安藤忠雄の世界 なにわ橋駅


2009年(平成21年)10月1日 – グッドデザイン賞と「メセナアワード2009 文化庁長官賞」を受賞。

駅出入口は、中之島公園内に位置するため、中之島線の他の新駅とは違った構造となっており、建築家の安藤忠雄が設計している。

改札口付近は高い天井が特徴。
また、壁面は不燃性木材とガラスで構成され、これは中之島線の各駅に共通する。

ホームの壁面は駅の上に建つ重要文化財・大阪市中央公会堂をイメージしたレンガ調となっており、中之島の「過去」を表現している。

空調用の熱源として土佐堀川の水をくみ上げ熱交換して川に戻す方法がとられ、太陽光を光ファイバーや光ダクトでコンコースへ導くなど省エネを図っている。

「水に浮かぶ島」のように、階段を上り下りすると水中から浮上したり、水中に潜水したりする感覚を覚える印象的な出入口です。

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安藤忠雄の世界 こども本の森


こども本の森 中之島は中之島公園内の大阪市立東洋陶磁美術館や中央公会堂に隣接。延床面積は約800平方メートルで、1階から3階までの3フロアで構成している。

新型コロナウイルスの感染症の拡大防止のため、開館時期は未定としている。


中央シートをかぶっているのは「青春のシンボル」として安藤忠雄さんがデザインしたオブジェ「青いりんご」で、兵庫県立美術館にあるものと同じだそうです。

安藤さんは、近代米国の詩人サミュエル・ウルマンが70代で作った「青春の詩」からオブジェを着想。

詩は「青春とは人生のある期間ではない。
心のありようなのだ」「希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる」などとつづられ、安藤さんは「目指すは甘く実った赤リンゴではない。

未熟で酸っぱくとも明日への希望へ満ち溢れた青りんごの精神」との言葉を寄せている。

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緑の散策 慶沢園~茶臼山


緑が爽やか、慶沢園は今日から再開園。

池越しに美術館を望む。

緑がとても鮮やかです。

透かした葉っぱもきれいです。

元は住友家の茶臼山本邸庭園として、1918年(大正7年)に完成。

1908年(明治41年)に木津聿斎の設計、小川治兵衛の作庭により造園が開始されて以来、完成までに10年を費やしている。

大小3つの島が浮かぶ池の周囲の林間を回遊し鑑賞する様式(林泉回遊式)で、全国から名石・名木を集めた広大な庭園となっている。

命名は伏見宮貞愛親王。

池越しにハルカスを望む。

カモが仲良く遊ぶ。

今回通天閣は新型コロナ「大阪モデル」到達レベルをライトアップ色で周知。

天王寺公園の北東部に立つ茶臼山は、大坂冬の陣では一帯が徳川家康の本陣となり、大坂夏の陣では真田幸村の本陣となって「茶臼山の戦い」の舞台となったことでよく知られています。

茶臼山から通天閣を望む。

茶臼山の樹間からハルカスを望む。

2020年現在、日本で最も高いビルであり、日本初のスーパートール(高層ビル・都市居住協議会の基準による300m以上の超高層建築物)でもある。

茶臼山には、5世紀ごろの前方後円形古墳という説と、和気清麻呂(わけのきよまろ)が上町台地を横断する堀川を掘った名残が河底池であり、その際、掘り出した土を積み上げたものが茶臼山だという説があります。

通称を含め全国に200以上あるという。
かつて戦で縁起を担ぐ武将に好まれ陣が張られた場所が多い。

大阪市立美術館(本館)は閉館知友、5/26(火)より再開とか。

旧黒田藩(福岡藩)蔵屋敷の表門は、江戸時代中期の蔵屋敷の遺構をもつ数少ないもののひとつで、現在の中之島三井ビル付近にあった。

昭和8年(1933)、同ビル建設に際し三井社から大阪市に寄贈、現在は天王寺公園内、大阪市立美術館南側に保存されている(大阪府有形文化財)

天王寺動物園は休園中。

テンシバては家族で憩う人たちが見られます。
OSAKAをかたどったモニュメントは関西初。

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散歩


息苦しい外出自粛が続く、せめて近所の住之江公園の散歩が体力維持のための日課になりつつある。

公園は人もまばらで静かな雰囲気。

ホオジロを発見、フェンスの隙間からとらえる。

チチッまたはチチチッと短く続けて鳴く。

公園の片隅、鳩に餌をやる人。

珍しい散策者が現れた、ミミズクかフクロウの仲間と思われる鳥を連れて散歩。
よくなれていると見えて犬が近くに現れても悠然としている。

公園内は静かです、せいぜい鳩が散歩している程度。

この風景を見ている限りコロナの存在など忘れてしまう。

早く自由に動ける日が訪れることを・・・・・・

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西住之江の町家


洋風長屋群、もともとこの地は、島村といわ れる農地でしたが、地主によっ て区割整地をして、住宅を誘致した

その完成碑が昭和11 年(1936)に建立されています。
戦災にも遭わなかったので、現 在でもモダンでハイセンスな洋 風長屋、和風長屋の町家が立ち 並んでいます。

こちらは建物自体は和風ですが、1軒ずつ小さな庭がついたテラスハウス。
柵に囲まれた前庭は明るくて開放的。

ずっと続いた建物に見えますが、4~5軒ずつ別棟になっています。

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安藤忠雄のデビュー作「住吉の長屋」


長屋という言葉で一般にイメージされるのは、下町の狭い路地に面して建てられた木造の住宅であろう。

それは住吉大社と細井川の間にある。

建物の中央に屋根がありません。

雨の日、台所やトイレに行くときに、家の中にもかかわらず、傘が必要となる構造。

広さは間口3.45m、奥行き14.25m。

三軒長屋の真ん中部分に位置する、間口2間・奥行き8間。
中宮町の住宅(安藤忠雄氏が4歳の頃、疎開先から移り住んだ祖父母宅)と敷地の形状もほぼ同じだ。

住吉の長屋は、高く評価され、1979年に日本建築学会賞を受賞した。

コンクリートの打ち方に徹底的にこだわった滑らかに輝く質感と、開口部をできるだけ抑えた強く美しい壁の表現はこれ以降、ANDO建築の真骨頂となった。

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チン電 神ノ木停留場界隈


天王寺と堺の間を走る路面電車「阪堺電気軌道」は1911年の開業以来「チン電」の愛称で地元の人たちに親しまれています。

おすすめの撮影スポットが南海電鉄高野線との立体交差がある上町線「神ノ木」停留所。

ここはチンチン電車が南海高野線をオーバークロスする形になります。

どちらも割と運行本数がありますので、辛抱強くチャンスを待つ。

今回はカーブを上り下りするチンデンの撮影。

「神ノ木」停留所と住吉停留所の間はカーブも多く絶好のスポット。

入り組んだ住宅街の中を行ったり来たり。

遮断機のない踏切もあるので注意が必要。

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チン電と夕日


外出自粛で撮影もままなりません。
散歩がてら近所を撮り歩く日々。

画像は南海電車高野線。

曇りがちの天候で空がいまいちと愚痴っていたが、かすかに夕日が出てアクセントがついた。

やはり絵になるのはチン電こと阪堺電車、新型車両トラム。

お馴染みの派手な宣伝が売りの電車。

外出自粛の影響か乗客はまばら。

南海電車本線、ラピートは撮り逃してしまった。

阪堺大橋の下まで来ました、散歩している人はまばら。

沈む夕日と菜の花、そろそろ菜の花も終わりだ。

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東二見漁港にて


東二見漁港はマダコや鯛をはじめ、季節によって様々な魚を水揚げしています。

冬は海苔養殖も盛んに行っています。

釣も盛んです、明石市にある、大きな人工島のほぼ全域で釣りができる「東二見人工島」。

小物釣りで賑わう二見漁港から、沖合に突き出た広大なテトラ帯まで幅広い箇所で釣りが可能!


突然渡り鳥の大群に遭遇。

東二見漁港へは、山陽電鉄東二見駅を降りて南へ徒歩10分ほど。

漁港かいわいには、板壁の家屋が並ぶ細い路地が幾筋も通り、昔ながらの漁師町風情が残っている。

江戸時代、近隣の村との漁業権争いに敗れた不服申し立てを、村の代表者3人が江戸で決死の覚悟で老中に直訴し、権利回復を図った「安永三義人」の逸話が残る漁師町だ。

いかなご漁も有名だ。

ことしも大阪湾と播磨灘では違う分裂解禁日となりました。

大阪湾は2月28日 播磨灘は3月2日 

播磨灘でも主力の西播磨は3月6日とややこしい解禁日

生売り一番 くぎ煮は二番 釜揚げ 干し あとはエサ。

いかなご販売の順位表です。

明石はタコ漁が有名、雑多に置かれたタコつぼ。

干しダコは、水揚げしたタコの内臓を取り除き、竹串で頭と足の部分を広げ、1~2日間天日干しする。

干すことでうまみが増し、天ぷらや同市名物の「たこめし」などで食卓に上る。

兵庫・明石の夏の風物詩・タコの天日干しは、照りつける日差しを十分に浴びさせるため、足が八方に広げられている。

人気者に次々と声がかかる「引っ張りだこ」の由来ともいわれるゆえんだ。







海洋性レクリエーションへの関心が高まる中で、無秩序に係留されている放置艇が全国的に問題となってきている。

この放置艇による影響は、増水時の河川流水の阻害、海域における航行安全上の問題や沈廃船化、景観の悪化など、多 くの問題を抱えている。

これらの問題を解決するため、兵庫県では平成9年度から本格的に放置小型艇収容緊急整備事 業として係留施設の整備を行ってきている。

南海ホークス

若い人は「南海ホークス「」と聞いてもピンと来ないかもしれない。
今の「福岡ソフトバンクホークス」だ。

88年に南海の名物オーナーだった川勝傳が死去すると、同年9月にダイエーへの球団売却が発表された。

10月15日の南海の大阪球場ラストゲームは超満員となり、6-4で近鉄に勝利。

監督だった杉浦の「行ってまいります」というあいさつを最後に福岡へ旅立った。

2003年に大阪球場跡地は「なんばパークス」という大型商業施設になった。
最上階は植栽が植えられ、公園のようになった。

その一角に「南海ホークスメモリアルギャラリー」が開設された。

画像は杉浦の監督時代のユニフォーム。

エース杉浦忠が日本シリーズ4連投4連勝という伝説を残したシリーズ。

今では考えられない記録です。

鶴岡監督のスタジャン。

愛称は鶴岡親分・ツルさん。
初代「ミスターホークス」「ドン鶴岡」とも呼ばれた。

南海ホークスの黄金時代を築いた名監督で、日本プロ野球史を代表する指導者の一人。

一軍監督として通算1773勝を挙げた実績から、プロ野球史上最多勝監督としても知られる。
また、勝率.609は歴代監督の中でも唯一の6割超えである。

「なんばパークス」のキャニオンストリートにはピッチャーズプレートとホームベースの位置が残されている。

特徴的だったのは、37度の急傾斜だった内野スタンド。

酔っぱらいが転げ落ちた逸話もある。

ギャラリーには選手の写真、トロフィー、ユニフォーム等々記念の品が展示されている。

しかしこのギャラリーには、南海最大の功労者である野村克也に関する記録は一切残されていない。

また周辺の公園風のスペースには「なんば」にゆかりの人物の手形が展示されているが、ここにも野村のものはない。

バットやユニフォームなどの展示がないだけではない。
年表にさえも「野村克也」の文字は一切ない。

先日亡くなられた時も献花台すら用意されなかった。
いろいろと確執があったようだがそれにしても寂しすぎる。

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