高架下


三宮センター街、元町商店街といった神戸の表向きに観光客や買い物客を多く集める商店街の裏通り的存在としてマニア、および外国人の通る姿が多く見られる通りがある。


阪急三宮高架下のチープな飲み屋街。

オジサン達のオアシス。

駅至近!安い!という事で、仕事帰りのお父さんがちょっと一杯という感じ。

男性客と一緒の女性の姿はちらほら見えますが、女性同士の客は殆どいません。

このあたりはハッピーアワーやサービスタイムというシステムがあって、お店によって時間や値段は違う。

三宮センイ商店街、ピアザkobe(三宮高架商店街)、阪急西口本通2・3丁目会、阪急西口商店街、PLiCO三宮や飲み屋街などが軒を連ねる。

戦後の闇市をルーツとする説がもっとも多くある、高架下の耐震補強工事もあり存続が注目される。

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神戸中心部にある唯一の日本庭園 相楽園


相楽園は兵庫県神戸市中央区にある広さ20,000m²の都市公園・日本庭園。

日本の文化財保護法に基づく登録記念物の最初の登録物件である。
ツツジの名所として知られる。

旧小寺家厩舎

この建物は相楽園を築いた実業家小寺泰次郎の息子である元神戸市長・小寺謙吉が園内の一角に建てたもの。

相楽園に残っている戦前の数少ない遺構の一つ。

建物平面はL字型、 1階は左側が馬車庫で右側が馬房、2階は厩務員宿舎という用途で、1階が煉瓦造、2階が木骨煉瓦造という構造。

外観は円型塔屋や急勾配の屋根・屋根窓と切妻飾り等々、ドイツ民家風の重厚な意匠に飾られている。

旧ハッサム住宅

設計はシュエケ邸や門邸など数々の異人館を手がけたA.N.ハンセル(Alexander N. Hansell)といわれている。

竣工は1902年。
広大な日本庭園を望む南側ベランダは、1階がアーケード式、2階がコロネード式で、邸の外観上の特徴になっている。

明治時代の異人館の特徴を伝える名建築として評価され、1961年6月7日に国の重要文化財に指定されている。

1995年の阪神・淡路大震災では、煉瓦積の煙突が室内配膳室に落下するなどの被害があったが修復され、現在に至る。
落下した煙突は震災の記録として前庭の一角に展示されている。

前庭に建つ2本のガス灯は1874年頃に旧居留地の街灯として設置された、現存する日本最古級のガス灯。

三田藩士・小寺泰次郎が幕末から明治維新の混乱で困窮する三田藩の財政を立て直すべく、九鬼隆義、白洲退蔵(白洲次郎の祖父)らとともに神戸で事業を起こし実業家として成功を収め、小寺の私邸として建設されたもので、1885年頃から築造を始め1911年に完成させた広大な庭園と邸宅である。

当初「蘇鉄園」と呼ばれていたが1941年に神戸市が譲り受け、名称を中国易経にある「和悦相楽」より取った「相楽園」と変えて一般公開されるようになった。

小寺邸内にあった茶室「浣心亭(かんしんてい)」は神戸大空襲で焼失、戦後に離れのあった、池の南側に新築された。

常時公開はしていませんが、ツツジが綺麗に咲く4月〜5月に、「つつじ遊山」という毎年恒例のお茶会イベントで一般公開されています。

船屋形(ふなやかた)は、兵庫県神戸市中央区の相楽園内にある歴史的建造物”川御座船”。

御座船とは江戸時代に大名が参勤交代や遊覧に使用した船を言い、今日まで残っているものは数件である。

なかでもこの船屋形は川御座船としては唯一現存するもので、その希少性と歴史的文化的価値の高さから1953年(昭和28年)に国の重要文化財に指定されている。

池越しにパーラーを望む。

石段を下り、沢飛石を越えると石で囲まれたトンネルがみえてくる。

沢飛石の右手には二段落としの滝石組が作られている。


石組み・石橋・飛び石・敷石

伊予青石、丹波石、御影石、鞍馬石などを贅沢に使用しており、いろいろな表情を楽しめます。




今日のお昼はこちらのパーラーで。

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ある日


大阪では昨日、やっと梅雨明けの宣言があった、梅雨明け前の梅田界隈を散策した。

人も少なく快適な散策です。

店も人は少なく気持ちよさそう。


水遊び中の親子、ほほえましい姿です。


大阪駅ビルも人の流れは少なめでスムース。



駅ビルの2Fフロアも人の混雑はありません。


梅北の再開発も結構時間がかかっていますね。





カリヨン広場も人は少な目。

待ち合わせもスムース。


現代っ子ですね、カメラにポーズ。

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神戸海洋博物館


神戸海洋博物館は日本郵船歴史博物館(1992年開館)や呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)(2005年開館)以上の歴史を誇る。

展示内容は、近代神戸港だけでなく、平清盛が修築した大輪田泊や福原京まで遡る。

大小200点以上の船舶模型の展示は圧巻である。

前身は1962年に開館した神戸国際港湾博物館。
海事博物館としては世界有数の規模であり、1987年に、幕末の神戸港開港120年を記念して開館した。

波または帆船の帆をイメージさせる独特な外観の屋上構造物は白色のフレームでできており、六甲山の緑色、神戸ポートタワーの赤色との対比が美しい。

夜間は青系の光でライトアップされる。

ロドニー号とエントランスホール全体を使い、ロドニー号が大海原を超えて神戸港にやってくる映像が迎えてくれる。

ロドニーは1922年のワシントン海軍軍縮条約下で建造されたため、排水量は35,000トンまで制限されていた。

3基の3連装16インチ砲塔は全て艦前方に配置され、ヴァイタル・パートは集中化したもののその代償に低速力に悩まされることとなる。

1936年以降に新世代の戦艦が就役するまで、2隻のネルソン級戦艦は最も強力な戦艦と見なされていた。

1868年1月1日(慶応3年12月7日)の神戸開港を祝うために集まった英米仏の外国艦船18隻のうちイギリス艦船12隻の旗艦として神戸に来航し、21発の祝砲を放ち世界に向け神戸の開港を祝った。

1882年にその役目を終え解体された。

ソブリンオブザシーズ

この船は、1637年にイギリス王チャールズ1世の命により巨費を投じて建造された。

当時としては最も豪華に装飾された軍艦で、金箔を惜しげもなく使い精巧な彫刻が施された。

その光り輝く姿はオランダ海軍から「黄金の悪魔」と恐れられた。

1697年、倒れた蝋燭が引火して起きた火災により焼け落ちた。

ソレイユロワイヤル

全長=100cm。フランスのルイ14世時代、3層の甲板に106門の大砲を搭載した第1級戦列艦。

咸臨丸

日本人の操縦で,初めて太平洋の横断を果した江戸幕府の軍艦。
オランダで建造,安政4 (1857) 年進水、同年長崎に到着、10万ドルで購入された。

軍艦奉行木村喜毅、艦長勝海舟以下 98人の日本人によって航海した。
なお 11人のアメリカ士官、医者が便乗していた。

日本丸 (初代)

1930年(昭和5年)1月27日、兵庫県神戸市の川崎造船所で進水。
その美しい姿から、「太平洋の白鳥」や「海の貴婦人」などと呼ばれていた。

4檣バーク型帆船で総帆数は29枚、 メインマスト高は46m(水面からの高さ)である。

スパニッシュ・ガレオン

スペインのガレオン船は、3本マストを搭載し、船体は500?600トンほどだった。

この船は性能よりも派手さを意識していたので、船の性能は悪くスピードもあまり出なかった。

そのため、ガレオン船は、よりスピードの出るスループ船を使用していた海賊の襲撃に弱かった。

スペインのガレオン船の船名には「ヌエストラ・セニョーラ」(我等が聖母マリアと訳される)と言う言葉が含まれることが多かった。

西欧各国でこぞって軍艦・大型商船として運用され、スペインはこれを大型化して新大陸の植民地の富を本国に護送するために使った。

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神戸市立博物館


1935年(昭和10年)に竣工した新古典主義様式の建物は、旧三菱銀行本店や丸ビル旧館などを手がけた建築家・桜井小太郎の遺作であり、横浜正金銀行神戸支店として建設され、戦後は後身の東京銀行神戸支店として使用された建物である。

狩野内膳作『南蛮人渡来図』

このコーナーでは、神戸市内出土の考古資料とともに、新しい調査成果を反映させた五色塚古墳模型、市内の主な遺跡を紹介する地図などを用いて、太古の時代に神戸で暮らしていた人々の足跡を紹介しています。

明治時代中期の外国人居留地

昭和時代初期の旧外国人居留地


平安時代の終わりには、平清盛が日宋貿易の拠点として大輪田泊の改修を進め、東アジアにつながる臨海のこの地へ都を遷そうとします。

わずか半年で都は京に戻りましたが、その後も港の重要性は失われませんでした。

大輪田泊から発展した兵庫津は、国内外の流通・貿易の拠点として繁栄しました。

この「大輪田泊」は、平安時代末には平清盛により経ヶ島が築造されて日宋貿易の拠点とされたことは著名です。

古代大輪田泊の石椋 遥かな昔の港をしのぶ
わずか半年ながら、神戸の福原に遷都した平清盛。 清盛が描いた夢の跡をたどってみた … 続きを読む →


平清盛像

本作品の頭部はNHK大河ドラマ「新平家物語」での仲代達也の風貌を反映しているという。

源義経デビュー戦の地 一ノ谷を行く
須磨は源平の古戦場として有名で、敦盛、直実の死闘、義経の「鵯越の逆(坂)落とし( … 続きを読む →

司馬遼太郎 新装版 義経 (上) (文春文庫)
司馬遼太郎 新装版 義経 (下) (文春文庫)

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カワサキワールド


カワサキワールドは川崎重工業が2006年(平成18年)5月17日に神戸海洋博物館内に設置した企業博物館。

入ってすぐにあるコーナーで、川崎重工の創業者である川崎正蔵と松方幸次郎を紹介する。

同社の誕生の歴史や松方の収集した美術品コレクションである「松方コレクション」の概要、さらには神戸の歴史まで紹介している。

歴代のモーターサイクルを実物で紹介している。

実際に触ったり乗ったりできる物も用意されている。
ベストセラーになったものもある。

KV-107 II型ヘリコプター(JA9555 川崎重工業社用機「美濃」)の現物を設置。

これも中に入ることができる。
フライトシミュレーターも設置されており、神戸空港からの離着陸も体験できる。

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メリケンパーク


フィッシュ・ダンスは、神戸港のメリケンパークに建つ高さ22mの巨大な鯉のオブジェ。

1987年(昭和62年)に神戸開港120年を記念して設置された。世界的建築家フランク・ゲーリーが設計を、同じく安藤忠雄が監修を担当した芸術作品。

この場所は鯉川の川尻に当たり、鯉が踊っている姿をモチーフにしている。

隣に「フィッシュダンスホール」という多目的ホールが同時に建てられ、現在は「フィッシュダンスカフェ&ホール」となっている。

多目的ホールは社団法人一般社団法人神戸港振興協会が運営する「フィッシュダンス音楽練習場」として利用されている。

東側の一画には、1995年(平成7年)の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)で崩壊したメリケン波止場をあえて復旧せずそのまま残して、1997年(平成9年)に神戸港震災メモリアルパークとして整備され、震災の貴重な記録が保存されている。

神戸港事業の一つとして、1987年(昭和62年)にかつてのメリケン波止場と神戸ポートタワーが建つ中突堤の間を埋め立てて造成された。

そこに神戸海洋博物館、ホテルオークラなどが建設されて、現在においては神戸港を代表する景観の一つとなっている。

関西最大の豪華遊覧船ロイヤルプリンセスと異国情緒あふれるオーシャンプリンスが神戸港をご案内。

モザイクは今日も賑わっています。
フレンチと生演奏を楽しめる神戸コンチェルトのクルーズ。

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散策


乙仲通りを横軸に明石町筋、播磨町筋、浪花町筋の旧居留地を散策する。

居留地エリアの目抜き通りとして最も人通りの多い明石町筋、仲町通は大幅に車道の幅員を両サイドの歩道に割くことで、楽しくゆったりと歩ける街を実現している。

司馬遼太郎も神戸を訪れている。

街道をゆく〈21〉神戸・横浜散歩ほか

ある時おもしろいことに気がついた。

ユニクロの神戸の店と大阪の店では、ショウウィンドウに飾られているマネキンの服装が全く違う製品のように感じてしまうのである。

店内で売られている製品は、大阪店も神戸店も全く同じものであるのだが、服の選び方、色の取り合わせなどが全く違うので、一見すると、全く別な会社の別な商品のように感じてしまう。

「神戸だからこのような色の選択をするのだろう。服の着せ方もおしゃれだなぁ。

大阪では考えられない取り合わせやわ」

ついそう思ってしまう。

阪急電車の乗車時間で40分ぐらいしか離れてないのに、なぜこうも違うのだろうか?

司馬遼太郎が言うように、《都市というより、国》なのかもしれない。

日本の名水百選にも選ばれた神戸・六甲山の布引渓流の水が、大地の奥深くに浸透。

幾重にも重なる花崗岩層によって長い年月をかけてゆっくり磨かれます。灘の生一本と呼ばれて有名な清酒のふるさと灘五郷で酒造りに欠かせない名水「宮水」と同じ由来、水質をもつまさにプレミアムな1本です。

東洋一の港と呼ばれた神戸に寄港する船乗りたちからも、そのおいしさを高く評価されていました。日本の有名な作家・司馬遼太郎は、その著書『街道をゆく』の中で、その様子にふれています。

「神戸に寄港する外国船のよろこびは、水槽の水を空にして神戸の水をあふれるほど積むことだそうだ。船乗りたちはコウベ・ウォーターは世界一だというが。おそらく本当だろう。

(中略)布引の水は、六甲の老化した花崗岩層をくぐってきて適度のミネラルを含んでいるためにうまいのだというし、また船が赤道をこえてもうまさに変化がない、などともいわれてきた。」
街道をゆく〈21〉神戸・横浜散歩ほか

司馬遼太郎の名著「街道をゆく」を片手に居留地の散策もまたいいものだ。

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旧居留地


旧居留地38番館は、兵庫県神戸市中央区の旧居留地にある歴史的建造物。

名称にある「38」という数字は、外国人居留地時代の区画番号を意味する。

昭和4年(1929年)にナショナルシティバンク神戸支店として竣工された、アメリカン・ルネッサンス様式の建物です。

重厚感のあるクラシカルな外観は、まさに”お洒落な街歩き”を象徴する建物で、夜のライトアップも美しい。

現在は神戸大丸の一部として、エルメスをはじめとする高級ブランド店がはいっています。

百貨店の大丸(現大丸松坂屋百貨店)が所有し、北側と西側に隣接する大丸神戸店の倉庫として使われていた。

現在では、建築の価値を生かして店舗の一部として用いられている。

1980年代、旧居留地が「最も神戸らしい街」に再生するきっかけとなる象徴的な建物の一つでもある。

ニケの像

ニケとはギリシャ神話の神のひとりであるアフロディテの娘で、航海中に糸を紡いだり様々な役立つものを作り出す、「生産の神」と同時に勝利の神」の象徴です。

古代から航海の先に航海の危機を乗り切り、安全と将来の夢の実現を祈願して女神の像して取り付けられていました。

神戸店では以前、建物を船に例え、安全で素晴らしい航海を祈願してトアロード玄関のに設置していました。

神戸店の復興のみならず、地域の皆様方の復興を祈願してここに再び設置いたしました。

昭和48年製作 向井良吉氏 監修
平成9年3月2日

明石町筋から北を望む、一番気に入っている風景、遠景は神戸旧居留地(元町・三宮)にある結婚式場【神戸セントモルガン教会】

居留地の一角を占める百貨店大丸神戸店が自ら所有していたヴォーリズ設計の近代建築をLive Lab West(現旧居留地38番館)として店舗化し、さらに周辺の近代西洋建築へ高級ブティックを積極的に出店していった。

2000年代に入るとLVMHなどの外資ブランドが直接参入し、今では「最も神戸らしい洗練された街」として活況を呈するようになった。

1992年に国土交通省の都市景観100選に選定、2007年には旧居留地連絡協議会が日本都市計画学会の最高賞である石川賞を受賞している。

神戸市立博物館の落ち着いた雰囲気。

1935年(昭和10年)に竣工した新古典主義様式の建物は、旧三菱銀行本店や丸ビル旧館などを手がけた建築家・桜井小太郎の遺作であり、横浜正金銀行神戸支店として建設され、戦後は後身の東京銀行神戸支店として使用された建物である。

同行神戸支店の旧警察署跡地への移転に伴い神戸市の所有となった。

神戸市立考古館から神戸市立博物館へ転用するにあたって1982年(昭和57年)に大規模な増改築が行われたが、国の登録有形文化財として登録されている。

街歩きしていてもその洗練されたディスプレイは我々を飽きさせない。

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摩天楼 あべのハルカス


2010年1月9日に着工され、2014年3月7日に全面開業した。

百貨店・オフィス・ホテル・美術館・展望台などで構成される超高層複合商業ビルである。

2020年現在、日本で最も高いビルであり、日本初のスーパートール(高層ビル・都市居住協議会の基準による300m以上の超高層建築物)でもある。

2017年、グッドデザイン賞を受賞。

ビル名称の「ハルカス」は古語の「晴るかす」に由来しており、平安時代に書かれた『伊勢物語』の第九十五段では、「いかで物ごしに対面して、おぼつかなく思ひつめたること、すこしはるかさん」という一節が記されている。

この言葉には「人の心を晴れ晴れとさせる」という意味があり、ビルの上層階から晴れやかな景色を見渡して爽快感を味わえることや、多彩で充実した施設で来訪者に心地よさを感じてもらいたい、という思いが込められている。

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