の名を刻銘した砂岩製の水槽がある。

楼門からの231段の急な石段は結縁坂と呼ばれている。

豪商紀ノ国屋文左衛門は若いころ貧しいが孝心篤い青年でした。

ある日母を背負って紀三井寺の表坂を上り観音様にお参りしましたが草履の鼻緒が切れてしまいました。

困っていた文左衛門の鼻緒をすげ替えてくれたのは和歌浦湾にある玉津神社の宮司の娘おかよさんでした。

これがきっかけで二人に恋が芽生え結ばれました。
その後文左衛門は宮司の出資金によって船を仕立てミカンと材木を江戸へ送って大儲けしたのです。
紀ノ国屋文左衛門の結婚と出世のきっかけとなった紀三井寺の表坂はそれ以来結縁坂と呼ばれるようになったそうです。

護国院楼門(重要文化財)、本来はこちらが正門 – 参道正面、境内への入口に建つ楼門。

室町時代中期の建立、三間一層入母屋造。
寺伝では永正6年(1509年)に建立、永禄2年(1559年)に加修。下階中央間は開放で扉がなく、正面両脇間に仁王像を安置している。

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