日本一の絶景夜景ポイント 東大阪JC


東大阪市役所は、24階建て、高さ115.8メートルの建物。

東大阪市荒本にあり、22階には大阪の街を一望できる展望ロビーが設けられています。

現在18寺15分、トワイライトタイムまで約1時間あります。

東大阪ジャンクションでは、阪神高速東大阪線と近畿自動車道が交叉しています。

前方が大阪市内、後方が奈良方面、左が近畿自動車道大東鶴見IC方向、右が八尾IC-4b4 >、

展望ロビー内部、22階展望ロビーからの撮影は原則禁止となっておりますが、南側、東大阪JCT方面のみの撮影はできます。

ただ、JCTの撮影ポイントは前方の狭い窓の範囲、人二人が限度。
今日は奈良から来たという青年と二人。

19寺40分、トワイライトタイム真っ最中。

映り込みが激しく、奈良の青年にブラインド用の布を借りる始末でお粗末。

絞りF13、シャッタースピード25秒。
走行中の車のライトの光跡を楽しんでいます。

日本でも、こんなにJCが綺麗に見える場所はここしか有りません。

JCTマニア垂涎の夜景ポイントです。

撮影ポイントが狭いので、行くならば平日がお薦め、誰も居なくて貸切ってのよく有るそうです。

WBを色々と変えたり、結構楽しめる。

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壁際の軽業師


高層ビルの屋上から2本のロープがたらされている、なんだろうとよく見ると。

2名の作業者が窓ふきをしている。
高層ビルの場合ゴンドラでの作業はよく見かけるが、宙づり状態での作業は初めて見た。

足場をつくらずにロープとブランコだけで作業できる簡単な方法です。

そのため、コストが節約でき、準備も速く楽に作業できます。

スタッフ6人ほどで作業をすれば、1日で内側と外側の窓拭きが終わるでしょう。

小・中規模のビルでは多く取りいれられている作業方法だ、しかし、高層となると・・・・・

何処もコスト競争の世の中か。

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大阪ステーションシティの夏イベント「FUN FAN FESTA 2018


大阪駅時空の広場で「FUN FAN FESTA 2018というイベントが8/5まで行われている。
土日を中心にゆかた祭りなど各種イベントが予定されている。

古典柄寛ぎスペースや巨大床几が用意されている。

うだるような猛暑続きで出足はいまいちのようです。

スノーピークの人気のテントが展示され、さらに、テントの設営講習会や、チェアやテーブルなども実際に試せる。

グランフロント前広場では、「Mercedes-Benz Experience OSAKA in Summer」と題して、G-Classオフロード体験コースをはじめ、様々な企画が用意されている。

こちらも宮坂日陰に腰かけて静かに見守っているといった具合。

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チン電と通天閣


通天閣5F展望フロアから阪堺電車をとらえる。

画像中央の白い屋根が新世界市場、最上部の道路が国道25号線、そのすぐ下に阪堺電車の線路が見え隠れ。

左上の黒い屋根の部分が恵美須町駅、右側の通りが通天閣本通。

ビルの谷間を電車が見え隠れしながら進む。






恵美須町駅に到着。

通天閣3Fのジオラマ展示、通天閣が完成した当時の新世界の近くにある阪堺電車の恵美須町駅周辺の様子を再現したジオラマが展示されています。

100年前の恵美須町駅の様子。

1907年(明治40年)4月20日 片岡直輝、大林芳五郎、奥繁三郎らが「大阪市南区恵美須西二丁目(現在の大阪市浪速区恵美須西二丁目)ニ起リ紀州街道ニ沿ヒ天下茶屋、住吉、堺ヲ経テ大阪府泉北郡浜寺村(現在の堺市西区浜寺公園町三丁)ニ達スル電気鉄道」の敷設を申請。

当時の電車も展示されている。

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通天閣


動物園前駅、多くの動物の絵がありユニークです。

通天閣は、大阪府大阪市浪速区の新世界中心部に建つ展望塔。

2007年5月15日に、国の登録有形文化財となった。
公式キャラクターは「ビリケン」。

大阪の観光名所として知られる。

通天閣の電灯工事には当時大阪電灯に勤務していた松下幸之助(後にパナソニック創業者、当時17歳)が配線工として参加している。

設計者は、ほぼ同時期にできた名古屋テレビ塔、東京タワーなどを手がけた内藤多仲。

建設を施工したのは奥村組である。

「通天閣」とは、「天に通じる高い建物」という意味で、命名したのは明治期の儒学者、藤沢南岳。

天井画の復刻に際しては、初代の天井画に記されていた商品名(現在では製造・販売を終了している「クラブ」ブランドの化粧水・白粉・歯磨・洗粉)のロゴもそのまま再現。

大天井の中心部と四方にLED照明装置を備えたことから、竣工後は毎日、日没から23時まで天井画のライトアップを実施している。

関西にゆかりのある食品メーカーのアンテナショップがオープン。

森永製菓の「キョロちゃんのおかしなおかし屋さん」ではショップ限定商品なども販売。

店内には“キョロケンさん”がおるで!江崎グリコの「ぐりこ・や」でもショップ限定商品やグッズなどがたくさん!

“ひよこちゃん”でおなじみの日清食品の「チキンラーメンひよこちゃんSHOP」にはひよこちゃんグッズやチキンラーメンなどの即席麺を販売。

各アンテナショップでは一緒に撮影できるフォトオブジェがありまっせ?。みんな写真撮ってや?!

おばちゃん出没注意!!ってどういう意味かな。

5F展望フロアからの眺望、ハルカスも正面に見える。

画面左手上の方に一心寺。

大坂の陣で知られる茶臼山。

天王寺動物園も見える。

あは元のじゃんじゃん街界隈。

帰路は下りエレベーターの乗り場4Fまで非常階段をしよう。
下まで降りられるが5分以上かかり普通は使わない。

1903年(明治36年)の第5回内国勧業博覧会誘致において、東京との激しい招致合戦に勝利、パリに飛びパリ万国博の仕組みを詳細に調査して成功に導いた、当時の大阪商業会議所会頭・土居通夫が、この博覧会の跡地に新世界ルナパーク、パリのエッフェル塔を真似た通天閣の建設を構想する。

通天閣は、ルナパークと「ロープ・ウエィ」で結ばれており、人々に親しまれていた。

大阪で2番目(非貨物専用としては最初)の昇降機が設置され評判となった。

現在の二代目と同じように塔側面に巨大ネオン広告があった時期があり(1920年(大正9年)に導入)、当時の広告は「ライオン歯磨」であった(後に阪神電車の広告も加わる)。

2階、キン肉マンミュージアム。

悪魔超人編に登場した金のマスクと銀のマスク。

通天閣2階には、キン肉マンミュージアムが存続し、貴重なキン肉マングッズも展示されてます。

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ユニークなポスター市場 新世界市場


新世界市場の商店街をあげて盛り上げようと、このポスター展が企画された模様。

商店街ポスター展は、商店街各店舗のポスターを電通の若手スタッフがボランティアで制作し、それをアーケード中に展示するもの。

「近所の女のカラダを知り尽くしている男」
ジゴロのセリフかと思いきや、洋品店の宣伝。

裏側が面白い、「ねえ奥さん。本当、Mなんでしょ」
きわどいセリフかと思いきやサイズの話でした。

「お肉と幸せは類語だよ」
ここのカツサンドは絶品だ。

「おっ茶ん」 ダジャレの世界だ。

「男の覚悟で女は動く」
「きっかけはここにあった」
ウーン!!?

「パンツの2度履き禁止!!」
ごもっとも。新世界の2度漬け禁止に倣ったか。

「お客さんは神様やって言うけど、うちの常連さんは半分くらい仏様になってもうたなぁ」
まさにブラックジョーク。

饅頭屋の独り言、夫婦の会話が面白い。

「若いころの嫁、これくらいの感触やったわ」

まだまだ沢山のユニークなコマーシャルがある。

大阪「新世界」のシャッター街に新たなマーケットが誕生した。

「これ、なんぼ?」が、合言葉

cafe・雑貨・古着・インテリア、ちょっぴりサブカル系まで・・・多種多様なポップアップストアが“週替わり”で出店。

一番の特徴は、すべての商品には値札がないこと!?
お店の人との交渉によって値段を決める新感覚ショッピング、
それがWEEKEND PRICELESS MARKET「Wマーケット」!!

また、そのうちのぞいてみよう。

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大阪芸人発祥の地 新世界


地下鉄動物園前駅、壁面にリアルな大自然や動物が描かれた空間が広がる。

1918年に開業した飛田遊廓(1958年廃業)と新世界をつなぐ道筋として1921年、橋本傳三郎の尽力で開通した。

当時の地名は橋本の出身地である島根県の旧国名に因み「石見町」と称していた。

開通当時は関西本線を地下道でくぐる計画であったが、地元の反対にあい、踏切となった(紆余曲折の末、1923年ごろに地下道が開通)。

関東煮の鍋の向こうには、首筋を真っ白に塗った女が、ずらりと並んで、客に酒をついで、唄ひ、呑み、呑み且つ唄ふ。(北尾鐐之助『近代大阪』349~350頁)というような賑わいを見せていた。

「ジャンジャン横丁」はこの三味線の撥音に由来する。

「ジャンジャン横丁」で、唯一の将棋クラブ「三桂クラブ」が営業を続けている。

新世界は、棋士・阪田三吉(1870~1946年)ゆかりの地。「将棋ファンの聖地」とも呼ばれる。

最盛期の70年代ごろには4~5軒の将棋クラブが軒を連ねた。
しかし、競技人口の減少などで閉店。

残るのは三桂クラブだけになった。

今でき希少価値となったチンドン屋に出くわす。

朝日劇場 明治43年(1910)創業。

100年の伝 統と歴史を誇る大衆演劇専門劇 場で、過去には曽我廼家鶴蝶、 ミヤコ蝶々、藤山寛美、ディッ ク・ミネといった大物役者を育 てたことで有名。

どうも曰くありそうな雰囲気。

釣鐘屋本舗 明治33年(1900)、地元の有志から四天王寺に 大梵鐘が奉納されて、その奉納記念として、釣鐘 のかたちを模した饅頭を四天王寺の門前で売り 出したのが「釣鐘まんじゅう」のはじまり。

大阪・新世界名物として人気があります。

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路面電車のある風景


住吉停留所は阪堺電車の阪堺線と上町線が併用軌道で交差する4面4線の地上駅。

現在は、阪堺線と上町線の主従逆転ダイヤにより、下り方面は当駅までが上町線、当駅からは阪堺線を走る天王寺駅前→浜寺駅前系統が主流となっている。

恵美須町からの電車、左は旧住吉公園駅、2016.0131.28 22:12に廃止された。

住吉-住吉公園駅間の線路は敷設から60年近く経過し改修が必要となっているが、数億円規模の費用がかかることから経営的な判断で廃止を決めたという。

神ノ木停留場

1900年(明治33年)11月29日 大阪馬車鉄道の終端停留場として開業。開業当時の停留場名は上住吉であった。

南海高野線をオーバーパスした築堤上にホームがあり、ホーム東寄りの階段で上る。

塚西停留所、安全地帯すら無い、大阪で一番スリリングな乗り場に漂うアナーキズムの香りが何とも言えない魅力を有する電停、後方に通天閣が見える。

綾ノ町停留所から南を見る、3編成しかないトラムが上下線ですれ違うというレアケースな場面。

大和川を渡る車両、夕日でなく残念。

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新世界 おもろっ


路面電車を追っかけてて終点恵美須町まで来たのでついでに新世界をのぞく。

通天閣にジャンジャン横丁、大きなフグ提灯の看板などで有名な大阪市南部の下町。
新世界の始まりは明治36年(1903)、天王寺および現在の新世界で催された第5回内国勧業博覧会に遡る。

通りの看板も面白い、有名な二度漬け禁止も見える。

その跡地の東半分には天王寺公園がつくられ、残った西半分には中央にシンボルとして通天閣(初代)と、その南側に有料遊園地のルナパークがつくられた。

これを契機に芝居小屋や映画館などが集結して発展し、新世界がかたちづくられていくことになる。

恵美須町1丁目(現・恵美須東1丁目)には南端中央に円形広場を設け、パリの街路に見立てた3方向の放射道路を北へ配すことになった。

放射道路は西から順に「恵美須通」(現・通天閣本通)、「玉水通」(現・春日通)、「合邦通」と命名された。

北霞町(現・恵美須東2丁目)には北端中央にエッフェル塔を模した塔を建て、「仲町」とも称する中心街区を形成することとし、塔は儒学者である藤沢南岳により「通天閣」と命名された。

海外の観光客の多さに驚く。

大正3(1914)年7月に誕生した「新世界市場」。

昔は、黒門市 場、木津市場とともに「浪速三大市場」と称された、大阪でも屈指の 存在。

新世界に立ち並ぶ料亭・割烹などの料理人が新鮮な食材を 買い付けにくるほど品揃えが豊富で、1日の買物客が1万人を超え る時代もありました。

そして今なお古きよ き市場の面影を残し、地元住民に愛さ れています。  
長さ約150mのアーケードで行われ る、昭和レトロなバザールナイト。

今回は入り口をのぞいただけで素通り、しかし、なかなか面白いことやってそうで゛す、改めて来てみよう。

新世界稲荷神社

創建明治45年の小さな神社。
毎月5、15日の月並祭のほか、年に5回の祭事があり、特に2月の節分祭は護摩木を奉納して商売繁盛を祈る人々でにぎわいをみせる。

福永大神とありますが、伏見稲荷の宮司さんからのみたいです。

この「新世界稲荷神社」は新世界誕生と同時期に京都の伏見稲荷神社から勧請され商売繁盛や新世界の繁栄を願って創建されたとの事です。

戦前は通天閣の下に鎮座していたそうですが、通天閣が取り壊しになり二代目通天閣の再建と同時にこの場所へと移転されたとのこ事。

その奥に摂社があります。
扁額には「九郎兵衛明神」、そして石碑には「九郎兵衛さん・奉納河内会」とあります。

これはどういういきさつなのかよくわからず。

平成19年の春、新世界に1つの石が小豆島から持ち込まれました。 
この石の名前はオブジェ「残念石」。 

大坂城築城の際、切り出された石ですが、実際には大阪へは運ばれず小豆島に残ったままの石でした。
その石を新世界が小豆島から借り受けて設置してましたが、関係者以外、ほとんどの人が、この石の存在や由来を知りません。

今回はほんの一部の取材だけに終わったが改めて訪問することとする。

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地震あっても…10分で運転再開 驚異のチン電


まさに最強、大阪の「阪堺電車」! 地震あっても…10分で運転再開  阪神・淡路大震災でも当日復旧の訳。

阪堺電気軌道によると、阪堺線は地震発生(午前7時58分ごろ)から10分ほど経った午前8時10分に、時速10キロほどで徐行しながら運転を再開。

午前8時45分には通常の平均時速40キロで運行していました。

似たような区間を走っているJR阪和線や私鉄(南海高野線や南海本線)が昼以降まで運転を再開できない中、この復旧スピードはずば抜けていました。

鉄道会社では地震の時の安全規定を定めています。

阪堺線では、震度4以下であれば「運転手の目視による確認」で済みますが、震度5以上になると「徒歩で巡回して線路を点検する」という規定になっているといいます。

今回は運転手の目視による点検だったので、すぐに運転再開ができたということでした。

通称「阪堺電車」は大阪府に残るただ一つの路面電車。
「はんかいでんしゃ」と読み、阪堺電気軌道株式会社が運行しています。

阪堺電車の名前から分かるように大阪市と堺市にまたがって運行中。
1回の乗車で、全区間において大人210円で、市民の「生活の足」となっています。

乗った客車を馬が引っ張った「馬車鉄道」をルーツとする「上町線」と、旧阪堺電気軌道が建設した「阪堺線」の二つの路線があります。

1915年に南海鉄道に買収され、1980年に分離・独立して再スタートを切ったように、かなりの歴史があります。

2014年10月からは、モ161形164号が、NHK朝の連続テレビ小説「マッサン」のラッピング広告電車となっていた。

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