心斎橋駅のグランドリニューアル工事


大丸と松坂屋を運営するJ・フロントリテイリングは20日、大丸心斎橋店本館を新装開店した。

2018年2月より始まった心斎橋駅のグランドリニューアル工事。
今月で1年半が経過した。

工事完了は2021年3月とのことで、まだまだ長い工事となりそうです。

各所をセグメント別に南側からリニューアル工事していく模様で、現在は大丸へ続くメインの階段であったC階段・およびホーム内のシャンデリア撤去が始まっている。

大丸は一足早く20日にグランドリニューアルオープンしたが、これで心斎橋界隈が更に活気づくでしょうか…

5年前の心斎橋界隈の様子
心斎橋ぶらぶら散策
投稿日時: 2014年5月2日
心斎橋筋は、船場と島之内を分ける長堀川に架かっていた心斎橋(橋梁)に由来する。 … 続きを読む →

関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!

ジャンジャン横丁


天王寺動物園の最寄り駅動物園前駅からジャンジャン横丁を抜ける道、以前はジャンジャン横丁を通ることに抵抗を感じる家族連れなどは、天王寺駅から動物園へ向かっていた。

今はすっきり整理され通りやすくなっている。

全長約180メートル。
アーケードはあるが、横幅は2.5メートルほどと非常に狭い。
それがかえって活気を醸し出している。

いつも行列のできる人気店、海外からの観光客が主体のようだ。

「ジャンジャン横丁」は通称で、正式名称は「南陽通商店街」。

1958年の売春防止法施行以降、飛田遊廓が(表向きは)消えたことで、飛田方面への回廊としての役割を成さなくなり、往時の賑わいが失われた時期もあったが、最近は海外の観光客で勢いを盛り返している。

関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!

京都国際交流会館


京都市国際交流会館は、市民レベルの国際交流活動を推進する拠点として平成元(1989)年に開館。

PR不足なのかあまり知られていないのではないか。

3階建ての本館と和風別館から成り、イベントホール、会議室、ボランティアルーム、情報サービスコーナー、姉妹都市コーナー・展示室、図書・資料室、レストランなどがある。

ドリンクやデザート、ヘルシーなお弁当など。
テイクアウトもできる。

2Fは「東山和み館 玄」今日はここでお昼をいただいた。

一汁三菜 ~和食~ を基本としたメニューが味わえます。

1890年(明治23年)に通水を開始した琵琶湖疏水第1疏水に関連して、翌1891年(明治24年)6月に第一期蹴上発電所が運転を開始。

営業用としては日本最初の水力発電所。

当発電所の電力は、近接する蹴上インクラインの動力源として用いられ、近隣に配電されたほか、1895年(明治28年)に開通した京都電気鉄道(後の京都市電)でも使われた。

1912年(明治45年)、第2疏水の完成に伴い第一期蹴上発電所が取り壊され、第二期蹴上発電所が開業した。

1936年(昭和11年)には、第一期発電所の跡地に第三期発電所が建設された。

1942年(昭和17年)に京都市から関西配電に現物出資され、2017年現在は関西電力の発電所となっている。

目立つわりにあまり知られていない『巨大な輝き』と題する像。

下の碑文には「水門を開ける男と開かれた水門からキラキラあふれ出る命の水、幾数千万の力の結集が疏水隧道(トンネル)を造らせた。
それは巨大なエネルギー このパワーを人物に託し 琵琶湖からの永遠の恵みを感謝する気持ちを形とす。」と書かれていた。

関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!

並河靖之七宝記念館


並河靖之七宝記念館は、京都市東山区の北端近く、三条通の一筋北に位置する、並河靖之の七宝の作品と工房跡を公開している。

虫籠窓、駒寄せ、一文字瓦を伝えるミセとオモヤの二つの棟を玄関でつないだ京町家のオモテヤ造りで、主屋・工房・窯場が国の登録有形文化財に登録されている。

並河靖之七宝記念館は、明治期から大正期に活動した日本の七宝焼き作家・並河靖之の作品を保管・研究・公開するとともに、作者ゆかりの建造物や庭園を保存し、もって工芸文化の向上に資することを目的としている。

日本国外では「七宝といえば”Namikawa”」として、東京の濤川惣助とともに、その名が認められてきた七宝作家・並河靖之の邸宅兼工房として建築された建物を改装し、靖之の作品130点余りを所蔵。

邸内には、「植治」こと七代目・小川治兵衛の作になる庭園が残されている。

一文字手水鉢 明治期の作成。

鞍馬石のカワスの自然石を一文字に彫り込んだ贅沢なもの。



植治の作庭園の特徴は、1890年(明治23年)に完成する琵琶湖疎水から得られた豊富な水を用いた躍動的なデザインだが、その萌芽をこの庭園に見ることが出来る。


並河邸の庭園は、七宝の研磨用に疏水から水を引き、その余水が池に注いでいる。

この池を中心とする庭園は、地主の靖之の意向を汲み、景石や燈籠、手水鉢など石をふんだんに用いた作りになっている。

池の中には、靖之が好きだった鯉が放たれている。


京都の町家は、「ウナギの寝床」と表現されるように、敷地の幅が狭く奥行きが長いため、そのまま縦長に建物を造ってしまうと、それぞれの部屋に満遍なく光や風を取り込むことができないのです。

そのため、どの部屋にも光や風が奥まで入り込めるようにするために、「中庭」や「通り庭」が造られたのです。

関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!

朝の停車場


早朝の安立商店街、まだ人通りのない通りに朝日が射し込む。

商店街を抜けたところが我孫子道停留場、大阪市内区間と堺市内区間の境界駅でもある。

浜寺駅前 – 天王寺駅前系統の電車は、一部の除き本停留場で乗務員の交代を行っている。

入庫列車以外の当駅止まり列車は、一度浜寺駅前方面へ引き上げてから出庫待機線に入って恵美須町方面ホームに入る。

ただし、大きな遅れが出た場合は直接車庫に入って折り返す(これなら2分弱もあれば折り返せる)。

なお、日中の当駅始発恵美須町行きは天王寺駅前行きが出発するまで出発待機線を出ないが、ダイヤ上少しでも天王寺駅前行きが遅れると一本後の恵美須町行き列車が出発待機線まで来る事がある(なお、出発待機線は2両分あるので浜寺駅前方面本線を塞ぐ事は無い)。

浜寺公園行が出ていく、登りきったところが大和川の土手。
向こうは堺市だ。

関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!

いつまで続くこの暑さ


所用で近くまで来たのでなんばパークスに寄ってみる。

暑くて水が恋しい、窓に流れる水を恨めしそうに・・・・・

シコノボタンの紫が鮮やかです。

雲は夏の入道雲。

9階には南海ホークスメモリアルギャラリーが。

ちなみに画像にあるユニフォームが南海ホークスのもの。

背番号71は南海ホークス最後の監督となった杉浦忠氏のユニフォームです。

杉浦氏は現役時代の1959年、読売巨人軍を相手に日本シリーズで4連投4連勝!南海ホークスに史上初の日本一をもたらした伝説の投手でもあります。

そしてこちらは鶴岡親分のスタジャン。

愛称は鶴岡親分・ツルさん。初代「ミスターホークス」「ドン鶴岡」とも呼ばれた。
南海ホークスの黄金時代を築いた名監督で、日本プロ野球史を代表する指導者の一人。

一軍監督として通算1773勝を挙げた実績から、プロ野球史上最多勝監督としても知られる。
また、勝率.609は歴代監督の中でも唯一の6割超えである。

ホークスファンにはぜひ訪れてほしい場所。

それにしてもこの暑さ、秋の来るのを指折り数えて待つ。

関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!

早朝の散歩道


秋雨前線の影響で中々天候に恵まれません、久しぶりのつかの間の晴れ間、お気に入りの散策路をたどる。

高速道路の高架下の歩道、差し込む斜光が好きです。

小さな木橋を渡るとせせらぎのある散歩道です。

国道わきの車屋さんの駐車場もまだ時間外です。

国道を渡ると古い家並みが続く。

懐かしい看板です。
この字読めますか、錺工店。

「ほうこう」と読みます。
錺は、訓読みでは「かざる」とも読み、金属へ加工・細工することを意味しています。

単に板金やというより何か技術を感じさせますね。

最近は新しいマンションも建ち始めています。

そんなレトロな散策路が大きです。

関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!

突然猫が・・・・・


2月堂の夕日の撮影を終えて登楼を降りていると突然猫が横切ったのです。

一番最後に降りたのでもう誰もいないと思い移動を始めたらしい。

見るとかわいい子猫ではないか。

今度は鹿の群れです。
裏参道を降り大極殿の角を左に曲がったところ。

ちょうど2月堂への参道、鹿がねぐらへ帰る群れと出くわしたのです、40~50頭はいたでしようか。
唖然として見送った。

大極殿、誰もいない、きれいなブルーの中を急ぐ。

前方には南大門、二人連れがゆく。

振り返ると大極殿、ブルーの中に浮かぶ。

南大門、奥に大極殿が闇に浮かぶ。

東大寺境内の重要なランドマークとも言える「南大門」ですが、その歴史は大仏殿等と同じく「奈良時代」にまで遡ります。

但し奈良時代から建設されていた門は平安時代中期の応和2年(962年)8月に台風の被害を受け倒壊し、200年以上経過してから鎌倉時代の正治元年(1199年)に東大寺中興の祖として現在も広く知られる「重源」が指揮を取る中で復興されたものが現在の南大門となっています。

闇に浮かぶ吽形像。
素晴らしいコントラスト。

正面から見て門の左側には阿形像、右側には吽形像が安置されていますが、これらは鎌倉時代の天才的仏師(仏像を造る職人)である運慶が指揮をとり、快慶らとともに彫り上げたもので、門が完成した後、建仁3年(1203年)にわずか69日間の製作期間で造り上げられたと言われています。

なお、夜間には阿吽も含め周辺がライトアップされ、運慶らの「才能」をひときわダイナミックに鑑賞できます。

関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!

ジャンジャン町


昭和初めには「両側から湧き起る三味線の喧騒、途方もない高い声を張り上げて、やけに喚き立てるサノサ節屋、串本節や、道頓堀行進曲。

さういふものが一緒になって、道行く人の心を沸き立たせる。

関東煮の鍋の向こうには、首筋を真っ白に塗った女が、ずらりと並んで、客に酒をついで、唄ひ、呑み、呑み且つ唄ふ。」(北尾鐐之助『近代大阪』349~350頁)というような賑わいを見せていた。

「ジャンジャン横丁」はこの三味線の撥音に由来する。

この喧騒は戦後も続き、道沿いには飲み屋や射的の店が立ち並んでいた。

林芙美子の小説「めし」には戦後間もないころのジャンジャン横丁の様子が細やかに描かれている。

「ジャンジャン横丁」の表記はこの作品で初めて使われた。

動物園前駅が大阪市天王寺動物園の最寄り駅であるにも関わらず、ジャンジャン横丁を通ることに抵抗を感じる家族連れなどは、天王寺駅から動物園へ向かっていた。

だが、結果として発展が止まったことで、ジャンジャン横丁自体がレトロな観光地として再評価されるようになった。現在は家族連れでも来られる雰囲気になっている。

関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!

ブルーモーメント・イン・天保山ハーバービレッジ


人もまばらになった天保山ハーバービレッジ、ブルーの世界が広がりとてもきれいです。



関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!